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これがダメージというものか

 翌朝、まだ少し霧の立ち込める森の中をアリアンを先頭に自分とチヨメ、いつも通りに兜の上に貼りついたポンタのメンバーで荷物を担ぎながら進んでいく。


 大樹の枝葉の間から零れる日の光が森の足元に模様を描き、木々の間を木漏れ日によって作られた道が森の奥へと誘うように続いている。

 薄く靄のかかる幻想的な緑の景色の中ではあるが、目に映る風景は何処を向いてもそればかりで方向感覚を掴むのがなかなかに難しい。

 だがアリアンはそんな天然の迷路である森の中を、まるで歩きなれた登山道を行くが如く迷いなく進んで行く。

 魔法の制御を阻害する大森林の霧が晴れてからは、時折転移魔法を使って森を進み、やがて昼前には以前に渡河したライデル川とリブルート川に分かれる地点へと戻って来た。

 その川を短距離転移魔法の【次元歩法(ディメンションムーヴ)】を使って渡る。


 この場所へと戻って来るならば、大きな川が二つに分かれるこの特徴的な景色をしっかりと覚えておくんだったと、しばし景色を眺めながら休憩をとった。

 これで場所の景色を覚えておかなければならない長距離転移魔法の【転移門(ゲート)】がここでも使えるとアリアンに話すと、帰りはそのままララトイアの里へ直接戻ればいいとの指摘を受けて若干項垂れてしまう。

 そんな自分の嘆きなど構うことなく一行はライデル川の対岸の森へと入って行く。


 対岸の森は今迄のカナダ大森林のような大樹聳え立つ太古の森の雰囲気から一転して、

木々が鬱蒼と生い茂る深い森の様相を呈しきた。

 周辺の下草を切り払い、時に出くわす魔獣を討ち、見通しのいい場所では転移魔法で距離を稼ぎながら移動する。北西へと進む先はどうやら標高も徐々に上がっているようで、傾斜のある森の中を僅かに辿れる程度に残る足場のような道を進んで行くと、やがて森の隙間から覗く空の色が夕暮れ色に染まりながら木々の影を濃く塗り替えていく。


「さすがにアークの転移魔法で移動が速いわね。今日はあそこで一泊するわ」


 アリアンが手前に伸びていた下枝を切り払い、開けた先に見える視界に広がるその景色を剣先で示しながら此方へと振り返った。

 彼女の示した先に見えるのは、周りの木々より大きく成長した三本の大樹のある場所。互いに寄り添うように生えた大樹のやや中程、高さ十メートル程の場所に不自然に伸びた大樹の枝が幾重にも絡み合い、空中に鳥の巣のような形状を成した物がそこに在った。

 自然の景色の中にあって、不自然な形状のそれを見上げる。

 三本の大樹の配置と間に配された台座のようなそれは、三脚の展望台のようだ。


「おお、あれは……何だ?」


「きゅん!」


 首を傾げながら傍らのアリアンに疑問を投げ掛けていると、ポンタは嬉しそうに鳴きながら風を纏ってその大樹の展望台に真っ直ぐ飛んでいく。

 平らになっているその展望台の上部に乗ったポンタの姿は地上からは見えなくなる。


「あれはエルフ族が森の中に作った休息所よ。エルフ族はこういった休息所を森のあちこちに作って、それを戦士達が魔獣を狩ったりする拠点に利用したりするのよ」


 確かにあの場所ならば、地面を移動するような魔獣や獣を警戒せずに休息を取る事が出来る。ただ自分は転移魔法で簡単に上に上がる事が出来るが、普通の人には上まで登るのが若干大変そうだ。荷物など持っていれば尚更だろう。

 今回は森の中を行くという事で、各自必要な道具などを纏めて簡易リュックのような背嚢(はいのう)に詰めて背負っていた。


「すごいですね、エルフ族は。森の中にこれ程の場所を設けているのですか」


 チヨメが感心したような声でその自然の中に出来た空中展望台を見上げる。

 それに気を良くしたのか、大きな胸を反らしながらアリアンが笑みを浮かべるも、すぐにその表情を曇らせて眉尻を下げた。


「川を越えたこの辺りも少し前までは小さな里が幾つも在って、ここを里の戦士とかが利用したのよ。人族のエルフ狩りが多くなってからは、こちら側の里は川向こうに移動してしまって無くなったけどね」


