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再びの出会い

 それから暫くした後、湖に面した岬の入り口付近では多くの山野の民達が忙しなく動き回っている光景が目の当たりに展開されていた。

 延べ人数で言えば五十人は超えているだろうか。

 彼らは隠れ里から来た移民組の者達だ。


 先遣隊が岬へと到達してから、自分は一旦彼らを現地に残したまま隠れ里へと【転移門(ゲート)】を使って帰還し、里から拠点構築の為に控えていた移民組の第一陣である者達と用意された物資を伴って再び湖へと移動し、その行程を何度か繰り返したのだ。


 最初の拠点確保の為の橋頭堡作りなので、見事に周りにいる連中の殆ど全てが山野の民の男連中が占めており、せっかくの獣耳(けもみみ)パラダイスも野獣の香りが溢れる非常にむさ苦しい光景となっていた。

 今目の前では筋骨逞しい者達が上半身裸で大きな斧を振るい、周辺の木々を伐採して更地を造成、拡大中で、他の者達は切り株の除去や、今晩の寝床となる簡易天幕を設えるなどして、ちょっとした軍隊の居留地のような様相を呈していた。


「どれ、木々の伐採ならこの我も少しは手伝えるぞ」


 そう言いながら自分も山野の民の中に混じり、持っていた『聖雷の剣(カラドボルグ)』を抜いて周辺の木々に向かって斬りつける。

 神話級の武器の切れ味ともなれば大木ですら小枝を斬り払うような手応えしか無く、調子に乗って剣を振り回して次々と周囲一帯の木々を薙ぎ払っていく。


「フハハハ、見ろ! まるで木々がゴミのようだ!」


 鬱蒼と茂った森がまるで芝刈りの如く開けていき、その自分の手で人の領域を開拓している感覚に一種の快感のようなものを覚え始めた頃、不意に後ろから拳大の礫が投擲され、それが綺麗に兜の側頭部に当たってようやく我に返った。

 後ろを振り返ると、少し離れた場所で胸元にポンタを抱えたアリアンが此方に向かって手を翳して仁王立ちの姿をして立っていた。

 自分の足元には砕けた石の礫が散らばっている所を見るに、どうやら彼女から精霊魔法の突っ込みが入ったようだ。

 改めて周囲の森だった場所に目を向けると、そこにはちょっとした運動場程の開けた土地に大量の伐採された木々が散乱する自然破壊の惨状が映っていた。


「ちょっと、アーク! 何処まで森を伐採する気なのよ!? 場所と材木の確保はもう十分だそうよ! それよりチヨメちゃん達が呼んでるわ!」


 その彼女に言に、右手を上げて応える。

 剣を鞘に仕舞いながら、荒ぶる整地作業の気を静めつつアリアンの元へと向かうと、そこにはチヨメとピッタの姿もあった。


「まさか整地するのがこんなに早くに終わるとは思わんなんだな」


 そう言って凶悪そうな顔に揶揄うような笑みを浮かべたピッタに、相槌を返しながらチヨメの方へと視線を移して本題の方を尋ねた。


「ところで我に用があるそうだが、いったい何用かな?」


 するとチヨメは一瞬その視線をピッタに方へと向けた後、徐に口を開いて彼女達が自分を呼んだ理由を述べた。


「最初の場所の確保の為の整地がアーク殿の手で早期に終わったのですが、ここからある程度の村落の形を築くのには最低でも一月は掛かります」


 一旦言葉を区切り、此方の表情を窺う様にチヨメの視線が見上げてくる。

 恐らく必要最低限の形で村落を築くのだろうが、全て人力で行われるこの世界の工事事情を考えれば一月でも十分に早いと思う。

 話の続きを促すように首肯しながら、チヨメの方を見返す。


「一応里からも食料は持ち込んで来ていますが、里の方もそれ程余裕があるわけではないので必然的にこの地で現地調達する事になります。ですが不足分の全てを現地調達に頼ると、その食料確保の為に余計な人員が掛かり、村落を築く期間が延長されてしまいます」


 彼女の説明を聞きながら納得したように頷く。

 外壁の無い魔獣蔓延る地で、村落を築く為に力仕事に従事していれば緊張と相俟って身体の疲労は随分と激しいものになるだろう。

 それを回復するにはやはり食事の充実は必須だが、ここにいる大人数分の食料確保となればそれなりの規模での調達作業になる。

 そこへ労力が割かれれば工期が延びるのは必定(ひつじょう)だ。

 村落完成後に隠れ里に残っている移民組を【転移門(ゲート)】を使って移動させる事も依頼として請け負っている自分としては、一応村落の完成まではここで彼らの手伝いをする事も(やぶさ)かではないとも思っていた。

