目指すものは
二日後、一旦湖の拠点構築現場に戻った自分達は、再びランドバルトを訪れていた。
しかし今回は街の中へは入らず、南側の街門から暫く離れた街道脇に立っていた。
目の前の街道をランドバルトへ向かう者や、出て行く者達を眺めながら、約束をしていた人物の姿を待って、街のある方向の街道に視線を向ける。
するとそこへ見覚えのある人物が四頭立ての大型の荷馬車を牽いてくる姿を認めて、軽く手を振って合図を送った。
大型馬車の御者席に座っているのは、先日話をした行商人のラキだ。
その彼の隣にはセミロングの栗毛の女性も座っている。男物ような服装に革の胸当てなどの装備を見るに、女性ながらの傭兵なのかも知れない。
馬車の横にも短く刈り込まれた金髪頭の男が、腰の武骨な剣の柄尻に手を置きながら周囲を警戒するような形で随伴して来ていた。
恐らくは荷物の護衛の為なのだろう、街からはあまり離れておらずそれ程警戒する必要性も感じられないが、その対応には確かに誠意を感じられる。
「お待たせいたしました、アーク様」
ラキは此方に気づくと、その大型馬車を街道脇に寄せてから降り立つと、客を持て成す商人らしく丁寧な礼を取って挨拶をしてきた。
「ご注文の通り、先日お預かりしたグランドドラゴンの素材の売却金から大型の荷馬車とそこに詰めるだけの日持ちのする食料などを積んできました。ご確認下さい」
その彼の先導に従って、大型馬車に後ろの荷台に山と積まれた荷物へと近づく。
荷物の上には雨に濡れても大丈夫なようにか、光沢のある厚手の布が被せられており、それを少し持ち上げて中を確認してみる。
荷台には麻袋などに詰め込まれた小麦や乾燥豆、燻製にされた肉などが山として積まれていて、美味しそうな匂いがするのか頭の上にいたポンタが忙しなく尻尾を振っていた。
アリアンやチヨメも荷台の荷物の中身を開けては中を覗いて確認している。
「うむ、確かに手配した荷物を受け取った。では早速報酬の話だが……」
そう言ってラキの方へと視線を向けると、彼は首を凄い勢いで横に振って此方の話を制するようにした。
「いえ、最初に頂いた手付だけでも十分ですよ! それに今回はお預かりしたグランドドラゴンの素材の売却の際に大手の商会とも顔繋ぎが出来ましたので、これ以上ないくらいの報酬を頂きました。ありがとうございます」
ラキはその顔に満面の笑顔を浮かべて、再度礼をして頭を下げた。
「ふむ、ならば今後とも物を仲介して貰うのであればラキ殿を指名するとしよう。ついてはラキ殿との仲介の為の手付金を先に支払おうではないか」
そう言って自分は懐から綺麗な帯紐で巻かれた一枚の羊皮紙を取り出して、それをラキの方へと差し出した。
ラキは慌ててそれを受け取り、事態の把握に努めようと此方と手元の羊皮紙を交互にみやるのを、中を見るように促した。
そして巻かれていた紐を解いて羊皮紙を開いたラキが、その中身を見て素っ頓狂な声を上げて、彼が連れて来ていた傭兵達を驚かせた。
「えぇぇっぇあぁ!? これ、ランドバルトの営業許可証じゃないですか!? どうしたんですか、これ!? まだ市場には出品されていない筈ですよ!?」
驚きのあまり目を見開いたラキが、その羊皮紙と此方に忙しなく目線を動かして明らかに動揺した顔を向ける。
「今後ともラキ殿と取引をする際、店が在れば訪ね行く先が決まって何かと便利であろう? 我の方は今回とは別に個人的に建材などの手配もしたいのでな。それでここの領主殿に少々無理を言ってな、営業許可証を譲って貰ったのだ」
その答えにラキはますます目を見開いて驚きを露わにする。
「領主様!? ランドバルト侯爵様としりあ──御親交がおありになるのですか!?」
慌てたように口調を直そうとしたのか、怪しい言葉使いのラキの様子に笑って傍らで成り行きを見ていたアリアンに目配せを送る。
するとアリアンは、徐に被っていた灰色の外套のフードを取り去ってその白く長い髪を風に靡かせながら、その人と違う特徴的な肌と耳を表に晒した。
「ラキ殿は現領主の奥方がエルフ族である事は聞き及んでいると思うが、我々はその繋がりでちと領主殿に顔が利くのでな。今後とも取引の際にはよしなに頼む」
