地底で蠢く者2
「この不死者、言葉を話した!?」
「どうやらスケルトンのような低級の不死者とは訳が違うようですね!」
アリアンとチヨメはその蜘蛛人の攻撃を後ろに飛ぶ事によって躱し、化物のなりをした蜘蛛人が言葉を発した事に脅威を感じ取っていた。
自分は背中に背負っていた盾を構え、打ちかかって来たその蜘蛛人の分厚い剣の一撃を弾く。盾を構えていた手にかなりの衝撃が走り、相手の膂力を如実に物語る。
それに反撃するように、反対の手に握られた『聖雷の剣』を振りかぶり、蜘蛛人の人型部分の胴を薙ごうとするが相手の金属の塊のような盾に阻まれ、空洞内に激しい金属の衝撃音が反響した。
「弾いた!?」
今迄この剣で攻撃したモノは大抵一撃で仕留めてきただけに、軽い衝撃を覚えながらも反動を利用して蜘蛛人との距離を少し開ける。
『─炎を纏いし礫よ、敵を穿ち屠れ─』
此方の攻撃で少し姿勢が崩れた蜘蛛人のそこへ、アリアンの精霊魔法である炎の塊が躍りかかるように襲うが、蜘蛛人はこれも手に持っていた盾で弾くように当てると、その炎は霧散するようにして掻き消えた。
「ミスリルの盾!?」
アリアンは信じられないという表情で、蜘蛛人を睨む。
この世界では魔法金属のミスリルは貴重な素材という認識だ。それを喋るとは言ってもあまり知能の高くなさそうな化物が所持している──それ以前に、この巨体の化物に誂えたような騎士鎧に重厚な武器など、誰かが与えたとしか言いようがない状況だ。
化物が先程口にした事と言い、何者かが糸を引いているのは確実だろう。
蜘蛛人はこちらの一瞬の思考の隙を突くように、蜘蛛の足を素早く動かしてアリアンの方へと迫ると、その巨体の高さを生かした力に物を言わせた叩きつけるような攻撃を仕掛けてきた。
あの巨体でありながら、蜘蛛の機動力を併せ持つとははなかなかに侮りがたい。
アリアンがその一撃を寸での所で躱すと、蜘蛛人によって武器を叩きつけられた甲板が、木端を飛ばすように周囲に居たスケルトン達諸共砕け散った。
「【火炎】!!」
なおも執拗にアリアンを追撃しようとしていた蜘蛛人に向かって、力の限りの初期魔法を放って牽制する。
火炎放射のようにして噴出した炎が、甲板とそこに居たスケルトンを舐めるようにして巻き込み蜘蛛人へと迫るが、再び盾で振り払うようにして魔法が霧散した所を、後ろへ大きく跳躍する事で蜘蛛人はその火の手から逃れた。
しかし蜘蛛人には然程の手傷を負わせる事は出来なくとも、これだけの火力はさすがに船に引火する事になった。
船上が燃え上がり、青白く静謐な空気を纏っていた洞窟内に橙色と赤色の灯が点き、船を燃やす炎の音が周囲に満ちた。
「このまま船上で戦うのは危険です! 一旦地上に戻りましょう!」
チヨメが周囲のスケルトン達を砕きながら、桟橋側の舷側へと下がって自分とアリアンに声を掛ける。
それに反応するかのように、アリアンからどうするかを問うような視線が一瞬向けられて、自分は頷き返しながら有無を言わせない強い口調で同意した。
「我が殿を務める! チヨメ殿とアリアン殿は先に!!」
正面にいた蜘蛛人の化物は、燃え上がる船上に目を向けて咆哮するような怒りを露わにし、その不気味な声を洞窟内に響かせた。
『邪魔モノッ、ハ殺、スゥゥ!!!』
人型の上半身に備わった二つの頭からは輪唱するような荒げた声を上げ、手に持った武器を構える。
アリアンとチヨメは自分を残して先に桟橋へと逃れ、先にある地上で蜘蛛人を迎え撃つべく、追い縋る幾多ものスケルトン達をいなしながら後退していく。
しかし此方としては、この蜘蛛人はここで仕留めるつもりでいた。
その為に狭い船上から、アリアンとチヨメを遠ざけたのだ。自分の持つ戦技や魔法は大抵火力過多の範囲系が多い為に、こういった時には単騎でいる方が気兼ねしないで済む。
そして今から使う戦技も、ゲームでは良くても現実では一緒に戦う場面で使いづらい仕様のものだ。
「【聖雷の剣】!!」
神話級の武器のみに付与された武器戦技──、ゲーム内ではおまけのような位置づけの戦技だが、現実での効果は今迄の経験上、かなりの能力を秘めていると思われる。
蒼く怜悧な剣身が光りだし紫電が走ると、蒼い雷を纏うように閃光に輝く剣身が現れて、普段の剣の長さの倍以上に伸びていく。
