前世シュークリームな悪役令嬢の優雅な戦い
初めての悪役令嬢!戦闘描写の練習も兼ねて、シュークリームバトンで短編を書いて見ました。
金髪、碧眼の見目麗しい幼女は、テレビアニメを見ていた。
ちょうどテレビでは、緑色のスカートが特徴的なセーラー服を着ている美しい戦士が、必殺技の雷撃を敵に放ったところだ。
その時、この幼女、シュークリーゼン嬢は、前世の記憶を思い出した。
前世で、自分がシュークリームであったことを。
「お兄様、ワタクシ、思い出してしまいました。ワタクシは、前世で、シュークリームだったのですわ!」
まだ10歳にも満たない幼女は、突如天啓のように降りてきた自分の前世の記憶について、興奮しながら、隣で一緒にアニメを見ていた兄に伝えた。
一つ年上の兄は、いきなり前世がシュークリームだと語り始めた妹を、冷たい目で見下ろす。
「妹よ、何を言っているんだい。シュークリームの生まれ変わりなんて、あるわけがないだろう。大体、前世なんてもの自体あるわけ……」
そこまで言うと、兄は言葉をとめた。なぜなら突如として、彼も前世の記憶を取り戻したからだ。
彼は前世では乙女ゲームを嗜む立派な婦女子だった。前世の記憶を取り戻したが、ほとんどがアニメやゲームの記憶である。
現在は男の身の上でありながら、妹と一緒に明らかに女の子向けのアニメを楽しんでいるのもきっと、前世が女性だったからなのか、と一人納得していると……ふと気づいた。
この世界は前世でやりこんでいた乙女ゲームの世界であり、自分の妹が、ヒロインを苛め抜いて、国を追われる悪役令嬢であることに。
「妹よ、神妙に聞いて欲しい。この世界は、乙女ゲームの世界で、シューはヒロインを苛め抜く悪役だ。そして、ヒロインによって、国を追われて、一家路頭に迷うことになる。今現在婚約中のマッサリー王子は、高校に入学したら、別の人を好きになるかもしれないけれど、その人はヒロインだから決していじめてはいけないよ」
兄が、意味不明なことを言い出したので、シュークリーゼンは上から下まで、兄を汚らわしいものをみるような目でねめつけた。
「何をいってらしゃるのお兄様。この世界がゲームの世界だなんて。気でもふれたのかしら? でも、万が一、お兄様のおっしゃるとおり、ワタクシのマッサリー王子にちょっかいを掛ける女が、これから出てくるとしたら、ワタクシ容赦いたしませんわ。そんな女、痛い目を見て当然ですもの。王子の銀髪の綺麗な髪を塔のように結い上げるのはアタクシですわ!」
シュークリーゼン嬢は、お人形遊びが大好きで、その中でも髪をいじるのが大好きだった。まだ年端も行かない女の子ではあるが、王子の綺麗な髪をいつか自分の思い通りに出来るのだと思うと嬉しく、親の決めた婚約ではあったが大変乗り気である。
王子の綺麗な銀髪を思い出して、シュークリーゼンは頬を染めると、いつの間にか、テーブルの上に置かれたシュークリームをモシャモシャと食べ始めた。
前世、シュークリームだったと言っていたのに、食べることには抵抗がないのか……と内心で思いつつ、兄はすでに悪役として出来上がりつつある妹にため息をついた。
しかし、高校入学までに時間もあるので、自分がどうにかすれば一家没落はどうにか回避できるだろうと思い直し、兄は気を取り直して、アニメの続きを見ることにした。
それから数年経過し、シュークリーゼンは高校に入学し、ヒロインと遭遇、現在は高校2年生に成長していた。
王子は既にヒロインの虜になっており、シュークリーゼンはハンカチを噛みながら、キーッと悔しさを表現したり、体育館裏にヒロインを呼び出しては、いびる毎日を送っている。
前世の記憶を取り戻した兄であったが、アニメが面白かったので、その後すっかり忘れてしまっていたので、妹とヒロインの動向を見ていなかったのがいけなかった。
