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骸骨騎士様、只今異世界へお出掛け中  作者: 秤 猿鬼
第三部 人族とエルフ族
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港湾都市ランドバルト2

「アリアン殿、すまんな。先を急ぐとしよう」


 アリアンがポンタと鼻を突き合わせて睨めっこしている所に、声を掛けると彼女はそのままポンタを抱えたまま立ち上がる。


「盗賊?」


「どうもそうらしい」


 足元に置かれていた荷物袋を担ぎ上げながら、アリアンの問いに簡潔に答え再びランドバルトへ向けて歩き出す。

 空に目を向けると、先程より幾分か雲の厚みが増したようになってやや薄暗くなりつつあった。


「一雨降るかもしれんな……」


「そうね、ランドバルトに着いたら先に宿を探した方が良さそうね」


 雲行きの怪しさを懸念して漏らすと、アリアンも空を仰ぎ見て同意する。

 そこからはやや急ぎ足で【次元歩法(ディメンションムーヴ)】などを併用して進んでいると、幾つかの丘の稜線を越えた先、やや俯瞰するような形で裾野に広がる大きな街が見えた。


 海岸部に広がるその街は、海と繋がっている大きな二重の水路で取り囲まれていた。水路はかなり幅があるようで、小型の手漕ぎ船が行き交う姿も見られる。その周囲には街壁も築かれてはいるが、五メートル程の高さで他の街の街壁に比べるとそれ程高くはない。


 海側には大きな港が築かれ、ここからでも何艘(なんそう)もの船舶が停泊しているのが分かる。沖にも行き交う船が見え、この街の活気を物語っている。ただあまり大型の船の姿は無く、中型から小型船が主なようだ。

 ランドバルトの街並みは屋根が赤茶色の為に、丘に広がる畑の緑と海の青の間に挟まれてなかなか変化に富んだ景色をしている。惜しむらくはやや陰り気味な天気のせいで、本来の色鮮やかであろう街並みがくすんで見えてしまっている点だろうか。


 街に近づくにつれ、ランドバルトの街へ出入りする人や物と次々と擦れ違って行く。

 自分達も街へ入る北側の街門の長蛇の列に並ぶ。大きな水路に掛かる立派な石橋の上を行列の消化される遅々とした動きで渡り、入街税を支払って街へとようやく入った。


 街を行き交う人や馬車などの喧噪は、どんよりとした曇り空など何処吹く風とばかりに活気に満ちていた。街並みも比較的新しいのか石造りの壁はまだ綺麗な色をした物が多いが、やや雑然とした雰囲気がある。いくつもの路地は間を縫うように張り巡らされている。ただ奥まった路地には地べたに座りこむ人や、襤褸を身に纏った人達なども多く見受けられた。貧富の差が激しいのだろうか、治安的にはあまり宜しくない雰囲気もそこかしこに見られる。


 大通りを進んでいると目の前の広場に大きな建造物が建っているのが目に入った。建物の周囲には露店が立ち並び、大きく開放された出入り口からは多くの人が出入りしている。中には様々な商店が立ち並び、客達が商品を見比べて買い物をしている姿が見える。

 どうやら常設の市場の類であるらしく、ちょっとした百貨店のようだ。今迄訪れた街では見掛けない形式の市場だったが、自分としてはどちらかと言えば親しみやすい。

 色々な食品やら雑多な匂いが混じって、アリアンの腕の中でポンタが忙しなく鼻をひくつかせて落ち着きをなくしている。


「少しあそこで道を尋ねてみるとするか」


 市場の周囲に構えている一件の店を差してアリアンに目を向けると、同意するように頷く。

 店には恰幅のいい中年の男が切盛りしているようで、手を叩いて客引きをしている。売っているのはオレンジのような果物を絞ったジュースのようだ。ただ果汁の色が赤い。


「すまんが、二つ貰おうか」


「へい毎度どうも! 2セクです」


 店主は笑みを浮かべて脇に置かれた果物を取ると、絞り機のような物を取り出す。


「銀貨二枚? 随分と高いな」


「いやですよ、騎士様。コップを返却して下されば半額になりますよ」


 果物を半分に切った後、絞り機で絞りながらその果汁を木製のコップへと移し替えていく。

 どうやら入れ物の料金込みの値段だったらしい。


「ちと尋ねるが、領主の屋敷は何処か知っておるか?」


「領主様ですか? それならこの市場の前の通りを行って第一水路を越えて道なりですね」


 店主は果汁を入れたコップに一本ずつ藁を入れて渡してくる。銀貨を二枚払い、そのコップを受け取る。


「領主屋敷に御用って事は噂の花嫁さんにお会いに来たんですか?」


「噂の花嫁?」


 受け取ったコップを持ちながら首を傾げると、店主は意外だという顔をした。


「え? 私はてっきり領主様のお妃になったエルフの花嫁にお会いに来たのかと……」


 その店主の答えに自分とアリアンは同時に顔を見合わせる。さすがに彼女も驚きで目を丸くしている。フードが落ちそうになり慌てて被り直した。


「店主、その話を詳しく聞きたいのだが」


「えぇ、はい。一月程前でしたかね、領主様が近隣の領主様達を集めて式を挙げなさったそうですよ。馬車に乗ってのお披露目の際に私もちらっと見ましたが、いやぁお綺麗な方でしたね」


