第四章 自らパネマジを体現する
バネマジという言葉は、夜の街に親しみがある者にとっては、呪詛のごとき響きである。それが、まさか自分自身に対して唱えることになろうとは。
手にした会員証には、年の頃なら40の中年が爽やかに微笑みを称えている。
メイクとスタジオ撮影でここまでリアルをねじ曲げられるのか…まさに自らがパネマジを体現した瞬間だった。
これまでの経験から、自分の容姿で人が釣れるとは思っていないが、妥協する要素として、これくらいまでたったら我慢しようという女性がいたとしたら、詐欺行為に当たるのではないか。
女性側も同じ条件で撮影を行っていることに思い当たり戦慄をおぼえた。
活動開始。インターネットの専用サイトで行う。スマホにも対応している。
自分の経歴・条件にヒットした人を会社がピックアップして紹介してくれるというシステムだ。
その人に対して簡単なメールを送り、まずはメールのやりとりから始めるかどうかの伺いを立てる。
それまでは相手の顔はわからないようになっており、プロフィールだけで判断しなければならないので、変な意味でドキドキする。
何度かメールをやりとりして、実際に会うまでに持って行き、交際に発展させ、結婚するというのが基本的な流れである。
あとは、自分で条件を検索して、気になった人にアプローチする(もちろんメールから)という方法もあるし、支店にいって専用の端末を使えば写真を見ることができるので、気に入った容姿の人に対してアプローチするということもできる。
活動を続けて2ヶ月。何人かに申し込んでもメールが続かない。担当のアドバイザーからイベントへの参加を打診され、マッチングパーティーに出向くことになった。
男女とも25名ずつで、年齢は32から50まで。会場を見回したとき、マルチ商法のセミナーに招かれたかような衝撃を受けた。
(なんか想像してたんと違う……)
エントリーシートを書く手が振るえた。よろよろと男女交互にセッティングされた席に座る。まずは会食。その後に男性が2分ごとに席を移動して25名の女性とそれぞれ話していく。
何の修行やねん、と思いながら、相手から手渡されたエントリーシートに目を通し会話をしていく。年を重ねているだけあって話題にそつがない。
せっかくの機会なので、似ている芸能人に当てはめてどうにか興味を持とうと試みる。
そういう雰囲気は伝わるのか、話している間、明らかに不機嫌そうな人もいたが、そんなものはお互い様だ。当然のごとくマッチングは不調に終わり、パーティーの後、ミュンヘンでビールを飲みながら食べたオムレツが美味しかったことが救いだった。
ほろ酔いで自宅に戻り、パソコンを起動すると、自分に対して申込みがある。初めてだった。よく調べると、あのパーティーに参加していた人だということがわかった。
数時間後、また別の人から申込みがあった。自分に興味を持ってくれる人など何年ぶりだろう。ただ、付き合った先に待っているものを考えると、二の足を踏んでしまう。
担当アドバイザーに相談すると、始めなければ次はないかも知れませんよ、と言われたが、同時に、生理的に無理だと思ったら即断ってくださいとも言われた。同情で関係を続けるのは、お互いに時間の無駄だからというのが理由らしい。
生理的に無理だとは思わないが、これまで自分がしてきた恋愛に比べ、焦がれるような気持ちが湧いてこない。でも、もう少し、相手のことを知れば愛おしく思えるのかも知れないと腹を括った。
こうして、ようやく特定多数と婚活らしいことを始めることになったのである。




