神僕の悩み 7&8
◯ 7
毬雅の頼み事の為に散々悩んで、素直に私用でちょっと頼みたい事があるとヨォシーにメールを送った。詳細を言った次の日にはグラメールさんから話を聞く羽目になった。
あてがわれた寮で集まり、グラメールさんはくすんだ緑色のマントを壁のフックに引っ掻け、目の前のソファーに寛いだ。毬雅がキッチンから紅茶を運んできた。
「人と波長の合う妖精は少ない。というか、一緒に育って行くと思った方が良い。我らの感情を受けて育つからな」
優雅なカップを手に話が始まったが、いきなりダメ出しだった。人と妖精の交流は難しいのか?
「どういう意味ですか?」
毬雅が隣で質問をした。
「自分の感情を受けて彼らも変わるし、成長して行く。妖精族である我らも森の気を感じて育つように、妖精も自然の気を感じて育つ。そこに人の感情を入れるのは余り良くない。特に、地上世界の人間は欲深いし、モラルも低い」
グラメールさんの顔は地上での人族の横暴を受け入れがたいと言っているみたいだ。確かに奴隷商人が新しく出来て、エルフを狙って襲撃をしてくる奴まで出ている。獣人も狙われているが、被害状況が今一分かっていない。
「えーと、私達じゃダメってこと?」
「そうでもない。妖精の側の方がよってきて自分と波長が合いそうだと認めれば問題ない。契約すれば良い。だが、無理強いは良くない。期限を決めてしばらく生活して大丈夫なら契約すれば良い。ここに集まっている妖精達は……はっきり言って地上に降ろすのは難しい」
「どうしてですか?」
「戦えるタイプではない。魔物のいる世界には連れて行くのは良い影響を与えない」
種類がまだ多くないと眉間に皺が寄っている。森の再生には欠かせないが地上の瘴気が抜けてからとか言っている。
「え、じゃあ。ここで飼うとかですか? あ、すいません。飼うって言うのは間違ってますね。ヨォシーにも言われたかも」
毬雅の言葉でグラメールさんの顔が一瞬で怒りの表情に変わった。直ぐに謝ったら許してくれたようだ。妖精の事を知らないせいなのは分かってくれている。どうやら地上の若いエルフ達の教育もこんな感じらしい。グラメールさんが嘆かわしそうに溜息を付きながらそんな事を言っている。
「そんな意識では妖精には近寄って欲しくない。愛玩物じゃないからな。ヨォシーはそれに近い扱いをしているようで全く違う。というかあいつが玩具な気がするが……」
途中から疑わしげな言葉に変わったが、気持ちは分からなくはない。その後は妖精の種類だとか環境によって変わった妖魔だとかの邪妖精は悪神の手先となって働く事も上げていた。
「その場合は戦って滅ぼすしか無い。純粋に悪魔と化すものまで出る。そんな風に成長させない事が大事だ」
「瘴気や邪気で育つととんでもない事になるのね」
「人の念を受けて育つのなら、気を付けないとダメだな」
「自身の心のあり方まで問われる。そのまま目の前に結果として現れるから厳しいぞ。もっとも、ある程度我の出来あがった妖精達ならそんな心配は殆ど無い。ここの自然公園でしっかりと育ててから地上へと下ろす計画だ」
「なんだ。脅かさないで下さいよ」
今の段階ではという話だったらしい。
「いずれは地上でも妖精達が暮らすくらいに持って行きたい。今のままではダメだ。だが、我の出来た妖精は大概人とは契約をしたがらない……そこが問題だ」
「そんな……。あんなに可愛いのに」
毬雅はまだ諦めてなかったらしい。生半可では契約はしない方が良いし、余裕がないと無理だろう。気長に構えるくらいが調度いいかもしれない。後でフォローをしておかないとな。しかし、可愛いという意見はグラメールさんも同じみたいで顔がほころんだ。
「可愛いだけではないぞ? 種類は豊富だ。精霊界が充実しているせいだろう。精霊界もだが、夢界、幻想界、冥界、これらは物質世界、魔法世界、霊世界の夢現を分けている肉体と精神のエネルギーをそれぞれ司っていると考えても良い」
「うっ……」
いきなり難しい話に入った。夢縁での勉強にそんなのは無かったぞ。世界の構造みたいな話だ。
「これらの世界のエネルギーを回しているのが神々だ。現界を司るよりも夢界や幻想界を司るのは難しいと聞いた。曖昧で不安定な力をどう扱っているのか……興味は尽きないが私の仕事は精霊界との繋がりーー魔法世界の維持だな」
