ランドバルト騒動2
「これはまた随分と盛大な歓迎だな……」
「でもあまり手練れがいる感じはしないわね」
広場の中央でアリアンと肩を竦め合って軽口を叩くと、周囲の男達からは嘲笑が漏れた。
「余裕ぶっこいてんじゃねぇよ、この木偶野郎! 兜の中身を揺らされて余裕扱いてられるか?」
手に持った戦闘鎚のような鈍器を持って一人の男が囃し立てると、周囲に居た似たような連中達からも一斉に笑いが起こった。
「おいおい、そっちの鎧野郎の中身もエルフかもしれねぇんだ、出来るだけ丁寧に扱えよ! まぁ今回の目的は女の方だ、そっちは間違っても傷なんて付けんじゃねぇぞ!!」
そう言って集団の統率を担っているような物言いをした柄の悪い短髪の男は、こちらに視線を向けて舌なめずりをして嗤う。人買い集団の頭領という雰囲気は無く、単なる三下というような風体だ。
どうやら彼らの目的は隣に居るアリアンのようだった。
「へへへ、ダークエルフがこんな人の街中に現れるなんてオレ達幸運だな! いったい幾らで売れるか、今から興奮が止まらねぇぜ!」
「ヤベェ、オレも興奮して変な所が元気におっ勃っちまったぜ!!」
その周囲の視線を鬱陶しそうにするアリアンが煩そうに灰色の外套のフードを取ると、取り囲んでいた男達がその姿を見て一層沸き立った。
そう言えばアリアンはエルフ族の中でも希少種と呼ばれるダークエルフ族だった。エルフ族は人にとっては金のなる木のような存在で、こういった人買いのような連中が見つければ狙いにやって来るのは必然だったのかも知れない。ブランベイナの人々やこの地の領主が割と普通に接してきていたので、少し失念していた。
この連中は領主との面会を取り次ぐ際に、門前で顔を晒したアリアンを目撃して彼女をここまで付け狙って来たという事なのだろう。
「やっぱり人族は所詮人族なのかしらね。あたしを狙った事を後悔させてあげるわ……」
金の双眸に怒りを宿し、そんな物騒な事を言って腰に提げた『獅子王の剣』を抜き放った。それを見ていた周囲の男達はと言えば、ニヤケた顔をさらに歪ませて囃し立てている。
どうやら連中はエルフ族が優れた戦士である事を忘れているのか、単に集団の優位を確信しているからか、その態度には余裕を通り越して油断しきっていた。
そんな周囲の連中を眺め回しながら溜息を吐いて、背中に担いでいた盾を構えて背中を預けるアリアンに苦言を呈する。
「此奴等には後で聞きたい事もあるのだ、息の根を止めるような事せぬようにな。人の街中、しかもこんな昼日中では後々面倒にもなるからな」
「それもそうね!」
アリアンは同意を示すと共に勢いよく駆けると、口元を僅かに動かして手近にいる男達へと剣を構えて迫った。瞬間、男達の悲鳴が辺りに木霊した。
彼女が標的に選んだ者達の足元の地面が鋭く突き上がり、三人程の足がその場に縫い付けられていた。周囲の男達の意識が一斉に悲鳴を上げた者達へと向けられた時、彼女はその三人に肉迫して剣を叩き込んでいた。振るわれる剣の速度は以前に見た時より早くなっている。それが彼女の本気ゆえか、手に持った『獅子王の剣』による効力かは定かではないが、この場にいる男達ではまず太刀打ち出来ないと思わせるような剣速と剣筋だ。
