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隠れ里3

 暫くして部屋に案内をしてくれた二人の女性が夕餉の支度が整った事を知らせに来た。

 案内に連れられて一階奥の広間のような場所に通されると、そこには一段高くなった板張りの上り(がまち)があり、その中心には囲炉裏と思しき物が設けられていた。

 その囲炉裏の上には湯気を上げる大きな鍋が天井から吊るされた(かぎ)に掛けられて、ぐつぐつと何かが煮える音を立てている。


「お好きな場所に掛けて下され、アーク殿。それにしてもチヨメから初代の同郷である可能性を聞かされておったので、まさかアーク殿がエルフ族の縁の者とは、想像だにしてませんでしたな」


 そう言って声を掛けてきたのは、鍋の手前──囲炉裏の中央に陣取る形で胡坐をかいた白鬚を蓄えたハンゾウだった。

 彼の言った通り、今は兜を脱いで顔を晒しているが、水筒に入っていた解呪の温泉水の影響で褐色肌のエルフの顔を鎧の上に覗かせている状態だ。


「我は少々記憶に齟齬があってな。殆どつい最近の事しか覚えておらぬのでな。ハンゾウ殿の言う初代殿と真に同郷であるかは我にも分からぬのだ」


 ハンゾウの問い掛けに、そんな曖昧な回答をしながら彼の向かい側に腰を下ろし、同じように胡坐をかきながら、首根っこを掴んでいたポンタを傍らに下ろす。

 その隣にはアリアンが床に直に座る事に慣れていないのか、ひとしきり足の位置などを気にして何度となく座り直していた。

 そんなアリアンを微笑ましいものを見るような目で眺めていたハンゾウだったが、不意に此方に視線を移して話を振ってきた。


「此度のご助成に関してですが、アーク殿は傭兵であると聞き及んでおる。なればアーク殿にはそれ相応の対価を支払うべきであるが、何か儂らに希望されるものはおありか?」


 そう言えば今回の話はチヨメからの依頼として受けたのだという事を思い出し、彼の言う報酬をどうするかに頭を捻った。

 とりあえず困っているチヨメの力になろうという事しか考えていなかったので、今すぐに之といった物がすぐには思いつかない。


「儂らの里は見ての通りあまり豊かだとは言い難い。アーク殿さえ良ければ、里の器量良しを何人か見繕うというのも考えているが、如何かな? ムホホ」


 そう言ってハンゾウはその長い片眉を持ち上げて、助平爺のような声を出して笑った。

 個人的には非常に魅力的な話ではあるが、横からまるで威圧するような視線をひしひしと感じるので、その誘いには冗談でも返しづらい。

 とりあえずは当初の目的である(やしろ)に関しての話を持ち出す事にした。


「いや、それには及ばぬハンゾウ殿。それよりも、実は既に聞き及んでいる事と思うが、我らは其方達の初代半蔵殿の御社跡を見つけたのだが、諸事情故にその場所を使わせて貰おうと思っておる。ついては今回の報酬をそれに当てたいのだが、どうだろうか?」


 ついでに既にその地に住む龍王(ドラゴンロード)の許可を得ている事も合わせて話しておく。

 その自分の報酬の提案を聞いたハンゾウは、少し意外そうな顔をしてから腕を組むと、小さく首肯してから口を開いた。


「あの地は初代が亡くなってから、三代目にあたるハンゾウが放棄を決定してからというもの、久しく一族の中でも忘れ去られていた場所。御社にあった一族の秘宝は既にチヨメが回収してきておる故、その地をアーク殿が所望される分には儂らの了解を得る必要もない。移住する先はその地より離れた場所であるとも聞いておるしの……、他にアーク殿が儂らに望む物は御座らんか?」


 そのハンゾウの再度の尋ねに、自分も腕を組んで首を捻る。

 隣では夕食はまだかといった催促の目でポンタが此方を見上げ、自分と同じように首を捻っていた。

 あの温泉のある御社を拠点にするにあたって必要な物──、


「ならば御社跡は有難く使わせて貰うとして、長い年月によってだいぶ朽ち果てておるその御社を修繕して雨露を凌げるようには出来ぬか? ここの里の大工は見た所、かなり腕のいい者が揃っていると見ているのだが、どうだろうか?」


