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世界を繋ぐお仕事 〜キヒロ鳥編〜  作者: na-ho
たからばこむそう
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106 影響

 ◯ 106 影響


 董佳様と話し合った次の日、マオの姿でアストリュー冥界に向かった。最近は冥界には月の神殿からが入り易い。

 アストリュー世界の人達はアンデッドという闇の生物を恐いもの見たさで見学に来る事がある。その小さい団体を追い抜きつつ進めば夢縁の卒業生……一般の人っぽい大集団に出会わせた。

 引率の人がいるので良くある旅行の団体だと思い、避けて行こうと進路を変えた。身体の向きを変えた途端に知らない人と軽くぶつかった。少しはぐれていた人と肘がぶつかった程度だけど謝ろうと口を開いたら、向こうの反応の方が早かった。


「いってぇ。ぶつかっといて謝りもしないなんて礼儀がなってないな」


 たいして痛くないはずだけど、不満そうに言うのでつい、


「あの、すいません」


 と、謝った。


「は? ごめんなさいだろ!」


 どうやら気に入らなかったらしい。それとも何処か怪我でもしていたのだろうか?


「え、と、ごめんなさい?」


 見た感じ、痛そうにはもうしていない。


「ふん。名前は?」


「は?」


 名前を聞かれたが、上から目線で責任を負わせたそうな顔をしているし、歪んだ笑顔が一瞬見えて怖い人になっている。お陰で済まないという心が警戒で覆われて動かなくなった感覚に陥った。

 それでなくてもマオの名は悪名高く言われているのだ。それにイライラした感情をぶつけてきて、謝っても機嫌が直らないところを見ると元々機嫌が悪かったんじゃないかと思う。そしてろくでもない事を考えてる顔をしている。これ以上は無いくらい警戒してもおかしい状況じゃない。自分の態度が強張った顔に出ているのが分かる。


「ちっ、これだから美人はお高く止まり過ぎだっての。そんな態度で許されると思ってんのかよ」


「え、と……」


 ぶつかったのは悪いけど、小さな事だしここまで言われる必要は無い。それに進路を変更したのは怒っている彼もだしお互い様のはずなんだけど、必要以上に責められては何を返したら良いか分からない。というか、警戒した通り僕だけが悪いと彼は思っているみたいだ。


「名前くらい教えろよ。その顔で男を騙して金とってよろしくしてんだろ? 最低な人種だよ、わざとぶつかってんじゃねぇよ」


 まるで計算してぶつかったみたいな余りの言いように、憤り固まっていたら知り合いの人らしき人物が、目の前の彼を肘で突ついている。こっちをちらりと見た目には半分謝罪が込められていた。彼のせいではないのにこの事態に責任を感じているみたいだ。残りの半分は彼もこの態度には憤りのようなものを感じているのか嫌悪が見て取れた。

 っていうか、さっきの言葉は半分ナンパが入ってる気もする。都合良くイライラをぶつける為の女性を求めるという最低なお誘いだけど……。

 ただ、友人としては窘めるくらいで良いと思う。彼が謝る必要はない気がした。友達だとしてもそこまでおせっかいをしたらこの目の前の怒りを周りに振りまいてる人が益々ダメになる気もする。助かったけど、余り良くない行為だとほんの少し思った。


「ぶつかってすいません……急ぐので失礼します」


 隣りで肘を突ついていた彼には目礼を返し、気にしてないと笑顔を送っておいた。どうも小さな切っ掛けを使って、自分の中の持て余している感情を他人に向かって難癖として投げつけての八つ当たりっぽいから、無視で良いと思う。

 なのでこっちのペースで小さく断って、向かう場所に歩き始めた。


「それだけかよ!! ちゃんと償えねえなんて親の顔が見てみたいぜ!! 泣いてんじゃねぇの? 無視してんなよっ!」


 去り際に更に酷い暴言を後ろから大声で掛けられた。初対面の人になんでそんな事を言われないとならないのか、理不尽で嫌になる。けど、その通りに無視でいいと思う。後ろから目線で謝ってきた人が、よせよ、と言っているのが聞こえる。

 霊気に酔って苛ついているのだとは思うけど、あれじゃあね。

 大声で言われた内容で大注目を浴びている。周りから見たら、彼を騙して金を巻き上げている悪い女みたいな雰囲気になったけど、僕は彼とは初対面で肘がぶつかっただけの仲だ。自分は悪くないから大丈夫、と自己暗示を掛けながら注目の中を早足で抜けた。