腕や胸を斬り付けられた二人は痛みに蹲り、剣の腹で蟀谷を殴打された者はその場で白目を剥いて倒れ込んだ。周りに居た男達が、一斉に彼女を睨み付けて武器を振るおうと構えた時には、彼女は既に別の三人へと迫っていた。
そんな周囲が発する怒号を背に感じながら、此方も盾を左手に持って前方のゴツイ身体つきの男へと迫った。男達の顔には先程の余裕は既に消し飛び、殺気立った勢いで此方へと目掛けて手に持った武器を振りかぶってくる。
「【強打盾】!!」
戦士職の持つごく初歩的な戦技スキルで、盾を持って相手を打ち据えるだけの技だ。だが手に持った神話級の盾と、身体能力に物を言わせたその技は単純だが威力は申し分ない物となっていた。
僅かに燐光を放つ盾を振りかぶって男達を薙ぎ払うようにすると、ごつい男二人が持っていた武器ごと吹っ飛んでいき、奥に居た別の男達五人を巻き込んで壁へと叩きつけていた。二人の男は腕が変な形に曲がり、その男達の下敷きになった者達の中には首があらぬ方向へと曲がってしまっている者もいた。
「ぬう、これは不慮の事故だ。判定的には、セーフ!」
自分に対する言い訳を言いながら、つくづく力加減の難しい身体だなと独りごちて周囲に視線をやると、取り囲んでいた連中は既に我先にと逃げ出し始めていた。反対側のアリアンの方を見るとすでに六人目を斬り倒している。
逃げ出している連中の中に、先程まで威勢の良かった柄の悪い短髪男の背中も混じっているのを見つけた。
「お主だけはどうあっても逃がさぬぞ!」
その背中目掛けて駆けながら一気に迫ると、今度は力加減を間違えずに盾でその背中を打ち据えた。
「ぎゃぁひぃぃぃぃっぃいぃぃ!!」
短髪の男は変な声の悲鳴を上げながら地面を派手に転がり、傷だらけになって地面に倒れ伏した。ただの人間相手なら戦技スキルを使う程の事もなかった。
その男の首根っこを掴むと、男は悲痛な声を上げて命乞いを始めた。
「ひいぃ!! や、やめてくれぇい!! 命だけは、命だけは勘弁してくれぇ!!」
「いちいち五月蠅い男だ、少しは口を噤む事を覚えるんだな」
引き摺る男に苦言を言って、逃げ散った男達の背中を眺めていたアリアンの方へと歩み寄る。
「アリアン殿の方もそれで終いか、喋れそうな者は多少残ってそうではあるな」
「アークの方こそ、あれは生きてるの?」
アリアンの足元で、斬り付けられた箇所の手足を押さえて呻き声を上げる男達に目をやりながらそんな事を言うと、彼女は心外だと言わんばかりの表情で、此方が吹き飛ばして壁に未だに貼り付いている男達を顎で示す。
「まぁたまにこういう事もある。それに一番事情を喋ってくれそうな者は確保してあるぞ」
そう言って先程から悲壮な顔をした男を、その首根っこを持ったまま宙に提げて前に突き出して見せた。アリアンの金の瞳も僅かに細められ、その男に鋭い視線を投げ掛ける。手に持った獅子を象った剣が血に濡れて怪しく光るその姿に、より一層彼女の瞳が恐ろしく見える。
短髪の男は情けない悲鳴を吐きながら、ズボンの股下を生暖かい液体で染みを作った。どうやら思いの外彼女の覇気にやられたようだ。
丁度いい、ここは刑事物ドラマでよく見る尋問方法を試してみる事にしよう。たしかいい警官役と悪い警官役に別れて相手を尋問していくんだったか?