しかし、妹シュークリーゼンが高校2年の秋、ヒロインが、背後に5人の美男子を引き連れて妹の前にやってきたのを見て、兄は、再度思い出した。
あ、そうだこの世界は乙女ゲームの世界だったような気がする、と。
よく見るとヒロインの後ろに控えている5人の貴公子は、ゲームの攻略対象。王子以外のメンバーが顔をそろえていた。
好き勝手やっていた妹にとうとう断罪の時間がやってきたようである。
ヤバイ、一家没落か……と焦った兄ではあるが、妹は堂々とヒロインを向かい討つ体制であるので、しばらく様子を見守ることにした。
妹、シュークリーゼンは、綺麗な金髪をバベルの塔のように上に、上に盛りに盛って、今にも崩壊せんばかりの高さを誇っていた。彼女は自分の髪型のことを『マウントペガサスマックス頂点盛り』と名づけている。
「あーら、庶民のパンデリーゼさん、ごきげんよう。本日は、小賢しい手で、モノにした殿方を連れていかがされたのかしら?」
「だまれ! シュークリーゼン! お前が今までパンデリーゼ嬢に行なった悪行は全て分かっているのだぞ! 恥を知れ!」
シュークリーゼンの挑発に最初に乗っかったのは、生徒会副会長のワッキーヤである。めがねをクイッとあげ直して、お高くとまった女を見下すように叫んだ。
しかし、ワッキーヤの叫びなどにひるんだ様子を見せず、シュークリーゼンはパンデリーゼを見続ける。
シュークリーゼンも美しい少女であるが、パンデリーゼも大変にかわいらしい少女であった。
シュークリーゼンが上に上にと髪の毛を盛っているのとは対照的に、彼女は、前へ前へ髪の毛をセットしている。彼女は自分の髪型を『超長いリーゼントヘア』と呼んでいた。
パンデリーゼは、シュークリーゼンの視線を受けて、厳かに口を開いた。
「シュークリーゼン様、決着をつけましょう。私とあなたの戦いを、今日、終わらせましょう!」
彼女の決意を反映するように、頭上では雨雲のようなものが空を覆って、不穏な空気をより深刻にさせた。
「そう、よろしくてよ。しかし終わらせるのはこのワタクシ。あなたにマッサリー王子は渡さなくてよ!」
シュークリーゼンがそう宣言すると、両手を盛りに盛った髪の中にズバッと突っ込んだ。
そして、そこから手を引き抜くと、指の間に小さなプチシュークリームを挟んでいる。全部で6つのプチシューだ。
社交ダンスのように、クルリと回転するとその遠心力を使って、プチシューをパンデリーゼ達の口元に投げ入れた。
「プチシューロシアンルーレット!」
と、叫びながら。
防御がら空きの口元に、強烈に放ったプチシューが彼女達の舌を侵略する。パンデリーゼが、甘くおいしいプチシューをモグモグ食べて堪能していると、後ろにいた副会長のワッキーヤが倒れた。
「ツ、ツンとする」
彼はそれだけ言うと、そのままガクッと気を失う。
「その技は……! やはりシュークリーゼン様、あなたはシュークリームの生まれ変わりなんですね!」
「ふふ、よく分かったわね。私はシュークリームの生まれ変わり。だからどんなシュークリームをも生み出せる!」
そういって、またシュークリーゼンは、髪に手を突っ込んで、シュークリームを5個取り出した。
「このシュークリームの中の一つは、わさび入りでしてよ! 先ほどの殿方のように、わさびによる地獄の苦しみを味わいなさい! そして一人ずつ仲間が減っていくこのおそろしい技の前に恐れおののきなさい!」
そして、プチシューロシアンルーレット!と叫びながら、恐怖で緩んだ口元にプチシューを投げいれる。そして、また一人、パンデリーゼの後ろにいた男が倒れた。
パンデリーゼは悔しさで唇をかみながら、自分の自慢のリーゼントヘアをさわる、そして引っこ抜くような動作をすると、彼女の手元には、50センチほどのフランスパンが握られていた。