 急ぎ何かをする必要性が特にないというのも理由の一つではあるが、多少村落の工期が延びた所で気にする事もない。


「ではどうする? 何となれば、我が食料の確保に動いても良いが?」


 そう返すとチヨメは首を横に振り、代わりに隣で話を聞いていたピッタが口を挟んだ。


「ここで今朝方倒したグランドドラゴンの出番だ。アーク殿にはあれの素材を持って、チヨメ様と一緒に人族の街で売って来て貰えんだろうか?」


 確か、グランドドラゴンの素材は人族の街では高値で取引されると言っていた──そのピッタの言わんとしている事に何となく当たりがついて千切れた片耳の兎男を見返す。


「ふむ。あれの素材を売った金で、人族の街で食料を買い付けてくるのだな?」


 その自分の答えを聞いたピッタは、正に我が意を得たりといった風な笑みを口元に浮かべて大きく頷いて見せた。


「今若い者にグランドドラゴンの運べそうな素材を持って来させておるから、街での売却を頼めるかな、アーク殿?」


「心得た。では売却用の素材が届き次第、出発するとしよう」


 ピッタの要請に了承の返事をして、互いに握手を交わす。

 グランドドラゴンの素材は人族の街では貴重だというならば、受け入れ先の多い何処か大きな街などで売却先を探した方がいいだろう。

 今のところ自分の記憶の中にある街で一番大きな街と言えばローデン王国の王都がまず頭に浮かぶが、あそこはつい先日にチヨメと共に山野の民の救出で大暴れしたばかりなので、ほとぼりが冷めるまでは近づかない方がいい。

