龍王2
相手の龍王は悠然と空に浮かび、その場で留まるように四枚の翼を羽ばたかせている。周囲に起こる土煙が、その周囲に起こる風の強さを物語っていた。
ゲームの感覚で言うならば、相手のドラゴンは風属性の龍といった感じだ。
大きな翼に対して、やや身体は小さめで長い尻尾をくねらせている。しかしそこは全長三十メートル程もあるドラゴンの身体だ、比率ではやや細く見える四肢も、近づけば人など容易く斬り裂く力と長さを持っている。
此方の大剣は人相手には大きいかも知れないが、龍に対しては爪楊枝と変わらない。とりあえずは此方の剣身を戦技スキルで伸ばして竹串程度にはしておく。
ここでゲームなら風属性の敵に対しては土属性などの攻撃が有利となったりするのだろうが、生憎と現実では空を飛んでる相手に対して土属性の魔法を当てるのはかなり難しいだろう。
以前同じく空を飛ぶワイバーンに対して【岩石弾】を当てようとして、容易に躱された事を思い出す。
上級職の大魔導士が持つ魔法スキルの隕石系ならば可能性はあるが、自分の持つ職業に大魔導士は無い。
空を飛ぶ相手というのは、本来それだけで充分に脅威なのだ。
そもそもの話が、目の前で躍動する生物に属性による耐性値などというモノが存在するかすら怪しい。
《行くぞ!! 小僧!!》
龍王が吼えると、その身が一瞬光輝くように発光し、大きな翼を細かく羽ばたかせると、その正面の森の木々を何か見えないモノが斬り飛ばしながら突き進むように迫ってきた。
カマイタチのような風系統の攻撃か──『聖雷の剣』を構えた態勢のまま、その不可視の斬撃を躱す為に魔法を発動させる。
「【次元歩法】!」
発動と同時に自分のいた場所に不可視の攻撃が殺到してその場が吹き飛ぶ。
《ぬっ!?》
間一髪で先程離れた場所に滞空していた龍王の足元へと転移する。 目の前には此方の姿を見失った龍王が、周囲の離れた箇所に目をやって自分の姿を探していた。
中空に浮く巨体の足元には凄まじいい風圧が発生しており、此方の身体が持ち上がりそうになるのをどうにか堪えて、目の前に長く垂れ下がった龍王の尻尾から視線を這わせて上空の巨体を見据える。
さすがに剣では本体に攻撃する事は出来ない。
中空への転移は明確な場所が把握しにくい為か、発動には時間がかかる上に、それをしたとしてもこの風圧では転移した途端に明後日の方向へと吹き飛ばされてしまう。
まずは此方の攻撃が通じるかどうか──。
手に持った剣を振りかぶった瞬間、上空に身を置いていた龍王と目が合った。
《!!? 貴様いつの間に!!》
その声と同時に長く垂れた尻尾に意思が宿るように、此方を打ち据えようと迫る。そこに此方が振り下ろした剣がぶつかり合って激しい衝撃が生まれた。
およそ生物の肌に打ち下ろしたとは思えぬような硬質な金属音が響き、辺りに鮮血が舞って白銀の鎧に返り血を浴びる。
流石はドラゴンという事か、強靭な鱗に覆われたそれは神話級の武器を以ってしてもなかなかに固い手応えが手の内に返ってきた。
《ぬぅぅおおおぉおぉぉ!!》
龍王は雄叫びとも驚愕の声とも言えない咆哮を上げて、その大きな翼をはためかせると、風圧がより一層密度を高めて此方の身体を後方へと押しやった。
そして此方の態勢が崩れたところに、再び長い尻尾による打ち下ろしが迫る。
それと同時に此方も再び転移の魔法を発動させて飛ぶ。
「【次元歩法】!」
視界が一瞬で切り替わり、龍王の死角に入り込むような斜め後方の位置に転移したが、今度は此方を視認していない筈だった龍王の尻尾が先程まで立っていた場所を穿ってすぐに此方へと迫ってきた。
「ぬぅ!?」
咄嗟の判断で三度の転移をして、様子を窺うために龍王からは少し離れた場所へと転移する。
《貴様、ハンゾウと同じ技を使うか! ならば儂も油断出来んと言う訳か!!》
龍王はそう言うが早いか、空高くへと舞い上がるように上昇すると、大きく森の上を旋回するように飛ぶ。
そしてその勢いののった速度のままに此方に向かって急降下を敢行して、その大きく研ぎ澄まされたような爪を持つ後ろ脚で此方を狙ってくる。
流石にあの速度で迫る巨大質量の相手に剣一本で挑む気にはなれない。
すぐに転移をして後ろへと避けると同時に、今迄自分が立っていた場所に向かって地属性魔法を放ち、降下してきた龍王に当てる。