妖精族とは本来はその役目を負っているとか何とかそんな話が少し続いた。俺達が夢縁(夢界)に入って行けているのはヨォシーが手配してくれたからだが、月夜神としてそんな修行をしているってことは何となく感じ取れた。
グラメールさんもここで知識を吸収しているらしい。俺達も負けてはいられない。妖精の見た目にだけ捕われて欲で契約とかとんでもない。魔法世界の維持に必要な種族と捉えるようにと心構えを教わった感じだ。勿論、毬雅と反省をした。
「分かりました。契約は今のままでは無理ですね。それよりも全員で協力をし合わないと地上への妖精達の誘致が叶わないのは困ります。エルフ族もドワーフ族もとても真剣に、妖精達が帰ってくる為の瘴気の除去に向き合っているし、神樹の僕として協力は惜しみません」
さすが毬雅だ。直ぐに問題に気が付いた。グラメールさんもそれで俺達に話をしにき来たのかもしれない。
「うむ。お互いの仕事の把握はしたほうが良さそうだな」
やっぱりそうだ。それに俺達のやっている事にも興味があるみたいだ。カジュラさんとの話し合いは割と多い。それは日本冥界がアンデッド協会に依頼をしているせいだ。しかし内容は……お化け屋敷と変わらない。色々と制約はあるが日本神界の依頼で日本冥界がアンデッド協会に依頼し、死神の組合の監視のもと犯罪者に刑罰を与えているのだと、やっと理解した所だ。
「今現在の一番の困り事の奴隷商人の事は、ヴォレシタンさんとも話を詰めた方が良さそうですね。聖騎士としても真偽を司る彼なら色々と知恵を授けてくれると思うんです」
まとめは彼におまかせが良い気がする。俺達じゃ天上世界の一部になってるみかんの町はまだ理解が及んでいない。
「それについては話はしたがさっぱり分からん。お前達は、何か分かるか?」
迷うように聞かれたが、グラメールさんがそんな感じなのは珍しい。しかし、気持ちは分かる。
「……えーと」
「うっ、そ、それは……」
三人の目線が相手の顔を伺いつつも視線が合うのを避けるかのごとく宙を泳ぎまくった。あの話に付いていける頭を全員が持っていない事が分かった。この調子では相談もままならない。恥を忍んでここはもう一回、ヨォシーに頼もう。俺の提案に二人はホッとした表情で頷いた。
◯ 8
カジュラとグラメールさん、そして久々に四人揃った仲間で、みかんの町の寮の中でヨォシーを待った。呼び出しを受けたヨォシーが時間通りにやってきたので早速話を始めた。
が、土産の温泉饅頭はしっかりとその前に受け取っておいた。どうもこれがないと最近は落ち着かない。まさか常習したくなる様な変な物が入ってないだろうな?
「メールでは良く分からなかったけど、真偽の組合についてで良いの?」
「いや、言葉自体というか役目というか、その辺りがさっぱり分からない」
「んー、信仰も度が過ぎると良くないからバランスを見てくれるんだよ。前も言ったと思うけど、裁判とか司法系と思ってよ。法律を決める……立法はみんなに任せてるでしょ? 聖騎士と直轄地のルールはヴォレシタンさんが頑張って決めて、最終は通せるか真偽官と話し合ってるし」
確かに他の国とかと対抗出来る組織としては大事な所だが、具体的に何をやっているのかまでは知らなかった。
「確かに意見は聞かれるが……」
グラメールさんは既にイライラしている。国の取り決めとかって難しくて俺達には理解しにくい。必要なのは分かっているが、そこまでの知識を求められても困る。
毬雅が、お茶とお土産の饅頭をテーブルに載せた。会議は饅頭を食べながらになった。
「それに、神罰を下すに値するかも見るんだ。それも大事な彼らの仕事だよ」
「成る程。確かに人族の盗賊連中は、神罰者として新たに収容施設に入って行っていました」
カジュラさんが言った言葉に驚いた。知らなかった……。ポカレスに助けられたあの事件で捕まった盗賊の一味はそんな事になってたらしい。まあ、盗みも殺しも見境無くでかなり酷かった。
「悪神の手伝いをしていたから当たり前だけど、罰があるよね……。それがどのくらいの罪かもね。こっちの与える罰と、罪の深さをはかって重過ぎる罰なら軽減を求めたり出来るのが彼らだから。逆に軽すぎる時は重い罰を提案してくれるよ」