この戦技のゲーム内での効果は、攻撃力の一割増しに加え、聖属性の付与と攻撃対象に低確率の麻痺と、そして剣の有効判定距離が伸びるという代物だ。
ゲームでは剣の有効判定距離が伸びるというのはほぼオマケでしかない、しかし一度それが現実となると、それは凶悪な性能となる。
剣身の伸びた『聖雷の剣』を軽く振り抜くと、周囲に居たスケルトンは聖属性の攻撃を受けて文字通り消し飛び、射程内にあった船の帆柱は根本で両断されて斜めに傾ぎ始めた。
通称ライトセイバーモード。
倒れた帆柱が反対側の舷側を叩き壊し、地底湖の水面を激しく打って巨大な水柱を立てる。
『オォォォォォオォォォォォォッ!!!』
蜘蛛人の化物が慟哭のような雄叫びを上げて武器を構える。
「貴様にフォースの力を見せてやろう!!」
それに相対するように、此方も青白く光り輝く長大な剣を構えた。
蜘蛛の脚で跳躍した化物は、手に持った剣を力任せに打ち下ろしてくる。力はあるが動きが単調で、グレニスの攻撃を思えば児戯にも等しい。
腕は四本あっても、剣を握っているのは背中に生えた二本の腕のみ。打ち下ろしの剣を相手の間合いの外から剣身の伸びた雷の剣で斬り飛ばし、そこから返して胴を斬り払う。
『ギャァァァシャァァャァァ!!?』
人型の半分が消し飛び、苦悶の叫びを上げる化物に追い打ちを掛けるようにして間合いを詰め、さらに残ったもう片方の人型と蜘蛛の胴体を巻き込むようにして渾身の力を籠めて叩き切る。
化物の両の手に構えた二つの盾を、雷の剣が弾き飛ばして後ろの本体を切り伏せ、さらに勢いにのった剣先は深々と甲板を斬り裂いて船に大きな亀裂が走った。
『オォォォォォォ……!』
ズタズタに斬り裂かれた蜘蛛人は、恨みがましい声を絞り出すようにしながら、構成していた肉体を泡立たせるようにその形を崩し始めた。
まるで生物を酸で溶かすような光景に思わず一、二歩下がると、今度は大きな爆発音がして船の側面が吹き飛び炎が吹き上がった。甲板下の船内からの衝撃が足裏に伝わり、さらに先程の爆発を切っ掛けにまた小さく爆発が誘発される。
どうやら船内に積んでいた何かに引火したらしい、この船も持ってあと数分だろう。
船上から【次元歩法】を使って桟橋に跳躍するように転移し、背中の向こう側で次々と誘爆を繰り返して船が吹き飛ぶのを感じながらゆっくりと桟橋を歩く。
心の中では今すごく映画のワンシーンっぽいなと、感極まっていると、足元の桟橋が軋み悲鳴を上げ始めた。
振り返ってみると先程の船の大爆発で桟橋までも吹き飛び、簡易で造られた桟橋が雪崩のように湖面に没していく姿が目に入り、それが自分のすぐ足元にまで迫っていた。
「のおぉぉおぉぉおぉぉぉ!?」
それに驚き握っていた『聖雷の剣』を掲げるようにして桟橋に繋がっている陸地へと慌てて走る。剣身の長くなった状態で剣を持って腕を振ると足元の桟橋を切り刻んでしまう為に、かなり格好悪い走りになっている。
桟橋の全てが湖面の中に没し、なんとか陸地へと辿り着くと肩で息をしながら、自分の格好悪い姿を二人に見られたかと、その姿を探して周囲を見渡す。
落ち着いて転移魔法で陸地に移動するだけで良かったものを、何故か格好つけて颯爽と去ろうとした所で不意を突かれ、慌ててしまったのが己の敗因だった。
何とも締まらないと内心で頭を掻いていると、背の高い岩陰の向こうから激しい剣戟が響いてきて、剣身が元に戻った『聖雷の剣』を手に駆けつけた。
そこにはアリアンとチヨメが周囲のツルハシを持って襲い掛かるスケルトン達を葬りながら蜘蛛人の化物と対峙している場面だった。
思わず背後の沈んだ船の方を振り返り、再び彼女達が対峙する蜘蛛人を見る。
先程の姿とあまり変わらない奇怪な姿に騎士鎧を纏っている所は一緒だが、四本の人型の手に握られているのは大きなツルハシだ。
どうやら陸地側にももう一匹潜んでいたようだが、アリアンとチヨメの連携でかなり危なげなく善戦している。先程の蜘蛛人と違い、ミスリルの盾がない事が大きいようで、アリアンの牽制に放つ炎の精霊魔法を嫌い後ろへと下がろうとしている。
そこへ死角から背後に回り込んだチヨメが短剣に水を纏わせた忍術を振るい、蜘蛛の脚を一本、また一本と斬り飛ばしていく。
蜘蛛人が絶叫するような悲鳴が上がり、後ろを振り返ろうとした所を今度はアリアンの一撃で人型の頭が胴体から離れて、最後の止めとばかりに炎を纏った剣をもう一体の身体に突き立てると、力を失ったようにその身を沈め、先程の個体同様に肉体を泡立たせながら溶け崩れていった。
