ストレス移譲 1
◯ 1
「やはり、脳内の反応を上げるのはこちらの生体端末の制御からの方が安定します。体の反応を上げる敏捷性にはお薬の方が良い結果が出ています。両方をあわせるとかなり負担がかかるので、時間は短く設定する必要がどうしても出てきます」
みかんの町にある、みかんの研究所での地上世界用の装備と薬の開発をしている研究室にいる。獣守のビクトゥームが、熱心にデータを取っていた物を報告してくれる。
昔は全部自分でやっていたが、眷属達がいるのはやはりいい。やりたい事がダイレクトに伝わるし、細々した事もやってくれる。時々、誘導されているのが分かるが、予算の関係での予定の組みだと言われると、まかせた方がいい気になる……。まだ問題が出た事は無いのでそっちはまかせている。浅井との調整もしてくれているのだろう。他の研究員との間もフォローされている自覚もある……。
「使った後の集中力の低下も問題だ」
問題点を上げて脳内メモしておく。ガレのお陰で直ぐに獣守達と共通の専用データに書き換えられていく。
「はい、マシュ。それに関しては先日の調整剤での実証実験が始まっています。途中経過でよろしければデータを送りますが」
「いや、いい。終ってから頼む」
「はい」
出来上がりはまだ先だな……。思ったよりもここの材料だけでと言うのは難しい。まあ、制限があった方が面白いか……。
「外の物をここに入れるとかの話は、まだ来ているのか?」
「環境保護の為に、それは出来ないです、とちゃんと伝えているのですが……」
「そうか。魔族神達からも時々言われるが、生態系を壊せないからな。あいつら全然分かってない」
「最初のうちは入れる手筈を整えてましたが、調査が進むうちに随分変わりました。地獄の気の制御が可能という所まで来た時には、ちゃんと見直しを始めましたからね。やはり何も入れない方がここは良いと、結論も出ましたし」
「みかんの町の第二房には入れているからその関係だろう。地獄型のダンジョンにも持ち込む事が無い様に転移装置で区別をしているが、ここのを持ち出そうとする奴が減らん」
「うっかり持ち出す人が多いので、あの機能は絶対に必要です。特に死神達はあのマントのせいで持ち出そうと思えばやれなくはないですから」
「死神を嫌う世界が多いのはそんなところだろう。信用をするしかない」
「ここには恩があるのでと言っている方は多いので。故意になさる方はそうはいないはずです」
「見回りもやっているし、流れにまかせるしかない」
「もっとも、月夜神の作られたダンジョン魔物のお陰で、環境変化で魔物になった種類にとっても、良くなってますけど」
植物繊維を取るつもりだったあれか……。
「…………」
月夜神の作った毛魔物もここには良い。だが、あの植物の魔物は微妙だ。ツタの魔物は良く育つ様になったのは確かだが、共生関係を始めたのには驚いた。作った本人の資質が移っているのか、本来ならあり得ない。魔物同士がそんな事を始めるなんておかしいのだ。
「まあ、作った本人が一番変か」
出会った時から変だった覚えはある。レイとメレディーナが治療しても直ぐに攫われて痛い目にあったり、精神攻撃でおかしくなったり、邪神に攫われて死んだりして収集が付かなくなって、終いには他では治療は無理という所まで来た。
まあ、あの二人の治療は、壊してるんだか治してるんだか微妙だが。
綺麗な服を着せたいとか言って、暗示を掛けたのは良いけど、やりすぎてしばらく訳の分からない事になってたし。最近やっとその部分が自然回復して来た感じだ。いや、無理矢理辻褄を合わせてる気もするがそこは黙っておくべきだ。奴らのモルモットにはなりたくない。矛先はこっちに向かない様にしないとな……。
報告も培養中の菌のチェックも終ったので、狸尻尾を揺らしているビクトゥームに後を頼み、部屋を出た。
次は治験を行っている部屋に入った。罪人拷問部屋とか言う失礼な奴がいるが、全く違う。ここは健全な場所だ。違法な事は何一つやっていない。
「ひぃいいいぃっ」
この悲鳴をあげているのはアキを軟派した男か……? いや、殺した方か。拘束具を嵌められているからそっちだろう。
あの武器と事件は記憶から綺麗に取り除かれているが、借金は一番多く受け継いだせいで良くここに派遣されてくる。実入りがいいから異世界間管理組合もここを勧めるのだろう。ご機嫌取りとは受け取ってやらん。肝心の月夜神は知らないしな。
「お助け下さい。ごめんなさい。私が悪かったんです」
エミーナルが来ている。この顔はここでは見た事がない。ゾンビの持っている緋色のポーションを見て謝罪の言葉を吐いている。やけに素直になっているから立ち直りも早そうだ。
「じゃあ、罪を償う為にも、今日もぐいっと飲んでおけ。一番良いのを用意してやる」
ゾンビの助手がひ、ひ、ひっ、と笑いながら近寄っている。なんだ、今日もってことは既に洗礼済みか。
「ではこちらを……ちょっと副作用で精神が崩壊し易いのが欠点ですが、君が罪を償う為に飲めば大勢の人が苦しみから解放されるのです。さあっ!」
スケルトンの女が薬を男に飲ませ始めた。
「ひあ、ご、ふぅ……」
地上世界で働いている貴族達と共に、アキにちょっかいを出した奴らは、大体ここで稼いで帰る。嫌がる奴も多いが、大体は借金苦にまた来る。懲りずに来るのだ。つまりは拷問なんて行われていない。ここでの会話もいつも通り平和なものだ。
薬はいい物が揃い始めている。精神治療に長けた闇の力を持つ者が揃っているし、壊れても元通りに治せる。ダメでも死神が大勢いるから冥界へはいつでも行ける。
激痛が伴うが、体の作り直しも出来る光神もいるから新しい体も言えば作ってくれるし、準備万端じゃないか。こんな至れり尽くせりな施設はそうない。
「しっかり稼いで行け。回収は順調だそうだぞ」
目の合ったエミーナルに微笑んでやった。
「いやあぁぁああっ」
人の顔を見て悲鳴を上げるとは無礼だな。マリーなら分かるが、私の顔はマシなはずだぞ?!
「……一通り試して行っていいぞ。チャーリー、彼女に優先してやってくれ」
「畏まりました」
「ひぃっ」
「次からは悲鳴は上げるな。良いな?」
「いや、もう、いや、来ない」
「借金を返す他の場所があるのか?」
「う……。ひっ、ひっ、ぐ」
ちょっと威圧を掛けたら、変な声を上げてから泣き出し、更に床に水たまりが出来始めた。全く、そんな効果のある薬はまだなかったはずだ。これならアキの方がよっぽど貢献度は高かったぞ? 薬の効きが良いから副作用も人よりはっきり出易いし実に良い実験体だったのに。こいつらのせいで保護鳥になってしまった。
……新しい下剤でも作るか? ストレスは発散しないとな。




