馬鹿に付ける薬
7000文字ありますので二分割して番号をふってます。ミハイルさん……覚えてる人はいるのだろうか。
◯ 1
目の前にムカつく奴がいる。
ガリェンツリー世界の天上世界の隣の町で、魔族の行動を制限しろとみかん町長に役所に呼び出されたあげく、命令されているからだ。地獄の気から生まれる魔物の始末もしてない町長よりも、何故私の方が下なのだ。納得いかないが、町長はここでは偉いという。
マリーに言われたからしたがってやってるが……。ムカつく。
「ハイドーリアさん、町の往来での喧嘩騒ぎはしない様に取り締まって下さい」
みかんのへた色の目が厳しくこっちを睨んでくる。何故出来ないという顔で言われたらイライラする。チビのくせに……。
しかし、煩わしくても同族の為なら我慢は出来る。何処にも行く宛のない我らの同胞を受け入れてもらっているのだ。天上世界の神には恩義はある。仲間の為には間を取り持つとか言う事もやらないとならない。そうでなかったらこんなチビ等、拳で殴ってやる所だ。
「分かった。だが、口の聞き方はもっと勉強しろ」
頭一つ分くらい低い奴に向かって、マリーに良く言われる注意をしてやった。
「それはそちらです。二十回目の注意ですし、配慮が出来てません」
奴は額に筋を立てて、更に眉が片方上がった。同じくこちらも戦闘態勢に入る。そうか、無礼だとお互い思っているなら話は早い。
「力で勝負だ!」
相手の視線で、ダメ人間だとのレッテルを張ろうとしているのが分かる。拳を突き出し、その根性を叩き直してやろうと意気込む。
「はぁー、お話しになりません。英雄と言われて天狗になっているのですか? 脳筋と言われて悔しいと泣いたと聞いてますよ?」
「なっ!!」
こいつのどうしようもない馬鹿と言っている、上から目線が気に入らんっ!
が、そんな事より、何で知っているのだ! マリーに言った事を、こいつは知っているのだ!? 何処まで聞いたんだ?
マリーめ、人の弱みを話すなど、闘神として失格だっ。仁義に反するっ。てめえが教えといて反古にしてたら信用がならんっ。特にこの怪しい町長には決して言ってはならないぞ!!
そんな感じに怒りに震えていたら、町長はまたしても溜息を付いた。行動の一々にイライラが募る。
「溜息付くなっ!! うざいぞっ」
「力で押さえつけるやり方は、ここでは通用しないと勉強してください。地獄の気と向き合うなら、忍耐力も養わなくてはいつまでもダンジョンの中には入れませんよ?」
「貴様!! 行けるのなら何故魔物を狩らない!」
あそこを綺麗にしないとならないのがここのルールだ! もしくはそれに貢献している我らを支えるかだ。あの荒れた地獄の気に恐れを抱かないで進む気持ちを持つのが使命だ。そしてあの最奥に行くだけの力はマリーの出した最低条件だ。必ずやり遂げる。
「ここに集まる闘神、死神を纏めるのが我々の仕事です。役割があると言う事をお忘れなく。闘神に厳しく言われてませんでしたか?」
「うぐっ」
なっ、またしても……マリーは口が軽いぞ! というかここを纏める役割がこいつの仕事だと!? トップという事か? 知らなかったぞ。マリーよりも強いのか? 闘神は数多くここに集まるが、この役所で普通に闘神と言ったらマリーを指す。
「口喧嘩は私の勝ちです。負けを認めて魔族の闘神と死神達を、しっかりとここのルールでもって動く事を教えて下さい」
「いぎぎぎぎぎぃ〜っ、覚えておけっ!」
「嫌です。貴方の方が忘れるので」
腕を組んで、今度こそはっきりと馬鹿にされた。
「いつそんなこと、「言いましょうか? まず、道にゴミを捨てない様に教えた時は、町の景観と犯罪率の低下に付いてお話をさせて頂いたはずです」」
「いい! もう良いっ。説教は沢山だ!!」
思い出した。こいつに歯向かったらいつも長い話が始まるんだ。意味の分からない話を延々とされたら、調子が悪くなって魔物との戦いに影響が出る。いつもの感じを取り戻すのに苦労するのだ。耳を塞いで私はそこから立ち去った。