 当時の光景を思い出しているのか、頻りに頷きながら腕組みをしてあらぬ方向に視線を向ける。


「首には何かしていなかったか? 金属のような物とか──」


 感慨に耽っている店主にアリアンが一歩前に出て問い質す。彼女が言っているのは『喰魔の首輪(マナバイトカラー)』の事だろう。これをされていては魔法を思うように使う事が出来なくなる魔道具だ。魔法に長けたエルフの戦闘力を極端に落とす事が出来る為、今迄の囚われていたエルフ達は皆これを嵌められていた。


「いえ、そのような物は身に着けておりませんでしたよ? 豪華な髪飾りならされてましたが」


 店主は首を捻りながら当時の様子を思い出しながら語った。アリアンはいったいどういう事だと言わんばかりに目を瞠り唸るが、自分としてはそうおかしな事ではないように思う。

 他の領主や領民達の前であのような無粋な金属の輪を付けて結婚式など、目立ちすぎて周りから逆に怪しまれるのがオチだ。そうなると他の手段で脅して言う事聞かせたか、そのエルフの女性の自らの意思で婚姻を結んだかのどちらかだろうか。


「その結婚した領主と言うのはルンデス・ドゥ・ランドバルトという名であったか?」


 これはエルフ族の売買契約書に書かれていた、あの組織からエルフを購入した者の名前だ。

 しかし店主の答えは意外なものだった。


「いえ、それは前の領主様ですよ? ご結婚されたのは息子であるペトロス様の方です」


「領主が代わったのか?」


「ええ、一月程前に」


 その答えを聞いて再び自分とアリアンはお互いの顔を見合わせた。


 市場のある広場の隅。

 手に持っていた果汁ジュース入りのコップの一つをアリアンに手渡す。彼女は押し黙ったままそれを受け取り、コップに入れられた藁を咥える。

 自分もそれに倣い、藁を鎧の隙間から通して中空になった藁からジュースを吸い上げる。生ぬるいが酸味と甘みのあるその味はオレンジジュースに良く似ている。ただ果汁の色は真っ赤で酸味がやや強い。

 藁ストロー、鎧を脱がずに飲めて便利だな。


「さっきの話、本当だと思う?」


 同じく藁のストローからジュースを飲んでいたアリアンが先に口を開いた。彼女の手元でポンタは必死にコップを気にしているが、抱きすくめられたままで身動きが取れていない。

 あれから他の店の店主やら、近くにいた住民にも結婚の話を聞いて回ったが、皆だいたい似たり寄ったりの話をしていた。


「エルフを買ったと思われる人物は以前の領主で、買われたエルフは現領主の奥さんに」


 先程聞いた話を要約しながら呟く。

 こうなると今回の結婚が無理強いなのか、自らの意思に依るものなのか。それが焦点になる。


「この国でエルフの捕縛、監禁が違法となっているのなら、わざわざ他の領主や領民の前で結婚を宣言してお披露目するとは思えんがな……」


 無理強いの可能性があるとするなら──。


「『喰魔の首輪(マナバイトカラー)』を足首などに装着しても効果があるのだろうか?」


 首輪だからと言って、何も行儀よく首に巻く必要などない。足に嵌めても同様の効果があるのなら目立たない足首などに嵌めればいたって普通に見える。そうすれば表向きは妻に迎えたように見え堂々と監禁できる、国からは何か言われる事もない筈だ。

 しかしアリアンの次の言葉でそれはあっさりと否定された。


「あれは足首に嵌めるとあまり効果が無いわ」


「ふ~む、そうなると無理強いの線は弱くなるな」


 自分の言葉にアリアンは何か言いたそうに目を向けるが、そのまま黙って再びジュースに口を付けた。彼女の目には困惑の色が見える。それは致し方ないだろう。

 誘拐犯を追って来てみれば、誘拐された当人が誘拐犯の息子と結婚していると聞けば誰でも戸惑うだろう。


 ここで二人顔を突き合わせて真相を推測し合っても時間の無駄だろう。こうなれば本人に直接話を聞きに行った方が早いかも知れない。

 方法は二つある。

 いつものように領主の屋敷に忍び込み、エルフの奥方を探して話を聞く方法。もう一つは正面から訪ねて行ってエルフの奥方に面会を求める方法だ。

 仮にもきちんと婚姻を結んだと言うならば、エルフ族の里から使者が来て無下に追い返すなどは出来ない筈だ。もしそれをすれば黒だと言っているようなものだからな。


「どうする、アリアン殿?」


 二つの提案をして目の前のアリアンに尋ねる。

 彼女は瞑目して今後の対応を考えているようだ。今迄の彼女なら迷う事無く前者を選んだかも知れない、だがここで後者の方法が選択肢として考慮されていると言う事は、先日のカーシーの影響があるのかも知れない。

