皇子の旅路 3
※ 3
星深零では訴えたホングと一緒に真偽官に話を聞いて貰う事になった。前の時は暴力を受けて散々だったが、加害者と会わないこの方法なら安全だ。念のために預けておいた嘘つき女のホングの尋問映像も参考に、被害を訴え捜査を頼んである。職場の上司にはその事で嫌みを言われたが、違法薬物の捜査と知って顔色を変えていた。
コミュニティー内の薬物入りのとすり替えた、という本人の告白とも取れる書き込みは、しっかりと押さえられていて、逃げる事は出来ない様にホングは手を打っていた。捜査はあっけなく終って、真偽も終わり、断罪の儀となった。ホングはこのまま旅行会社での仕事を続けるには問題があるとして、彼女達に毒物の鑑定を購入させようとしている。
「違法な薬物の被害にあっていますし、職場での移動の希望は通っていないようですね」
真偽官が書類を見ながら眉間に皺を寄せている。
「はい。旅行会社にコネのあるお嬢さんの様なので、彼女が辞めるとかはないと思います。それに、周りへのヴァリーの気遣いにも気が付いてませんでしたし。今回の事も周りに配慮していました。出来れば彼女達に、支払いをお願いしたいと思います。それで良ければ職をそのまま続けてもらっても、こちらは不問にしましょう。その事は希望としてお伝えしておきましたが……」
「良いでしょう。違法な薬物に関してはこちらも罰は受けてもらわないといけませんが、それとは別に、そちらの条件も聞いておきましょう。二人には危険な行為をしていますから、彼女達には自覚をして頂かないとなりません」
何故かホングの言葉に不敵に笑い始めた真偽官は、楽しんでいるみたいだった。外に出て、聞いてみた。
「さっきのはどういう事だ?」
「あれで上手くいけば鑑定の割引が利く様になるはずなんだ。違法薬物は本人達も反省しているし、初回だから犯罪区画には入らなくても、お金を払えば釈放されるんだ。つまりは彼女達には職場復帰出来る様にこっちは努力したと言ってあるし、実際戻るだろう」
実際その通りだから頷いて同意を示した。
「それで?」
「こっちが指定した違法薬物も見れる鑑定は高いから、向こうは必ず断ってくる。でも、職場の環境は変わってない。つまり、また被害を受ける可能性があると判断されるから、自分で買うなら星深零の紹介を付けてくれるんだ。それで割引が可能となる」
ホングを味方にしてよかった。そんなややこしい手続きをとれるのは頼もしい。案の定、断りを受けたので、星深零から購入する予定なら良い鑑定の紹介をすると連絡が来た。勿論、星深零の紹介付きなので割引が適用される。ホングと話し合って、食品、毒、薬物の鑑定を手に入れる事にした。異世界間管理組合の鑑定は何処の世界の毒物でも大抵は鑑定される。これでしばらくは大丈夫だ。早速、家に帰ってカイに収納スペースに紛れ込んでいるはずの物を確かめてもらった。
「糞っ。アキに教えて貰ったジュースに入れやがったのか!! これは聖の良いやつなのにっ!!」
「被害が増えたな」
「ああっ。部長の土産も幻覚作用が出る粉が掛かっているぞ!!」
「それは、配ってきた女性に聞いてみた方が良いな。余罪が増えたな……」
「っていうか、何で大事に置いてあったクッキーが無くなっているんだ?!」
涙が出そうだ。アキの手作りだぞ!? もう会えないかもしれないのに!!
「甘い物も喰うんだな」
「アキの甘くないジンジャークッキーだ。最後のを取っておいたのにっ!」
カイもなくなっているのはおかしいと、自ら幼竜の姿を取って収納スペース内を見ている。
「盗みも入っているのか?」
「そのようだな。もう一度、訴えても良いのか?」
「訴えても戻っては来ないと思うぞ……」
ホングは目を逸らしている。
「く、確かに。消え物は戻らぬが……二度と手に入らないかもしれないのにっ」
「僕のを少し分けるよ。いつまでも置いておくのも良くないよ。今度、一緒に食べよう。全部食べきった方が会えるかもしれないし」
「……そうだな」
付いた溜息は二つ重なって、今回の事件の気まずさを改めて思い知らされる結果となった。
最も、職場での女性達の待遇は変わった。違法な薬物を同じ職場の人間に、それも何度も食べさせるという異常な行動は男性職員の間でも恐怖のネタとなっていた。やはり、情報はどんなに押さえても何処かからか出る物なんだと確かめられた気はする。まあ、十中八九薬物捜査が入ったせいだ。そんな中に働きに出てくる彼女達を尊敬してしまいそうだ。心臓には毛が生えているに違いない。
「こんな事くらいで訴えるなんて、王子と言っても器が小さいのね」
「あそこも小さいんじゃないの?」
「付き合っているとか聞かないよね?」
「お金はないのは分かっているわ。やっぱり、小さな国の第七王子なんて貧乏なのよ」
「頭も悪そうだし、出世は無理よね?」
「周りの男達が変な目で見るのって、変な噂を流しているからだわ」
「それって、違反だよね。訴えても良いんじゃない?」
「あ、あれ、また仕入れといたよ」
「本当? 今度はハゲ部長に入れてやろうかな。こないだ〜、あたしの書類にミスがあるからって、他の職員にやり直してもらっているから見て来いなんて言うんだもん」
「ムカつくね〜」
「やり方が汚いよ〜」
「下剤くらいじゃやっぱダメだよ。例のあれも、もうちょっとほとぼり冷めたら手に入れに行こうよ」
廊下で話し合っている彼女達の声は、魔法効果の付いた狼の牙のイヤーカフスが拾っている。こんな風にまき散らされる彼女達の言葉は誰も信用はしていない。俺の周りで、もしくは他の職員達から聞いた噂で、反省のない危険人物と認知され、上司でさえもここの旅行業者から出て行く算段を話し合い始めた。
異世界間管理組合に出入りしている旅行関係の会社は多い。この部署の殆どの人物が、異動届を出しているが、誰も希望が通っていない。彼女達の手に一度でも渡った食べ物は全て廃棄され、男性社員による情報交換が盛んになった。一致団結して、辞表提出が決定している。出世どころか自分の命の危険を感じているのだ。仕方あるまい。
「まあ、理由が理由だけに、雇ってくれそうだが」
ここの噂は外には余り広がっていない。が、再就職の際は理由を述べないとならない。それで噂は出るだろうな……。
「いっそ、儂らで社を立ち上げても良いぞ?」
「良いですね。部長!!」
「冗談だ。営業許可は俺じゃ取れないし、手続きも複雑で無理だ。大手に引き取ってもらえる様に頼んでいるが、何人連れて行けるか……それに一からの再出発になるぞ?」
全員が辞職を望んでいる状態は異常だ。しかし、あそこに残るなんて勇者は誰もいない。
「この間、お腹を壊したんですよね。うっかり彼女達の入れてくれたコーヒーを飲んでしまって」
「気のせいじゃ無いのか?」
「いえ、それが、こないだ、部長に彼女達のうちの一人がやらかしたミス書類を直したら、すごい目で睨まれて……」
「うわ、目をつけられたか」
隣に座っていた同僚が涙目だ。ダメだ、もう、決してこの状態は元には戻らない。一体何が悪かったんだ?




