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骸骨騎士様、只今異世界へお出掛け中  作者: 秤 猿鬼
第三部 人族とエルフ族
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西へ2

 まだ肌寒い早朝、平原に走る街道を自分とアリアン、そして頭の上に乗ったポンタとで転移魔法を使って移動していた。街道と言っても綺麗に石畳やレンガなどで舗装された道ではなく、ただ周囲に見るような草木が生えていないというだけの、土を突き固めただけの道だ。そんな道を移動していると、やがて道が二手に別れている場所にまで来ていた。


「アリアン殿、どちらの道がランドバルトだろうか?」


 方向感覚に自信のない自分は、後ろに控えていたアリアンに目を向けて尋ねる。

 しかし返ってきたのは彼女の半眼と、にべもない言葉だった。


「街の場所を聞き込みしたのはアークじゃない、あたしは人族の国の道なんて知らないわよ?」


 確かにその通りだ。次のエルフ族が囚われいると思われる街であるランドバルト、その場所を王都で聞き込んだのは他ならぬ自分だ。

 この世界では国土を網羅したような地図などは売ってはいない、それどころか近隣の地図でさえ殆ど見掛けないのだ。必然的に目的地への道などは知っている人間に聞く事でしか知りえない。

 王都でランドバルトの道を聞き込み得られた情報は、王都から西の街道を進み、沿岸部に出てから北上するというものだった。


 しかし目の前には大きな岩が横たわり、その場所から街道が二つに分かれて伸びている。どちらも方角的には西の方面へと向かっているが、右の街道はやや北西に、左の街道はやや南西寄りに続いている。


 どちらも西よりの道ならどちらへ進んでも大丈夫な筈だろう。現代と違って道は地形に沿って作られるので真っ直ぐな道など殆ど見ない。急斜面ならば蛇行し、崖や段差があれば迂回する。必然的に距離は伸びて、意外と時間が掛かるのがこの時代の道だ。

 これらの道も何かを避ける為かはわからないが、転移魔法で移動できる自分にとっては間違えればここに戻ってくるだけの事だ。

 

 気楽な気分で街道の周囲を見渡し、道端に落ちていた丁度良さげな木の枝を見つける。それを拾って分かれ道に戻り、枝を街道中央に立てて、手を離す。

 手を離れた木の枝はすぐにそのバランスを崩し、重力に従って倒れ込む。倒れた木の枝の先が示したのは北西方向の街道だった。


「うむ、右の道だな」


 一人納得して頷くと、すぐ後ろから不審そうな声が上がった。その声の主は言わずもがな、アリアンである。やや頬を膨らませて抗議の目を向けていた。


「ちょっと、本当にそんな適当な道選びで目的地に着けるの? 王都でランドバルトまでの道をちゃんと聞いたって言ってたわよね?」


「確かに聞いたのだが、まさか途中で道が二手に別れているとは聞いていなかったのだ」


 アリアンは深く溜息を吐いて蟀谷(こめかみ)を押さえている。


「それでそんな適当な方法で道を決めたの?」


「いや、これは我が運命を天に託しての選択である!」


「ちょっと、あたしまで勝手にその運命に託さないでよ……」


 そう言って抗議した彼女は倒れた木の枝を引っ掴むと、それを持って祈るように手を合わせてから静かに瞳を伏せて膝を突いた。


「我が道に精霊の導きがあらんことを──」


 彼女が小さくそう唱えて持っていた木の枝を離すと、先程と同様にゆっくりと重力に従って傾きそのまま乾いた音を立てて倒れた。枝の指し示す先は自分と同じく北西の道を差している。


「……」


「うむ、やはり右の道のようだな」


 若干納得のいかないといった感じの顔をしていたアリアンだったが、精霊の導きに身を委ねる事にしたらしい。此方の肩に黙って手を掛けた。


「なに、道を間違っていればまたすぐに戻ってくればいいだけの話だ」


 少し明るい調子で言ってから、北西方向に目を向ける。【次元歩法(ディメンションムーヴ)】を発動させて、早朝の人影の一切ない街道を転々と転移を繰り返して移動していく。

 やがて街道を道なりに進んで行くと周辺の様子が徐々に変わっていった。

 先程までの緑の平原が広がっていた風景が、徐々に赤茶けた岩や石などが転がっている姿が多く目につくようになり、足元の道も乾燥して砂埃の舞うような荒れ道になりつつあった。


 右手の遠くには幾つもの山々とその裾野に広がる森が見え、左手には荒涼とした大地が延々と広がっている。草木が疎らになった事で、足元の道と周囲の風景が溶け合わさって道を見失いそうになってきている。さすがに道を間違えたかという思いが募り、周囲に集落の姿を探す。


