今日も神頼み
また突然ですが、しばらく投稿が止まります……(>_<)
お話を練り練りしてますので少々お待ち下さい m(_ _)m
♭ 1
憂いを感じさせるメロディーが廊下に微かに聞こえてくる。経営の権利を半分手に入れた聖域のホテルの一室で、レクタード様がお一人でピアノを弾かれている。最近は物思いにふけり、溜息を付かれる事が多い。そのお心がこのメロディーを奏でさせているのか……。
原因はあのマオとかいう最近知り合った女性に会ったせいだろうか。手遅れになる前に余計な人物は排除せねばならない。問題の無い令嬢ならばいいが、マオという女性では侯爵家にはふさわしくない。容姿だけは合格だが、その他は調べた結果は最悪だ。
男を翻弄し、浪費する事しか知らない女ギツネかと思えば、賞金が掛かるような下賎なドブネズミだった。ここは早々に縁を切ってもらわないと安心出来ない。
そう思っていたところに、レクタード様からマオが三日後にこの聖域のホテルに来るとお聞きしたので、先回りしてこれ以上近寄らないように釘を刺すことにした。直接連絡をする様な仲なのも気に入らない。
その上、彼女が来る事があんなにも嬉しそうなのは何故だ? どのような手管を使ったのか、おぞましいかぎりだ。早く排除しなくてはならない。きつく脅しを掛ければそう近寄っては来ないだろう。
「ファムダ。眉間に皺を寄せてどうした?」
呼びかけられて視線を戻せば、書類からいつの間にかこちらに視線を向けているレクタード様と目が合った。
「いえ、その、これは、何でもありません」
主であるレクタード様は鋭い。思っている事が筒抜けなのではないかと思うくらいの事が時折ある。勘が働くのもあるが、時折思考も読まれるのかズバリと当てられる事もあり、焦らされる。裏の仕事をする時には大変困る。
眉間を押さえて苦笑いで誤摩化し、礼を取ってその場を離れた。少々気取られてしまったかもしれない。気をつけなくては……。
最も、あの力こそがレイン神様との契約を取り付けになられたお力でもある。人の心を暴きすぎないように制限を自身で付ける修行をなさっておいでだ。
侯爵様がいうには、欲に走るか、周りを信じる事が出来なくなるかして狂い易いお力だとか。周りを綺麗に保たなくてはならない。流されないように。闇に引きずり込まれないように。
そう、自制の出来る人間を配するのが私の役目だ。賞金首だなんて相応しくない。レクタード様が気が付かれる前に排除しなくては……。どうか私をお導き下さいとレイン神に祈り、レクタード様に指摘された眉間のシワを揉みほぐし、ホテル内を見回りに歩き始めた。
「ファムダ殿。内装業者と清掃業者のリストが出来ました」
「それはご苦労様です。早速目を通させて頂きます」
ゴーノヴォッカ氏も謎の人物だ。マオの紹介だと聞いたが、杞憂したような経歴は出てこなかった。それどころか良い人材に当たったと思える程の人物。
聞けばマオとは最近出会ったとか。花*花亭を紹介してくれたのは確かに彼女だったが、短い間に何があったのか……やはり金の繋がりなのか。出資が出来る程の財力を持つというのなら何故彼女はレクタード様に近寄るのか。分からない事が多過ぎる。
「修行のせいとはいえ、借金を負ったのはきついですね」
独り言が口をついて出てしまった。広める様な事ではないので気をつけなくては。だが、レイン神様が力添えをして下さり、このホテルが手に入ったのだ。成功をさせねばならない。やはり、不安な種はよけなくてはならない。マオの顔を思い出しつつ、ゴーノヴォッカ氏の渡して来たリストに視線を落とした。
そろそろ、マオが姿を現す頃合いだと思えば、早速連絡が入った。前回も魔道飛行機を借りていたのを思い出し、今回も空からやってくると睨んでいた。その通りに転移装置ではなく、外を張らせて正解だった。
魔道飛行機を預けようとしている所を捕まえ、そのまま聖域外にあるホテルのロビーへと連れ出した。彼女に聖域に入られるのは迷惑だろう。今日の忠告でレクタード様に近寄るのを止めないようなら賞金首がここにいると賞金稼ぎに連絡するといえば引くだろう。こんな小娘と言って良い彼女が何をしてそのような事態に至ったのか謎だが、後ろめたいものを背負ったまま近寄られるのは迷惑だ。