そう言いながら、自分も頭からポンタを退けて兜を脱ぐ。
ラキは開いた口が塞がらないという言葉のままに、驚きの表情でダークエルフ族のアリアンと、褐色肌をした赤眼のエルフ族の自分とを交互に見やる。
後ろにいた傭兵の男女も驚きの表情で此方を見ていた。
「……お二人とも、エルフ族の方だったのですか……?」
ようやく絞り出したような声でラキが口を開いて尋ねた質問に、首肯しながら再び兜を被り直して答えた。
「まあな。あまり人族の前では姿を公に晒す事は憚られるのでな。素性等は内々にしてくれると有り難い。今後とも取引を円滑に進める為にもな」
その自分の言葉にラキは一も二もなく頷いて、今見た事に関して口外しない事を約束し、後ろにいた二人に対しても言い含めていた。
ラキとその二人のやり取りを聞く限り、どうやら傭兵ではあるがラキの身内のような存在らしい。ならば多少は他の傭兵よりは安心だろう。
たとえここでエルフ族である事が彼らの口から洩れて広がったとしても、対処出来るだけの実力をこちら側の三人とも持ち合わせているので問題はないが。
最後まで驚きの顔のままだったラキに礼と別れの挨拶をしてから、チヨメの御者で大型の荷馬車を移動させる。
街から離れ、街道を逸れて人目のつかない場所を探しながら四頭立ての馬車が進む。
大型の荷馬車と言っても、御者席の幅はそれ程広くないので席は自分とアリアンとチヨメが座るとすし詰めの様な状態だ。
「はぁ、まさか領主に営業許可証とかいう物を貰いに会いに行くとは思わなかったわ」
そう少し愚痴っぽく呟いたアリアンが此方に半眼を向けて溜め息を吐く。
今回の営業許可証の取得はエルフ族のアリアンが同じくエルフ族の奥方であるトレアサを通じて領主に頼んで貰った物だ。
あの場では自分は彼女の護衛として立っていたので、物を頼むならばアリアンの立場からお願いする事が一番円滑に事が進む為にお願いしたのだ。
彼女にとっては人族に借りを作るような形なので、あまり気が進まなかったのだろう。
肝心のペトロスの方はと言えば、先の一件で十分な礼を出来ていなかったので、営業許可証の譲渡には願ったり叶ったりだと笑っていたので問題はないと思うが。
「すまぬな、アリアン殿。チヨメ殿をこちら側の者としてラキ殿に顔繋ぎをしておけば、今後とも彼女があの街で素性を大っぴらにする事無く取引を持ち掛けれるであろう?」
そう返すとアリアンは不承不承といった顔で首肯する。
「ところで、アークはさっきからしきりに頭を振ってるけど、どうしたのよ?」
「ん? うむ、先程顔見せの際に兜を脱いだ際の事なのだが、どうも長い耳が兜の中で上手く収まらなくてな。丁度いい位置を探しているのだが……」
その自分の返答を聞いたアリアンは、何故か盛大な溜め息を吐いて呆れたような顔で頬杖を突いて此方から視線を外した。
骸骨の頭は兜にすっぽり収まるのだが、温泉水を飲んでエルフ族の姿に戻ると途端に兜の中が窮屈に感じる。これは結構由々しき問題なのだが。
「ここならどうでしょうか?」
そんな事を思っていると、荷馬車の手綱を握っていたチヨメが周囲の様子を見ながら此方の方を見上げてきた。
彼女の言葉に振っていた頭を止めて、周囲に視線を向ける。
街道からだいぶ逸れたおかげか、辺りに人の目は無い。
「ここならば問題あるまい。荷馬車の食料を届けて、里の長殿と半蔵殿に報告を上げに行くとしよう。後はアリアン殿を連れてララトイアへと戻って、グレニス殿にも色々と報告をせねばならんな」
今後の予定を口にしながら、【転移門】の魔法を発動させる。いつもより力を籠めて、大型の荷馬車をすっぽりと囲える程の大きな魔法陣を展開させると、荷馬車は一瞬で湖の傍の拠点開拓地へと移動していた。
拠点構築に精を出していた山野の民達が此方の姿を認めて、荷台の食料を見ると歓声が上がって次々に仕事の手を止めて荷馬車へと寄って来た。
それを見たピッタが皆を叱り飛ばして追い払うのには、そう時間が掛からなかった。
◆◇◆◇◆
あの後、チヨメも伴って隠れ里へと向かい、事の次第を刃心一族の半蔵と里長のゴウロに報告した後、報酬となる社の再建の案件について話し合いと合意をしてから、チヨメを里に残してアリアンとポンタとの二人と一匹でララトイアへと戻って来た。
