傭兵への就職活動2
それにしても、異世界だと思うこの世界は未だにファンタジー感が皆無だ。はっきり言って、単に中世の時代にタイムスリップした感じでしかない。浮遊大陸もないし、ドラゴンもいない、ファンタジーの定番の獣人やエルフ、ゴブリンでさえ見ない。魔獣がいるとは聞いたが、目の前の沢に倒れているのはどう見てもちょっと牙の大きいイノシシだ。
今のところ、最大のファンタジー要素は自分自身だ。骸骨のくせに飯を食ったり、眠ったり、挙句の果てには魔法を使う。
まずは魔獣を見ない事にはここが異世界だと言う明確な認識ができないなと独りごちる。
すると沢の向かいの藪の奥から、何かがこちらに近寄って来る気配がする。段々と気配が強くなるにつれて、地面を踏み締める音と、豚の鳴き声のようなものが聞こえて来る。
やがて藪の奥から現れたのは身長百六十センチくらいの二足歩行の三匹の豚だった。
猫背で姿勢が前屈みだが、腕は太く、手に丸太を加工した様な棍棒を手に持っている。赤茶けた肌には一切何も身に着けていない。短い脚で立ち上がり、突き出た腹を揺らしながら沢に降りてくる。
ついにファンタジーが来た。
ゲームでもお馴染みだったオークだが、少し様子が違う。全て丸出しなところはゲームより知能が低いからなのか、防具も装備していなければ金属製の武器も持っていない。ゲーム時にはレベル二十~四十台の雑魚の代表選手だった。
これならばたぶん余裕で倒す事ができる筈だ。何せ自分の現在の身体であるこのキャラのレベルは最高レベルの二百五十五だった。
普通の経験値アップはレベル二百五十までだが、特定の多人数参加型依頼をクリアするとレベル一ずつ上限が解禁される仕組みだった。解禁されたレベルは一レベルにつきステータス補正が普通の十レベル相当になるので、実質レベルは三百に相当する。
三匹のオークは鼻にかかった鳴き声を上げながら、仲間同士でコミュニケーションを取っているようだ。沢に転がっているイノシシ二匹を指差して何かを言っている。丁度いい獲物を見つけたというような仕草だ。
すると一匹がそこより離れた岩場に腰掛けたこちらの姿を見つけると、甲高い鳴き声を上げる。
「ピギィ~~~!!」
「ブヒッ!? フゴッフゴッブヒ!!」
他の二匹がそれに呼応するように威嚇的な鳴き声を上げながら、棍棒を振り上げて、重い足音を地面に響かせながらこちらに向かって走って来る。お世辞にも速いとは言えない速度だ。走る振動で突き出た腹が波打つのが見える。
脱いでいた鎧兜を被り直すと、三匹のオークの後ろに一瞬で転移する。そして剣を抜き放つと、オークの一匹に首元の頸椎に水平に剣を突き込む。
「ブヒュッ!?」
首を貫き顎下から剣を生やしたオークが絶命する。
他のオークは目の前にいた敵が一瞬で消えたのに驚いて、辺りを必死にキョロキョロと見廻している。そして二匹がこちらをようやく認識する。
幅広の剣を少し左右に振ると、突き込んだ首の両脇の肉を何の抵抗も感じさせずにオークの首を斬り落とす。オークの太った身体は血を吹き出しながら前に頽れる。
「ピギッ!!? ピギィ~~~!!!」
二匹のオークは辺りにこれでもかと言う程の悲鳴を上げて、林の奥に転がり込むような勢いで逃げ出した。
イノシシ擬き二匹にオーク一匹の合計三匹を確保したので、逃げ出したオークは追わずにそのまま放置した。
斬り落としたオークの頭を沢の水で洗い、血を洗い流す。オークと言っても、頭だけになればただの豚にしか見えない。それを獲物用袋に入れる。
このオークの頭なら討伐の証明になるだろう。
沢に放置されていたイノシシ擬きも、二匹とも後ろ脚をロープで縛りそれを肩に背負う。二匹合わせて優に百キロは超える重さはあるだろう、しかしレベルに裏打ちされた身体能力故か、それ程苦痛に感じる事がない。
雑木林を歩きと転移を繰り返しながら移動する。途中少し方向を間違って道に迷ったが、なんとか街道の見える場所に出てこれた。
街道まで出て、日の傾きを見る。時間的には午後三時くらいか?