「【岩石鋭牙】!!」
地面から幾つもの牙状の岩が飛び出してきて、急降下攻撃してきた龍王と正面からぶつかるが、牙状の岩はあっという間に衝突時に粉々に砕け散り、地面に隕石でも墜落したような轟音と共に周囲に土煙と瓦礫の雨を降らせた。
その立ち込める土煙の中から、錐揉みするような形で飛び出してきた龍王が上空へと再び上昇してその場で大きく翼を広げる。
翼を勢いよく広げた衝撃波が、周囲の土煙を吹き飛ばして地面に穿たれた大穴が露わになった。
あんな物を真正面から受ければ此方が木端微塵になりそうだ。
《いつまで逃げ回っているつもりだ!? 今度は逃げる事、叶わぬと知れ!!》
龍王がそう言って宣告すると、その巨体を再び空高く上昇させて森の上を弧を描くようにして飛ぶ。
相手の龍王を無力化するには、手持ちの職業の中で最強の攻撃力を誇る”天騎士”の戦技スキルを以って事に臨む必要がある。
しかしこれには発動にかなり時間が掛かる為、まずは段階的に場を整えるしかない。
上空を旋回する龍王に目を向けながら、今や無残に剥き出しの大地を晒した場所に手を翳して魔法の発動を試みる。
「空を駆る覇者には同じく空に対する眷属を当てるまで、来い! 【嵐神王】!!」
目の前の大地に巨大な魔法陣が描き出され、そこに自身から抜け出した何かが注ぎ込まれる感覚を覚えると、魔法陣の紋様が複雑に変化していき周囲から風が集まりだす。
そしてそれは巨大な竜巻となって魔法陣の上で踊り狂い、森の木々を薙ぎ倒さんばかりの風が周囲に猛威を振るいながら天へと伸びていく。
召喚士が呼び出す召喚獣はどれも強力で人や普通の魔獣に対しては過剰戦力になりがちだが、相手が龍王となれば問題はないだろう。
此方へと空から猛進してくる龍王は、その竜巻に僅かに目を細めはしたが、その速度を落とす事無く、そのままの状態で再び身体全体を発光させ始めた。
どうやら先程森を吹き飛ばしたドラゴンブレスを使って、地上の全てを文字通り吹き飛ばすつもりのようだ。
それはもう殆ど爆撃機による絨毯爆撃のような攻撃方法だ。
薄緑色の光が龍王の口元へと収束していき、次の瞬間それが一際強く閃くと、地上を捲り上げながら突き進んでくる閃光がすぐ目の前へと迫ってきていた。
そしてその怪獣光線のようなドラゴンブレスが目の前の竜巻にぶつかると、まるで見えない壁に衝突するかのように光線が散り散りになって霧散していく。
どうやら間に合ったようだ。
竜巻の中から現れたのは、身長五メートルを超える人型の召喚獣だ。
しかしそれは人とは異なり、頭部には四角く長い耳が立ち上がり、灰色の肌に持つその顔は細長く、その姿は動物のアリクイのようで腕は四本もある奇怪な姿をしている。
その人型の召喚獣は、貫頭衣状の物の上に不可思議な紋様に彩られた鎧を着込み、派手な装飾品を着けたその身は強靭な肉体を有しており、四本もある腕にはそれぞれ杖と盾、二本の曲刀を握って、足には竜巻のような暴風を纏わせて静かに宙に立っていた。
周囲一帯を暴風と風刃によって殲滅する中級の召喚獣だ。
相対する龍王と同じく風の力を使う強力な召喚獣の一体で、宙を舞うドラゴンとも渡り合える存在だ。
『嵐神王』は、その閉じられた瞳を開けると、その金色の瞳で正面から迫っていた龍王を睨み据えると、その身を発光させて風を纏った。
《なんだ、この精霊の力の塊のような存在は!? 精霊の王の一人か!?》
龍王の驚愕の声が頭に響くが、龍王はそのままの速度を保って、今や猛り狂う嵐を纏った『嵐神王』と正面から衝突する。
衝突によって生じた衝撃が、空気を斬り裂く轟音と共に周囲に破壊の嵐を巻き起こす。
森の上空で三十メートル近くもある巨体のドラゴンが、五メートル程の四本腕を持つ人型の召喚獣と激しい鬩ぎ合いをしていた。
『嵐神王』の持つ曲刀が、龍王の前脚にある爪を防ぎ、火花を散らして、辺りに不快な音を撒き散らす。
鬩ぎ合う両者が一瞬にして距離を開けると、再び衝突をして互いに牙を剥く。その度に辺りの空気が震えて、その衝撃が腹を打つ。
両者が互いに距離を開けると、双方とも遠距離攻撃の魔法を繰り返し放つおかげで容易に近づく事も出来ない。
撃ち合う近距離と遠距離の攻防によって両者の身体に無数の傷が増えていく。どうやら召喚獣の『嵐神王』は龍王にも引けを取らない力を持っているようだ。