 その基準で言えば、教会や領主屋敷などの多くの建物が吹っ飛んでしまった帝国のライブニッツァなども除外する事になる。

 あとに残った中で自分が知る一番大きな街は、必然的にローデンの港街であるランドバルトが選択肢の中に残る。

 あそこは隣国のノーザン王国との奴隷商の件で一悶着あったが、その一連の騒動で領主であるペトロスとの伝手が出来た。

 最悪適当な売却先が見つからなければ、領主のペトロスから口利きをして貰える算段も少しは期待できるだろう。

 こういう時は素直に権力者との繋がりは有り難いと言える。


「では売り先はローデン王国のランドバルトへと向かうとするか」


「それにはボクも同行します」


 自分が売り先である街の候補の名を上げると、すかさず脇に控えていたチヨメが同行の名乗りを上げた。

 調達する物が山野の民の物資となれば彼女がいた方が何かと都合がいいだろう。

 同意を示すようにそれに頷き返すと、彼女の隣で今迄此方の話を静観していたアリアンも同道する意思を示した。


「それにはあたしも付いて行くわよ。アークを野放しにしてると、また変な騒動を起こしかねないから、しっかり見張る役がいるでしょ?」


 そう言って大きな胸を反らしながら此方に視線を向けるアリアン。

 今迄一緒に旅を続けて来てわりと信用されている風ではあったと思ったのだが、どうやらそれは自分の幻想だったらしい。


「それにアークとは一度ララトイアの里へと戻った後、相談する事もあるしね」


 彼女はそう言葉を続けて、その視線を意味ありげに此方の兜の奥へと向けてきた。

 まぁアリアンの両親である長老夫婦には目的の泉を発見した事などの報告もあるので、その意見には特に異論はない。


「そうだな、グレニス殿にも泉の件など、報告する事もあるしな」


 彼女の意見にも同意を示し、今後の予定を頭の中で立てていると、数人の男達が簡易的に組み上げただろう(そり)を使ってグランドドラゴンの素材を運んで来た。

 橇の上には大小様々な石柱や岩、あとは大きな光沢のある爪だろうか、牙のような物と一緒に所狭しと積み上げられていた。


「これはちっと積みすぎじゃないのか? 儂らの中から身綺麗な奴を何人か見繕って付けんと、これを街まで運ぶには骨が折れるぞ」


 橇に積み上げられたグランドドラゴンの素材を叩きつつ、ピッタが橇の周囲を回りながらそんな苦言を運んで来た男達に漏らす。


「少し借りるぞ」


 それを見て自分は男達の手から橇を引く為の縄を受け取って、肩慣らしに橇の重量を確かめるように少し引いて歩いてみた。

 縄が橇の重みで肩に食い込む感触はあるが、鎧の上からではどうという事もない。

 橇は積まれた荷物の重量で軋みを上げはするが、引いて回るくらいは大丈夫だろう。


「問題ない。街へは我とチヨメ殿、アリアン殿の少数でも大丈夫だろう」


 そうピッタに返すと、橇を引いて来た男達が感嘆したような声を上げた。


「アーク殿がそれで構わんと言うなら、儂らにとってもありがたいが……」


「我はかまわん。大人数で街中を移動しても目立つだろうしな」


 その言葉にピッタも納得したのか黙って頷き、後ろへと下がった。


「では行って来る」


 手短に挨拶を残し、【転移門(ゲート)】の魔法を発動させると、自分の足元から光の魔法陣が出現し、近くにいたアリアンとチヨメの足元まで広がっていく。

 ピッタや他の山野の民達もここまで運んだ経緯がある為、慣れたようにその魔法陣の輝きの外へ下がっていく。

 そうして光が少し強く発光したかと思うと、周囲の景色が暗転して別の風景へと瞬時に切り替わっていた。


 そこは丘の稜線部でやや先に広大な海の青が視界一杯に広がっており、足元のなだらかな丘の裾野には大きく広がる赤茶色の屋根の街並みが一望出来た。

 港街らしく海上には大小様々な船が港を出入りする姿も見受けられる。

 初めにランドバルトへと辿り着いた際に見た景色だ。


「何やら既に懐かしい風景に見えるな」


 そう独りごちる中、後ろに引いていた橇は丘のなだらかな斜面の影響か、重量に従ってずるずるとその斜面を下り始め此方を急かすように街へと引っ張り出す。

 以前と同じく街の北側の街門へと足を向けると、街が近づくにつれて周囲の人の目が此方に集まりだした。


「なんか、いつもより目立ってるわね……」


「きゅん……」


 アリアンも周囲から集まりだした視線に、その顔を隠すように灰色の外套のフードを目深に被りなおして辺りを見回す。彼女に抱えられていたポンタは、その視線から逃れるように彼女の外套の奥へと潜り込んで僅かに顔を覗かせている。


「どうやらアーク殿が一人で重そうな橇を引いているのが注目を集めているようですね」


 そう言って隣に立ったチヨメも、その大きな獣耳を隠すための帽子を深めに被り直して周囲の様子を窺う。

 考えてみれば、重そうな荷橇を全身鎧の男がまるで荷馬のように引いてくれば注目を集めるのは至極当然だったのかも知れない。

 むしろピッタの提案した複数の男連中で引いて来た方が逆に目立つ事はなかったのではないかと、街門の傍で並ぶ多くの馬や人に引かれた荷車を見ながら頭を振った。

 しかしここまで来てしまえば今更引き返す訳にも行かない。


 入街を待つ人々の列の脇を注目を集めながら荷橇を引いて通り過ぎ、検閲をしていた衛兵達に以前領主から貰ったランドバルトの家紋が入った銅の通行証を示す。

 衛兵達は一瞬驚きの表情をその顔に浮かべて通行証と自分が後ろ手に引く荷橇を見比べた後、慌てて横の大きめの門を開いて中へと通された。

 何だかんだと家紋入りの通行証は二枚持っているが、長蛇の列を見ると持っていて良かったとつくづく思う。


 以前来た時より幾分か活力に満ちたような空気の街中を、相変わらず集める人の目の波を掻き分けながら荷橇を引きながら進む。

 後ろに引く荷物は人族にとっては高価な魔獣素材だ。

 通りや市場などで露天を開いているような店では買取など出来ないだろう。そうなると以前ルビエルテでオークやブルボアなどの肉を買い取って貰ったような商人組合所のような場所を探すしかない。

 しかしこのランドバルトの街は新旧街と合わせてかなり広く、荷物を引き摺って当てもなくウロウロと彷徨っていてはいつまで経っても見つける事は出来ないだろう。

 そうなるとここはいつも通り誰か人に尋ねるのが一番だと、周囲を行き交う人々に目を向けるが何故か自分達の周囲を皆が避けて通って行く。

 後ろを振り返って見ると、荷橇の傍で鋭い視線を向けて荷物の見張りをしているチヨメと、灰色の外套を頭から被ったアリアンが腰の剣の柄に手を掛けて付いて来ている。

 これはかなり目立つ上に怪しい事この上ない。

 かくいう自分も黒い外套に全身鎧で荷橇を引くという姿は、一般人的な思考としては関わり合いになりたくない部類に見えているのだろう。


 そんな避けられる集団と化した自分達の相手をしてくれそうな殊勝な相手を探していると、正面から一人の青年が驚いたような顔をして近づいて来た。


「騎士様!? このような場所でお会いするとは思いませんでした」


 その茶色の癖っ毛で歳は二十代といった小奇麗な身形をした何処か見覚えのあるその青年の少し親し気な口調に記憶の糸を手繰る様に首を傾げていると、青年は何かに気づいたような顔になって苦笑を浮かべた。


