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骸骨騎士様、只今異世界へお出掛け中  作者: 秤 猿鬼
第三部 人族とエルフ族
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ランドバルト騒動3

 ランドバルトの港は今や多くの人だかりが出来ていた。


 メインマストの折れた奴隷商の帆船は港の桟橋へと曳航され、その船倉からは多くの人が閉じ込められているのが発見された。多くは情報を吐いた男の言う通り流民が大半を占めていたが、中にはこの街の住人である若い女性なども含まれており、船長を始め海に浮かんでいた多くの乗組員達が衛兵達に引っ立てられて行った。


「こういう事をする場合は、事前に私に話を通して貰わないと困りますよ」


 自分とアリアンはその一部始終を眺めていると、隣にやって来たジオが柔和な笑顔を浮かべながらも困ったように眉根を寄せて苦言を零した。その彼の蟀谷(こめかみ)は若干引き攣っているのが分かる。

 かなりご立腹のようだ。本来領内の衛兵や騎士達の職分である罪人の検挙を、余所者である自分達が行ってしまったので当然と言えば当然の話だ。

 しかし、横にいるアリアンはジオの苦言に不思議そうな顔を向ける。


「彼らは全員咎人なんでしょ? それを捕縛して何かまずい事でもあるの?」


「人族には人族の決まり事があるのですよ! ……いえ、この度は賊の捕縛へのご助力の程、騎士団に代わって感謝致します」


 ジオはやや険のある言葉を発した後、すぐにバツの悪そうな顔をしてその発言を取り消し、謝意を述べて頭を下げてきた。

 その様子を目を細めて見ていたアリアンは、ジオに気付かれないようにそっと身体を此方に寄せて耳打ちをする。


『アーク、この男はどこかおかしいわよ。さっき彼と別れた後に監視の数が一人増えたのよ、もしかしたら彼がこっそり跡をつけてたのかも知れないわ』


 その彼女の言葉に目の前のジオの顔を覗き込む。

 それは本当に怪しいのだろうか? 得体の知れない二人組に領内を案内する役を領主から任じられたものの、その二人組が急遽単独行動がしたいと申し出たとして、その行動を把握、監視する意味でも尾行者をつけるというのはない話ではない。

 しかし彼が此方に尾行者を付けていたのなら、倉庫街で襲われた時点で騎士団なり衛兵なりが駆けつけて来てもおかしくなかった筈だ。そうなると、一人増えた尾行者というのは単純にあの奴隷商の手の者だったと考えるのが妥当な線だが、もし仮にその増えた尾行者がジオの指示によるものだとするならば、襲われた事を知りながら手を打たなかった事に何か理由でもあるのだろうか。


 だがこれは単なる憶測であって、この手の事を確証も無しにあれこれと推論を立てても埒が明かないのは明白だ。

 一旦目の前に居るジオを視界から外し、衛兵達に引っ立てられていく奴隷商船の乗組員の者達へと目を向ける。


「結局違法な奴隷商買は検挙したが、肝心の探し人は見つからずじまいだな」


 腕を組みながら誰ともなしに言葉を零すと、隣のアリアンもそれに頷きながら周囲に何気なく目を配っているが、その灰色の外套の奥から覗く金の瞳は僅かに眇められていた。


「アーク、もう一隻怪しい船を見つけたわ」


 そう言ってアリアンは此方の腕を引くようにその場を後にして歩き始め、自分もそれに引っ張られるようにして付き従う。


「怪しい船とな?」


「ええ、さっきからこちらの様子を逐一監視しているような連中がいるわ」


「しかし今度は確かな証言も無いのであれば、あまり派手に乗り込むのも躊躇われるな……」


「囚われている人達がいるという確証があればいいんでしょ? 大丈夫よ」


 妙に自信ありげなその表情を横目に人でごったがえす港を進んで行き、少し奥の桟橋に係留されてあった黒塗りの船の近くまでやって来た。先程の奴隷商の船より一回り大きい商船のようで、船上には多くの船員達の姿が見受けられるが、その誰もが近づく此方に警戒心を露わにして進路を妨害するように立ち塞がってくる。

