110 交渉
◯ 110 交渉
飛行のマントとは違っている浮遊のマントとは、飛行のマントの劣化版だった。浮遊の補助にも微妙な物が多かった。宝箱の物が一番良くてその他は多少体重が軽くなり、走ったり跳んだりする際の補助になる程度だった。本当に宙に浮かぶ為にあるのではないらしい。
店主の説明を聞いて、僕は真剣に考えていた。他の客はもう既に帰っていない。
「魔法のカバンにも重量軽減に使われているはずだよね?」
浮遊のマントを一通り試し中のカジュラを横目で確認しつつ、店主に質問してみた。
「はあ。良い物は使われてるが、見習いの物には使われていないケースも。ま、その場合は余り値段は上がらないから奴隷上がりの者が買って行くよ。獣人は種に寄って力は強いからニ、三倍の荷物の重さはそう負担にならないらしくて……」
店主の言葉に納得したので頷いた。熊やら馬、大型の種族なら間違いなく力持ちだ。嵩張らない大きさになるだけでも良いのだろうと考えられる。
「宝箱の魔法のカバンはどうやって重量軽減をしているのか分からないと、技術者が見せてもらったあと唸ってたぜ。重さ軽減と拡張の魔石の混合があるのかと魔石部分を随分調べてたけど、何にも分からなかったと愚痴ってうざかったよ」
作り方が違うからね……。完全に切り離した空間にしたら重量は関係ないし、それを魔石に魔法として入れてあるのだから。更に補助として魔法陣を刻んでおけば長持ちする。地上の技術とは少し違う。専用の知識が必要だ。
「取り敢えず、浮遊のマントは普通の移動を補助してくれる物から本当に浮く物までピンキリなんだね?」
僕が聞けば店主は大きく頷いた。
「そういう事。空歩の靴に似せた軽業の靴と合わせたら冒険者希望なら確実に欲しがるね」
「へえ。そういうものなんだ」
「初心者でも安心のセットだから、坊ちゃん嬢ちゃんが冒険者組合の試験には揃えようと親が必死で探しにくる」
「空歩の靴は宝箱の物なの?」
「本当はそれが一番だが、それに似せた靴が開発されてる。それなら何とか素人の親でも買える範囲だし、比較的安全に冒険者を始めれる今じゃ、必須のアイテムだ。お前さんも冒険者を始めるんじゃないのか?」
「あー、僕はやらないよ。登録は既に消えてるし……」
僕の言葉に苦笑いを浮かべた店主は何故か納得しているらしく、仕切りに頷いている。
「まあ、向かない事はやらない方が良いぞ坊主」
ご丁寧にもそんなアドバイスを掛けてくれたが僕には微妙だ。見た目からでも分かるんだぞと念を押されている気分だったからだ。確かに向いてないけど、浮遊のマントは長旅にも良いアイテムだと勧めてくれる優しさには少しだけホロリと来た。
なので、サンプルとして浮遊のマントを一つ買って、軽業の靴も試す為に店主お勧めのを一つ買った。
「チーズは交渉には使わないので?」
靴を履き替えている僕にカジュラが横から聞いてくる。その言葉に店主が物欲しげな顔をのぞかせた。
「……さっき手に入れてたからあんまり沢山は保存出来ないし、迷惑かなと思ったんだけど」
そう言えば接客も情報もすごく良かった。期待しての事だったんだね?
「そんな事は無いっ! 宝箱のチーズは別枠だから!!」
僕の視線の問いかけに、店主の魂の叫びが店内に響いた。
すっかり日の暮れた町中は明かりが必要なくらいになり始めている。まだ街灯等は整備されてない町は帰りを急ぐ人達が目立っている。
まだ必要ないけど、折角店主がチーズとの交換にくれた最新式の魔石使用の小さなランタンを手に宿に戻っている。勿論、交換の魔石もおまけにつけてくれた。宝箱のチーズは手に入れたら必ず持ってくるように約束させられたけど問題ないだろう。考えたら保存食だ。冷暗所も魔道具店なら最高の物を揃えているだろうし、幾らあっても問題は無い。
「カジュラのマントにも浮揚の効果が付いてたはずだよね」
店主の説明を思い出しながらレバーを推しつつ筒部分をスライドさせると懐中電灯に変わった。冒険者仕様のライトだ。洞窟のダンジョンなら足下をこれで確認しながら進んだら便利だ。シュウ達のアイデアだろうか?
「はい。私は自前で飛べますのでそれで充分でございます。それにあのマントは癒しの効果がありますから体力の回復に傷の治療にと羽織っているだけで効果がございます。特に魔力の回復には助けられております」
「そっか、飛ぶのもそれで補助の役割があるんだ」
「そうでございます。長く飛ぶ事の出来る素晴らしいマントでございます。更に敵に見つかりにくく暑さ寒さを防ぎ汚れにも強く、修復まで魔力で出来ますし、コカトリスの石化くらいは撥ね除ける魔法防護にグラメールの矢も通さない物理防護も付いております」
矢も通さないって試したんだろうか? それとも試すような事になったのか……何にしても痛そうだから聞かないでおこう。
「メンテナンスの時期も出るしね」
生態端末にメンテナンスが必要な時は出る仕組みだ。魔法布の取り替えとか魔結晶の入れ替えとかの指示が出る。それが出たら僕に連絡を入れるようにしている。
「はい。未だその兆しは出ておりませんが、いずれは必要になるというのは聞いております」
最低でも十年は保証されているし、メンテナンスをちゃんとすれば倍は持つ。その事を伝えれば嬉しそうな顔をしていた。
「あ、心配しなくても支給品だから全部壊れてもちゃんと新しいのと交換出来るからね」
「おお、安心でございます! このカジュラ月夜神様のご加護の籠ったマントに感謝しておりまする〜!」
カジュラの満足そうな顔を見て僕も満足だ。
でも、このくらいの装備では地獄型ダンジョンでは一年持つかどうかというのが辛いところだ。どんな使い方をしているんだか……。それでも地獄型ダンジョン攻略訓練施設としては破格の補助が付いていると言われているので、普通に他の訓練施設に行くよりは効率がいいと聞いている。
そもそも訓練施設は殆どが冥界にあるんだけど……。異世界間管理組合では初の公式の訓練施設だし、ミトリューム商会に近い形の訓練施設があったかどうかだ。本物の地獄型ダンジョン後を訓練施設に使っているのはコストの関係で少ない。
実際は解体する為に瘴気をなんとかする方向に持って行くぐらいだ。予算が無いなら地獄に落とす事もあるけど、ある程度部分解体して落とすのが普通だ。再利用まで綺麗にするのは珍しいらしい。
まあ、制御も出来る僕達の技術のお陰で、僕達の世界をモデルにして這い上がる計画を立てているところが多くなっている。維持コストが下がったなら存続させ、訓練施設にして逆にもうけを出せるところまで持って行けるのだからやらないなんて考えもしない。やる、一択だ。再生までのしっかりとした補助も付いているし、成功例がこの世界なのだから。
そう考えたら訳の分からない最初の黒装束の集団とかの、裏に潜んでいるネイトローグ商会だかを早いところ取っ捕まえて外の世界の技術を流用するのは止めてもらわないとならない。
宿に着いたので、明かりの魔道具を消して仕舞い、食堂でたっぷり野菜の食事を楽しんでから部屋に行ってしっかりと休んだ。




