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骸骨騎士様、只今異世界へお出掛け中  作者: 秤 猿鬼
第三部 人族とエルフ族
72/200

ライブニッツァ事変3

キリが悪いので、今回は二話分を一気です^^;

 どうやら向こうも泥酔していた割には記憶が残っていたようだ。


「まさか城下で会ったテメェらとこんな所で顔を合わせるとはなぁ! テメェらはあれか? 西の間者ってやつなのか、あぁん?」


 屋敷内に入り込んだ不審者である自分達を前に、男は実に楽しげな声音で話し掛けてくる。


「あなたに話す必要はないでしょ」


 アリアンが威嚇するように返し、剣を抜いて構えた。


「へへへ、この前の礼はしなくちゃなぁ!?」


 相手の男は腰に剣を提げてはいるが、それを抜こうともせずにアリアンに視線を向けて、彼女の肢体を舐め回すように目を細めて笑う。


「後ろのデカブツを殺ったら、オメェのその乳でたっぷり奉仕してもらうかねぇ?」


 男は好色そうな笑みを浮かべながら腰の剣を抜き放つと、大げさな身振りで剣を振る。

 それと同時に、吹き抜けのホールの二階にある外周の渡り廊下から二匹の白い大きな獣が飛び降りて来た。体長二メートルもある大柄な体躯に僅かに燐光を纏った尻尾、その白い巨大な狼のような姿は、以前アネット山脈の麓の森で遭遇した事がある。自らの分身を幻として作り出し、標的を翻弄しながら狩りをする、なかなかに厄介な魔獣だ。

 以前と違うのは、それぞれの前脚に鈍色の足枷のような物が嵌められている。


「ホーンテッドウルフ!?」


 自分とアリアンの驚愕の声が重なり、ホールに響く。

 それを合図にするかのように、二匹の獣が交差するように此方へと身を低くして疾駆すると、同時に自分の方へとその強靭な顎に並ぶ牙を見せつけながら飛び掛かって来た。

 その場で身を翻して一匹を背中の背負った盾で防ぎ、もう一匹を籠手を纏った拳で殴り付ける。

 鈍い衝撃音と共にホーンテッドウルフは飛び退り、唸り声を挙げて牙を剥き出す。どうやら咄嗟の反撃だった為か、拳の入りが甘かったようだ。


「ほぉ!? ただの木偶じゃなさそうだな? なら、これはどうだ!?」


 男は意外なものを見たという風に驚いて見せると、楽しげに笑いながら手を翳した。

 すると奥の暗がりから、今度はぞろぞろと身の丈ニメートルもあるオーガの群れが姿を現した。国境のグラドで見たオーガ達と違って、その手に持つのはいずれも金属製の大きな戦斧で、片足にはホーンテッドウルフと同じような鈍色の足枷のような物を嵌めている。


魔獣使い(モンスターテイマー)か?」


 自分が以前プレイしていたゲームの職業にはそのような職業は無かったが、RPGなどではさして珍しい職種でもなく、割と一般的な部類の職種だ。

 手懐けたモンスターを自分の手駒として戦わせる事が出来るのが一般的な魔獣使いだが、こちらの世界に来てから魔獣を使役する者達の姿を見た事が無かった為、無いものだと思っていた。


「聞いた事があるわ、北方に魔獣を従える呪術を持つ人族の話を!」


 アリアンは目の前に立って愉快そうな笑みを浮かべる男を見据え、油断なく剣を構え周囲のオーガ達を威嚇する。


「おおぉ、博識じゃねぇか!? オレ様の名前はフンバ! ロゾバンヤの魔獣呪術師、フンバ・スドゥ・ロゾバンヤとはオレ様の事よ!! さて、どうする? いくら立派な鎧でも、これだけの数のオーガにぶん殴られて耐えられるような奴はいねぇぜ!?」