 この周りからの注目の視線の方が辛いかもしれない。涙が出そうだ。ここ最近そう言った視線に晒されていたから余計に悔しい。

 そうか。悔しいんだ。頭の中が真っ白になりそうだったけど、視線で謝ってくれた人がいなかったら冷静ではいられなかったかもしれない。

 女の子をやるのは難しい。僕の限界はここまでという事かもしれない。早く休暇届を出そうと心に誓った。


 関係者以外立ち入り禁止の場所から進んで、冥界へと繋がるゲートをくぐればそこにはメレディーナさんとドゥーフェスさんが並んで話をしていた。僕の存在に気が付いて二人とも笑いかけてくれた。それだけで涙腺が崩壊してしまった。さっきまでの不快感やら緊張が抜けて安全な場所に来たせいだ。


「まあ、どうしたの?」


 言いながらメレディーナさんには抱きしめられてしまった。


「うぇえええん」


 更に涙腺が崩壊したのは仕方ないと思う。これまでの我慢を放棄して思いっきり泣いておいた。メレディーナさんが思いっきり泣いた方が良いと言ったので安心して泣いといた。

 その日はドゥーフェスさんに質問するのも忘れて入院して、しっかりとメレディーナさんの癒しを受けておいた。なんか一杯愚痴った気がする。泣きつかれて眠ったのか気が付いたらベッドに横になっていて、今は恥ずかしすぎてベッドの中で悶え中だ。


「やあ……起きてる?」


 レイの声がする。布団から半分顔を出したら、心配そうな顔が見えた。


「起きてるし、大丈夫だよ……一杯聞いてもらったし」


「メレディーナも役得だって言ってたから良いんじゃない?」


「役得?」


「あー、それよりも月の神殿でマオにちょっかい掛けた奴ね」


 ベッドの横の椅子に腰掛けている。


「何かあったの?」


 ちょっと含んだ言い方に笑いがこぼれている。


「あの後、止めた彼と喧嘩になって道が分かれたよ。霊気の中で本性が出るんだ。彼には庇いきれないし、友人でいる必要も無い。義理だけで続けるなんてされてる方も辛いだろうから、もう会わないくらいで調度いいって、仲裁に入った神官に言われてたよ」


 そう言いながら神殿のセキュリティー用の録画映像を見せてくれた。メレディーナさんが調べてくれたらしい。

 見たら、初対面の女性にあれは無いだろうと、注意をしてくれているのが映っている。それに気分を害したのか、被害者は俺だとか言い出していた。そこから彼らの隠れた確執が表に出始めたのか、不機嫌なままに見学が進んで離ればなれで過ごしていた。施設の温泉内で神官に、ここでの彼の態度が普段思っているのが出ているだけだと諭されたらしく、覚悟を決めたらしかった。


「逆に怒っている人に影響されて普通の人が灰影に近づいたら良くないね」


 普段から思っている思考、言葉がその人を作るんだ。あれが彼の内面そのものなら、落ちるのを引き止めおせっかいをする人を攻撃し続けると思う。そんなのを受け続ける事無い。闇に落ちないようにしているストッパーにはなれない、塞き止められたエネルギーは溜まるばかりで余計に落ちるのを加速させるらしい。発散させた方が気が付き易いし、彼の生きる場所は自分で探させた方がいい。

 それこそ大きなお世話と思われているからだ。彼らとは価値観が全く違うことに気が付くべきだ。


「影響力の強い人は気をつけないとダメだよ」


「分かったよ」


 レイの言葉に頷いた。覚醒者は特に影響力が強いからお互いに高めれる相手でないと長く続かないらしいし。


「負の感情って誰でも強く感じるけど、自身も傷つける事に気が付いてない人が多いよね。舞桜の噂を嬉々としてまき散らしてる彼女も神官には絶対になれないし、ブラックリストに載った。舞桜が灰影達のターゲットのリストに載ってるのと同じだね」


 ベッド横の収納スペースからカシガナジュースを取り出して飲み始めたレイは言った後、クスリと笑った。


「……董佳様の囮には調度いいの?」


 と聞いてみたら、レイの顔には無理にしなくていいと書いてあった。


「灰影になるのを引き止めていられる人は少ないよ。霊気を扱うから出来るって訳じゃない。望じゃない事をさせるのは無理が出るし、彼らの中では人格者は排除される傾向にある。説教なんてすればうざいと言って暴力に訴えてくるからね」


 レイは肩をすくめておどけた顔をしている。


「難しいね」


 レイの様子を見るに今回は既に貢献していると言ってくれてるみたいだ。董佳様も無理にはしなくていいと言っていたし、休憩を挟んでから考えようと思う。


「自分で気が付くのが理想だよ。何故、自分の周りがそうなのかを見つめないとね」


「うん」


 変な言い掛かりをつけて来た彼は、いい人である彼との別れでどれだけフォローされてたか身にしみるだろうと思う。それで変わるかもしれないのだ。切っ掛けは何でも良いんだ。


「ま、灰影に運を拾うのは不可能だって確認は出来たかな」


 レイは何か一人納得していたけど、それが何かは答えてはくれなかった。


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