 今や御社は屋根も朽ちて石壁と床石を残すのみで、生活の拠点にするには色々と手を加えなければならない箇所が山とある。

 必要な材料などは手元にある金で賄えるだろうが、自分の腕であの大きさの建物を修繕する自信はない。

 ならばこの里の大工の腕を借りるのが一番妥当な案だろう。

 その事をハンゾウに伝えると、彼は白い顎髭しごきながら静かに頷いた。


「そのような事であれば儂らは喜んで手伝わせて貰うが、本当にそのような事だけで良いのか? 乳のでかい娘もおるんだがな、ムホホ」


 ハンゾウはそう口にしながら、その視線を一瞬だけ横に座るアリアンの方へと向けて戻すと、またあの助平爺のような声で笑う。

 さっきの視線、恐らくアリアンの胸を見たに違いない。

 この爺さんは本当に刃心(ジンシン)一族の長なのだろうか──今なら目の前の人物が影武者だったとしても驚かない。

 せっかくこの手の話題を逸らしたと思ったものが、また手元に戻ってきてしまった。

 それと同時に横から妙な威圧が増して、首筋の神経を撫でる。この身体でいる時は負の感情に捉われない特性がある筈だが、これはまた別のなのだろうか。

 それに首を捻っていると、隣ではそんな空気に我関せずといった様子で、ポンタが前足で此方の膝をたしたしと叩いて夕食の催促をしていた。

 ──お前は一人平和だな……。

 ポンタの頭の毛を撫でながら精神を安定させ、早々にこの話題の打ち切りに動く。


「いや、御社の修繕だけ考慮してくれれば、それでいい」


「そうか。では腕の良い大工を派遣させて頂こう。チヨメ」


 此方の要望を聞き届けたという風にハンゾウは一度深く頷くと、広間の入口に向かってチヨメの名を呼んだ。

 それを合図に見慣れた猫耳の忍者少女が音も無く現れると、入口手前で一度頭を下げて部屋へと入って来た。

 そしてその彼女の後ろには他にも複数の人影が一緒になって部屋へと入って来るのが、振り返った肩越しに見る事が出来た。


 チヨメのすぐ後ろに付いて入って来たのは身長が二メートル三十程もある巨躯の男。

 王都でチヨメに紹介された六忍の一人、サバトラ色の髪をしたゴエモンだった。

 あの時に見た上半身裸の格好ではなく、窮屈そうにもチヨメと似たような忍装束を身に纏っており、相変わらずの寡黙さで目礼だけして入室してくる。


 次いで現れたのはそのゴエモンをも超える体格の大男だった。

 身長二メートル七十はあろうか──、広間の天井に頭を擦りそうなその男は何度となく頭を下げるような格好で部屋へと入って来る。

 筋肉のついた上背は盛り上がり、太く逞しい両腕と少し人より短めの足、頭頂部には丸く可愛らしい耳が付いているが、それに反して皺の深く刻まれた顔は貫禄十分だ。


 そしてその彼の後ろから現れたのは小柄な獣耳を持つ壮年の男だ。

 身長百六十程で、前を歩く二人との体格差はかなり大きい。しかし彼の凄みを帯びたような眼つきはそれだけで只物ではない事を窺わせるには十分だった。

 捲り上げられた袖から覗く腕には幾つもの古傷が刻まれ、頭頂部にある耳は兎のような長い耳だが、その片方は半ば程までで千切れてしまっている。

 此方の姿を視界に捉えると、その男は凶悪そうな顔でにこやかな笑みを浮かべた。


 四人はそのままハンゾウの両隣へと並び、一礼してから囲炉裏の傍へと腰を下ろすと、自分とアリアンもそれに返す形で軽く頭を下げた。

 それを見計らって徐に咳ばらいをしたハンゾウが、現れた四人を示すようにしながら口を開いた。


「今回の里の移住に関しての話だが、既にチヨメやゴエモンとはアーク殿達も面識があって今更紹介はいらぬだろう。あとは残りの二人だが、こっちのごつい男がこの里の長を務める、熊人族のゴウロだ」