「なら試してみるか?」


 フンバと名乗った男が口元を緩めて笑う姿を睨み据えて、腰に納まっていた両手剣を片手で引き抜くと、背中に背負った盾を構えて首を傾げて頸椎を鳴らして見せる。

 此方の挑発に、魔獣呪術師を名乗ったフンバの蟀谷(こめかみ)が引き攣れを起こすと、険しい目つきになって此方を射殺すように睨み付けた。


「テメェをぶっ殺したら、そこの乳デカ姉ちゃんはたっぷり可愛がってやるよ」


 舌なめずりをするように、静かに怒気を孕んだ声をフンバが漏らす。

 それに相対して立って構えていたアリアンは、自らのその灰色の外套を下してその素顔を表に晒し、怒りの目でフンバに向けた。


「残念だけど、あたしは穢れた者の末裔らしいから相手はして上げられないわ」


 彼女の皮肉を利かせた挑発だったのだろうが、フンバはそのアリアンの素顔を見て急に嗤い出して腹を押さえた。


「ハハハハ! なんだ、テメェらエルフだったのかよ!? まさか、以前にここに運び込まれた連中の救出に来たのか!? ご苦労さんなこったな! もうここには残っちゃいねぇがよ!!」


 フンバは盛大に嗤うと、酷薄そうな粘つくような笑みをアリアンへと向けた。

 奴の言を信じるならば、もうこの城内には残されたエルフ族がいないという事になる。


「連中がどうなったか知ってるか? ククク、聞いた話じゃ魔導技術の発展の為の実験体にさせられたらしいぜ? 非道ぇ事しやがるよなぁ!? 女、子供関係なしだぜ? 女なんて男が抱いてなんぼなのによぉ、ククク」


 アリアンの顔に静かに怒りの炎が広がっていく。


「貴様っ……!!?」


 こちらを嘲るように嗤うフンバに、逆にアリアンの方が挑発に乗せられたように彼女の持つ剣に前触れも無く炎が宿り、ホールの中を紅い揺らめきで染め上げられた。

 それを見たフンバは軽く口笛を吹くと、口元を歪める。


「安心しな、オレ様はこの国の人間と違って獣人だろうとエルフだろうと、乳と女の穴さえあれば差別なんてするつもりはねぇぜ? ククク」


「!! その口を今すぐ閉じなさい!」


 そのフンバの挑発を切っ掛けに、アリアンが俊足で奴との間合いを詰める。炎を纏った剣がその軌跡に尾を引きながら振り下されるが、フンバもかなり剣の扱いには長けているのか、難なくそれを押し留めて弾いた。


 その一合の斬り合いを合図にするかのように、周囲にいたオーガやホーンテッドウルフがアリアンを無視して、全てが此方へと殺到してくる。

 どうやらこの屋敷にはフンバとその使役魔獣以外は殆ど人はおらず、また奴も応援を呼ぶつもりもないらしい。ここで奴を倒す事が出来れば、人知れずここから脱出する事もまだ可能だ。


 左を神話級の装備『テウタテスの天盾』で固めて防御を厚くし、後退しながら壁を背にする。右手に持った『聖雷の剣(カラドボルグ)』で魔獣の殲滅するのがこの場で最も安全に切り抜けられる作戦となる筈だ。幸い魔獣は以前にも戦った事のあるモノばかりで、それ程の脅威はない。


 襲い掛かって来たオーガの戦斧の一撃を盾で弾き返し、右側面から突っ込んで来た二匹のホーンテッドウルフを見据える。奥にももう二匹ホーンテッドウルフが見える事から、今襲い掛かって来ている二匹のどちらかは幻だ。


「甘いぞ!!」


 以前は周囲を取り囲まれる程の数で押し込められたホーンテッドウルフだったが、今はたかだか二匹だ。幻を合わせても四匹なら波状攻撃も難しい、襲い来る二匹を掬い上げるように『聖雷の剣(カラドボルグ)』を振り上げる。

 薄い蒼色の光を湛えた剣身が閃くと、幻のホーンテッドウルフ共々に一刀両断して無残に泣き別れた胴体が床石に落ちて周囲が紅い鮮血で染まる。


 振り上げた剣先を返し、そのままその場で回転するように剣を横に薙ぐ。近くに寄って来ていたオーガも持っていた戦斧ごと叩き斬って、三匹が一気に地面へと沈む。

 周囲のオーガがそれを見て一瞬怯むと、素早く踏み込んで盾を叩きつける。鈍い金属音がホールに響き、吹き飛ばされたオーガの一匹がホールの太い柱に背中から叩きつけられてその場に頽れた。