それと同時に未だに周囲に残っていたスケルトン達の統率が急に乱れ始める。今迄彼女達を包囲して攻めていた動きが、急にバラバラとまとまりの無い集団になったような雰囲気だ。恐らくあの蜘蛛人がスケルトン達の司令塔だったのだろう。
此方は周囲にまだ残っていた有象無象と化したスケルトン達を薙ぎ払うように片付けながら、二人へと近づいて声を掛けた。
「二体もいたのだな、この化物は」
「船から離れて暫くして、滝の方からスケルトンを従えて現れたのよ」
アリアンは自身の剣の汚れを拭って鞘に戻しながら、額の汗を拭って答える。
「下半身の脚部も結構な硬さでした。普通の刃物ではなかなか手傷を負わせるのは難しいでしょうね、これは」
チヨメは溶け崩れていく蜘蛛人の残骸に目を向けながら、自身の短刀の刃先を軽く爪に当てるようにして刃こぼれの有無を確認していた。
「何者かは分からぬが、此奴らを従えておった者がおるのだろうな」
周囲に散らばったスケルトン達の残骸に目を落とす。こちらで群れていたスケルトン達は、船内から湧き出してきた者達と違って武器を持っておらず、その代わりとして背中に背負子のような籠を担いでいたのだ。
その籠の中身は先程の戦闘で随分と辺りに散らばってしまっているが、それを検めて見ればアリアンがこの洞窟内で拾って見せた魔晶石と同様の物だった。
「あの船と不死者共は、これを集積しておったのだな……」
「いったい何に利用する為にこんな所まで来ていたのでしょうか?」
チヨメも不審そうな声で、辺りに散乱した魔晶石の山を眺めていた。
「エルフ族にとってはその用途は多様だけど、人族にはまだこれを安定的に扱う技術はなかった筈よ。以前にホーバンでの騒動で使われた『魔晶爆玉』くらいだったと思うわ……」
アリアンはその形のいい指を顎に添えながら、眉間に皺を寄せて唸る。
「既に船は湖の底に沈んで藻屑と化し、此奴らを従えていた首謀者らしき姿も周囲には見えん。今はここでそれらの事を思案しても詮無き事。まずはここから先へと進む場合の事を考えてはどうか?」
不死者の残骸を前に考え込む二人に、これからの事を提案すると彼女達も思い直したのか、同意を示すように頷き返してきた。
「それもそうね。詳しい調査は、長老達に任せた方がいいわね」
「いったん休憩するのはどうでしょうか? 今の所、周囲に脅威になる気配は感じられませんし、アリアン殿の首元のポンタがかなり参っているようです」
アリアンの言葉に、チヨメも周囲に耳をそばだたせるようにしながら休息の提案をして、その必要性をアリアンの首元で疲れた様子を見せるポンタを指し示して述べた。
「きゅ~ん……」
先程の戦闘で、アリアンの動きに振り落とされないようにしっかりしがみ付いて疲れたのと、獣の本能として不死者の蜘蛛人の脅威を肌で感じて気疲れを起こしたのだろう。
アリアンが慌ててポンタを首元から離して、胸元に抱き寄せて介抱していた。
一旦全員で湖の畔に移動し、そこに腰を下ろして今後の対応について口を開いた。
「それでは一旦洞窟の前に【転移門】で移動して、そこからあらためて洞窟を踏破するか? 洞窟前ならしっかりと記憶に残っておるから、脱出は容易いが」
そう言って、ポンタに乾燥豆でご機嫌窺いをしていたアリアンに目を向けると、彼女はやや考える素振りを見せた後に首を横に振った。
「いいえ、ここに調査隊を送る事も視野に入れるから、まずはここから上に抜ける道を探して、首尾よく道を見つけられたら今日はここで野営しましょう。さっきの不死者以外に、魔獣の姿が無いここは洞窟内でも比較的安全だと思うし……」
そう提案したアリアンは此方とチヨメの方へと視線を交互に向けて、その提案に乗るかを目で尋ねてくる。
「そうですね。ここに入ってから随分と時間が経ちました、外はもう暗くなりつつある時刻でしょう。幸いここには水も明かりも十分に確保されているので、洞窟内で野営をするには最適だと思います」
チヨメも彼女の提案に異存ないと頷き、賛同を示した。
「了解した。では休憩後は上へと戻る道を探すとしよう」
自分もそれに異存ないとして頷き、兜を脱いで一息吐くのだった。
誤字・脱字などありましたら、ご連絡宜しくお願い致します。
次話は16日を予定しております。