 その黒塗りの商船の前にまでやって来た時には、すでに周りには十数人の船員達が壁を築くようにして周囲を取り囲んでいた。


「うちの船に何か用かい?」


 一人の鍛え抜かれた身体の半裸の大男が進み出て来て此方の用向きを尋ねてくる。両腕に幾つもの刀傷と思われる傷痕を持ったその男は、鼻を鳴らしながら此方を胡乱げな目付きで睨む。

 だがアリアンはその問いには答えず、手の平の上に息をそっと吹きかけて何事かを囁くようにすると、何やら淡い光のようなものが現われてすぐに目の前から消えた。それを確認すると、アリアンは大男に顔を向けて肩を竦めて見せた。


「船が珍しいから少し見学してるだけよ、あなた達に用は無いわ」


「用がねぇならここからとっとと帰りな! 仕事の邪魔だ!! あんたもだ、旦那!」


 アリアンのその素知らぬ態度が気に障ったのか、傷の大男は眉を吊り上げると威嚇するように声を荒らげて一歩前に出る。そこへ一人の派手な服着た商人風の男が人垣を割って姿を現した。


「これはこれは、我らデオイン商会の船に何か御用でしょうか?」


 顔に笑みを貼り付けたその男は、粘つく視線を此方に向けながら用向きを尋ねてくる。


「今はまだ用はないわ」


 それに答えたのは灰色の外套を目深に被ったアリアンで、その彼女の姿を見て商人の男は首を傾げ、訝しむように目を細めた。

 そこへ聞き覚えのある声の男が割って入って来た。


「ちょっと待って下さい! アリアン様、アーク殿」


 振り返ると一人の見覚えのある男が駆け込んで来ていた。こちらの桟橋へと駆け込んで来たのはランドバルト領騎士団の副長であるジオであった。


「ヴィツィオ殿、どうかされたのですか?」


「これはジオ様、いえ、こちらのお二方が我が商船に御用がおありのようでして」


 ジオにヴィツィオと呼ばれたその商人の男は、嫌らしい笑みを浮かべながら盛大に困ったいう風な仕草をして肩を竦めて見せた。


「アリアン様、こちらの船はノーザン王国のオルナット伯爵様の御用商であるデオイン商会の船で、今回の一件とは無関係の船です、それにこちらの船はすでに臨検を済まされております」


 やや非難の色を含んだジオの言葉だったが、特にアリアンはそれに耳を傾ける事無く、他の事に集中しているように見える。

 ジオはそんな彼女とヴィツィオの間に入ってなんとか取り成そうとしていた。


 どうやらこの船はそうおいそれと手出しの出来る船ではないようだ。他国の貴族の後ろ盾があるのならば確証も無く踏み入る事は出来ない。

 そんな両者が睨み合っている中、不意に一陣の風と共にアリアンの傍に先程消えた淡い光が姿を現す。よく目を凝らさければならないが、しかし周囲にいる者達は突然吹いた風に顔を顰めはしても、その淡い光には全く注意が向いていなかった。

 その光も数瞬の内に掻き消えて見えなくなるが、それを合図のように突然アリアンが商人の男に向き直ったかと思うと、今迄の話の流れを無視するかのように声を上げていた。


「この船に囚われている人達がいるわ、船の中を見せて貰えるかしら?」


「なんの話ですかな? それに先程申しましたように、この船はノーザン王国の──」


 そんな彼女の口上に商人の男は苦笑いを浮かべ、先程と同様に自分達の後ろ盾の名を語ろうとしたが、目の前のアリアンが目深に被っていた灰色の外套のフードを取り払ったのを見て息を呑む。

 多くの者達がその薄紫色の肌と尖った耳が示す彼女の種族に心当たりが在ったのか、取り囲んだ者達から多くのどよめきが起こった。


「あたしはカナダ大森林のエルフ族、アリアン・グレニス・メープル。ノーザン王国の一領主でしかないオルナット伯爵とやらは、我らエルフ族と本気で事を構える気でいるのかしら?」