彼女はそのままパンを、まだ倒れていない男に、手渡すと、フランスパンを食べるように促す。そして同じように、また1本、また1本とフランスパンをリーゼントヘアから取り出して、口元に運ぶ。
「あーら、面白いことをなさるのね。……やはり、あなたはパンの生まれ変わりでしたのね」
「ええ、そうです! 私はどんなパンでもリーゼントから取り出せます! こうやって、フランスパンを、モグモグ、食べていれば、あなたのプチシューは届かない!」
毅然と言い放ったパンデリーゼを見て、シュークリーゼンは、『おーほっほっほっほー
!』とご令嬢らしく高笑いをした。
「な、何がおかしいの!? これであなたの技は封じたのよ!」
「あーおかしい! あなたはホント庶民なのね。パンがお似合いよ! マリーアントワネットの理をご存知ないのかしら?」
と言って、またオホホと一通り笑い終えると、
「トラップ格言『パンがなければお菓子を食べればいいじゃない』発動! そして、そのままプチシューロシアンルーレットでダイレクトアタック!」
と叫んで、プチシューを投げた。
パンデリーゼ達の口元でモグモグされていたパンはいつの間にか、姿を消し、そしてその代わりとばかりにプチシューが投げ込まれる。
また一人、わさび入シュークリームの犠牲になり男が倒れた。
「こ、これは……」
驚愕で顔を歪めるパンデリーゼ。
そして、何が起こっているのか理解できていないギャラリー達。
そのギャラリーの中から男が一歩前に出た。シュークリーゼンの兄である。
「マリーアントワネットの言葉を使って、パンよりお菓子のほうが上であるという法則を作ったんだ! つまりこれでパンの生まれ変わりであるパンデリーゼには、シュークリームの生まれ変わりであるシュークリーゼンには勝てない! これは火は水で消えるというのと同じぐらい当然の法則になってしまったのだから!」
と、兄は一通り解説をし終わると、また一歩ひいて、ギャラリーの中に溶け込んだ。
「もう観念なさい! あなたに勝ち目はなくってよ! おーほっほっほー!」
既に勝利を確信したシュークリーゼンは声高に笑う。
しかし、パンデリーゼはまだ勝負をあきらめていなかった。
「シュークリーゼン様、流石ですね。でも、私にだって秘密兵器はあるんですよ!」
そう言って、リーゼントヘアから新しいフランスパンを引っこ抜く。
「パンは、パンでも固くて食べられないパンはなーんだ?」
パンデリーゼがそういうと、手でつかんでいたはずのフランスパンが、いつの間にかフライパンになっていた。
目玉焼きとか焼くのに使う調理器具である。
先ほどまで声高に笑っていた顔を歪めるシュークリーゼン。
「私にだって、前世がパンであるという意地があるんです! どんなパンでも私は扱える!」
「……まさか、あなたがそこまで出来るとは思っておりませんでしたわ」
フライパンを両手で握り直すパンデリーゼを見ながら、苦虫を噛み潰した顔で、シュークリーゼンはつぶやく。
フランスパンならともかくフライパンになってしまってはマリーアントワネットの理も通用しない。あの硬くて黒いもので殴られたら、流石のシュークリーゼンも大怪我をしてしまう。
しかし、またしても、シュークリーゼンは不適に笑った。
「でも、必殺技を使うのが遅すぎたのではないかしら? 上をご覧になって?」
パンデリーゼが上を見上げると、そこには、1mほどの大きなシュークリームが分厚い雨雲のように立ち込めていた。
「ま、まさか!」
とパンデリーゼが叫ぶのとほぼ同時に、シュークリーゼンも必殺技の名を叫んだ。
「シュークリーム・サンダー!」
すると、雲のように浮いていた巨大なシュークリームが、雷が落ちるがごとく下に落下し、パンデリーゼ達に激突した。
凄まじい音とともに残ったのは、つぶれたシュークリームと、クリームまみれの攻略対象の男たち。戦闘が出来るような状況ではなかった。