使える人間ならこのまま脅して使う事も考えるが、危険なドブネズミを飼う程暇ではない。今は特に、ホテルの事で忙しい。
「貴方は、アストリュー神官としては最低だと聞いていますよ」
異世界間管理組合の新人名簿を、侯爵様から更新する度に送られて来ているので身元を割り出すのは簡単だった。アストリュー世界へ最近留学し、職業神官としての資格を取った人物だと分かった。留学生達に探りを入れれば有名なのか、直ぐに噂と事件を上げて教えてくれたと調査した真偽者であるウォンギの報告にあった。
真偽者の証で手に入れた星深零での裁きがあったという事実まで持ってきている。これで賞金首として捕まってないのならアストリュー世界としては問題の無い罪で、ただの恨みを買っての賞金首なのが分かったが、危険人物なのは変わりない。噂の方が酷すぎたからだ。
男を次々と変えて金品を巻き上げているとか……その金でスポンサーとは良い性格だとはいえないだろう。それでレクタード様を狙うなど、私が許さない。
「……あー、その話をする為に来たんですよ。灰影、えーと、灰色で通じるかな? それに神界関係の者だとバレて根も葉もない噂を広められたあげく、力を切り刻んで商品として売り飛ばす方々に狙われているのでマオは消える予定なんですよ。で、出来ればそちらも僕の名前は出さない方が身の為になるので……」
口を大きく開けて事態を飲み込めてなさそうな顔から、少し考えたように首を傾げた後の台詞は意外だった。消える予定?
「よくもそんな嘘を言えますね」
「んー、でも、ザビ達の事も含めて引き継ぎのお願いをしないとならないし、ビジネスの相手としては会わないでくれというのは無理なのでは?」
確かに全く会わないというのも難しいが、立場を分からせなくてはならない。が、ザビ? スポンサーに付いたという他の人物の名でしたね。『スフォラー』のタングから名の検索を頼めば返事が返って来た。それで思い出し、話が分かった。
引き継ぎという事は、諦めて引く予定なのか……ゴーノヴォッカ氏を手中に入れるチャンスですね? どうせ、借金を持っている事に気が付いたとかでしょうが、レクタード様を侮るようではチャンスはつかめないでしょう。そちらから離れてくれるというならありがたい。
「ゴーノヴォッカ氏の件もですか……。良いでしょう。二度とその顔を見せないというのであれば……レクタード様」
やはり、何かを気取られていたのかレクタード様が私の後を追っていたようだ。マオを探し、捕まえるという試練からずっと、こういったタイミングを捕まえるのが上手くなられたように感じる。主の成長を喜ぶべきなのか、仕事が出来ない事を嘆くべきか……。とにかく、彼女には釘を刺さねば。
「あの方の邪魔をするようなら私が消しますよ」
耳元で囁けば、少し強張った顔が見えたが、直ぐに復活して、
「口外しない契約をするなら、レクタードさんとの会談に付き添って大丈夫ですよ?」
と、上からの発言をされた。余程の自信家か……必ず排除すると決めた。
「私に貴方の拘束が利くとでも?」
契約の拘束等、幾らでも抜ける事が出来る。その力を認められて侯爵家に出入りしている私を怒らせるとは良い度胸です。受けて立ちましょう。
「まあ、やれば良いじゃないですか?」
その余裕は直ぐに打ち消してあげましょう。
「マオ、良かった。二人とも機嫌は悪くないようだから悪い話ではなかったのかな?」
どうやら顔に出ていたようで、笑っていたようだ。私とした事が……しかし、この誤解はそのまま利用しなくては。
「お互いの利害が一致するとそんなもんだよ」
おや、マオもこの流れに乗る気のようだ。確かに利害が一致したようで何より。後でたっぷりと懺悔をさせますから。
「そうなのか?」
心配事は空振りだったのかと確かめてくるレクタード様の視線での問いかけに微笑んで、
「ええ。心配ありません」
と、答えておいた。ええ。心配事は必ず排除致します。
♭ 2
マオの契約書はレクタード様がレイン神との契約に使うものと似ていたが、どう言う事だ? 後ろに神が付いているのだろうか?