 彼女の金の瞳が眇めるようにして商人の男、ヴィツィオに注がれる。かなり挑発的な物言いだったが、相手はかなり動揺したのか顔を引き攣らせて言葉を詰まらせていた。


「何もやましい事が無ければ、船の立ち入りぐらいは許可して欲しいわね」


 アリアンが口元を緩めたのを見て侮辱されたと思ったのか、ヴィツィオは顔を真っ赤にして怒鳴り散らし始める。


「たかがエルフの蛮族風情一匹が、我ら人を愚弄するなど思い上がりも甚だしい!!」


 男のその言葉に周囲の者達の気配が変わり、剣呑な雰囲気が辺りに溢れ出す。普通こういった場面で素性の知れない者を誰であろうと船には乗せないだろう。

 だがアリアンはそんな事など微塵も気にした様子も無く、薄笑いを浮かべて傷のある大男に向って駆け出すと、軽く跳躍して大男の頭を踏み台にして囲いを乗り越えた。


「な! 野郎!!」


 呆気にとられる者や怒気や驚きを現す者達を置き去りに、アリアンはその身軽な動きで船の方へと駆けて行く。それをただ茫然と見ていたヴィツィオは、一瞬の後に金切り声を上げていた。


「あのエルフを捕まえろ!! さっさとしろ!! 話が違うじゃないか、貴様!! これはどういう事だ、ジオ!! 私達の船は臨検を受ける必要が無い筈だろ!!」


 ヴィツィオは今にも蟀谷の血管が切れんばかりに青筋を浮かべて、事態の急変に青褪めた顔になっていた副長のジオに詰め寄る。

 それを受けて慌てたジオは、思わずといった感じで徐々に後退って周囲から向けられた視線から逃れようとしていた。


「ほぉ、何やらジオ殿は事情をお知りのようだが?」


 ジオに視線を向けて問い掛けると、彼は焦ったように早口で捲し立てた。


「そ、それよりアーク殿、彼女を止めて下さい!! このままでは我が領とノーザン王国の間に火種を生む事になってしまいます!! それだけは何としても回避しなければいけません!!」


 商人のヴィツィオの言葉やジオの態度を見て、なんとなくだが絡繰りが読めてきた。だがここはあえて彼らの言葉に乗ってみるのも面白いかも知れない。


「承知した! アリアン殿を取り押さえようではないか!」


 そう言って船の方へと駆けて行く。周囲に居た乗組員達はすでに彼女の後を追っており、港にいた他の衛兵達はこちらの騒ぎを聞き付けて集まり始めていた。

 船上では軽業師のように跳ね回るアリアンを追って、男達の怒号が飛び交っている。既に海に叩き落とされている者や、のびて白目を剥いている者達もいた。

 

