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地底で蠢く者1

 地底に辿り着いた所で、徐に立ち上がってその光景をまじまじと仰ぎ見る。地底の大空間の天井までの高さは優に百メートルはあるだろうか。

 岩の表面全体が青白く発光し、所々に輝きの強い光を放つ水晶の塊が洞窟全体を照らし出していた。

 洞窟全域に広がる巨大な地底湖は、遥か水平線まで広がるように延びており、その先が何処へと続いているのか見通す事ができそうにない。やや奥の壁面の中腹には、かなりの大きさの横穴が開いており、そこから大量の水が滝となって湖に注ぎ込んでいた。

 そして湖に湛えられた透き通るような水面の上には、この幻想的な地底の景色の中で唯一の人工物が長く張り出しているのが見える。

 それは木製の簡素な桟橋で、その桟橋には一隻の巨大な船舶が停泊していた。

 船の形としては三本の帆柱を持つガレオン船によく似ているが、その船の喫水線よりやや高い位置には幾つものオールのような形をした(かい)が並んでおり、そこだけを見ればガレー船のようにも見える。

 このような船が地底の湖に浮いているという事は、この湖は地上の何処かと繋がっている事の証左だろう。


「それにしても天然の発光水晶(ライトクリスタル)がこんなに……」


「きゅん!」


 アリアンは周りを見渡しながら、発光する水晶や洞窟の壁面などに目を止めて感嘆の溜め息を漏らす。その彼女の胸元でポンタもしきりに周囲の様子を見回している。


「桟橋と船が停泊している事から、ここに人の手が入っているのは明らかですね」


 隣を歩くチヨメは周囲を注意深く探りながらも、正面に見えている船に目を向けた。


「しかし、このような地底で、何をする為にこのような場所を作ったのだ?」


 自分も周囲に人気が無いのを見やり、改めてこの地底に造られた船着き場の用途に首を傾げると、アリアンが足元にある石ころの一つを手に取って見せた。


「たぶんこれの為でしょ……」


 彼女は手に持った水晶発光灯(クリスタルランプ)の光を拾った石に翳すと、その石は澄んだ紫色の光を通して僅かに輝くのが分かった。


「魔晶石ですね」


 その輝きを見たチヨメが僅かに瞳を見開き、その紫色の輝きを放つ宝石の原石のような石に注がれた。


「この純度の高さの魔晶石があちこちに転がっているわ。天然の発光水晶(ライトクリスタル)がこれ程の照度を保って洞窟内を照らしているのも頷けるわね」


 発光水晶(ライトクリスタル)は手に持った水晶発光灯(クリスタルランプ)の中にも収められている光る水晶の事だろう。

 手に持ったランプを掲げて中の光る水晶柱を覗き込む。


「この水晶発光灯(クリスタルランプ)の中にある水晶は同じ天然の物ではないのか?」


「それは魔道具として人工的に再現した発光水晶(ライトクリスタル)よ。天然物のような高価な物は、野営用に使う道具にしたりしないわ」


 手に持っている物は安物だと言わんばかりの彼女の物言いだが、このエルフ族の魔道具ですら人族には高価な品物だとチヨメは言っていた。

 だとすれば、ここに転がる発光水晶(ライトクリスタル)や魔晶石は、文字通りお宝の山だろう。

 それに魔晶石はエルフ族の魔道具を使用する際の燃料ともなる代物だ。それが足元に無造作に転がっているのだとすれば使い道はすぐに頭に浮かぶ。


「これだけ魔晶石があれば、年中風呂を沸かしてもお釣りがくるな!」


 その自分の言葉にアリアンはやや苦笑気味だったが、顎に手をやりながら周囲を見渡してから一つ頷いて口を開いた。


「でもそうね、これだけの資源があるなら一度父に相談して、改めて戦士の調査隊を入れた方がいいかもしれないわね……」


「そうすると、現状ここを利用をしているのがどういった勢力の者達か、判断する必要がありそうですね……」


 チヨメが目の前にある怪しげな船に視線を向けながら、アリアンの言葉に相槌を打つ。

 自分とアリアンもその彼女の言葉に自然と船に視線が向く。

 確かに現状ここを利用している者がいるのは明白だ。見た所、船は随分前に打ち捨てられた物という風な様子はなく、今もってすぐに出航可能な程に綺麗な状態を保っている。

 しかし船の周囲には人っ子一人おらず、洞窟内には奥に見える滝から湖に注がれる轟音が遠くに響いているばかりで、他に人の気配を感じさせるような喧噪は聞こえてこない。

 そうなれば必然、船の所有者を調べる為に調査をする事になる。


「とりあえず、船内を調べてみるか?」


 まるで幽霊船のように佇む湖面の船から視線をアリアンとチヨメに向けると、二人も同じ事を考えていたのか、すぐに頷いて同意を示した。


 やや粗い造りの桟橋を三人と一匹で軋ませながら、停泊している船の舷側を見上げる。

 船の全長は先端に備えられたバウスプリットを入れれば約六十メートル程、大きな帆を折りたたんだ帆柱の高さは喫水線から三十メートル程か、ご丁寧にデッキへ昇降する為の板が桟橋に架けられていた。

 隣でアリアンが厳しい顔をして停泊している船を見上げている。


「それにしても、人の気配が全く無いな……」


 板を渡って船の甲板に上がると、甲板中央には下の船室へと続くだろう大きな両開きの戸が床に設置されてあった。その他には奥に一段高くなる形で造りのしっかりした船尾楼には灯りの消えた金属製の船灯が備わっており、他には甲板上には少ないながら両舷側に合わせて八門の大砲も装備されていた。

