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隠れ里1

 翌日、まだ太陽が地平から顔を出す前の空が薄暗い早朝──。

 龍冠樹(ロードクラウン)の根元近くにある社跡は白く煙る薄靄に包まれ、辺りは息を潜めたかのように森閑としていた。


 昨日からずっと温泉に浸かりっぱなしの龍王(ドラゴンロード)に一度挨拶を済ませ、刃心(ジンシン)一族の隠れ里に一番近いというローデン王国王都へと転移魔法の【転移門(ゲート)】を使って移動する。

 周囲の景色が瞬時に切り替わり、先程まで鬱蒼と生い茂る枝葉で天空を切り取っていた龍冠樹(ロードクラウン)の影が消え、一面に農地が広がる平原へとやって来た。


 南の少し先に見える王都の街壁、その奥にはまだ早朝という事もあって朝靄の中の静かな王都の街並みが遠くに広がっている。

 兜の上ではまだ早朝で眠いのか、ポンタが大きな欠伸をして少しずり落ちそうな体勢で貼りついていた。

 後ろの北側を振り返るとそこには幾つもの山々が屹立し、その裾野を深い森が覆うカルカト山群が広がっていた。

 チヨメ達、刃心(ジンシン)一族の拠点ともなっている隠れ里はこの山々の奥にあり、ほぼ道らしいものもないという話なので、案内としてチヨメに先導して貰う事となった。


 このカルカトの麓の森の浅い場所などにはあまり魔獣の類が出ないらしいが、その代わりに時折人族の盗賊達が拠点を置いたりする為にそれなりに危険であるそうだ。


「でもほぼこの地に拠点を置く盗賊達はすぐにいなくなりますけどね……」


 森の中を先導する形で進むチヨメは、そう言って躊躇いなく慣れた足取りで森の奥へと歩みを進めて行く。

 王都に近く、人通りの多い街道からもそれ程離れていないここは盗賊達が身を置くには格好の場所だ。

 それがすぐに姿を消すというのは、それはつまり──。


「それはチヨメ殿達、刃心(ジンシン)一族がこの辺りを縄張りにしているから、か?」


 そう尋ねると、先を行くチヨメは少しその歩み足を止めて振り返った。


「ボク達ニンジャの普段の仕事は何だと思いますか?」


 その急な質問の意図に首を傾げながらも、今迄彼女達が行ってきた行動を振り返りながらその質問に答える。


「人族に捕まっている同胞の救助や、それの為の情報収集ではないのか?」


 その答えにチヨメは僅かに口元を緩めて笑う。


「確かにそれもありますが、普段ボク達が行っているのは盗賊狩りです。ボク達の里では刃物や金属類などが貴重ですので、人里離れた場所に拠点を置く盗賊達は一族にとっては格好の獲物です。街中に潜ませている“クサ”と呼ばれる者達が盗賊の情報などを仕入れると、それはすぐに里に知らされ、ボク達ニンジャ隊がその拠点を強襲に向かうのです」


 そのチヨメの答えに、アリアンは感心したような表情で頷く。

 確かに街中で窃盗などを行って権力者側に目を付けられる危険性を考えれば、街の外に身を置く盗賊などを襲ってその物資を奪うのは賢いやり方かもしれない。

 以前王都でのエツアト商会襲撃の時に見た彼女の戦闘能力を見れば、並大抵の者達では太刀打ちなど出来ない事は想像に難くない。


「しかし盗賊達が奪った物資をそのままチヨメ殿達が奪えば、チヨメ殿達、山野の民に嫌疑が掛かったりはせぬのか?」


「だから”クサ”の情報で動きます。街中で盗賊の情報が出始めるという事は、盗賊に襲われて、かつ生き延びたからこそ情報が広まるので。それらの生き残りの証言から人族の盗賊である事が人の口の噂に上れば頃合いです。その盗賊達が拠点を移動したかのように見せて彼らを殲滅し、彼らの物資を得るのです。ですからカルカトの周辺で盗賊の被害はむしろ少ない方ですよ」