 夕暮れの影が濃くなりつつある森の中でアリアンの顔にも影が差し、傍に居たチヨメが少し物憂げな表情でアリアンの顔を仰ぎ見た。

 そんな表情を振り払うようにアリアンは一度(かぶり)を振ると、口元に笑みを浮かべてチヨメに笑い掛けると、三本の大樹の傍へと歩み寄って太い幹に巻き付いていた丈夫そうな蔦に手を掛けた。


「もうすぐ日が暮れるわ、その前に上に登って野営の準備しないとね」


 そう言いながら荷物を背負った格好のまま、巻き付いた蔦と幹の窪みを利用して文字通り頂上まで駆け上がって行く。


「そうですね」


 それに続いてチヨメが一足飛びに幹を蹴ってアリアンの後を追い掛ける。

 はたして彼女達のは木登りと呼称していいのか怪しい所だ。

 自分は少し三本の大樹を見上げながら退(しさ)り、展望台の上部が見える位置から【次元歩法(ディメンションムーヴ)】を使って展望台の休息所へと転移した。

 上では二人が既に荷物を下ろして、それぞれ野営の準備を始めていた。

 ポンタは展望台の縁をグルグルと歩き回りながら下に見える森を覗き込んでいる。自分の縄張りの周辺確認だろうか。

 展望台の上は三人と一匹が乗ってもびくともせず、足元には柔らかい芝生のような丈の短い草が生い茂り踏み心地もなかなかのものだ。下から見ると絡み合った枝で構成されていた基部だが、上部を踏んだ感じではあまり凹凸がない。

 中央付近には台座が生きた木で構成されている為か、火を起こせる場所として石で覆われた箇所が設けられている。

 アリアンとチヨメがここへ来る途中で集めていた小枝などをそこへ組み上げるようにして設置しているのを眺めながら、自分の荷物を下ろして二人に声を掛けた。


「アリアン殿、この場所の景色は結構特殊なので、ここを覚えておけば里へと戻ってもまた明日には戻って来れるのだが……」


 手際良く野営の準備をしている所へ非常に言い難い事だったが、此方に顔を向けたアリアンは特に動揺するような事も無く、むしろ承知していたかのような顔をした。


「確かにそうだけど、森の休息所は何処も似たような景色よ? 他の休息所を利用した場合に見分けが付けられるか怪しいでしょ、アークの場合」


「う~む……」


「それにせっかく野営の準備も整えてきた事だしね。ここから数日の間は野営になるから、少しでも慣れておいた方がいいわよ。アークって野営の経験とかないでしょ?」


「……うむ」


 キャンプの経験ならある。だがキャンプの時に利用したようなカセットバーナーやしっかりとしたテント、保温性の高い寝袋などここにはない。

 そういった意味では、野営はこれが初体験となる。

 泉へと向かう間に野営に慣れておくというのは、これからの事を考えても重要な経験となるのは間違いない。

 それにアリアンの言う通りで、今後ここと同じような休息所を利用した場合、恐らく自分では他の休息所と見分けがつかず、最初の一つ目であるここに転移してきてしまう可能性が高い。

 聞いた話では、方向音痴の原因は場所の景色をしっかりと脳内に残せていない為だそうだが、森の中でも迷いなく進めるアリアンなどがもし長距離転移魔法を使えれば、森に広がる休息所一つ一つを判別して転移出来るのかも知れない。

 そう考えると【転移門(ゲート)】という魔法はなかなかに個人の資質が問われる魔法だ。


 そう言う事ならばとアリアンの意見を承諾し、では何か手伝える事でもあるかと二人に問うと、今日は特に何もせずに自分達の作業を見ているように言われてしまう。

 仕方がないので、芝生の上を腹這いになってガサガサと興奮したように動き回っていたポンタを膝に抱えて、隅で大人しく体育座りをして二人の様子を眺める事にした。


 アリアンは背嚢に折り畳んで入れていた大きな布地を広げると、持っていたロープを二本の大樹に括りつけて張り、そこに被せるように先程の布地を広げて隅に付属していた紐などで下の台座に固定していくと、そこには何処かで見た事のある形が出来ていた。