「へえ。何を基準にだ?」
そこら辺がさっぱり分からないと、カジュラさんとグラメールさんは言っている。
「この世界はダンジョンもあって王政が多くて、少数部族がちらほらとあるくらいの文明で、こないだまで悪神と悪魔が奴隷商人や、冒険者ギルドを牛耳っていて、外のブランダ商会が資金を提供してそれらを支えていた訳だから、そういう所を配慮して決めてくれてるみたいだよ」
「……」
だから何の基準だ。さっぱり分からん。
「えーと、飢えで盗みを仕方なくとかなら世界情勢的に酌量とかあるってことかな。盗みをしたら裁かれるってことを教えて、稼げるように文字を教えたりして社会に戻れるようにするんだよ。冒険者なら剣や弓とか教えてるあれだよ」
「成る程。世界樹の教会での教育が活きる訳か。奴隷だけじゃなくて社会的弱者の為の教育って、これの事だな」
グラメールさんは納得したらしい。
「そうだよ。それでも再犯を重ねるようなら、犯罪者としての烙印を押されるかな。教会には入れないようになるんだ。入ったら聖騎士に捕まって追い出されるか、罰を貰うか……まあ、まだそんな事態にはなってないけど」
「という事は人を殺したとかの殺人者や盗人は教会近くには寄れないという事に?」
「そんな感じだね。後、冒険者組合にも入れないはずだよ。罪を償って改心しないとダメだよ」
「犯罪者がポーションを手に入れにくくなるってそういう事か……。ヴォレシタンさんの話がやっと分かった」
前に聞いた時はさっぱり分からなかった。
「まあそんな感じだよ。でも完璧じゃないけど。確か、ナヴォーシェン秘密結社みたいな闇のポーション屋が出来たり、もうしているんだよ」
ヨォシーの言っている事に心当たりがあった。
「ネイトローグ商会か?」
坂本が聞いた。知ってはいたが問題視してなかった。この問題は結構大きかったんだな。ヴォレシタンさんが部下を偵察に行かせていたはずだ。
「旧冒険者ギルドの元マスターの置き土産だね」
ヨォシーが溜息を付いていた。
「ろくな事しないな」
吐き捨てるように言えば、全員が頷いていた。
「本当ね」
毬雅も呆れている。
「悪人の方が力が強いのが問題かな。もうちょっと良識のある人が集まる場所が必要だよね。何かバランスが悪いと思うんだ」
意外にもヨォシーが神らしい事を言っているかもしれない。隣人同士で疑心暗鬼に捕われている世の中じゃ暮らしにくいのは分かる。自分以外全員を疑って生きてたらまともな生活が出来ないしな。
「聖騎士の存在が重要ってことね。見本となるとか言ってたもの」
毬雅がヴォレシタンさんの言葉を繰り返した。それは俺にだって分かっていたさ。
「普通にしてたら皆は大丈夫と思うよ? 法律に引っかからないよ。分からなかったら聞きに行けば良いんだし、大まかな法律が揃ったら相談も受け付けるようになるから」
弁護士に相談とかあの辺りらしい。
「まあ、安心したよ。まだまだ途中ってことだよな」
「そうだね」
そこで結局はヴォレシタンさんとの話し合いがもっと必要だってことが分かった。一度に聞かずに小出しに聞こうとグラメールさんと話し合った。それでこの会合は終わりになった。
だが、何かおかしい。キッチンテーブルの上の饅頭が全部いつの間にか消えている……毬雅が残してくれてたはずだ。
「饅頭の持ち出しは罪か?」
全員が振り返った。が、グラメールさんの肩がびくりと動いたのは直ぐに分かった。何も言わずに手を出したら剥れた顔で饅頭を出してきた。油断も隙もない。
神聖なる祈りの水を使って作られた温泉饅頭だ。欲しい気持ちは分かる。というかこの饅頭、邪気払いまで出来るぞ……。悪神にこれを投げつけたら退治出来ないか?
グラメールさんは未だに名残惜しそうに饅頭を握っている。仕方ないのでこっちの人数分だけ返して貰って残りは渡しておいた。全くしょうがないエルフだ。
「あ、カジュラはこれ食べれなかったね。気が付いてなかったよ。ゴメンね? こっちの新作の月の癒しの大福で良いかな」
何処かからか出したウサギ印の大福を渡している。あれも美味そうだ。こっちには無いのか?