 そう言ってチヨメは得意気に尻尾を翻すと、そのまままた森の奥へと分け入っていく。

 どうやら山野の民達は自分の想像以上に逞しく生きているようだ。


 しばらく鬱蒼とした木々が生い茂る山中を下草を踏みしめて進んで行くと、やがて視界が少し開けた場所へと出た。

 どうやら山の中腹あたりに出たらしい。

 足元が土から岩場に変わり、その先は途切れて深い渓谷になっている。岩棚のような張り出したその場所から下を覗き込むと、下の方で細い沢が山間を縫うように蛇行しながら白い帯となって走っていた。

 チヨメはその岩棚から先に見える向かいの山を示して此方に振り返った。


「この渓谷を越えた先からが本当のカルカト山地です。強力な魔獣も潜んでいるので滅多に人が足を踏み入れる事もありません」

 

 彼女の説明に頷きながら、その意図を理解して向かいの山肌を見やる。

 丁度視線の先に木々が疎らになって移動し易そうな場所がここから覗く事が出来た。


「では向かいの山まで、一気に転移魔法で移動するとするか」


 自分のその言葉にアリアンとチヨメが同意するように頷き、慣れた動作で此方の肩に手を置く。それを見計らってから、転移先の向かいの山に視線を移して魔法を発動させた。


「【次元歩法(ディメンションムーヴ)】」


 周囲の景色が一瞬で切り替わり、渓谷を挟んだ反対側の山肌にある開けた場所へと転移し、後ろを振り返ると元居た場所の岩棚が少し遠くに見える。


「里はさらにこの山を越えた先にあります、行きましょう」


 チヨメが先を促すようにして此方に声を掛けるのに頷き返し、先を行く彼女の背を追ってさらに山奥へと足を進めた。


 このカルカト山群という場所は、文字通り幾つもの山々が互いに連なる事無く、しかし狭い場所に林立するように密集し聳える、起伏の激しい土地のようだった。

 彼女が渓谷を越える前に言っていた通り、先程までには姿を見なかった凶暴そうな魔獣の姿などが散見されるようになり、道程の危険度が一気に増した。

 この三人で進む分にはあまり問題ない道程だが、普通の人間ならば一匹でも遭遇すればあっという間に捕食されてしまうような魔獣が度々顔を見せるこの土地は住むに適した土地とはとても言い難い。

 外敵である人族の侵入を心配する必要は殆ど無いだろうが、これでは暮らす事自体が命懸けで安寧の地とはおよそ程遠い。

 以前王都の奴隷商で助けた多くの女性や子供達がこの山奥にある里を目指し、そこに今も暮らしていると考えると少しばかり心配になってしまう。


 そんな自分の背中には先程襲い掛かって来た巨大な魔獣が息絶えて、その凶暴そうな巨体を弛緩させて引き摺られるようにして担がれている。

 チヨメとアリアンが“ウンブラティグリス”と呼んだその魔獣は、この山地でも非常に強力な魔獣の一種で、彼女達の種族でも一匹に対して複数の隊で対処する事が基本となるような存在らしかった。

 その体長は四メートル、尻尾も入れれば五メートル近く。まるでサーベルタイガーを彷彿とさせる上顎の長い牙に、血のように赤い瞳、黒紫色の頑強そうな二本の角を頭部に生やし、身体全体を黒斑色の毛に覆われた巨大な虎型の魔獣だ。

 普段は夜行性で昼間に遭遇する事などあまり無い魔獣らしいが、たまたま分け入った藪の先で遭遇して戦闘となった。


 普段は夜闇の紛れて身体の周囲に黒い霧状のガスを纏って獲物を襲うらしいが、昼日中で黒いガスを纏った大型の虎はむしろ大きな的だ。

 襲い掛かって来たウンブラティグリスは、此方の三人の反撃によってカップ麺が出来上がるよりも早くにあの世に旅立ってしまった。


「すみません、アーク殿。重くありませんか?」


 不意に前を行くチヨメが振り返り、気遣わしげな視線を此方に向けてくる。


 このウンブラティグリスという魔獣を運んでいるのは彼女の要請によるものだ。

 なんでもこの魔獣の頭部にある黒紫色の角を細かく砕き、それを鋼と混ぜて刃物を鍛造すると驚くほど丈夫で切れ味の高い物が出来るという。

 チヨメの腰にある短剣にもこの魔獣の角を使った業物だという話だ。

 それに加えて毛皮もこの山間部で貴重な防寒具などの用途があり、牙は磨り潰して薬などに用いられる他、頭部残した一匹丸ごとの毛皮となれば人族の中ではかなりの高級品として取り扱われるらしく、売れば食料や武器などを購入する際の資金ともなるそうだ。