 ハンゾウのその紹介に、その大男は拳で床を突いて自らの額を床板に擦り付ける勢いで深く礼をして視線を此方に向けてきた。


「わてがこの里の長をやっておる熊人族のゴウロって(もん)だす。此度はわてらの要請を聞き入れて頂き、誠に感謝の念に堪えませぬ。どうかひとつ宜しゅうに」


 やや訛ったような言葉にゆっくりとした喋りで自己紹介をしたゴウロは、自分に謝意を述べた後に再び深く礼をした。


「ふむ? 我はてっきりハンゾウ殿がこの里の長だと思っていたのだが、違うのか?」


 熊人族のゴウロがこの里の長だと聞いて、疑問に感じた事をそのまま目の前いるハンゾウに向けて投げ掛ける。


「確かにこの里はかつての刃心(ジンシン)一族が築いた里、しかしこの大陸にはここのような里が他にも幾つかあるのでな。儂らは今はここに本拠を置いておるが、いつでもここにいる訳でもないからの」


 ハンゾウは自ら一族の内情を少し語った後、今度はゴウロの隣に座っていた兎耳の小柄な男に視線を向けて先を促した。

 それに凶悪そうな顔の兎耳の男が頷き、改めて此方に視線を向けて頭を下げる。


「儂は兎人族のピッタ。この里での戦士長を務めとる。今回は移住先への先遣隊を纏める者としてこの場に来ておる。アーク殿におかれては何卒、良しなに頼む」


 ドスの利いた声で挨拶を済ませたピッタと名乗る男は、その凶悪そうな顔を上げて此方に微笑みかける──すると、隣でポンタが少し後ろに下がる気配を感じた。

 骸骨の自分が大丈夫で、ヤクザの様なピッタが駄目な線引きがよく分からないが、獣人族だからといって無条件で精霊獣に懐かれるわけではないようだ。

 そのポンタの様子が目に入ったのか、ピッタは眉尻を下げてあからさまに項垂れたような雰囲気で肩を落として、囲炉裏の傍から後ろへと下がった。

 本人は結構気にしているのかも知れないな……。

 強面(こわもて)の兎耳親父、何処の方面にも需要がなさそうだ。


 そんな事を考えながら、話の本題の方へと話題を向ける。


「先程のピッタ殿の話に出た、先遣隊というのは?」


「うむ、チヨメの報告から、龍王(ドラゴンロード)様から住むには申し分ない土地だという話を伺っている旨は聞いておるが、儂らの目でそれを確かめる必要もある。移住先である湖の傍の土地──それを検めた後、今度は開拓組をアーク殿の御力で移動して頂き、その土地で暮らす最低限の開拓を進め、そしてようやく移住組を入れる形となるかの」


 ハンゾウは顎髭を撫でながら、これからの移住の段取りを説明した。

 あの温泉の湧く御社のある山から眺めた感触から言えば、大きな湖のある土地までは普通に歩けば結構な距離がある。

 まずは先遣隊で土地を検めると同時に、自分がその地の風景を記憶すれば今度は開拓組を直接その土地に送り出す事が出来る。

 ただその土地はこの里のように魔獣避けとなる外壁も何もないので、開拓組がまずは最低限の防衛が出来る程度の防壁と、寝泊りする為の家屋を設ける必要があるのだろう。


「開拓組が最初の移住組を受け入れるまで、どの程度の日数を想定しているのだ? あとは全員の移住は何回ぐらいに分ける予定でいる?」


 今回の依頼は自分のやる事自体あまり多くはないが、ある程度の長期間に渡る作業になる為、今後の予定を考える上でも知っておかなければならない。

 するとハンゾウは何かに気付いたかのように片眉を上げて、此方に視線を向ける。


「最初の移住組を移せるまでの期間は、最低でも一月(ひとつき)から二月(ふたつき)は掛かるじゃろうて。あと移住の人数だが、最大でここの半数を予定しておる」


 どうやらこの里は放棄するわけではなく、溢れた人達を移住させるつもりのようだ。


「この里も完全に放棄するわけではない──という事か」


 自分のその呟きに、ハンゾウもそれを肯定するように頷く。


「ここは儂ら山野の民が避難する為の里でもある。今回の移住先は周囲が山脈に囲まれた土地、外敵の侵入も拒むが、人族の国家から逃れた同胞達も辿り着くには難しい地。かつての三代目も、時空忍術の使えない後継達では、あの御社を拠点に同胞を救う事が叶わぬと言って放棄したと伝え聞いておる」