周囲を見ながらこまめに転移をしながら、ルビエルテの街へと帰還の途を辿る。 丁度街道の分岐点まで来ると、同じく街に向う人がちらほらと見える。ここからは街まで普通に歩きで戻らないといけなさそうだ。
ルビエルテの西門に辿り着いたのはそれから一時間程経ってからだった。門兵に通行証を提示して街の中へと入る。
先程から行き交う人が、肩から下げた二匹の獲物を見て吃驚した顔をしている。普通片手で担げる様な代物ではないからな。
傭兵組合所に辿り着くと、開かれた両開きの扉を潜り中へと入る。そこには今朝と変わらずカウンターの檻の中に一人の眼帯をした熊男と、その奥で事務仕事をしてる男以外は誰もいなかった。
カウンターに近づくと檻の中から相変わらず睨む様な目線を投げかけながら口元をニィっと歪める職員の熊の様な親父。
カウンターの檻は本来、従業員を荒くれ者から守る為の物だと思うが、彼を見ていると危険な動物を逃がさない為の檻にしか見えなくなる。
「随分早いな。もう何か狩ってきたのか?」
その問いに答えて、肩に担いでいたロープで縛ったイノシシ擬きを床に置く。そして獲物用の袋も下して、中からオークの頭を取り出して見せる。
「これで三匹だ。傭兵証は発行されるか?」
「まさか、半日で一気に三匹も持って来るとは思わなかったぞ。ブルボアが二匹にオークが一匹か。オークの肉と魔石はどうした?」
イノシシ擬きはブルボアと言うらしい。オークの方はなんと肉が食べれるそうだ。一匹につき5セク、銀貨五枚程らしいが。
あとオークは魔獣なので、心臓部に黒い石みたいな物があり、それが魔石だと言う話だ。今迄魔石など取り出した事がないと言うと、笑いながら「あんたは金に困ってなさそうだしな」と言われてしまった。オーク程度の魔石は小指の先ほどの大きさで、値段も1セク、銀貨一枚にしかならないそうだ。
それでも安宿一泊と考えると少し勿体ない事をした思う。次からはできるだけ回収しておくに越した事はないだろう。
狩猟の検分も終わって、檻の隙間からカウンターにドッグタグ大の金属板が置かれる。
「傭兵証だ。発行手数料として銀貨三枚と、あと登録名を」
「アークだ」
登録の為の名前を言って、素直に財布から銀貨三枚を熊親父に支払って、その傭兵証なる金属板を手に取る。金属板にはローマ数字の様な記号で五ケタの通し番号と文字、そして三つの星が刻印されていた。
金属板の文字をじっと見つめていると、見知らぬ文字なのに意味が頭の中で翻訳される。『ローデン王国ルビエルテ傭兵組合』と刻印されているらしい。なんだか不思議な感覚だ。
そう言えばだが、今更ながら自分が普通に喋って相手に話が通じている事に思い至る。本当に今更だ……。
読み書きが理解できるという点では別に不都合などないが。
「この星の刻印は?」
「職員が把握する個人の能力の目安みたいなもんさ。オークを単独で狩れるなら星三相当って事さ。最高は星七だが、そんな奴はなかなかいねぇよ」
そのなかなかいなさそうな雰囲気を持つ眼帯の熊親父は、ニカッと白い歯を見せて笑う。
星七の内、星三なら可もなく不可もなく丁度いい感じだ。狙ってやった訳ではないが実に『普通』らしくていい。
「流れの傭兵なら、そこの壁に掛かってる依頼板から仕事を探すのが通常だ」
入口脇の壁に掲示板の様な物が置かれており、そこには木札に何やら文字が書かれた物がいくつも吊り下げられていた。それは神社で見かける絵馬の奉納場所に似ていた。