 この世界でも船には大砲が装備されているのかと、少しばかり感心していると、一緒に甲板に上がって来たアリアンが厳しい声を発した。


「これってやっぱり魔大砲(マナカノン)!? 何でこんな物がここに!?」


 そのアリアンの言葉に首を傾げたのは最後に乗って来たチヨメだった。


「アリアン殿、マナカノンとはなんですか?」


「魔道具の一種で、金属製の玉を魔法の力で撃ち出す武器よ。これを持っているのはカナダ大森林のエルフ族か、南大陸のファブナッハ大王国くらいだった筈……。人族の国家がこれを持っているという話は聞いた事がないわ」


 そう言って、アリアンは舷側に固定された大砲の砲身を食い入るように見つめる。

 言われてみれば、ローデン王国の港町だったランドバルトに停泊していた船舶には大砲のような兵器は積んでいなかったと、以前船上で大暴れした時の事を思い返す。


「すると、この船はアリアン殿と同じエルフ族か、その南大陸にあるファブナッハ国とやらが所有する船という事なのか?」


 だがその問いにアリアンは船内を見回し、首を傾げて腕を組んだ。


「これはエルフ族の船じゃないわ、確証はないけどファブナッハの物でもないと思う……、以前に見た物と少し形が違う気がするのよね」


 そう思案するようにアリアンはしばらく置かれた大砲の砲身を撫でて答える。


「するとこの船はいったい──」


「きゅん! きゅん!」


「船内から何かが来ます……!」


 そう言い止した時、不意にアリアンの胸元に抱かれていたポンタが警戒するような鳴き声を上げ、それに同調するようにチヨメも此方に注意を呼び掛けてその頭の上にある猫耳をそばだたせた。


 すると次の瞬間、甲板の床に設けられていた船内への両扉が勢いよく開け放たれ、そこから大量の人骨が手にツルハシや剣を持って襲い掛かって来た。


「ぬおぉっ!? 我が一杯湧いて出て来たぞ!?」


 カタカタと骨を鳴らしながら床を駆ける音と、その手に持った武器が鳴らす金属音だけで、自分の中身と同じような骸骨達は無言で船内から湧き出るように大量に押し寄せて来る。


「これはただの不死者(アンデッド)のスケルトンよ! アークみたいなのがこんなに大量に湧いたりすれば国が滅ぶわよ!!」


 アリアンはそんな失礼な事を口にしながら、それら襲い来る骸骨の襲撃者を炎の魔法を纏った剣で軽く叩き伏せていく。一方のチヨメも華麗な体捌きで躱しながら、遠心力ののった回し蹴りなどで骸骨達を葬っていた。

 自分も果敢に応戦するべく腰に差した『聖雷の剣(カラドボルグ)』を抜き放ち、蒼く怜悧な輝きを湛えた剣身を骸骨の亡者達に向かって振るう。

 大剣である『聖雷の剣(カラドボルグ)』はいとも簡単に骸骨達を木端微塵にして乾いた音と共に崩れさせるが、船内からは続々と武器を手に持った骸骨達が湧いていた。


「この船はどうやら既に不死者(アンデッド)の住処のようです! 火を放って船ごと始末をつけるのが早いと思います!」


 群がる骸骨達を翻弄しながら、チヨメは船の処分を提案してくる。それに応戦しながらアリアンは同意するように声を上げた。


「そうね! 数が多くて厄介だわ、船外から炎の魔法で沈める──!!?」


 アリアンが周囲の骸骨達を払いのけながら返事をしていたが、その声は急に何かを察知したような彼女の反応で途絶える事になった。

 それと同時に、船内から溢れるようにして這い出してきていた骸骨達を弾き飛ばすようにして、一体の巨体を持ったそれが姿を現した。


『オォォォォォオォォォォッ!!!』


 それは周囲に群れる骸骨達とは違い、斑色に変色した肌を持った人型の化物だった。

 その体高は自分よりも遥かに高く、三メートル程。頭らしき物が二つに筋骨逞しい上半身には騎士鎧を纏っているが、その上半身は二つの体が融合したような歪な形で、背中から生えた二本の腕と合わせて全部で四つの腕にはそれぞれ金属の塊のような剣と盾を持ち、下半身には巨大な黒い蜘蛛のような身体がくっついていた。

 二人並んだように生えた二対の身体には人のような頭があるが、その顔というべき場所には禍々しいまでの裂けた口に肉を噛み千切れるような牙が並び、不揃いの目玉が四つ、五つと貼りついている。


 洞窟内におどろおどろしい咆哮を上げた蜘蛛と人の合成体は、器用に蜘蛛の足を動かして骸骨達と奮戦していたこちらへとその身体を向けた。

 その化物の姿には、自分以外にもアリアンもチヨメも目を見開くようにして驚愕の表情で相対していた。


「なに……こいつ!? 死の穢れを纏っているって事は、これも不死者(アンデッド)なの!?」


 アリアンのその声と態度からは、彼女が今まで見た事がない不死者(アンデッド)という事が分かる。視線を転じてチヨメの方に向けても、それは同じようだった。

 勿論、自分も初めて見たモンスターで、それはゲームだった時にも見覚えがない。

 その化物の幾つもの目がこちらを睨み据えるように動くと、裂けた口から酷く聞き取りづらくはあったが、確かな言葉が吐き出された。


『侵入シャ……ハ殺ス!! モク撃者モ殺、ス!! 全員コロス!!!』


 その化物の絶叫のような声が辺りに響くと、一気に蜘蛛の胴体に並ぶ足が屈伸し、飛び掛かるようにして上空から手に持った武器を叩きつけるかのように襲い掛かって来た。


誤字・脱字などありましたら、ご連絡宜しくお願い致します。

次話は11日を予定しております。

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