傭兵への就職活動1
翌日、木窓の隙間から朝日が零れ落ちるように、室内を薄っすらと浮かび上がらせていた。
ベッドに腰掛け、壁にもたれ掛かった体勢で固まった身体を解す様に伸びをする。別に固まる筋肉もない骨だけの身体だが、身に染みついた習慣の様な物だ。首の骨を左右に振って凝りを解す仕草をしてからベッドから立ち上がる。
木窓を開けて日の光を部屋一杯に取り込む。窓の外は大きな通りに面していて、朝早くだというのに街はすでに起き出して活動を始めていた。
大通りの真ん中には朝市のようなものが開かれており、野菜を売る者、肉を焼いて売る者、布を売る者や工芸品の様な物を売る者と様々で、通りは行き交う人々と客とで結構な賑わいを見せていた。
腰元のお金と手元に持っていた手荷物用の麻袋の中身を確認してから宿を出る。一階のカウンターでは誰もおらず、他の宿泊者達は何を言うでもなく宿を出て行く。料金は前払いで払っているのでこれで大丈夫なのだろう。何ともいい加減な客商売だ。
大通りに出て麻袋を肩に担ぎ直す。通りにいた人々の視線が一斉に自分に向けられ、居心地の悪さを感じる。やはり全身甲冑というのはこういう世界でも奇妙に映るのだろうか。
気を取り直してまずは武器屋か、武具屋に行って戦利品の武器を売ってしまおう。
通りを西に向かって進んで行くと剣と斧を交差させた意匠の看板を出している店があった。中に入るとあまり明るいとは言えない店内に所狭しと金属製の武器やら防具などが置かれていた。
店の奥から中肉中背で髪一本ない禿げ頭の中年男が出てくる。男はこちらを見ると一瞬驚いた顔をして、こちらに話し掛けてきた。
「旦那、何か御入り用で?」
「これらを売りたい。幾らになる?」
肩に下げていた麻袋を下ろして、袋口を縛っていたロープを解き、中から盗賊からの戦利品である剣六本、メイス一本、短剣三本の内二本を取り出して店のカウンターに並べていく。短剣は何かに使えそうなので手元に一本残す事にしたのだ。
武具屋の禿げ頭の主人はそれらを手に取り、鞘から抜いて剣身を見たり刃の状態を確かめたりしながら見ていく。やがて顎に手をやりながら買い取り金の見積もりが決まったのか、こちらに目線を向けてくる。
「この曲剣は15ソク、他の直剣は5ソク、メイスは7ソク5セク、短剣は1ソク5セクってとこですかね。曲剣はそのまま刃を研げば売り物になりますが、他の剣は芯がだいぶ傷んでるので打ち直しの必要がありますね。メイスはここらではあまり需要がないので、こんなものでしょう」
「それで構わない」
「では50ソク5セクですね」
そう言って奥の戸棚から金貨五十枚と銀貨五枚を取り出して来てカウンターに置かれる。それらを腰元に下げていた革袋に入れる。
馬と武器でかなり懐が暖かくなった。先日泊まった宿は銀貨一枚1セク、金貨一枚で銀貨十枚みたいなので金貨で十日は宿泊できる計算だ。
しかし、この世の中いつ何処で金が必要になるのか判らない。資金に余裕のある内に金を稼ぐ方法を何か考えておかないと……。
そう思って、目の前で買い取った武器を奥に仕舞っていた店の主人に尋ねた。
「すまぬが、旅の資金を得る為のよい日銭稼ぎでも知らぬか?」
「日銭ですか? 旦那の様な立派な装備なら、やはり傭兵ではないですか? 傭兵なら街の出入りの税金もかかりませんからね」
なんと街の出入りには税金がかかるらしい。この街に来た時はルビエルテ家の馬車と一緒に入ったので、そんな物があるとは知らなかった。
傭兵組合所で傭兵登録すると傭兵証を渡されるらしく、それを門兵に見せると税金が免除されるそうだ。傭兵はその職務の都合上、街を頻繁に出入りするのでその度に税金を払っていては生活が成り立たないそうだ。商人組合に登録した商人にもこれと同じ様な仕組みがあるそうだが、取り扱う荷物によっては税金がかかったりと、また複雑なんだとか。
武具屋の主人に礼を言って店を出る。主人の話にあった傭兵組合所は通りを挟んで武具屋の真向かいにあった。因みに傭兵組合の左隣は商人組合の建物だそうだ。
傭兵組合所は木造の二階建てで、これと言った特徴はあまりなく、外に盾と交差する剣の意匠を施された看板が掲げられているだけだった。一階の両開きの扉は開け放たれていて、中に入ると目の前にカウンターがあり、そのカウンターの上には鉄柵が天井の高さまで嵌め込まれていて、まるで動物園の檻のようだ。
その檻の中に一匹の熊が座っていた。いや、熊のような図体の男だ。短い黒髪に無精ひげ、左眼に黒の眼帯をして額に大きな傷、はちきれんばかりの筋肉質の腕や開いた胸板は濃い体毛で覆われている。