一つの木札を手に持ち、じっと眺める。頭の中で文字の翻訳がなされて文字の意味が頭の中に次々と浮かんでいく。
どうやらこれら木札の一枚一枚が依頼書のようだ。木札の断面と表面の色の違いを見る限り、終わった依頼の木札は表面が削られて、また新たな依頼内容を書き込んでいるようだ。まだ紙が高級なのだろう。
一応、一通りの依頼内容を見る。
「見事に雑用依頼ばかりだな」
依頼内容の大半が雑用ばかりで、畑の害獣退治、畑の開墾手伝い、瓦礫の運搬、水路の清掃等々だ。傭兵組合と言うよりは人足組合だ。報酬額も結構少ない。
「割のいい依頼や、まとまった人数が必要なデカい依頼は、街を拠点にしている傭兵団に優先的に斡旋されるからな。割のいい仕事がしたければ何処かの傭兵団に入る事だな。組合所で依頼を受けるのは、傭兵団内で暇にしてる者が小遣い稼ぎに受けたり、あんたみたいな流れの傭兵が受けたりだな」
傭兵団に入って他の連中と一緒に依頼をこなすなんてのは論外だ、いつ正体が露見するか分かったものではない。
とりあえず依頼の雰囲気を掴むために何か適当な依頼を受けるとするか。そう思いながら依頼板の前で木札を眺めながら、一つの依頼札を手に取る。
依頼内容はラタ村の依頼人の薬草採取の護衛だ。報酬は銀貨一枚とかなり少ない。ただ薬草の採取に少し興味があった。
依頼札をカウンターに持って行くと、熊親父がそれを見て不思議そうな顔を向けて来る。
「あんた、これを本気で受けるのか? はっきり言って報酬の割に合わん依頼だぞ?」
「問題ない。薬草の採取に興味があるだけだ」
「あんた変わってるな。この依頼人には優しくしてやってくんな。あんたなら大丈夫だろうがな」
そう言って熊親父は依頼の受理手続きをしてから、依頼札を渡して来る。この依頼主は村に住む十三歳の女の子だと言う。
「依頼が完了したら、依頼人から完了札を渡して貰え。依頼札と完了札を組合に提出すれば報酬が支払われる」
依頼の仕方と明日行くラタ村の所在を聞いてから、礼を言って組合所から出る。
そして組合所の隣の商人組合所の建物に入る。先程、熊親父から狩った獲物は商人組合に持って行けば、買い取ってくれるという話を聞いたのだ。
商人組合所は傭兵組合所より大きく、外には馬車を停めるスペースや裏側に荷物を納める事のできる倉庫なども併設されているようで、職員の数も訪れる客もかなり多い。
商人組合もカウンターに鉄格子で区切られていて、中には多くの職員が忙しそうに働いている。受付のひとつに近づくと向こうから職員の中年男が声を掛けて来る。
「いらっしゃいませ。今日はどういったご用件で?」
「こいつの買い取りを頼む」
肩に担いでいたブルボア二匹を受付で見せる。すると受付の男性から倉庫側に回って、そこの買取所で受付していると教えられる。一旦商人組合所から出て、横手にある馬車停めを横切り、奥の倉庫前の買取所の受付に向う。
受付では痩せた青年が応対に出てくる。先程と同じ用件を伝えると早速収穫物の検品に入る。ついでにオークの頭も追加で出した。
「ブルボア一匹7セク5スク、オークの頭は1スク。合計で1ソク5セクと1スクですかね」
ブルボアが一匹銀貨七枚と銅貨五枚でオークの頭は銅貨一枚か、こんなものかと思い、職員に了承を告げると金貨一枚と銀貨五枚、おまけの銅貨一枚が支払われる。
それを財布の革袋に入れて、買取所を出る。
日はもうだいぶ傾いて、夕暮れ色が辺りを染め始めていた。今日はまたここで一泊してから、明日ラタ村へ出発だ。
誤字・脱字等ありましたら、よろしくお願い致します。