「全く恐ろしい。説教だけで体調を壊させるなんてどんな力だ」
愚痴りながら役所の外の看板に書かれた「みかんの町第二房」の文字の横を通り過ぎる。黒を基調にした町が見えて来た。
アンデッド達の廃墟作りのせいで、新しいはずの白黒の町の雰囲気が灰色に染まって台無しだ。魔族だけでなく、アンデッド達も注意をするべきだ。
だが、個人的にはこのくらいの散らかりなら逆に落ち着く。まっさらな綺麗さはどうも落ち着かない。なので私としては全くもって問題ない。奴らを非難する気もないし、町長に売る事もない。
さっきの出来事を思い出しつつ、そのままアンデッド街を通り抜け、気味の悪い真っ白な建物の横を走り抜けた。あの建物は日本冥界の管理する建物だ。
刑務所とか言っていたか。要は罪人の宿舎だ。ここから第一房のアンデッド協会のやっている黒薬草学研究所まで毎日歩いて通って、そこでここの連中は働いている。
……たまにゴーストやレイスが乗り移ったりする「お仕置き」とやらを依頼されるらしいが、何故なのかは良く分からん。罪人にやる気を出す為に、わざと活を入れているんだとか言ってたか。
確かに元気に走り回って奇声を上げて楽しんでいるのをみれば、気晴らしをしてやっているのが分かる。その「お仕置き」で発散した気は自由に取り入れて良いので、ここでの食事はしっかりと取れると聞いている。魔族の喧嘩で漏れた気は彼らの食事だったはずだが、ここでは他にも食い扶持があるのだ。それもちゃんと仕事としてだ。
つまり、喧嘩をしなくてもアンデッドは困らない。我らの習性が活かされないのは良くない。私だって少しは考えている。
それに収容されている罪人達の一部は、地上世界での神罰者の給仕やら、部屋の掃除をやらせている。どう見ても奴隷だ。強制労働とか言うのは奴隷とどう違うのだ?
刑期が明けたら普通になると言っていたが、給料はもらえないと仲間が聞いたのを教えてもらった。飯は中々うまい物を喰っているとはいえ、自由が制限された生活なのは嫌なもんだ。
「お、ハイドーリア」
呼ばれてみれば、マミーの死神の男が手を振っている。
「ミハイルか」
ここに住む下っ端のアンデッド達を、メトローンと一緒に治めている資格保有者だ。マリーの下っ端のアキに紹介してもらった死神だ。
アキは時々、月夜神に変わるが良い奴だ。癒し手は戦わないのは許される。それに貴重な月の癒し手だ。何度世話になったか分からん。だが、良い癒し手が狙われるのは分かる。奴の名を出さない様に言われて契約とやらをしたしな。そういえば最近みないが大丈夫なのか?
「どうした。怒っているのか?」
「町長に呼び出された」
「説教されたのか?」
からかう様に言われたが、嫌みな感じはない。そもそも、呼び出しはいつも説教の為だった。
促されて廃墟の倒れた石柱に腰掛けて話を続ける。懐からミハイルが月の癒しのクッキーを出した。みかんなカフェの物だ。
初期は光の陽の癒しのクッキーが主だったが、最近はこっちも売り出されている。聖は聖でもこっちの聖の方が落ち着く。ダンジョンでは精神保護をしてくれるので必需品だ。最近はこれを作るアルバイトが解禁されたとか言っていたな。
「魔族の喧嘩は押さえるのは無理だ」
遠慮無くクッキーを口に入れて質問に答えた。
「確かにな。種族の特徴だ。まあ、道ばたでいきなりやるなと言っても聞く連中じゃない」
「その場で決着は魔族の伝統だ。後腐れなくてスッキリする」
クッキーの癒しは怒りを鎮めるのにも役に立つ。克実ブランドの月夜神シリーズの物は全て要チェックだ。
「だが、この第二房以外ではそれは良くない。こないだはドワーフの鍛冶屋が喧嘩に巻き込まれて腕を折ったらしい」
ミハイルも気にしてくれているらしい。確かに戦闘ではなく生産を主にやる連中は必要だ。それは分かる。良い武器を手に入れれるのは奴らのお陰だ。
「ちゃんと謝ったと聞いたぞ?」
「町長がいい治療をしてたから問題はなかったが、下手をしたら追い出されても文句は言えない。職人の腕を折るなんて……奴らはそれで喰ってるんだ」