この世界では女性の社会進出が遅れているのだろうか? 今迄に受付や店番には暑苦しい男しか見かけなかった。
カウンターの受付で待ち受ける眼帯熊に近付いて行く。眼帯熊はこちらに睨むような視線を浴びせてくるが、相手が完全武装の自分なら仕方ないのかも知れない。
「傭兵証の発行を頼む」
用件を手短に伝えると、檻の向こうの熊は睨んだ眼のまま、口元をニィっと歪めて見せた。普段慣れない事をして頑張った結果が、この不気味な営業スマイルなのか……。別の意味でその笑顔プライスレスだ。
「あんたの装備を見る限り、まったく金に困ってる様には見えんがな。傭兵証の支給には試験がある。試験と言っても力試しみたいなもんだ。自分が倒せる獣、魔獣、盗賊、これらの中から好きなのを三匹狩ってその証をここに持って来るだけだ。簡単だろ?」
獣はいいとして、魔獣なんてモノがやはりいるのか。
ここへ来るまでの間に草原や丘陵では遠くに動物の群れとかは見えていたが、それが獣か魔獣かなんて事は全然気にして見ていなかった。ぼんやり長閑な風景だと思って見ていた。
それにしても盗賊まで討伐の対象なのか。証って事は生首だったりするのか、やっぱり……。昨日討ち取った盗賊は既に火葬済みなのであれらはもう使えないな。
「承知した。三匹だな、また来る」
傭兵組合所を出て、表の朝市の広がる大通りを西門に向って進んで行く。
途中の市で、革の品を色々取り揃えて売っている所があった。革を固めて作った小物入れの様な小銭入れから、革の手提げ袋まで色々と並べられてある。その中の一つを手に取る。少し瓢箪の様な形をしていて、上部の口部分にはコルク栓の様な物で蓋がしてある。革製の水筒で、割と容量が入りそうな大きさだ。旅人には必需品だろう。
「これは幾らだ?」
「へい旦那、1ソクでどうでしょう?」
商人は軽く笑いながら値段を金貨一枚だと告げて来る。水筒に金貨一枚はさすがに高すぎる気がする。身なりを見てふっかけて様子を見てる、そんな雰囲気だ。なのでこちらも少し威嚇して剣呑な雰囲気で答えてみる。
「ほう……?」
「っ! い、いやですよ旦那。ちょっとした冗談ですよ! 2セク5スクでどうでしょう? へへへっ……」
値段が一気に銀貨二枚と銅貨五枚まで値段が下がった。最初の値段の四分の一の値段だ。もしかしたらこれでもまだ高いのかも知れないが、安くはなったのでこの値段で納得する。銀貨三枚を渡して、お釣りに銅貨五枚を受け取る。財布の革袋には金貨だらけで、銀貨を探すのが少し大変だ。そのうち貨幣毎に別の革袋に入れて分けた方がいいかも知れないな。
他にも市で大きめの麻袋を売っていたので、狩った獲物を入れる為に一枚を1セクで購入した。少しでも財布を軽くする為に銅貨十枚で支払った。
ついでに、大通りでいい匂いをさせていた市の店で、うさぎ肉の香草焼きを売っていたので買った。うさぎ一匹分もありそうな量が銅貨二枚の値段だった。木の葉に包まれたこれは昼飯用だな。
大通りの西の突き当りの民家を少し迂回すると、目の前に西門前の小広場が見えて来る。広場には水道橋のような石造りの水路が引かれていて、少し高い位置にあるそこから低い水路へと水が流れ落ちている。そこは飲み水に使うのか、西門から出る行商人が水筒に水を入れたり、近くの民家の女性が甕やら壺を持って水を汲みにやって来ていた。下の水路の中ほどは野菜等を水洗いしてる人達がおり、さらに下流には洗濯物をする女性達で賑わっていた。東門にもこんな感じの水路があったが、昨日入った時はもう遅かったのでそんなに人を見掛けなかった。
水路に近づくと人垣が静かに左右に分かれていく。まるでモーセの様だが、単に危険な物を避ける人の本能な気もする。
水路の水で水筒の中を軽く濯いで、水筒を水で一杯にしてコルク栓をする。二~三リットル位だろうか。それを荷物用の麻袋に入れて西門に向う。
西門には行商人らしき者達が荷馬車と一緒に、門前で兵の荷物検査を受けている。周囲には行商人の護衛らしい者達もちらほら混じっている。街の出入りに税金が掛かる為か、出て行く為に並んでいる人数はそんなに多くない。
自分が西門に近づいて行くと、明らかにこちらを警戒している眼をした門兵に止められる。
「止まれ! 門を出るには3セクだ」
その呼び掛けを無視して、荷物袋から昨日貰った通行証を取り出して相手に示す。門兵はそれを見て、手元に示された通行証とこちらを交互に見やると不機嫌そうに門を顎で刳る。通って良しと言う事なのだろう。
門を出て水堀の上の石橋を渡ると、そこは東門で見たのと同じく辺り一帯に畑が広がっていた。畑の中では作物の世話をする人達がポツポツとあちこちに見える。畑の世話をしている農民はそれぞれ首に同じ様な簡素な木札を提げているのが分かる、あれも通行証の類なのだろう。