「これは、名乗るのが遅くなりまして申し訳ありません。私、行商人を務めておりますラキと申します。騎士様とは以前、ディエントの街で武器を買い取らせて頂いた際にお世話になりまして、その節は誠にありがとうございました」


 そう言って丁寧な礼をする青年の顔を今一度まじまじと見つめて合点がいった。


「おお、あの時の行商人殿ではないか!? あの時は我の方が世話になったのだ、礼など必要はない。それに以前も言ったと思うが、我は流浪の傭兵。あまり堅苦しい挨拶など不要であるぞ」


 自分のその言動にも、ラキは遠慮してか恐縮したような顔で再び頭を下げる。

 相手は商人なので、客であった自分にそうそう丁寧な姿勢を崩せないのだろう。


「おっと、我も名乗っていなかったな。我が名はアーク、何度も言うが流浪の傭兵だ。後ろにいるのは我の仲間でチヨメとアリアンと言う」


 自分もラキに名乗りをしてから、互いに握手を交わす。

 するとラキは後ろに居た二人に軽く会釈した後、荷橇に積まれた荷物に視線を動かしてから此方へと顔を戻した。


「ラキ殿は、この街に行商であるか?」


「いえ、このランドバルト領は私の出身なんですよ。今はこの街で店を構える為に奔走している所でして……」


 此方の質問に、ラキは後ろ頭を掻くようにして力無く笑う。


「ほぉ、その若さで店を構えるとは中々に素晴らしいではないか」


 自分のそんな褒め言葉に、彼は力無く頭を振る。


「いえ、営業許可証が無いと店を構えられませんので、それの入手の目途が未だに立ってなくて……まだまだ道のりは遠そうです」


 と、その話を聞いてラキに営業許可証の何たるかを尋ねて、その仕組みに唸った。

 まず店を出すには領主が発行した土地に紐づいた営業許可証が必要であり、それを買い取らなければ店を持つ事は出来ないという事らしい。

 つまり営業許可証とは土地権利書付きの事業登録のような物だ。

 魔獣の蔓延るこの世界では暮らす土地は街壁内が常識であり、その内側の土地は有限であるのは明白だ。そうなれば出せる店の数は当然限られてくる上に、商業区画なども細かく決められていると言う。


 どうやら先の違法な人身売買をしていた奴隷商会が潰れ、それの関連商会が領主によって断罪されてフリーとなった営業許可証が近々世に出るという話で、彼はそれをどうにか入手する伝手を探しているという事だった。


 その話を聞いて、自分は何となく閃いてその話を熟考する。


 後ろの荷橇で引いてきたグランドドラゴンの素材は人族にとってはかなり高価な品だ、そうなると組合所での買取もブルボアの肉を売るような気軽さで売却出来るか疑わしい。 否、確実に品物の出所を聞かれるだろうし、高価な品は需要があって希少だからこそ高価なのであるから、供給先の確保の為にも此方の氏素性(うじすじょう)を聞きたがるだろう。

 そうなるとエルフ族のアリアンならまだともかく、骸骨の自分や人族から獣人と呼ばれるチヨメなどにとってはあまり有り難くない状況に陥る。

 ならば品の売却先の窓口を作り、そこから代理で取引をするというのが最も賢いやり方ではないだろうか?

 勿論代理に立てるにはそれなりの信用出来る人物が条件となるだろうが、目の前の気の良さそうな一見商人向きではない青年はなかなかに適格に思えた。

 

 ここでもう一押しとして此方が誠意(・・)を見せれば、彼はこれからも此方が物を売る際のいい代理人となる筈だ。それにこれからの事を考えれば人族側に物を売り買いする際の固定の窓口があった方が何かと都合がいい。


「それは丁度いい。ラキ殿に折り入って相談があるのだが……」


 自分のその言葉に、話の流れを把握出来ずにラキが此方に不思議そうな顔を向ける。

 そんな彼に自分は笑いながら後ろに引いていた荷橇を徐に示して見せた。


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