 後ろへ回り込もうと走り寄って来たもう一匹のホーンテッドウルフを、牽制するように剣を再び戻しながらホールの床石ごと斬り裂きながらその鼻先を掠める。危険を感じたホーンテッドウルフは瞬時に後ろに跳び退り、遅れた幻のホーンテッドウルフと逃げ遅れたオーガを文字通り両断して打ち捨てた。


「オーガなど物の数には入らんな!」


 血に染まった『聖雷の剣(カラドボルグ)』振って血飛沫を飛ばして吠えると、アリアンと切り結んでいたフンバが驚愕で目を見開く。


「なんだ!? あの化物は!! 鎧の中身はミノタウロスかなんかかよ!?」


「残念だったわね、彼を抑えるならドラゴンくらいをぶつけないと間に合わないわよ!」


 二人とも実に勝手な事を言ってくれている。


 アリアンが薄く笑み、その炎を纏った剣が閃いて浅くフンバの衣服を焼き斬ると、奴が忌々しげに服を肩から剥ぎ取るように破り捨てた。フンバの全身に彫り込まれた刺青は淡く発光するように、その形が浮き出て見えている。あれが魔獣を使役する呪術の為の媒体か何かだろうか?


 アリアンはかなりの剣の使い手だが、相対するフンバもその剣捌きは遅れをとっていない。彼女の剣技に付いて行ける時点で、かなり剣の扱いに長けているのが分かる。

 だが自慢の魔獣部隊が紙切れのように斬り捨てられて動揺したのか、今はアリアンの方が優勢に押し込めていた。


「クソが!! だったらテメェも纏めて、とっておきを見せてやるさ!」


 フンバがアリアンからの距離を取って大声で吠えると、ホールの南側に並ぶガラスの大窓が派手な音と共に砕け散ると、外から二足歩行の人間大の魚人が大量に押し寄せて来た。

 青緑色の鱗が全身を覆い、中腰から伸びる上は魚型で両脇から人間のような腕が生えている。その手には金属製の銛を携えて、背中にある背ビレを震わせて奇妙な鳴き声を上げた。

 ゲームの時にもよく見掛けた水棲モンスターの代表格の一つだ。庭の池に潜んでいたのだろうか?


「網タイツは履いておらぬようだな……」


「サハギン!? オーガよりも大した事ない魔獣ね!」


 某アニメで見たキャラクターを思い出しながらそんな呑気な感想を漏らす自分を余所に、アリアンはフンバに笑って見せて、不用意に近づいて来た一匹のサハギンを斬って捨てた。

 此方の周囲にもオーガを押し退け群がってくる数匹のサハギンを、手に持った『聖雷の剣(カラドボルグ)』で一刀の下に横に薙いで切り伏せる。


「ハハハハッ! コイツらはお前らを逃がさない為だ!! もうすぐ来るぞ、オレ様のとっておきがな! そうなれば今度こそテメェらはお終いだぁ!!」


 確かに強さはともかく、かなりの数が押し寄せてきていた。

 フンバの笑い声とサハギンが上げる鳴き声がホールに響くその中で、屋外の遠くから悲鳴や怒号が夜の空気を伝って城内に木霊し、それに呼応するかのように地響きによる振動が屋敷全体を揺らし足元に振動を伝えてくる。


「なに!?」「なんだ?」


「オーガをぶった切る力があっても、こいつと真正面からやって生きてられるかな!?」


 フンバが勝ち誇ったように満面の笑みを浮かべる。地響きとそれに伴う騒ぎは徐々に大きくなり、こちらへと近付いて来ていた。

 まさか本当にドラゴンを従えていたりするのだろうかと、そんな考えが脳裏を過る。


 しかしアリアンはそんな外の騒ぎに一瞥をくれただけで、瞬時に幾体ものサハギンを躱してフンバへと迫った。勝ちを確信していたのか、油断していたフンバはその動きに一拍遅れる。