「ははー、有り難き幸せ!!」
カジュラさんは相変わらずだ。両手で捧げ貰う形で受け取って満面の笑みを浮かべている。それで解散になった。ヨォシーは忙しいのか第三房に用があると出かけて行った。ここには殆ど泊まりに帰っていない。他に拠点があるのだろう。
「大福は貰えなかったな」
永井……そんなにがっかりするな。
「お米とか値段が全く違うのって霊力が籠っているかどうかで変わるから、あの大福もこの温泉饅頭もものすごい値段なはずよね」
「毎回土産に貰ってたら悪いよな……」
坂本が物欲しそうな顔をしつつも遠慮する言葉を出している。欲しいけど彼の親切につけ込むのは良くないのは分かる。こっちも欲が出る程の物だ。全く貰えないとかならここでの生活は惨めな気持ちになりそうな場面もある事は認める。それでも催促はちょっと控えようと俺の中の良心がブレーキを掛けている。
「こっちからくれとは言いにくいな」
坂本も同じ意見のようだ。
「俺達の稼ぎじゃ買えないのだけは分かっている」
「ヨォシーの給料って一回聞いてみたいよな」
永井が興味あるみたいだ。確かに気にはなる。
「聞かない方が精神的には落ち着いていられそうな気がする。見習い神とかって給料良さそうだ……」
坂本は精神衛生上聞かない方が良いとの意見みたいだ。
「それもそうね。カフェにケーキとか卸せるくらいなら料理の腕前もあるんだもの」
特技を活かしているのなら稼ぎが良いのは分かる。
「呪いの解除とか呪符を使った方法を夢縁で習ったけど、魔法でも出来るんだよな?」
永井が眉をひそめている。
「アキが奴隷の首輪を外してたよな。あれと同じ様な感じだろ?」
「魔法の扱いって神界はなんだか違うね……。攻撃に使っているのはここでは見た事無いんだけど」
毬雅が首を傾げている。
「いや、訓練場ではとんでもない攻撃魔法が飛び交ってたぞ」
「闘神の為の訓練場だったっけか? 見に行ったのか」
「シュウ達は行ってないのか? あそこはすげえぞ。目標が出来るって感じだ。あそこまでとは言わないけど、もっと俺達もやらないとって気になるぜ!」
「武器も防具もあの近くの物はとんでもない。まあ、値段も手が届かないが……」
「診療所のバイトは私レベルじゃ出来ないみたいなの。神々の治療にはまた違う基準があるってリーシャンが言ってたわ」
毬雅の目が悲しそうに下を向いた。神々の基準に俺達はさっぱりと届いていない。ここでは下っ端だと身にしみて分からされてる気がする。何も出来ない。その事に落込む。
いや、仕事はちゃんとやってはいる。中々成果の分かりにくい仕事は苦手だってだけだ。自分達で気が付いた事を報告するだけの生活に意味があるのかが良く分からない。役に立っているのかどうか知りたい。
少し悩んで、ヨォシーにそれとなくメールで聞いてみた。俺達の報告は何かの役に立っているのかと。
返事には俺達目線でのこの町の姿を知れるから役に立っていると書かれていた。
不自由があるならそれを素直に書いてくれた方が良いとか……。レポートは感想も入れていいとか色々とアドバイスが書かれていたので少し安心した。等身大でいいらしい。何か重要事件を探してそれを暴けとかそんなのは考えなくていいってことだ。
気を張りすぎていたみたいだ。地上での戦闘を忘れてのんびりしても良いし、自然公園で気を抜いたピクニックとかそんな過ごし方もありみたいだ。
「なんだ。気を入れすぎてたのか」
「どうしたの?」
毬雅が図書館で借りた本を手にリビングに降りてきたので、ヨォシーからの返信を見せた。
「あたし達の意見を聞きたいってことね? 良かった。日本人街の人達の中には権力に敏感な人が多いというか、それで差別をする人が目立つかも。それも報告にまとめても大丈夫ってことでしょ?」
「確かに。日本冥界か、神界かそれで派閥も出来てるし、何か対立している感じが伺える……」
「こういう肌で感じる厄介ごとになりそうな事柄を上げていった方が良いと思うんだけど。どうかしら?」
「なんか仕事している気分になってきた。それが良い。そうしよう。皆で色々テーマを上げても良いな」
「そうね。今度仲間内で会議ね」
毬雅の顔に笑顔が見えた。わだかまりというか心の隅に引っかかっていた役に立てないんじゃないかと言う気持ちはすっかり晴れている。
毬雅も同じなのだろう、鼻歌を歌いながら本を開き始めた。「謎多きガリェンツリー世界の歴史 Ⅰ トイロペス著」とか書かれている。ここの世界の歴史は興味はあるが、小難しそうだ。毬雅が読めたら借りても良いかもしれない……一分も読まないうちに眉間に皺がより、五分後には本を閉じた。……成る程、俺はその本は手にしないでおこう。
次は12日の予定です。