「なに、以前倒したジャイアントバジリスクの重さに比べればどうという事もない」


 そう言って笑い、ウンブラティグリスを背負ったままその場で軽く跳ねて見せた。

 すると、ポンタを胸元に抱えて後ろから追従していたアリアンが呆れたような声を上げて、その会話に横槍を入れた。


「アークってうちの母とは別の意味で規格外よね……」


「そう褒められると何やらむず痒いものがあるな」


 その彼女の言葉に笑って返すと、アリアンは何やら複雑な顔をして眉尻を下げる。

 どうやら褒められた訳ではないようだ。

 そんな会話していると、先頭のチヨメが足を止めて森の先の開けた場所──切り立った崖の先に見える二つ目の山を指し示した。


「この谷を越えてあの山の先にボク達の里があります。この調子なら日暮れ前に着きますね。休息所を経由せずにこの速度で進めたのは流石ですね」


 チヨメはそう言って視線の先に聳える山並みに視線を移す。


「では残りの道程もとっとと踏破して、チヨメ殿の里で一息入れるとするか」


「そうね」


 アリアンの同意を受けて、転移魔法を使って谷を越える。


 やがて日が高い山々に遮られ、辺りが徐々に薄暗くなりつつある夕暮れ時になった頃、高台になった場所からようやくチヨメ達の隠れ里が見下ろせる形で姿を現した。

 里の周囲に張り巡らされた木杭からなる外壁と石垣による内壁の二重の防壁が置かれ、外敵の侵入を阻む鋭く尖った返しが組まれたその姿は、里山にある村というよりは要塞のような雰囲気だ。

 村の入口であろう場所は跳ね上げ式の開閉扉となっているようで、今はその入口をしっかりと閉じて外敵の侵入を拒んでいる。

 まるで斜面に貼り付くように築かれた里の民家と風車らしき建物は山の頂上部に密集しており、その下の山の斜面は階段状に石垣が組まれて畑として作物が育てられていた。

 その風景はどこかマチュピチュを思わせるような光景だ。

 整備された階段状の畑には、夕闇の中で作業する人影がちらほらと確認出来る。魔獣蔓延る山間部で、物々しい外壁の姿を無視すれば情緒溢れる素晴らしい景色だと言える。

 ただ決して暮らし易い土地であるとは言えないのは確かだ。


「すごい傾斜の急な場所に里を置いているのね……」


 その里の姿に金色の双眸を向けていたアリアンは、そんな素直な感想を漏らす。

 このカルカトの山地は何処も山と谷で構成されており、殆ど平野に相当するような場所が見つけられない。

 あの山頂部はここら辺りで唯一の平らで開けた場所なのだろう。


「山間部の奥にこれ程の里を築き上げたのは素直に称賛するが、今あの里にはどれ程の人数が暮らしているのだ? あまり多くは住めぬだろう……」


 この急峻な山々が聳える土地に築かれたその里は、確かに立派に生活圏を確保していると言えるが、それでも里の大きさはアリアンの出身であるララトイアの里の事を思えばかなり狭いと言える。

 自分のその質問に、チヨメは蒼い瞳を里に向けて物憂げな表情でそれに答えた。


「この間の王都救出で里の人口は千人を超えました」


「それはまた……、結構な人数だな」


 自分が驚きの声を漏らすと、隣で同じように里を見下ろしていたアリアンも同意するように首肯する。

 その彼女の腕の中では、ポンタだけが大きく欠伸をして呑気に尻尾を振っていた。

 食事に関する察しは異様にいいが、他の事に関してはあまりそうでもないようだ。しかし、精霊獣であるポンタが人口密度などの難しい問題に頭を悩ませるような事があれば、それはそれで問題だろう。

 そんな無邪気なポンタの姿を見て、チヨメの顔も先程まで見せていた物憂げな表情を僅かに崩して綻ばせていた。


「では刃心(ジンシン)一族の長である半蔵殿に会いに行くとするか」

誤字・脱字などありましたら、ご連絡宜しくお願い致します。

次話は24日を予定しております。

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