『─業火よ、全てを飲み込み、全てを焼き屠れ─』


 アリアンの剣に今迄とは比べ物にならないような大きく青白い炎が周囲の空気を焼き尽くすように立ち昇り、振られる剣閃に沿ってフンバの周辺に居たサハギン諸共焼き焦がしていく。


「クソッ!?」


 まともに受ける事は出来ないと踏んだのか、フンバはサハギンの群れを盾に後ろへと下がろうとするが、追い縋るアリアンの方が一歩速い。

 盾となったサハギンの群れは、彼女の剣の廻りに渦巻く炎に触れるとまるで紙の束のように瞬時に燃え上がり、アリアンはフンバとの距離を最短で詰めて行く。


「この野郎!!!」


 フンバが悲鳴のような悪態を吐いた瞬間、二人の剣が打ち合わされた。しかし剣を止める事は出来たが、その青白い炎はまるで生きた蛇のように相手のフンバに絡み付くと、その全身を容赦なく焼き尽くす。


「アぎゃァァァァァァァァァァッ!!?」


 フンバの断末魔がホールに木霊し、同様に焼かれたサハギンの群れと共に巨大な火柱を作り出して、吹き抜けの天井をその巨大な炎が炙る。炎は天井を伝って周囲に燃え広がっていき、ホール全体の天井を炎が覆い尽くしていく。


 その下で剣先を床石に突き立てて、アリアンが肩で息をしていた。


 周囲に残っていたサハギン達は炎から逃れるように、次々と割れたガラスの大窓から屋敷外へと飛び出して行く。それと同じように残っていたオーガ達も此方から逃れるようにして飛び出して行った。


「大丈夫か、アリアン殿!?」


 荒く息を吐くアリアンに駆け付けて尋ねると、彼女は此方を押し留めるようにして口元に笑みを浮かべて見せた。


「大丈夫よ、ちょっと魔力を込め過ぎたみたい……」


 確かに周囲には炭と化したサハギンなどがまるで影絵のように立ち並び、今も燃える炎によってその形を崩していっている。かなり強力な魔法だ。

 まともに受けたフンバの立って居た位置には、既に黒炭化して崩れた名残があるだけになっていた。


「立てるか?」


「ありがと、アーク」


 剣を納めて、アリアンの手を取って助け起こす。そこへ毛皮マフラーに徹していたポンタが急に頭を上げて一鳴きすると、同時に轟音が響き渡り、屋敷全体に先程までとは比べ物にならない程の衝撃が走って全体が揺れた。その衝撃で天井に吊ってあったシャンデリアが大きく揺れて、一つが床石へと叩きつけられて派手に破片を撒き散らす。

 飛び散った破片を背中で受けるように、アリアンを庇いつつ顔を上げる。


「何事だ!?」


 周囲を見回す中、アリアンは素早く剣を納めて砕けたガラス窓から外へと飛び出した。自分もそれを追って屋敷の外へと出る。

 サンルームの外は木立や池などが置かれた庭となっていて、その奥に城壁が聳えていた。その城壁の上で幾人かの衛兵達が屋敷の方を指差して騒ぎ立てている。

 しかし彼らが示す先は侵入者である自分達ではなく、別の方に気を取られていた。


「アーク! あれ!」


 アリアンは屋敷に沿って庭を横切り、屋敷の側面が望める角からその先を指で示す。その場所へ【次元歩法(ディメンションムーヴ)】を使って飛び、彼女の差し示す方に目を向けた。


 そこには巨大な蛇が複数、鎌首を持ち上げてシュルシュルと割れた舌先を覗かせていた。立ち上がるようにして持ち上げられた蛇の頭は、高さ十メートル程もある。全部で五つの鎌首が周囲にいる衛兵などに襲い掛かり丸呑みにしているが、その根元は一つの胴体へと繋がっていた。