とりあえずの此方の報告に、グレニスはテーブルを挟んだ向かい側の席に腰を掛けて、此方をまじまじと覗き込むようにして話を聞いていた。
「──とまぁ、ディラン殿に示して貰った泉を首尾良く見つけるが出来、我の肉体も戻ったのだが、どうも時間制限付きのようでな。取り戻した肉体の方も我自身、人族と信じて疑っていなかったのだが、蓋を開けてみればどうもエルフ族らしくてな」
そこで言葉を切ると、グレニスは興味深そうに尖った耳の先を揺らして、褐色肌のエルフ耳を持つ姿を晒した此方に向けて微笑みかけてきた。
「アーク君が良かったらだけど、エルフ族だったのならうちの里の名前を名乗ってみる気はない? どうかしら?」
そう言って二十台にしか見えないアリアンの母親が、可愛らしく小首を傾げて見せた。
その言葉の意味がいまいち把握出来ずに自分も少し首を傾げると、彼女の話に逸早く反応したのはアリアンの方だった。
「もしかしてアークを里の一員に入れるの!?」
その彼女の反応に、グレニスが言った「里の名を名乗る」という意味に気づいた。
エルフ族はそれぞれ名前の最後に、自分の所属する里の名前がおかれている。つまり里の名を名乗るというのは里の一員として迎え入れられて、そこに所属するという事だ。
「あら? あなたはアーク君が里の仲間になる事に反対なの?」
グレニスのその返しに、アリアンは言葉を詰まらせて此方を見やる。
「エルフ族であるなら反対する理由はないけど、こんな歩く危険物みたいなのをこの里の一員にするよりは、中央のメープルで彼を戦士としておいた方が何かと安心でしょ!?」
何やら自分の意見の外で酷い言われようではあるが、自分のしてきた事を思い返すとあながち間違ってもいないので否定しづらい側面がある。
こんな落ち込んだ気分の時には、ポンタの腹毛に顔を埋めて心のケアを図るのがいい。
テーブルの上で暇そうに欠伸をしていたポンタにぐりぐりと顔を押し付けると、くすぐったいのかポンタが「きゅん☆ きゅん☆」と鳴いて転げまわる。
考えて見れば、肉体を取り戻した姿はエルフ族と遜色無く、アリアンが以前言った通り精霊を見る能力があるのだから、所属をエルフの里に置いても特に偽りでもない。
いつまでも寄る辺の無い彷徨う骸骨を続けるよりは、身元の置き所を考えた方が何かと安定するのも事実だろう。
「あら? アリアンちゃんはメープルの所属にして彼を手元に置いておきたいの?」
「ち、違うわよ!? ちゃんとした所属にするにも中央の許可を取った方がいいって話で、だいたい母さんは父さんの代理でしょ? 母さんの権限でアークを正式にララトイアの里の一員に迎えるのは出来ないでしょ?」
グレニスの言葉にアリアンが勢いよく立って反論する。
「おぉ、二人の美女が我を取り合って争いが──」
二人が自分を置いて所属の先の話を進めるので、とりあえず自分も話に参加しようと割って入ろうとしたが、アリアンの片手に頭を押さえつけられて再びポンタの腹に顔を埋める破目になった。
何故だ。
「そうね。とりあえず父さんが戻ってくる迄は、この里の権限は私が握っているから里の仮の一員として迎える事くらいは出来るわ。それに未だに骸骨姿とエルフ族の姿を行ったり来たりして正体の安定しない彼を、あの中央に連れては行けないでしょ?」
──アーク・ララトイア(仮)、悪くないかも知れない。
とりあえずこのカナダ大森林の中央都市であるメープルには、そう簡単に外部の者を招き入れる事は出来ないようだ。
自分もこの身体がある為、あの温泉のある社の地を離れる事はあまり考えていない。
転移魔法があるので、どこの里に所属しても距離的なものは一緒だろうが、中央に籍を置くというのは心情的には遠慮願いたい所である。
東京に住むというステイタスより、便利に東京へ行ける神奈川、千葉、埼玉に身を置く方が性に合うと言う感覚に似ているかも知れない。
もっと言えば大阪市の中央に住むよりは吹田市や守口市、堺市に籍を置く方が何となく落ち着くと言い換えた方が分かり易いかも知れない。