 カーシーはエルフ族でありながら人族の街で暮らし、それを周りの多くの人族が受け入れていたのだ。彼女にとっては少なくない衝撃を与えたのだろう。


 やがて金の双眸をしっかりと開き、はっきりとした口調で彼女が告げた。


「あたしが領主の屋敷へ行って、使者として面会を求めてみるわ」


「ならば我も前回同様、アリアン殿の護衛として傍に控えるとするかな」


 そう言うと彼女は少し口角を持ち上げて相好を崩した。

 ジュースを飲み干したコップを返却しようと彼女のコップを貰い受け、店に足を向ける。しかし広場の喧噪の中に怒声が響き、辺りがざわついた。


 目を向けると、中年の男と一組の親子連れが揉めているようだった。周囲の人達は揉め事は御免だとばかりに引き潮のように引いていき、皆足早に立ち去っていく。


「てめぇ、よくも人様の商品盗みやがって!」


「違います! 娘は落ちていた物を拾って返そうとしただけで、決して盗みなどでは……!」


「うるさいっ! 流民風情が言い訳するんじゃねぇ!!」


 唾を飛ばす勢いで怒鳴り散らしているのは野菜を売っている店主のようで、がたいのいい中年親父だ。怒鳴られているのは小さい女の子を連れて、幼い男の子を抱いた母親のようだ。

 親子連れはあまり身綺麗とは言い難く、やや薄汚れた格好をしている。火が付いたように泣く女の子と男の子をあやしながら、必死に店主に頭を下げている。小さな女の子は頬を張られたのか、赤く腫れているのが分かる。

 さすがに見かねて声を掛ける。


「幼い子供にそれ程強く当たる必要もあるまい?」


「うるせぇ! 横から入って来て口挟むんじゃ──!?」


 店の親父は顔を真っ赤にして怒鳴って此方を向くと、途端に顔を真っ青に変化させて震えだした。その顔色の変わりようは、まるでリトマス試験紙のようだ。

 腰に手を当て、わざと外套の下に見える鎧をちらつかせながら言い争いしていた両者へ近づく。後ろではアリアンが派手な溜息をするのが聞こえた。


「い、いえ、これはその……、違うんです騎士様。このガキが人様の商品を──」


 目線が泳ぎしどろもどろになりながらも、視界の端にいる女の子を睨む。


「いくつ盗られたのだ?」


 その視線を此方へ向けさせる為にわざとドスの利いた声で尋ねる。


「ひ、ひと──」


「いくつだ?」


 相手の言葉に被せながらさらに低く威嚇するように再度問い掛けると、店の親父は言葉に窮するかのように呻いた。


「……いえ、何も盗られておりません……」


 ようやく絞り出すようにそれだけ言うと、すごすごと自分の店のスペースの奥に隠れるように引っ込んでいった。少々強引なやり取りだったと、反省はしているが後悔はしていない。


 泣いていた女の子に目線を合わせるようにしゃがみ、手を翳して魔法を発動させた。


「【治癒(ヒール)】」


 柔らかな光が溢れて 少女の腫れた頬に光が収束していき、弾けた。少女は魔法の光にびっくりして泣くのを忘れたらしく、きょとんとした顔をしている。


「あ、あの、ありがとうございます、騎士様」


 少女の母親がお礼を言って頭を下げながら、泣いていた男の子をあやす。それに鷹揚に頷いて片手を挙げて応えて、そのまま少女に向き直り手に持ったコップを差し出す。


「お嬢ちゃんには特別にコイツをやろう。あそこのおじさんにこれを持って行けばお小遣いをくれるぞ」


 先程ジュースを買った店の店主を指差すと、向こうで店主が苦笑いを浮かべているのが見えた。

 少女は手に持ったコップと母親を交互に見て首を傾げている。母親は再度礼を述べて頭を下げると、少女と連れだってジュース屋の店主の所へコップを持って行った。


「アーク、先に宿を見つけた方がいいと思うわ」


 親子連れを見送っていると、背後からアリアンの声が掛けられた。広場の石畳がぽつぽつと雫の跡を増やしていくのを見て、空を仰ぐ。

 厚く垂れこめた雲からは雨粒が零れ落ち始めていた。街を行き交う人々も足早になって通り過ぎて行く。

 ランドバルトへ入るのにも結構な待ち時間があったので、今日は宿を探して領主屋敷を訪れるのはまた後日になりそうだと、溜息を吐いて立ち上がった。


「そうだな、雨足が本格的になる前に宿を探すとするか」


 アリアンと連れだって小雨の降る中、宿のある場所を聞いて回り、なんとか一軒の宿を見つけた時はもう辺りは随分と暗くなっている頃だった。

誤字・脱字などありましたら、ご連絡宜しくお願い致します。

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