 巨大な四足歩行の体躯から伸びる五つの蛇の頭、その一つがまるで鞭のようにしなったかと思うと屋敷の正面を打ち据え、轟音と共にモザイク柄の壁面が崩れ落ちていく。


「ヒュドラ……」


 アリアンがその圧倒的に巨大な魔獣を見上げて、見開かれた目が固定される。

 自分が知っているヒュドラとはだいぶ様相が異なるが、ゲームと同じ特徴を持つならば、高い自己再生能力に水属性の魔法と耐性を持つ上級のモンスターだ。こちらの世界でのヒュドラの立ち位置がどのようなものかは詳細は分からないが、周囲に与える脅威やその圧倒的存在感、城内にいる衛兵達の恐慌ぶりを見れば自ずとそれは判明する。


 周囲を踏み荒し、向かい来る者を容赦なく捻り潰して行く。

 次の瞬間、一匹の蛇頭が大口を開けたかと思うと、けたたましい音と共に白い一筋の線が空を走って地面を直線に走っていくと、轟音と共に地面が縦に裂けて城壁の一部が瓦解した。

 城壁の奥の街中から悲鳴が上がり、こちらにまで届く。


 どうやらフンバの言っていた切り札とはこれのようだ。

 だが今は既に術者であるフンバがおらず、制御する者がいない為か、見境が無く暴れ回っている。これだけの攻撃能力を持った魔獣が城内を越えて街中に出れば被害は甚大、それどころか街が一つ壊滅してもおかしくない事態だ。


「どうするのだ、アリアン殿!?」


「さすがにアレはどうしようもないし、あたし達には関係ない事でしょ!? それとも皆が見ている前でアレと大立ち回りして倒せるの?」


「ぬぅ……」


 やってやれない事はないと思う、が。


 あれ程の巨大な魔獣に正面から立ち向かって、それで打ち勝つような事態になれば否が応も無く注目を集める事になるのは必至だ。後々面倒な事になるのは目に見えている。

 だがここでこれを捨て置いて、街にいる人達に甚大な被害が出る事に目を瞑ってそれを容認できるかと言えば、それも躊躇われる。

 既に城内の兵士などは逃げ惑うばかりとなり、統率が殆ど無くなっていて、ヒュドラが街中へ繰り出すのは時間の問題だ。


 仕方がないが、ここは少々別の意味で目立つ事になるが、それに目を瞑ってあのヒュドラを討ち取る方向でいくしかない。


「五分で片をつける!」


 そう宣言して、目の前に手を翳す。

 翳した手の先の地面に巨大な魔法陣が描き出され、それが徐々に紅く揺らめくように光り始めると、周囲に眩い光を放ち始めた。

 こちらの世界に来て初めて使うが、問題なく発動する兆候を見せている。これならば目論み通りに自分は目立つ事はせずに問題を処理できる筈だと意気込み、徐にそのスキルを唱えた。


「召喚! 【炎獄魔人(イフリート)】!!」


 巨大な魔法陣から周囲に熱風が吹き荒れると、天空に向かって一本の炎の柱が立ち昇った。雨が滴る天を焦がすかのような火柱の中から黒い巨体の影がちらつき、城内は言うに及ばず、城外にまで木霊する獣のような咆哮が響き渡った。

 炎の柱が消え、そこに現れたのは五メートルもあるような巨躯を持つ魔人だった。


 黒光りする巨大で捩じれ突き出した二本の牡牛のような角を頭に生やし、獅子のような顔に炎で出来た(たてがみ)が燃え盛っている。紅く赤熱したような鱗状の鎧のような物が上半身を覆い、下から伸びる人と牡牛を合わせたような二本の足で空中に立っていた。

 その恐ろしげな容貌の開いた口からはゾロリと牙が覗き、吐く息には炎が漏れ出ている。


「!? ちょ、ちょっと、アーク! あれ何よ!?」


 目の前で起こった現象に、アリアンはその目を剥いて此方に問い質してきた。


 この魔法スキルは職業『召喚士』が覚えるスキルの内の一つだ。呼び出された召喚獣は各自の特色毎に一定の制限時間内で術者を支援してくれる。ただ基本的には標的を指定する事は出来るが、召喚獣は自動で動く。細かい指示は出来ないが、敵の殲滅にはかなりの効果を発揮する。