──いや、でもララトイアの里は人族の住む平野部に割と近い部類の里に入る、中央のメープルとの距離がどれほど離れているかは知らないが、この里は能勢町や岬町のような場所にあたるのだろうか。
そんな自分の無駄以外の何ものでもない思考の外で、話の決着が着きつつあった。
「中央の方にはお祖父ちゃんの方に話を通しておくから、まずはとりあえずの所属を決めるだけよ。それにこれにはアーク君の意志で決めて貰わないとね」
そのグレニスの言葉が、アリアンの手に押さえつけられた頭上から降ってきた。
ようやくアリアンの手が頭から離れて、顔を上げて二人の顔を見やる、
「まぁ今すぐに決める必要はないわ。じっくり考えて、その間は里の中で過ごすのは自由だから。どうするか決まったら私に声を掛けてくれればいいわよ」
確かに、こういった事は軽々に答えを出すものでもないだろう。
彼女のその言葉に頷き返すと、アリアンも盛大に溜め息を吐いてから席に座り直した。
「さ、この話はここでお終いよ。今日はもう遅いから夕食をとりましょうか。今日はランドフリアからいいトマトが入ったから、あなたが好きなスープにしたわよ」
そのグレニスの言葉に、自分は思わず座っていた椅子を引っ繰り返して立ち上がっていた。その自分の反応にアリアンやポンタが驚きの顔をして此方を見上げ、目の前のグレニスも何事かと目を丸くしていた。
「グレニス殿、今申されたトマトとは、あの赤い実のトマトであるか!?」
此方のその勢い込んだ質問に、グレニスは目を白黒させながら頷く。
そして彼女が厨房より持ち出してきた鍋一杯に満たされた赤い色のスープと、一匙掬って口に含んだ際の深みのある味わいに確信する。
「それにしても、自分の事はよく覚えていないのにトマトとか覚えているのね。これは人族の街にはまだ流れていないと思うし、だからと言って褐色肌のエルフの話は聞いた事がないし、本当に何処から来たのかしらね?」
そう、人族の街では見かけなかったのだ。
和食に代表される昆布や鰹などに含まれ、味に深みを与える旨味成分は西洋料理の食材の中にも多くある。その代表格とも言えるのがトマトだ。
このトマトという食材は万能食材だ。
これが手に入るのであれば、食のバリエーションが一気に広がるだろう。
「グレニス殿、先程このトマトはランドフリアから取り寄せたと言ったが、そこへ行けば我にも手に入れられるのだろうか?」
「え? トマトを? う~ん、トマトは南大陸のファブナッハの方が原産地で、そこから交易で入ってくるのよね。南の方の里でも栽培はしてるそうだけど、交易品のドライトマトの数が圧倒的かしらね」
確か南大陸にはチヨメのような山野の民達が興した大きな国があると以前に聞いた。このトマトはそこからの輸入品という事だろうか。
【転移門】の転移距離がどれ程あるのかは分からないが、南大陸から温泉のある社まで飛べるのなら、いつでも好きな時に現地へ飛んで食材を買い付ける事が出来る。
社の修理には、隠れ里の山野の民の職人に今回の報酬としてお願いはしているが、その彼らが足掛かりに出来る湖側の村落が形にならなければ派遣するのは難しいと言われた。
その為、社の修理にはそれなりに時間が掛かる。
ならばその間のに期間に、自分が腰を落ち着ける為の準備を色々とするのも悪くない。
「グレニス殿、我も南大陸に渡りたいのだが、そのランドフリアから船に乗る事は出来ぬのであろうか?」
衣食住の内、衣は既に身に着けている『ベレヌスの聖鎧』で今の所困ってはいない。住はこの骸骨の身体を肉体へと返す温泉の湧く社を確保した。
次は食の充実を図るのだ。
自分の質問にグレニスはその金の瞳を余所へと向けて唸った。
「え~っと、エルフ族の交易船だから、里に所属していないアーク君を乗せるには……」
そこまで言って此方に向けられた彼女の視線に、自分は立ち上がって宣言した。
「我はこの時より、アーク・ララトイアの名を名乗る事を誓おう!」
呆気にとられるアリアンを他所に、グレニスは手を叩いて笑みを浮かべる。
「良かったわ。エルフの里に、また心強い同胞を迎える事が出来るわね」
迷いなどない!
目指すはトマトの成る地、南の大陸だ。