そんな事を思っている間にマオとレクタード様との話が進む。止めのようにC3Uの名が出て来た。マオから回って来た仕事だと聞かされ焦る。
あそこは何処かの世界に長年見つけれずにいた地獄への出入口が見つかったとかで、聖邪の拮抗が崩れているからその対策にと、神々の事業として発足された新しい最上位機関だ。それに携われたという事で異世界間管理組合も盛り上がったという程の機関だ。まさかマオが関わっているなんて……賞金首は一体どう言う理由なんだ?!
どうでも良いと思っていた理由が知りたくなって来た。何とか茶葉を落とさなくて良かった。取り敢えず返事だけ返せたが、手が勝手に震える。
とんでもない厄介な者を引いたのではないだろうか? C3Uが相手では侯爵家の手が通じない。ましてや異世界間管理組合でさえも難しいはずだ。あそこはそういう機関だと聞いている。問答無用の捜査で悪魔の企みを潰し、組織化している悪神達を殲滅するという目的を負っているのだと説明を受けている。
お茶を出し、二人の会話をレクタード様の後ろで聞いていたが、レクタード様もあそこへの入口の狭さに付いて聞いている。何故彼女が入れているのかを知りたいのだろう。是非知りたい情報だ。
しかし、「とある人材派遣」というキーワードを使った会話に私では知り得ない神の高い壁が立ちはだかった。ゴーノヴォッカ氏の息子さんの派遣会社でもないという。既に話に付いていけない。
「ところでなぜマオの姿を止めるのかは教えてもらえるんだろうか?」
話は今日の問題にいつの間にか進んでいた。C3Uの関係者なら何故そんな真似を? もしくはそっちの仕事での都合での姿消しなのか……。限界まで耳を済ませたところに私の名が出て来た。
「ファムダさんが調べたマオの素行にヒントはあるんだけど……」
ここで私の名を出すとは……案外に出来る。私にとっていやな展開ではあるが、知らなかった事だし、この素行の悪さを出しても問題ないと思っている事に面食らいそうだ。
この調子では本当にこの調査がただの噂で、彼女を貶める為だったのかが今度は気になる。
「ファムダ?」
マオがにっこりと笑っているが今はその顔が恨めしい。
「お耳に入れる様な事では……」
レクタード様の呼びかけに覚悟を決め、調査書をタングに送ってもらった。タングにマオの端末にも送るように指示すれば直ぐに送っていた。
どうやらマオもスフォラー端末を使っているらしい。アシスタントタイプのこの端末を使うには人物評価が一定以上無いと与えられない。彼女のもそのタイプならそう毛嫌いする事も無いと譲歩をする事も考え始めた。いや、C3Uの名が出てからは全く勝てる気がしない。どうか、良い人物である事を祈っている。ああ、レイン神様、どうかレクタード様にご加護を……。
「へえ。痴女に襲われた事も調べたんだ」
意味不明な言葉を発し、興味深げに私の調べた物を読み始めたようで、可視化されたボードに映る報告書ををじっと見ている。
賞金首になって襲われたという項目に、レクタード様も興味を持ったのかどんな気分かを聞いていらっしゃるが、何故狙われたのかをこの訳の分からない女には聞いて欲しい。が、何故こんなに和やかでずれた会話が成り立っているのだろうか?