 それは三角屋根のテントだ。

 屋根の部分である布地は緑の斑に染め上げられ、雨を弾くための加工か、油が塗布されて鈍い光沢が見てとれる。

 一方チヨメはアリアンから渡された荷物から薄手の鍋や乾物のような食材などを引っ張り出して、それらの品を手に取って感心したような声を上げていた。


「こんな物まであるんですね……。ボク達は野営でこれ程しっかりした準備はしません、やはり荷物が増えると足が遅くなるので」


「エルフ族の戦士は森の中の巡回や魔獣の間引きで長期間森の中を渡り歩くから、こういった備えは結構一般的なのよ。今回はアークの転移魔法もあって、たぶん明日ぐらいには洞窟手前にある“龍の(あぎと)”につくから荷物は少な目だけどね」


 そう言ってアリアンは荷物の中から数枚の毛皮を出してテントの下に敷いてから、焚き場に組まれた薪用の枝に精霊魔法を使って火を付ける。

 チヨメから鍋を受け取り、焚き場に組まれた石組みの上に置いて水筒の水を注ぐと、持って来ていた乾物などの食材を投入し始めた。


「その“龍の咢”というのは?」


 隅でポンタの腹毛を撫で回しながら二人の手際を眺めていた自分は、アリアンの口から出たその耳慣れない言葉に口を挟んだ。


「龍の咢は火龍山脈と風龍山脈の間にある巨大な峡谷の事よ。今向かっている洞窟はその峡谷の壁面に入り口があるわ」


「ほぉ、では明日にはその龍の咢から洞窟に入って行く事になるのだな?」


 此方が明日の予定に言及すると、アリアンは静かに首を横に振ってその案を否定した。


「今の調子で進むと龍の咢には早くても昼過ぎにつく事になるわ。洞窟内は魔獣の類も住み着いているから、長い洞窟を抜ける事になる今回は一気に進みたいわね。そうなると、洞窟手前でまた一泊する必要があると思うわ」


 成程、朝早くに洞窟入りして、そこから一気に洞窟を抜けるつもりのようだ。

 どうやら早速野営の連泊になるらしい。平野と違って等間隔に村や街など存在しない森の中では当たり前の事なのだろうが。


 アリアンは固形の調味料らしき物を投入し、鍋の中を木匙で掻き混ぜながら明日の予定を語りつつ、鍋の中のスープの味を確かめて頷く。

 焚き火の炎が揺らめきながらパチパチと薪を爆ぜさせる小さな音が、深まる夜の森の中で静かに響いている。

 ぐつぐつと鍋の中のスープが煮えて湯気が立ち昇り周囲に芳しい香りが漂いだすと、膝上のポンタの鼻がヒクヒクと誘われるように動き一声鳴いた。


「きゅん!」


「そろそろ煮えたわね」


 アリアンは持って来ていた軽い金属製のマグカップを取り出し、鍋の中のスープを入れ分け始めた。チヨメは自分の担当していた荷物の中から固く焼しめた棒状のパンを取り出してそれぞれに配る。

 野営で温かい飯が食べられるとは思っていなかったなと、兜を脱いでからマグカップとパンを受け取った。

 ポンタもそのスープが気になるのか必死にカップの中を覗き込もうとしている。

 その横からアリアンがポンタ用に持ってきていた底の浅い皿にスープを注いで目の前に置くと、嬉しそうに尻尾を振ってそちらへと食いついた。


「夜の見張りは三人交代で、始めがチヨメちゃん、二番目にアーク、最後があたしの順番でいいわよね?」


 ポンタが器用に魔法を使ってスープを冷ます姿を目を細めて眺めていたアリアンは、今日の野営の見張りの順を提案して、此方とチヨメの顔を順に覗き込んできて確認をとる。


「ボクはそれで構いません」


「我も特に異論はない」


「そう、なら寝る時だけど、アークはこれ使う?」


 此方とチヨメの同意に一つ頷きを返したアリアンは、先程テントの下に敷いた毛皮を(おもむろ)に摘まんで見せて、確認を取ってきた。

 聞く所に拠ると毛皮は身体に巻いて寝る為のものらしく、所謂こちらでの寝袋のような代物らしい。しかし全身鎧の自分に毛皮を巻いたとて何も効果は無く、かといって野営中に鎧を全部脱ぐのも躊躇われる──という事で毛皮の使用は遠慮する事にした。


 夕食後、テントの屋根の下で見張りの交代までの間就寝する事になって、傍に女性二人がいる事に何となく居心地の悪いものを感じていたのも束の間──、その日の夜はすぐに更けていった。