しかし互いに力が互角でも、召喚獣を呼び出せる時間には限りがある。
今のままでは決め手にはならない。
だが、それも時間稼ぎと考えれば十分に戦果を発揮していると言える。
最上級職の天騎士の戦技スキルは全部でたったの四つ──”執行者”、”断罪者”、”守護者”、”預言者”。
全てが大量破壊兵器のようなスキルで、取り回しに融通が利かない上に、一度使えば再詠唱まで半日、大量に消費する魔力のおかげで撃てるストックは三発まで。
その中で今回の相手の龍王には、地属性に類する”断罪者”が恐らく適当だろう。
これならば空を駆る龍王とも渡り合う事が出来る筈だ。
『嵐神王』と龍王との激突を見据え、荒れ狂う空を仰ぐ。
果たしてゲーム内でも迷惑千万だったこのスキルが、現実に行使された場合どうなるか──、今でも目の前で繰り広げられている召喚獣と龍王の激闘は周囲の環境に多大な影響を齎している。
これを降ろせば確実に今以上の被害が周囲に巻き起こるのは確実だろう。
だが──それも止む無しか。
手に持った剣を天に掲げ、門を開ける為の力を籠めようとしたその瞬間、激しく激突していた召喚獣と龍王の間に水で形成された狼が両者の間に割って入るようにして現れて遠吠えを上げた。
あれはたしかチヨメの忍術によって生み出された狼だ。
「その果し合い、暫しお待ち下さい! 龍王様!!」
森の藪から飛び出すようにして現れたチヨメは、空中で綺麗に回転して身を捻ると、自分の前に背を向けながら音も無く着地して、空に浮かぶ龍王に向かって声を張った。
転移魔法なしであの場所からここまでの距離をこの短時間で走破してきたようだ。流石は忍者といった所か──凄まじい移動速度だ。
龍王は突如として飛び込んで来たチヨメに目を向けると、その鋭い瞳を細めて僅かに喉を鳴らしてその動きを止めた。
《ほぉ……、その姿、格好、貴様はあのハンゾウに連なる者の一人か?》
先程【次元歩法】を使った際にも漏らしていたが、どうやらこの龍王はチヨメの一族を纏め上げた初代半蔵と顔見知りのようだ。
チヨメは龍王のその言葉に僅かに驚きを示しながらも、頷いてその問いに肯定して見せた。
「ボクの名はチヨメと申します。かつてこの地を根城にしていた初代ハンゾウ様が率いた刃心の一族が末裔、六忍の末席を汚させて頂いています」
その彼女の返しに、龍王はますますその目を細めた。
《その齢にして、既に精霊結晶の担い手を務めるとは……、彼の一族の優秀さは如何程も衰えておらぬという事か》
龍王のその静かに響くような声に、チヨメは先程より驚きを露わにして大空を舞っているその姿を仰ぎ見る。
そしてそこに遅れるようにして聞きなれた女性の声が聞こえてきた。
「龍王よ、彼の者は我々の同行者。私の名はアリアン・グレニス・メープル、カナダ大森林に居を構える一族の一人。その者の非礼を代わりに詫びると共に、我々の話を聞き届けて貰えないでしょうか?」
「きゅん!」
白く長い髪を龍王の起こす風によって大きく靡かせながら、森の木々を伝って現れたのはダークエルフ族のアリアンだった。
その肩には綿毛狐のポンタも一緒に乗って、巨大な龍王を見上げている。
ポンタはいつもと違って、恐ろし気な姿の龍王の前だというのにあまり怯えた様子を見せていない。大きな綿毛の尻尾を振ってその存在を主張している。
普段と違った丁寧な言葉遣いでアリアンが前に進み出ると、彼女は此方にちらりと視線を向けて一睨みしてから龍王の前で膝を突いた。
その彼女の登場と交代するように、龍王と相対していた『嵐神王』がその役目を終えて姿を霞のようにして消える。
どうやら時間切れのようだ。
それによって龍王の漲っていた闘志が薄れ、やがてその巨体を大地に下ろすと、その瞳を三者と一匹に巡らせてから大きな四枚の翼を折り畳んだ。
自分も手に握っていた剣を鞘へと戻して戦闘態勢を解く。
《山向こうの森に居を構える一族か……。儂の名はウィリアースフィム、良かろう。その詫びを受け入れ、汝らの話を聞こうではないか》
そう言って名乗った龍王は鼻息を一息吐いて、周囲の土煙を飛ばした。
誤字・脱字などありましたら、ご連絡宜しくお願い致します。
次話は24日を予定しております。