 今回召喚した『炎獄魔人(イフリート)』は物理攻撃が主体で、使う炎の魔法も単体攻撃ばかりのわりと召喚スキルの中では初期に覚える事が可能になる召喚獣だ。

 だが呼び出された召喚獣は術者の魔力値によって能力が補正される為に、高レベルモンスターに対しても遜色なく使う事が出来る。


 アリアンはこの召喚魔法や召喚されたモノを初めて見たのか、頻りにあれが何かを問い質そうとしてくるが、自分自身どう言って説明すればいいか迷う。


「ん~、異界から呼び寄せた生物、といった所か?」


 自分のその答えに、脇で未だに納得いかないような顔をするアリアンから視線を外し、城内で暴れていたヒュドラの方に目を向ける。

 ヒュドラは突如として現れた闖入者を警戒するかのように、五つの鎌首をゆらゆらと揺らしながら『炎獄魔人(イフリート)』の方に視線が固定されていた。


 そして内心で示した標的の指示に従うかのように、『炎獄魔人(イフリート)』が再び咆哮を上げると、火の粉を散らしながら空を走って両手にある鉤爪を剥き出しにして飛び掛かっていった。

 二つの蛇頭が鎌首を擡げて大口を開くと、先程と同様に白い光線のようなモノが吐き出される。

 地面を薙ぎ払いながら交差するその白い光線を、『炎獄魔人(イフリート)』はいとも容易く掻い潜ると、ヒュドラの五本の鎌首の内の一本の首に取り付き、炎が噴き出した鉤爪で捩じ切るようにして首を地面に落とした。


「ギシャァァァァァァァァァァ!!!」


 ヒュドラが怒りの声を震わせ、焼き切られた首を庇うように後ろへ下がろうとする。しかし『炎獄魔人(イフリート)』は間髪入れずに踏み込むと、ヒュドラを飛び越えて後ろに垂れ下がった太く長い一本の尻尾を抱きかかえた。

 それに対抗してヒュドラの蛇頭の一本が『炎獄魔人(イフリート)』に噛み付くが、上半身を覆う鎧のような鱗に阻まれるのか牙が通っていない。


 『炎獄魔人(イフリート)』はそんなヒュドラの噛み付きを無視して、雄叫びのような咆哮を上げながら尻尾を抱えて回転し始める。ヒュドラの巨体が浮き上がり、まるで全てを薙ぎ払う暴風のように徐々に回転が加速していく。

 周囲にある物はヒュドラの振り回される巨体の体当たりで、全てが瓦礫へと変わっていく。逃げ惑う兵士は我先にと城外へと駆け出して行く。


 ゲームの時に呼び出した『炎獄魔人(イフリート)』にこんな攻撃方法は無かったのだが……。


「ちょ、ちょっと! あれ! なんとかしなさいよ!!」


「すまぬ。五分経たぬと消えぬ仕組みなのだ……」


 まさかここまで怪獣大決戦になるとは思わなかったのだ。このままではヒュドラの被害の前に『炎獄魔人(イフリート)』による被害が街に出そうだと危惧していると、不意に後ろから聞き覚えのある声が掛かった。


「アーク殿! アリアン殿! 御無事でしたか!?」


 後ろを振り返ると、そこに立っていたのは忍者姿に身を包んだチヨメだった。


「こちらは問題ない。そちらは?」


「ボクの方も問題ありません。ただ少し前に西の砦の一画からあのヒュドラが現われて、砦の城壁を突き破って城内へ侵入したのですが、急に動きが荒くなったと思ったら領主の城を破壊して突き進み始めたのです」


 チヨメは今迄の経緯を簡単に説明した後に一旦言葉を切り、その視線を『炎獄魔人(イフリート)』の方へと向ける。


「ところで、あの炎を纏った魔獣はいったい?」


 しかしその質問に答える前に事態が動いた。


 『炎獄魔人(イフリート)』が抱えていたヒュドラの尻尾を放したのだ。回転の勢いが乗ったヒュドラの巨体が何かの冗談のように空を飛び、城壁の上部にぶち当たるとその巨体がゴム毬のように弾み、そのまま城外へと吹き飛んでいった。