「そう怖がる必要はない、こちらの質問に二、三素直に答えてくれれば問題ない。あぁ、言っておくが彼女を怒らせない方がいいぞ。回答の機会は両手と両足の数だ、きちんとした回答が得られなければ彼女がお主の両手両足を順に斬り落としていくぞ」
男の首根を離さず、そう言って耳元で優しく囁きかけると途端に男は顔面を蒼白にさせてガタガタと震えだした。いい警官役はこんな感じだったろうか? 目の前に居たアリアンからはやや抗議の視線が向けられたが、ここは彼女に悪い警官役になってもらおう。
「ではまず右手の質問からだ。お主たちはノーザンから来た人買いか? どうだ?」
男の右腕を取り、アリアンの目の前に突き出させるような形で耳元で優しく質問をする。アリアンも仕方ないという目で此方を見ると、手に持った剣を男の右腕に添えた。
「ひぃい、そ、そうだ! オレ達はノーザンの奴隷商だ!」
男は引き攣った顔でどうにか自分の右手を引っ込めようと身を捩りながら答えを返した。その答えに満足したように大仰に頷いて見せて、相手の頬をペチペチと叩いて次の質問をする。
「うむ、では次は左手の質問だ。しっかりと答えるのだぞ? お主達は街の住人を攫っていった事はあるのか? どうだ?」
短髪男の肩を背後から力強く掴んで、耳元で至極丁寧に問い掛ける。アリアンの剣の先がゆらりと左手の方へ移動してぴたりと添えられた。
「あ、ある! だ、だがオレ達が主に狙うのは街中で居場所の無い流民が殆どだ! 信じてくれよ!! 今回は金になるエルフ族が現われたって言うから魔が差したんだよ!!」
「成程、成程。主にという事はたまにこの街の住人を攫う事もあるわけだな?」
男の顔を覗き込みながら兜の奥でにっこり笑って確認をとってみると、男の瞳孔が開いて視線が左右に揺れる。やはり兜の奥からでは優しさスマイルは届かないのか、相手の肩がますます固くなっていく。
「ほ、ほんの時々だ! 住人ばかり狙えば足が付きやすくなる! 本当だって!!」
「そうか、では次の質問だ。そのほんの時々含まれる街の住人の中に、侍女姿の女性を見掛けなかったか? 名前は確か……、そう、フラーニ・マーカム。フラーニという女性に心当たりはないかな?」
噛み含めるようにゆっくり喋りながら、男の固くなった肩をリラックス出来るように力を籠めすぎずに優しく揉んでやる。男は汗っかきなのか、背中がびっしょりと濡れ始めていた。
「知らねぇ!! そんな女知らねぇ、本当だ!! じ、侍女姿の女って言ったよな!? 無理だって! そんな身元のはっきりしてそうな奴をそうホイホイと攫って来れねぇって!!」
男は懇願するように此方とアリアンを見上げながら、泣き縋ってくる。
「ではお主の言い分を今から確かめにいくとするか。お主らが攫った者達の所在は何処だ?」
「あ、明日朝一で港を出発予定だったから……、もう全員船に積み込まれてる筈だ!」
「ではその船まで案内して貰おうか?」
「勘弁してくれ! そんな事すればオレが殺されちまうよ!!」
男の懇願をまるっと無視して、その男の首根っこを掴んで引き摺るようにして港の方へと踵を返して歩き始めると、アリアンも剣を鞘に納めてその後ろから付いて来る。
騒ぎを聞き付けた港の漁師連中達からの視線を一身に集めながら、倉庫街から船の停まる姿が見える港の船着き場まで出て来ると、何やら物々しい雰囲気の騒ぎが耳に入った。
「そこの船!! 貴船はまだ出向の許可を出していない! 今すぐ停船しろ!!」
複数の衛兵達が声を上げて海に浮かぶ一隻の船に呼び掛けていた。沢山の船が停まる港の中を、その船はゆっくりとだが沖を目指して進み始めている。
どうやら出港の許可を得ずに港を出ようとしている船がいるらしい。
しかしその船の姿を見た手元で力無く項垂れていた奴隷商の下っ端は、顔面を蒼白にすると急に立ち上がって喚き始めた。
「クソッ! どういう事だよ! オレを置いて出航しちまいやがった!! オレ達にエルフの捕獲を命令しといて、ヤバくなったら先にズラかるなんてとんだクソ野郎だ!!」