「どはっ!?」


 翌朝、激しい衝撃が自分の身体を襲い、僅かに走る初めての痛みに顔を顰めつつその場で勢いよく跳ね起きる。

 寝ぼけた頭を振って周囲を見渡すと、そこは薄霧に包まれた深い森の景色が眼前に広がり背後には見上げるような大樹が三本、聳立(しょうりつ)する姿があった。


「ちょっと、アーク!? 大丈夫なの!?」


「きゅん!」


 不意に頭の上から降ってきた女性の声に弾かれたようにそちらを仰ぎ見ると、大樹の展望台の上から心配そうな顔のアリアンとチヨメ、ポンタの顔が此方を覗き込んでいた。

 どうやら展望台から転げ落ちたようだ。

 見張りの交代後に屋根のあるチヨメの傍ではなく、展望台の隅で寝た為だろう。


「すまぬ、問題ない」


「本当に大丈夫なの? 結構な高さから落ちたわよ?」


 アリアンが大樹の幹を足掛かりに軽やかに地上へと降り立ち、此方の様子を心配するような目を向けてくる。

 それに鷹揚に応えながら何でもないと、改めて返してその場で起き上がった。


「あなたの身体、いったいどうなってるのよ? まさか不死身じゃないでしょうね?」


 少し安堵の声音を挟みつつも、彼女は呆れたような顔を向けてきた。


 さすがに不死身ではないだろう、現に身体を強打して痛みがある。

 しかし高さ十メートルもある所から転げ落ちて、少し身体が痛い程度済むのはさすがと言うべきだろうか。否、むしろこちらの世界へ来て初めてまともな自身へのダメージが木からの落下とは情けないとも言うべきか。

 一応用心の為に少し自分自身に回復魔法を掛けながら返事をする。


「今度からはもう少し真ん中で寝る事にしよう……」


「そうして。こっちも何事かと思ったわ」


 アリアンの小言を聞きながら展望台へと上がり、軽い朝食を済ませた後、再び龍の咢へと向けて一行は出発した。

 道中に現れた魔獣などは危なげなく処理し、魔石を回収しつつ森の奥へと進んで行き、昼を回った頃にようやく目的地へと着いた。

 鬱蒼とした森の木々が途切れ、薄暗い森が姿を消し、目の前には遮る物が何もない。


 そこは圧倒的な風景が眼前に広がっていた。


 大地が途切れ、断崖絶壁の遥か下方には鬱蒼とした緑の絨毯が敷き詰められ、そこに霞のような雲が掛かっている。対岸は遥か遠く、東西に聳える山脈の間を空と大地に境界線を引くかのように延びていた。東側に見える山脈が風龍山脈、大峡谷の対岸のさらに奥に聳えるのが火龍山脈らしい。

 大峡谷の底に広がる森は、優に千メートル以上下の谷の底に広がっており、ここから下へと降りるのは普通には無理そうだ。正に大地の裂け目といった様相を呈している。

 断崖に時折吹き付ける風が巻き上がり、崖際には風の壁が生まれていた。軽いポンタがこの上昇気流に煽られれば、遥か高空に吹き飛ばされかねない。


「ここが”龍の咢”か……。すごい風景だな」


「……確かにすごいですね、ここを昇り降りするのはボクでも無理そうです」


 さすがにこの高さから落ちれば、自分でも無事には済まないだろう。いや寧ろ普通に死んでしまう。今朝転げ落ちた高さの軽く百倍を超える高さなのだ。

 崖の傍から怖々と下を見下ろしながらチヨメと二人、そんな感想を漏らしていると、アリアンが後ろから声を掛けて先を促してきた。


「洞窟はここから崖沿いに東へ行った所にあるわ。それと、あまり崖の傍にいると時折下から上がってくるワイバーンに目を付けられるわよ」


 そう言い置いて先を行くアリアンを、追い掛けるようにしてついて行く。【次元歩法(ディメンションムーヴ)】と徒歩で森を進む事一時間程、大峡谷の岩壁から離れて少し入った森の中に、今朝拠点にしていた休息所と似たような場所があった。

 三本の大樹の間に築かれた展望台は、こちらの方がやや低く、高さ七、八メートル程。龍の咢の近くである事を考慮しなければ、その様相は今朝の休息所とあまり変わらない。


 ここの休息所は大峡谷の洞窟手前に作られた場所だそうで、今夜ここで一泊した後、明日の早朝から洞窟内へと入って一気に進むという事だった。

 二度目の野営となる今晩は、休息所から転げ落ちないように出来るだけ真ん中付近で寝る事しよう。

誤字・脱字などありましたら、ご連絡宜しくお願いします。

次話は4日を予定しております。

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