 確かにあの地は気軽に行き来できるような場所にはない。それこそ時空忍術や転移魔法などの移動手段がない場合、魔獣蠢く深い森や洞窟を歩いて踏破する必要がある。

 目の前にいる屈強な山野の民なら大丈夫だろうが、里の中には女子供なども多数いた。それらを連れての移住となれば、相応の犠牲を覚悟するしかないだろう。

 しかしそのような土地を再び移住先に選んでもいいのか──。


「かつて放棄したという地にまた戻るのか?」


 自分の問いに、ハンゾウの瞳は理解を示す色を宿すが、その首は静かに横に振られた。


「初代様の時代、まだ野には幾つもの山野の民の集落があったと聞き及んでおる。人族に捕まった同胞達はそういった集落へ帰されたそうだが、人族が増えるにつれ、その集落も野から森へ、さらに山へと追いやられ、今や人の目の触れぬ土地にしか住めぬようになって、山野の民の数も随分と減った。残った隠れ里は互いに行き来する事も今や稀だ」


 ハンゾウのその語りに周囲の者達が沈黙して目を伏せ、囲炉裏に掛けられた鍋の中身が煮える音と薪が爆ぜる音だけが部屋の中に静かに響く。


 狭い里内だけでの交流になれば、いずれ全員が近親者になる問題も出てくる。

 あの土地は山脈に囲まれた盆地だが、人の手が入っていない平野がある。周辺の森も切り開けばさらに平野部は広がるだろう。

 そうやって開拓する事が出来れば、他里からも移住者を募り受け入れていけば、現状暮らすだけで精一杯の山野の民の減り続ける人口も増えるかもしれない──というわけか。


 アリアンの話では、南大陸に彼らと同じ同胞種族が作った巨大な国があるという話だったが、この北大陸では人族が幅を利かせ、進退窮まっているのが現状というわけだ。

 

「委細承知した。では明日、早速その先遣隊を彼の地に派遣する方向で良いか?」


「何卒、宜しくお頼みします。 っ!?」


 ハンゾウが再び深く頭を下げ、此方に視線を戻すと急にその表情を強張らせた。

 先程まで順調に話が運び、両者が合意した形となった矢先の雰囲気の急変に首を傾げて周囲の者達にも視線を走らせる。

 しかし顔に緊張を宿していたのはハンゾウだけでなく、それは他のゴウロやピッタも同じで、チヨメはやや驚きを此方に向けていた。

 唯一表情の変わらなかったのはゴエモンぐらいだったが、彼らの緊張の原因をすぐ隣に居たアリアンの発言で明らかになった。


「ちょっと、アーク!? 顔が元に戻ってるわよ!?」


 その言葉に自らの顔に手で触れて、ようやく目の前の彼らの表情に納得した。

 想定していた温泉水の効果時間が、予想外に短かったようだ。恐らくだが、温泉水は長時間所持していたものを飲用するのでは効果が薄れるのだろう。

 鮮度が命とは、ますます以って融通の利かない温泉だ。


不死者(アンデッド)!?」


 囲炉裏の傍で腰を下ろしていた者達がやや腰を上げて、困惑したような声を上げる。

 以前何処かで交わしたやりとりだなと──そんな事を思いながら、再び自分の身体の特性を一から語る羽目になった事に溜め息を吐いた。


誤字・脱字などありましたら、ご連絡宜しくお願い致します。

次話は正月明けを予定しております。

今年一年、「骸骨騎士様」を読んで下さり誠にありがとうございます。

来年もまたよろしくお願い致します。


よいお年を~♪('ω')ノ

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