パンデリーゼは、どうにか、フライパンで防御をし、なんとかシュークリームの生地を破って、外に這いでたが、周りの惨状に絶句する。
同じく、凄まじい惨状に、恐れおののくギャラリー達。そしてそのギャラリーの中から一歩前に出る男が一人。シュークリーゼンの兄である。
「この技は、妹が幼少時に見ていたアニメに出てくる緑色のセーラー戦士が使う必殺技『シュープリームサンダー』を参考にしている。当初妹は、シュープリームではなくて、シュークリームだと思い続けていたが、ある時『シュークリームサンダーじゃなくてシュープリームサンダーだよー』と友達に指摘され、恥ずかしい思いを味わった。しかし強情な我が妹は自分の過ちを認められず、『シュークリームサンダー』という技を現実のものにしようと編み出したのが、この技なのだ!」
兄は、一通り解説を終わらせると、やはり一歩引いて、ギャラリーに溶け込んだ。
「ふふふ、あなたの負けね。パンデリーゼ」
「ま、まだ、負けたわけでは……!」
「いいえ、御覧なさい。あなたの自慢のヘアセットを」
パンデリーゼはそして自分のリーゼントヘアへ目をやり、気づく。上から降ってきたクリームの重みでリーゼントが折れ曲がっていた。
「髪の乱れは心の乱れ。もうあなたに力は残っていなくてよ」
シュークリーゼンは這いつくばっているパンデリーゼを見下しながら、そう告げた。
パンデリーゼは自分の負けを認めるように苦しげに目を閉じた。
ただ、王子のあの綺麗な銀髪を綺麗なリーゼントにしたい。ただ、それだけだったのに……彼女の後悔は毒のように胸の中で広がっていく。
その時だった。
「パンデリーゼ! 新しいリーゼントだ!」
王子の声が聞こえたかと思うと、パンデリーゼの頭に毛のようなものが覆いかぶさった。銀髪の綺麗なリーゼントのカツラである。
「マッサリー王子! このカツラは、もしかして!」
パンデリーゼがそう叫ぶと、その目線の先には、馬車から慌てて駆け下りて、パンデリーゼのほうに向かうマッサリー王子がいた。
「間に合ってよかった。君に何かあったら大変だと思って、慌てて自分の髪でリーゼントのカツラを作って、ここまできたんだ」
リーゼントを作るために自分の髪の毛を剃ってしまい、今は坊主頭の王子が、キラり、と白い歯を光らせてパンデリーゼに手を差し伸べる。
―――バシッ!
王子の差し伸べられた手は、パンデリーゼによって、雑に払われた。
「なんで、髪の毛、剃っちゃったんですか! 王子なんて大嫌いです! 髪のない王子に、なんの魅力があると言うんですか!」
そして、パンデリーゼは、しばらく王子を罵倒すると、ドシドシと足音を鳴らして、去っていった。
事態を飲み込めない王子が、状況の説明を求めるためにシュークリーゼンをみると、彼女は何事もなかったかのように去ろうとしていた。
「おい! シュークリーゼン! 一体、これは、なんだ! 何がどうなっているんだ!」
あまりにも予想外な事態に、王子は混乱しており、いつもの丁寧な口調が抜けてしまっている。
そんな王子を冷たい目でシュークリーゼンは見ながら、
「残念ながら、ワタクシも髪のない王子には興味がありませんの。髪の毛が肩下まで伸びるまでは話しかけないでくださいませ。それでは失礼いたします」
と優雅にお辞儀をして、ギャラリーにいた兄を連れて去っていた。
クリームまみれの攻略対象と、呆然と立ち尽くす王子を残して。
こうして、史上最も有名な乙女の戦いは幕が下りたのである。
FIN
戦闘描写難しいですよね。かっこいいセリフを言えば、それっぽくなるかなと思ってたのですが、なんか違う、なんか、違う。
それはさておき、某アニメの必殺技、シュープリームサンダーに騙されたのは私だけではないはず!きっと!