たしかに通行証が発行されていないと生活できないだろうなと、どうでもいい事を考えながら西に続く畑の中の街道を進んで行く。
【次元歩法】で一気に移動したいところだが、畑の中からこちらをちらちらと見やる視線がある中では、あまり目立つ行動は控えなければならない。唯でさえ目立つ姿なのだ。
それに今の今迄、魔法を使ってる人を見掛けなかったのだ。こちらの世界でも魔法が一般的なモノでないならば、魔法を使った時点で魔女の如き扱いで異端審問にかけられて、最悪火あぶりだ。
少なくとも空間跳躍の様な魔法は一般的ではないだろう。この魔法が一般的なら馬など必要ない。
ここは大人しく足を動かす事にする。
街道はなだらか傾斜を上っていき、辺りが見渡せる高台まで来ると視界が開ける。左手にある大きな川は南西に大きく曲がり蛇行しながら伸びて行く。
街道は丘を少し下った箇所で二つに分かれており、一つは今迄の様に川沿いに、もう一つは北西方向に伸びている。丘からこちらには畑が広がっていないようで、人の姿がなくなる。今なら行商人もいないので一気に【次元歩法】で距離を稼げる。
向かう先は北西方向の街道だ。地図もなければ、目立つ建物があるわけではないこの景色では、あまり街道から変に離れると迷子になりかねない。
【次元歩法】は視界の広いところではかなり便利だ。一キロメートルでも軽く転移できてしまう。ただ視界の広い場所は逆に人に見つかり易いというデメリットもある。慎重にいかないと面倒な事になってしまう。
北西の街道をしばらく進むと、街道の外れに雑木林の広がっている場所を見つける。あそこなら獲物となる獣がいるだろう。
林の外れまで一気に転移して、雑木林の中に足を踏み入れる。危険な魔獣とかが出たら、とりあえず逃げの一手だ。
林の中を、獲物を求めて細かく転移移動して行く。視界が平野に比べて狭いので転移できる範囲も自然と狭くなってくる。
しかし、林の中で白銀の鎧ではかなり目立つ。狩りでの隠密性は皆無だ。
しばらく林の中を進んでいるとイノシシの様な動物が少し離れた沢の様な場所で二匹居るのを見つけた。体長は一メートルちょっとくらいか、体毛は灰褐色でずんぐりとした体型で、弧を描く長い二本の牙が特徴的だ。
二匹は沢で休憩中なのか、沢近くからあまり動かない。その様子を木立の隙間から窺いながら、腰に下げた剣を抜く。薄い蒼の光が鞘から零れるのと同時に、涼しげな金属の擦れる音が鳴る。
剣を構えると、【次元歩法】を使って一気にイノシシ擬きの横腹近くに転移する。転移と同時に目の前に居たイノシシ擬きの片側の前足と後足を剣で薙ぎ払う、さらに奥にいたもう一匹の横に転移して先程と同じく片側の前後足を斬り飛ばす。
イノシシ擬きの二匹は沢にそのまま横倒しになり、悲鳴の様な鳴き声を上げる。横倒しでもがく中、素早く駆け寄り続けざまに腹に剣を突き立てる。未だに悲鳴を上げるも、刺された腹と斬り飛ばされた足から血が流れ出していた。
沢の水は赤く染まり下流へと流れていく中、イノシシ擬きの悲鳴は段々と力を無くし小さくなっていく。
このイノシシっぽい動物はたぶん食べれる筈なので、持って帰れば多少は稼ぎの足しにはなる筈だ。こういう場合は、たしか即死させると血が体内に残って肉に臭みが残るので、心臓が動いてる状態で腹を割いて血を流し出すと聞いた事がある。
鳴き声が弱々しくなっていく二匹のイノシシ擬きを見ながら、肉を美味しく食べるという事は、結構残酷な事なんだなと改めて思ってしまった。
そして今朝買ったうさぎ肉の香草焼きがあったのを思い出す。沢の畔の岩場に腰掛け、鎧兜を脱ぐ。風がそよぐと林の木々がざわめき、沢に流れる水の静かな水音と共に吹き抜ける。新鮮な空気を目一杯吸い込み伸びをした後、荷物袋を引っ張り寄せて中からうさぎ肉の香草焼きの包みを取り出す。
「いただきます」
手を合わせた後、包みの葉を解いて、うさぎ肉をそのまま手掴みで噛り付く。香草の香りと少し濃いめの塩味が効いたその肉は、変な癖もなくかなり美味い。一匹分はあった肉はあっと言う間になくなった。今朝買った革製の水筒を取り出して水を飲む。
相変わらず、食べた物が何処に消えているのか自分自身でも不思議な身体だが、物を食べて味わえるというのはありがたい。
「ごちそうさまでした」
食後の挨拶を済ませ、沢の水で手を洗い、岩場に再度腰を下ろす。
一旦一休みだな。
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