「う、そ、れは不味いな」
治療をしたという事は町長は癒し手なのか? 勝負に挑まないのはそのせいだったのか。
「町長もお前が魔族の代表としての自覚を持って欲しいと言ってた。場所を移すくらいの事はやれるだろうってさ」
「配慮をしろとはそういう事か?」
「それ以外にないだろう」
当然の様に言われたが、ちゃんとそう言わないと分からん。
「マリーにも状況判断を大事に言われた。それが出来てこそ地獄の気に立ち向かえると。感情のコントロールだ」
「煽られて頭に血が上って、直ぐ喧嘩じゃ相手に良い様にされる。感情に負けない芯を持て」
「どういう意味だ。むずかしい」
「人族は魔族を煽って悪者にするのが多い。ここでも繰り返すようなら、ここの神々も魔族を見捨てる。いや、見捨てざるを得ない」
深刻な話だ。
「確かに人族の手口は良く聞く。卑劣な手を使うと」
「ずる賢いが、それが奴らの強みだ。魔族の強みは感情に素直な所だ。嫌な事は直ぐ発散して忘れ、楽しく暮らす」
「奴らは違うのか?」
「個人感情を集団に移す為に権力を使う。教育するんだ。魔族は悪だと」
「違うぞ! 悪神の徒ではないっ」
そう罵られ、否定しても聞く耳を持たない他の種族を思い出す。大義名分だとか正義だとかをかざしてやってくる勇者の軍に父上は魔王として倒され、仲間は住む場所を奪われ逃げても潜伏しても見つけ出され……自分の世界の魔族はそうやって滅びて行った。
そして、憎しみに捕われた私を拾ったのが悪神だ。美味しい話ですっかりと騙され奴の手伝いを随分やらされた。あんなに否定していた悪に身を落として……。
唇を噛み締め、当時の気持ちが蘇ってくるのを何とか押さえた。この訓練は繰り返した。目の前のマミーを睨む。
「分かってるって。落ち着け。昔のお前の世界でもやられたろう? それをさせない為に魔族も変わらないとな」
ミハイルは真剣だ。町長にもこのくらいの真剣さを求めるぞ。
「確かに。あれは繰り返したくない。……お前も魔族なのか?」
くぼんだ眼下に灯っている光を見る。目はないが、光の揺らめきと強弱を見れば声の調子と合わせ大体の感情は分かる。
「いや、違う。砂漠の民のヒッチャド族だったが、それも滅びた。力を持つ者は狙われる。額にあった魔力を溜める結晶を狙われた。まるで魔物の素材を剥ぐかのようにな」
種族ごと滅びたという。
「そうか。さぞ悔しい思いを……」
「家畜のように奴隷として飼われるのを厭い、最期は王が自らの宮殿を燃やし尽くした。それがマミーとして目覚めた時の最初に見た光景だ。この姿は我らがいた事の証だ。額をナイフでこじ開けられたこの姿が誇りだ」
「それがお前の強さか?」
「そうだ。アンデッドとして蘇った理由だ。悲劇は繰り返させない」
「それで、良い案はあるのか」
「ない」
「…………」
即答かよ。申し訳なさそうな気を発した後は顔をそらして頭を掻き出した。肝心の策がないとは使えない奴だ。だが、話は出来てよかった。腹を割って話すのはいい。何者か分かるし仲間としてお互いに認めれる。ミハイルとはそこで別れて魔族の住居区に向かいかけて足を止めた。気晴らしにお気に入りの自然公園に向かう。
◯ 2
移動しながらさっきの続きを考えた。喧嘩をする時には既に頭に血が上った状態だ。その状態を止めるなんて魔族の誰もやらない。拳での話し合いはその場の勢いだし、それでなければ話は通じない。大体場所を移っている間に気がそがれて喧嘩の理由を忘れるじゃないか。そもそも他人の喧嘩を止めるなんて意味がないぞ?
「どうしろというのだ」
丘の上に付いた。草原が広がり、風の通り抜ける良い場所だ。町を見下ろす位置に腰を下ろして夕暮れのピンクの空を見上げた。ゆっくりと精霊達が横切って飛んで行く。丘の向こうでは狐精霊が人の子を乗せて走り回って楽しそ……なんだあれは!!
「おかしいだろが!!」
思わず突っ込んだ。狐が空を駆けている。いや、精霊なら何でもありか? いやいやおかしいだろう。天空を翔るのは翼を授からねばならないはずではなかったのか?!