 そんな中へ、アリアンを取り押さえるという名目で船上へと駆け、甲板の上で大立ち回りをしていた彼女の元へと飛び込んで行く。


「うお~アリアン殿~、大人しくするのだ~!」


 若干棒読み気味の台詞を吐きながらアリアンに飛び掛かるふりをすると、彼女はそれを見越してひらりと躱して錨を巻き上げるキャプスタンの上へと飛び乗る。

 自分は飛び掛かった勢いのまま、甲板の床板に思い切り拳を叩き込むように突っ込む。

 分厚い筈の上甲板は簡単に大穴を開けると、その勢いは止まらず中甲板の床板まで突き抜けて船倉まで転がり込んでしまった。


「うちの船がぁ~~~!!」


 甲板に開いた大穴の上からヴィツィオの悲鳴のような叫び声が降ってくるのが聞こえる。


「きゅ~ん……」


 首元に巻き付いていたポンタも同じように転がり込んだ為か、少し目を回して床に転がり落ちると、頭を振って態勢を立て直す。

 自分もずれた兜を元の位置に戻して、薄暗い船内を目を凝らすようにして見回した。足元には船で使う物なのか、太く長いロープが束ねられている。比較的大きな船室のようだ。

 アリアンはこの船に捕らわれている者達がいると確信していた、とりあえずそれを信じてこの船の中から彼らを探し出す必要がある。


「助けに来たぞ! 攫われた者がいれば声を上げろ!!」


 船内で声を上げるが一瞬空気がざわめいた気配がしただけで、他には乗組員が数人武器を手に持って襲い掛かって来ただけだった。

 いきなり助けに来たと声を上げても、何かの罠かと疑いそうそうに声を出して答えれるものではなかったかも知れない。襲い来る乗組員達を気絶させながら船内で人を閉じ込められそうな場所を探し歩き、別の呼び掛けを試みる。


「トレアサ殿の使いだ! フラーニ・マーカムはいたら返事を!!」


 この船内に捕らわれている可能性も考慮して具体的な呼び掛けをすると、今度は確実な返答が返ってきた。


「本当にトレアサ様の御使いが!? 私はここです、フラーニ・マーカムです!!」


 見ると奥の船室の足元に格子状の蓋がされた船倉への入口があり、そこの隙間から指が覗き下から一人の女性の声が上がると、周囲に居た他の囚われていた人達も助けが来たと確信したのか、次々とそこから助けを求める声が上がり始めた。

 どうやら目的の人物が見つかったようだ。見張りと思われる乗組員二人を軽くいなし、船倉を塞ぐ格子状の蓋に取り付けられていた南京錠を剣で両断すると、中から多くの人が雪崩出てきた。


 そんな多くの囚われていた人達の中で、探し人であるフラーニ・マーカムはすぐに分かった。

 黒髪をシニョン型に髪留めで纏め、領主屋敷などで見掛けた使用人風の服装に身を包んだその彼女と目が合った。大きな黒瞳が此方を見上げながら、恐る恐る近づいて来る。


「フラーニ・マーカムです……、あのトレアサ様の御使いというのは騎士様の事でしょうか?」


「我が名はアーク。騎士ではなく、トレアサ殿からの依頼を受けた傭兵である」


 遠慮がちに尋ねる彼女に名乗りを上げて、雇われた傭兵である事を話すと、信じられないというような表情をした。


「ここに長居は無用だ。皆、我の後ろへに付いて来るがいい」


 そう言ってフラーニを背後に庇いながら、船室の扉を蹴破って外へと出る。時折船の乗組員が襲っては来るが、拳を軽く叩き込んでやれば壁に吹き飛んだり、樽に尻が嵌って動けなくなったりと障害物にもならない。

 やがて上甲板へと出る昇降口を昇って外に顔を出すと、甲板には多くの乗組員達が倒れ伏しており、船上にはそれらの者を踏みつけるようにして立っていたアリアンの姿があった。

 後ろから付いて来た多くの人達もその様子を目を丸くして眺めている。


「船の甲板に魔法も使わず大穴開けるなんてアークくらいよね。で、探し人は見つかったの?」


 白く長い髪を潮風に靡かせながら薄紫色の肌を持つダークエルフのアリアンが傷一つ受けた様子無く、衆目を集めながら近寄って笑い掛けてきた。

 その様子に後ろから付いて来た幾人かが感嘆のような息を呑む声が聞こえる。


「ああ、彼女がトレアサ殿が探しておったフラーニ殿だ」


 脇に避けて後ろに居たフラーニをアリアンに紹介するようにすると、フラーニも慌てて前に出て来て挨拶をするように頭を下げた。


「そう、これで彼女のお願いも無事に聞き届ける事が出来たわね」


 それをアリアンはやや安堵した表情をして胸を撫で下ろす。

 船外の周辺に集まって来ていた衛兵達は、フラーニの取り計らいと事情説明によって船上の乗組員達を次々と捕獲していき、後は自分とアリアンはただそれを隅で眺めるだけとなっていた。


誤字・脱字などありましたら、ご連絡宜しくお願い致します。

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