目の前では映像を見るとか言っていて、試写会が行われようとしている。レクタード様が子供のようにはしゃいでいる姿を見ると私の心配事が何だったのかと思ってしまいそうで怖い。既に私も毒され流されているのではないかと、正気を保てているのか、思わずタングに聞いてしまいそうになる。
恐ろしい映像が次々と流れ、一人の女性に質問が浴びせかけられている。悪神が配下や所有物として刻印を刻むというが、それを見せ、何処が賞金を掛けたのか執拗に追い詰める尋問官の手腕は褒めたいが、C3Uが関与する案件なのだろうか?
これは見せられた私も何処かに情報を出すわけにはいかない。たとえ侯爵様に聞かれても答える事が出来そうにない。自ら黙る事を選んでしまう。そんな大事を見せられている。というか信じたくない映像の連続に、何を言って良いのか分からない。こんな事が本当にあったのなら恐ろしい。
それよりも、アキの死ぬ場面とこの女性のターゲットがマオとしてではなく、アイスという死神になっているのはどう言う事なんだ? というかマオはアキなのか?
あのレイン神様のもう一人の弟子であると聞かされ、探りを入れたら友人だったというあのアキ? 命を扱い美と光を司る神が何故死神と友人なのかも疑問だが、C3Uに入っているというのは納得出来る。死神というなら賞金稼ぎを撃退したという事だし、レクタード様に迷惑をかけないようにマオという姿を消すと言っている事にも頷ける。いや、周りに被害が及ばないようにする配慮なのだろう。
後ろで話を始めた二人の会話で刻印の事は本当だと知れたが、異世界間管理組合の封鎖やら移動禁止のあの時期を思い出せば、この映像の酷さも頷ける。いや、この酷い事件があの封鎖に繋がり、その後の仕事依頼の難易度やら危険度が見直され、報酬まですべて変わったのが納得出来た。
危険な武器に死神をも支配下に置く様な危険な刻印……。そしてそれに対抗する為のC3Uの発足。全て繋がったが、私ではレクタード様をお護り出来るか怪しい。やはり彼女には近寄って欲しくない。
レクタード様を私の手の届かない位置に連れて行くのではないだろうか。レイン神様のおそばに連れて行かれては今の私では付いていけない。レクタード様の成功を願っているが、このままでは排除されるのは私ではないだろうか?
このような案件に関われる程の力は……。タングから励ましの念が飛んで来たが、益々惨めになりそうだった。
レクタード様に見限られるかもしれないという恐怖で固まっていたら、映像が切り替わってまた違う場面が流れ始めた。タングからは見るべきだと更に励まされた。これを見れば落込む必要は無い事が分かるというので見た。
「……」
賞金稼ぎと賞金首とはギャグだったんだな。真剣に捉えた私が馬鹿だった。そんな気分になるくらいにはタングの勧めて来た映像は私の気分を上げた。悲観する事は全く無いと教えてくれた。そもそも何を争っているのだか。全くずれた感性の持ち主だって事は充分伝わった気がする。
命のやり取りを判決するべきところを何故、痴漢扱いされたというところで引っかかっているのかが分からないが、とても残念な思考の持ち主なのだという事だけははっきりした。
賞金稼ぎも賞金首も同レベルの低い争いを法廷でやらかして、突っ込みどころしかない状況に笑いを通り越して呆れる。
付け入る隙がなくて困ると思っていたがそうではなかった。こんな馬鹿が移らないようにしっかりと私が取り締まらねば。それが私の使命に違いない。ありがとうございますレイン神様。面白いところだけとって、非常識が映らぬようにしっかりと、今日も美しく主人の周りを整えさせて頂きます。