視線に気が付いたのか黒狐がちらりとこっちを見た。少し警戒したのか草原の奥に向かって走り出した。
「どうなっているんだ……」
ここは不可能も可能にする場所だとはマリーは言うが……能天気な魔族だって頭を抱えるぞ?! と、思っていたら狐と子供が帰ってきた。警戒したのではなかったのか。
「ハイドーリア。久しぶりだね、アキだよ。えっと、姿は変えてるからヨォシーだけど」
狐の背から降りて懐かしい名を出して来た。一年も顔を見てない相手だ。
「魔族の英雄か?」
「ああ。そっちは分からん」
黒狐にはその通りだと返事をしたが、アキだと言う子供には警戒した。
「アキか。うむ、真名はそっちか? 通りが良い」
目を細めていう精霊に、仕舞ったという顔の子供が振り返っている。
「あー、秘密にしてね?」
「あれをくれるならな。名付けでも良いぞ」
名をつけろとは逆ナンパか? 珍しい。
「ダメだよ、クロ。カシガナはいつでもあげれるよ」
「違う。飴玉だ」
「あ、あれ? もう使ったの?」
「豪気の扱いが取り易い。それ無しでもあれだけ使えれば良いが……瘴気の入った気は長時間は無理だ。力がいる。それを使うと何となく扱いのヒントになる」
目の前で話をしている二人に質問をしてみる。
「さっき飛んでた気がするが、狐は飛ばないんじゃなかったのか?」
「あ、練習を見てたんだ」
「人間が空を飛ぶのだ。オレも空くらいは駆けてみせる」
胸を張って応えやがった。そんなに威張るな。だが、狐の足に巻き付いている物に気が付いた。
「空歩の靴か?」
あれは画期的だ。狐用にもあったのか。
「モニターを頼んだんだ。魔法生物にも使えるし、妖精にも使える。精霊の戦闘にも耐えれるか試してもらう為に扱いの説明をしてたんだ」
「なんだ、物売りか」
警戒するのはやめだ。奴らは便利な物を持ち込んだり外に運んだりしている商人だ。今日まで町長の取り締まりはこいつらだけだと思ってた。
「これも慣れると、無しで空を駆けれるよ」
「特訓だな?」
「何っ!? そうなのかっ! 私も混ぜろ。特訓する」
「え、そう?」
「何を驚いている。そんなの自分の力になるならやる」
「出来ると思ってたよ」
「つべこべ言わずに教えるのだっ」
こういうのはワクワクするぞ。十分程こつを聞いてやれば直ぐ靴無しでも出来た。簡単ではないか。夜の紫色の空を裸足で駆け、狐精霊と手合わせをやりすっかりとここに来た悩みを忘れた。精霊の方もリストバンドの扱いは慣れたようだ。もっとやれば私のようにリストバンド無しでも戦える。
「後はリストバンドの方もなくして大丈夫になれば、宙を掴んでの動きが加わるからね。マリーさんなんかお尻でも何処でも跳ねてるけど……」
「分かるぞ。奴らはおかしい。しかし、あの動きはこのせいだったか」
変態と思っていたが……いや、極めたらあの動きに付いていける。変態への洗礼は悩む所だが強くなるのなら避けて通れん。
クロが契約主に呼ばれたみたいで、さよならの挨拶もそこそこに走って行った。あいつは契約主がいたのか。浮気は御法度だと聞いてるぞ、良いのか?
「お前の説明は分かり易いぞ。手の方もこつを掴むまではこれを使うとしよう」
良い買物だ。自分の身になるなら金は惜しまん。満足だ。
「本当?」
「空中の蹴り出しは、ボールになるか壁になるかだな。あっしゅくだのは分からんがこれなら分かる」
今直ぐ狩りに行きたいくらいだが、こいつのくれたベーグルサンドはそれを止めるくらい美味い。あの精霊も餌付けされたんだな。分かるぞ。二つ目にかぶりついて、貰ったジュースで喉を潤す。体がこれだと言っている。美味い。気が付いたがみかんなカフェの味だ。
「すごく美味しそうに食べるね」
「みかんなカフェの味だ。美味い」
「聖の食べ物も大丈夫になったんだね」
「何で悪神だったと知っている? ここに長くいるのか?」
「一緒にサラーデさんとかの魔族のいる世界に向かったよ。魔物肉は未だに食べれないよ僕は」
「本当にアキなのか。まあ、どうでも良い。ヨォシーは町長を知っているか?」
「知ってるよ。種族間のいざこざにいつも忙しそうだよ」
「……今日、怒られた。道での喧嘩はダメだと言われたが、奴らにそんな事を言って聞く訳がない」
一緒に飯を喰う仲だ。相談しても良いだろう。
「そうかな。きっとちゃんと説明したらやってくれるよ。だってハイドーリアさんは魔族の英雄だよ? ここにいる人達は闘神に死神が殆どだし、やれば出来る人が揃ってる。ハイドーリアさんが一番にやらないとならないよ?」
サンドのマヨソースとかを頬に付けたヨォシーが期待の目で見てくる。私が一番にする?
「どういう意味だ?」
「憧れの英雄がやる事は真似をするし、英雄の言う事は聞く。魔族の希望を背負っている人に従うんだ。腕力じゃない信念を貫いたんだから、みんな付いてくる。英雄って大変だけど、出来るよ。実際、ハイドーリアさんはカッコいいし」
照れながら言われたらこっちも何か気恥ずかしい。
「そ、そうなのか?」
「町長がハイドーリアさんに言うのは、魔族の見本となって欲しいからだよ、きっと」
「………… 」
ヨォシーの言葉は分かり易い。きっとこいつもバカだから通じ合うんだ。しかし、小っ恥ずかしい。けど、うれしいので小さく礼を言っておいた。
暫くして町長からの呼び出しは減った。たまに呼ばれるが前程嫌じゃない。それに、子供の夢は壊せない……。