 城外から衝撃音と共に、何かが崩れる音と金属の鐘がけたたましく打ち鳴らされるような音が響き、辺りに地響きと盛大な土煙を起こす。

 『炎獄魔人(イフリート)』はヒュドラを追い掛けるように、空を蹴って城外へと飛び去って行く。


 まずい。


「一旦『炎獄魔人(イフリート)』とヒュドラを追う! 掴まられよ!」


 その合図にチヨメとアリアンがすぐさま自分の肩に掴まるように手を掛けた。それを確認してから視線を崩れた城壁の上部へと走らせる。

 瞬時に【次元歩法(ディメンションムーヴ)】を発動させると、周囲の景色が切り替わった。


 城壁の上にはもう衛兵達の姿はない。城壁から城外の街並みを見回すと、城のすぐ近くに建っていたヒルク教の教会の鐘楼が一本、無残にも崩れ落ちて正面の入口も半壊させていた。

 崩れた教会の瓦礫の中から、ヒュドラの鎌首が三本持ち上がり威嚇するように鳴いて宙を睨み付けるようにする。その視線の先には宙に留まった『炎獄魔人(イフリート)』が炎の(たてがみ)をさらに肥大させていく姿が映った。


 周囲の建物からは騒ぎを聞き付け、顔を覗かせた住民達が悲鳴を上げて逃げ散って行く。


 『炎獄魔人(イフリート)』が一際大きく咆哮を上げると、炎の鬣が渦巻き白熱していき、炎の塊になったそれがまるで流星のように輝くと、眼下のヒュドラを目掛けて突進していく。

 ヒュドラもそれに対抗するかのように三本の蛇頭が大口を開け、突進してくる巨大な炎の塊に向けて白い光線のようなモノを発射する。

 流星のような炎の塊と激突した白い光線は、周囲に煙幕のような霧を発生させると、周囲の視界が一切無くなり、衝突音と共に爆炎と爆風を巻き起こして霧を吹き飛ばして炎の柱が立ち昇った。


 その中からゆっくりと宙に躍り出た『炎獄魔人(イフリート)』は眼下の無残にも崩壊した教会の瓦礫を睥睨した後、まるでそれが幻だったかのようにその姿を消した。


 これは……、かなり大変な事態になったのだろうか?


 両脇に居たチヨメもアリアンも、その様子を無言で見つめていた。


 炎と煙が燻るかつて教会だった瓦礫の下からは、風に乗って何かの肉が焼けるような臭いが漂ってくる。先程までの轟音が無くなり、街中の騒ぎがはっきりと聞こえてきた。


「……とりあえずヒュドラは倒したようだな」


「きゅきゅん!」


 額を拭う振りをしながら一息吐くと、周囲の騒ぎが治まったのを感じ取ったのか、ポンタが首元から起き出して頭の上に移動した。

 それを見ていたアリアンが、ポンタを頭の上から取り上げて自分の胸元に抱きかかえる。


「はい、その危険物から離れましょうね」


「きゅん?」


 アリアンのその平坦な声に、ポンタが小首を傾げて彼女の顔を見上げた。


「と、とりあえずこれからどうしましょうか……?」


 そんな半眼で見つめるアリアンと相対している自分との間に、チヨメがぎこちない様子で割って入ってきた。


 無言でアリアンを見つめ、彼女も此方を見つめている。


「ララトイアへ戻るか……」


「ララトイアへ戻るわ……」


 二人同時に長い溜息を吐いた後に、同じ提案をして二人で顔を見合わせた。


 これからは召喚魔法は自重すべきだなと、崩れ去って瓦礫の山になった教会を見下ろして暫し反省した後、夜の薄闇に包まれた天を仰ぐ。

 夜半から勢いを増していた雨が、未だに騒ぎの治まらない街中の喧噪を掻き消すかのように、徐々にその雨音を強くしていた。

誤字・脱字などありましたら、ご連絡宜しくお願い致します。


次回で第三部終了です。

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