 そこへ赤茶けた大地の方角から砂埃を巻き上げた風が横殴りに吹き、視界が一瞬閉ざされる。

 頭に乗っていたポンタは「きゅん!」と一声鳴いて兜にしがみ付いている。自分の黒の外套とアリアンの灰色の外套が大きく風に煽られてバタバタと音を立てた。

 やがて風が収まり、周囲の風景を視界に納めて次の転移先を見定めようとした時、アリアンとポンタが同時に何かに反応するように動きを止めた。


「どうかしたのか?」


 訝しみながらアリアンに声を掛けると、それを制するように彼女は自分の唇に人差し指を持っていき、周囲にその金の双眸を巡らせる。頭の上でポンタが忙しなく周辺を探るように首を動かしては落ち着きがなくなっているのが分かる。

 何かいるのかと、自分も口を噤んで辺りを窺う。赤茶けた大地と剥き出しの岩山が転がるその景色にはこれと言って警戒を煽るようなものは見えない。


 そう思った時、不意に何かの羽ばたきのような音が風に乗って聞こえてきた。


 その方向に目を向けると、岩山の影から十数以上の影が空に飛び出して来るのが見えた。ここからではやや距離が開いている為に正確な大きさまでは分からないが、かなり大きい鳥に見える。


「ワイバーン!?」


 横で同じく空を見ていたアリアンが飛び出して来た影を睨み付けるようにしながら、目を瞬かせる。彼女がワイバーンと呼んだ二十匹程の群れを成しているその生物は、大きな翼を羽ばたかせながら真っ直ぐにこちらへと飛んで来ていた。

 ポンタは頭の上から慌てて降りると、首筋にマフラーのようして巻き付いて耳を引っ込める。


「ほぉ、あれがワイバーンか……」


 向こうが近づくにつれその姿がはっきりと見えてくる。両翼は四メートル程、身体自体はそれ程大きくはなく爬虫類のような雰囲気だが、少し長い首の先に付いている頭はどちらかと言うと鳥のような姿をしている。全体的に黄土色をした表皮には所々縞のような模様が見える。頭の先から尻尾までは三メートル程、長い尻尾を舵のように操って器用に方向を変えて飛んでいる。

 自分のプレイしていたゲームに出てくるワイバーンとは姿が全く違う。


「あたしが知ってるワイバーンと少し違うわ、見た事無い……。それにワイバーンは日中に活動する筈なのに、こんな朝方に群れで飛ぶなんて……」


 アリアンは少し首を捻って唸る。

 どうやら彼女の知っているワイバーンとも違うらしいが、住む環境が異なれば習性や容姿が変わるのは普通の生物と考えれば何ら不思議な事はないだろう。恐らくワイバーンの亜種か、またはそれに連なる種である可能性が高い。

 それよりまず知りたいのは──。


「ワイバーンはかなり手強いのか?」


 空を見上げながら、隣にいるアリアンに尋ねる。

 ゲームでのワイバーンはそれ程強力なモンスターと言うわけではなかった。レベルも百前後で、特殊な攻撃をしてくる事もあまり無い。


「一匹ならそれ程でもないわ。ただ今回は数が多いわね……。アークの転移魔法で逃げるのが一番面倒が無くていいわ」


 確かに、ゲームではこれ程の群れで襲われる事もなければ、剣の届かない遥か上空から狙われたりもしない。ゲーム上のワイバーンなど地上一メートル程の場所に浮いているだけなので、短い剣でも殴り倒せたのだが。

 しかし、今は今後の事も考えて少し自分の持っている力を試してみたいとも思っている。あまり人目のつく場所で使った事のないスキルを使って、派手な事になっては何かと都合が悪い。だがここにはアリアンとポンタ以外にはワイバーンの群れしかいない。少々派手にやらかしても大丈夫だろう。


「少し試したい事がある。アリアン殿はしばし下がっておいて貰おう」


 そう言って少し前に出て、向かって来るワイバーンの群れを睨む。後ろでは少しアリアンが何か言い掛けようとしたが、すぐに口を閉じた。

 手に持った荷物袋を下してから肩を回し、戦闘態勢に入る。


「【岩石弾(ロックバレット)】!」


 まずは小手調べ代わりに魔導師の基本魔法スキルを発動させる。上空に翳した両手から拳大の岩石が勢いよく発射されると、ワイバーンの群れへと突っ込んで行く。しかし上空数十メートルにいるワイバーン達は飛来した岩石を苦も無く避けてこちらへと迫る。

 何度か上空に向けて同じ魔法を発動させるがワイバーンには掠りもしない。単発の直線魔法は軌道が読まれ易く、ワイバーンの回避能力も高い為に牽制程度にしかならない。

 すでにワイバーンはこちらのすぐ真上の上空まで達しており、獲物を狙うハゲタカのように旋回して隙を窺っているようだった。すぐに強襲してこなかったのは牽制の魔法が効いて警戒しているからだろう。