自分の事を棚に上げて、離れ行く船を睨め付けながら口汚く罵る男の後頭部を軽く叩くと、男は糸の切れた操り人形のように白目を剥いてその場で崩れ落ちた。
どうやらこいつを尋問している間に逃げられた他の連中に事の次第を頭に報告され、それを受けて逸早く逃げ出す算段に入ったらしい。
このローデン王国では表向きはエルフの捕縛や売買は厳禁だ。それを破って捕獲を目論み失敗したとなれば、ここの領主や国から罪人の認定を受ける事になる。
逃げ出すのは必然と言う事か──、だが逃がすつもりなど毛頭ない。
「アリアン殿、この男を頼む!」
それだけを言い残し、港の船着き場を駆けて桟橋を疾走する。
逃げ出した奴隷商の船は、港の中に停泊する他の船の間を縫うようにして進んでいてまだそれ程速度も出ていなければ、港から然程距離も離れていない。
【次元歩法】を使えば一発で船の上にまで移動出来るだろうが、なにせ今の港の中は人の目がありすぎる。
そう思い一気に桟橋から近くに停泊中の一隻の船に飛び込み、そのまま隣の船へと飛び移る。着地した船は大きく揺れて乗っていた船員が何人か海へと落っこちて悲鳴や怒号が木霊すが、それを気にせずさらに次々と船を飛び移って行き、目的の船へと近づいて行く。
向こうの船の乗組員も騒ぎを聞いて此方に目を向けてくるが既に遅い。港の中を縫うようにして進んでいた奴隷商の船の一番近くに停泊していた一隻を踏み台に大きく跳躍し、その奴隷商の帆船の右舷船首の舷縁に掴まる。
乗組員の一人が慌てて武器を抜いて襲い掛かってくるが、そいつの腕を掴んで思い切り放り投げてやると、その乗組員は大きく宙に弧を描いて海へと没した。
それと交代するように船の船首部の甲板へと上がり込む。
「あ、あいつだ!! 追って来やがったぁ!!」
船内からドタドタと足音を響かせて出て来る乗組員を見回していると、一人の男が此方を指差して金切り声を上げた。どうやら倉庫街で討ち漏らした内の一人なのだろう、焦りの為か額に多量の汗を掻いて目を見開いている。
「さっさとその侵入者を殺せ!!」
ざわめく乗組員達に大声で活を入れたのは全身毛むくじゃらの大男で、この船の船長か何かなのだろうが、その姿は海賊のそれにしか見えない。
その男の指示で我を取り戻した乗組員達は、手に武器を持って此方へと殺到してくる。それを背に担いでいた盾を素早く構え、押し寄せる人の波へと突っ込む。
「【強打盾】!!」
衝突と同時に繰り出した戦技の威力に、弾き飛ばされて多くの乗組員達が海の中へ吹っ飛ぶ。猛威を振るう盾の強打に、船上は悲鳴と怒号が木霊して次々と船の周囲の海面に波紋を描き水飛沫を上げていく。
残った僅かな乗組員も敵わないと悟ると、自ら海の中へ飛び込んでいき、最後に甲板の上で立っていたのはあの毛むくじゃらの船長ただ一人となっていた。
「な、何者だ、貴様!! こんな事をしてタダで済むと思っているのかっ!!」
手に持った剣は切っ先がガタガタと震えているが、船長は唾を撒き散らして大声で喚く。その威勢だけはいい船長に黙って近づいて行くと、船長は此方の動きに合わせて後退って、表情が悲壮な色に変わる。
盾を大きく振りかぶり船長が固く目を閉じた所で、手に持った大盾で近くにあった二本のマストの内の一本に【強打盾】を叩き込む。
激しい衝撃音と振動と共にマストが砕けて木端が弾け飛ぶと、ミシミシとその太いマストが斜めに傾いでいく。繋がれていた索具をゆっくりと引き千切りながら、メインマストが海へと倒れ込んで海面を叩くと、盛大な水飛沫が巻き起こる。
港の周囲からこちらを見ていた人達の悲鳴とも感嘆ともつかぬ声が一斉に上がった。
その様子を眺め、少しやり過ぎたかと思い視線を戻すと、自分の足元には大きな身体をまるで小動物のように縮こまらせて震える船長の姿があった。
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