「ならばこれは躱せるかな? 【雷撃豪雨(ライトニングダンパー)】!!」


 気圧が急激に変化したのを敏感に感じたのか上空のワイバーンが騒ぎ出す。次の瞬間、空気を切り裂いて耳を(つんざ)くような大音響が轟き、空気が震撼する。目の眩むような閃光が幾重にも重なり宙を駆け、雷光が雨のようになって上空からワイバーン達に降り注ぐ。


 魔導師の雷属性の範囲魔法、中級職の魔法で威力もそれなりだが、実際にそれを目の当たりにすると迫力が違う。まるで大魔法を行使したかのような派手さだ。

 上空を旋回していたワイバーンにも雷が当たったのか、幾つものワイバーンの巨体が錐揉み状態で空から降り注いでくる。しかし落とせたのは全体の半分にも満たない数だった。


「ふむ、あまり命中精度は高くないようだな……」


 空気中を走る雷はお世辞にも命中率が高いとは言えないらしい、派手な演出の割には戦果はかなり低いと言わざるを得ない。現代兵器でなら命中率が五割を切るなど、不良品もいい所だ。

 魔法の発動は単発の(バレット)系より一、二拍置く感じで、即応性にも欠ける。照準した場所の一定範囲を無差別攻撃とは少々使い処に困る魔法だ。


 しかし上空のワイバーン達はさすがに予期せぬ落雷の被害に恐慌したのか、散り散りになって逃げ出していた。

 そんな空の様子を眺めていると、後ろからアリアンの抗議の声があがった。


「ちょっと、そんな大魔法使うなら先に言ってよ! びっくりしたでしょ!」


 振り返って見たアリアンの瞳の目尻は少し涙が溜って耳を押さえている。確かにあれ程の派手な音と光を間近でいきなり見せられれば誰でもびっくりはする。自分もまさかあれ程派手な事になるとは思っていなかったので、ここは素直に謝った。

 首元に巻き付いていたポンタは目をしぱしぱさせて、ひっきりなしに前足を舐めては髭を整えるような仕草をしている。さっきの魔法で髭が帯電したのだろうか?


「……それにしてもすごい威力の魔法ね、本当になんでも出来るわね」


 やや呆れ半分、感心半分と言った感じでアリアンは溜息を吐いて辺りを見廻す。地面には先程撃ち倒したワイバーンが幾体も転がっている。


「なんでもは流石に出来ぬよ、出来る事だけだ」


 何処かで聞いた事のある台詞を喋りながら、一体のワイバーンに近づく。所々に雷に撃たれて焼け焦げた跡が残っているが、比較的綺麗な状態を保っていた。


「このワイバーンは何かに使えぬのか?」


 転がったワイバーンを引っ繰り返しながら、アリアンに尋ねる。


「そうね、ワイバーンの皮は革鎧にしたりするけど、見習いの装備よ。肉は美味しくないし、使えるのは魔石くらいかしらね」


 彼女の回答を聞きながら、一人納得する。ゲームでもワイバーン素材は初級後半ぐらいの位置づけだったので、この世界でも似たような立ち位置なのだろう。


「そう言えばアリアン殿のしているその鎧も革のようだが、何の革なのだ?」


 ワイバーンの革で作った鎧が見習い用なら、彼女の装備している鎧はそれより優れた物である事は明白だ。やや興味本位ではあったがアリアンに尋ねる。


「これはグランドドラゴンの革鎧よ」


「おぉ、かなりいい素材を使っているのだな」


 事も無げに彼女が答えたその名前に、驚きの声が漏れた。グランドドラゴンがゲームと同じような姿恰好かは分からないが、上級の素材である事には変わりないようだ。


「あなたの鎧程じゃないわよ」


 アリアンは肩を竦めて嘆息する。

 そんな雑談を交わしながらも置いていた荷物袋から短剣を取り出して、地面に転がったワイバーンの遺体を検分する。


「アリアン殿、魔石はどの辺にあるのだ?」


「あたしの知ってるワイバーンと同じなら、この位置よ」


 彼女が指で示して見せたのは胸部中央よりやや下のあたりだった。持っていた短剣を突き立ててそこを開くと、それ程大きくはないが綺麗な紫色した魔石が見つかった。

 それを撃ち落とした数、八匹分を回収して短剣と一緒に荷物袋に詰め込む。


「後の残りはどうするべきだろうか?」


「その辺に放って置いても、欲しい者がいれば勝手に持って行くでしょ?」


 周囲に打ち捨てられたワイバーンを眺めながら呟くと、アリアンは興味なさげにそれに答えた。

 たしかに見習い装備とは言え革鎧の材料になるのなら、街道を行く者で欲しい者が勝手に持ち帰るだろう。それが人だけとは限らないだろうが。


「それもそうだな。ではそろそろ先へ急ぐか……」


 麻の荷物袋を肩に担いでアリアンに声を掛けると、再び転移魔法の【次元歩法(ディメンションムーヴ)】を使いながら街道を進んでいった。


誤字・脱字などありましたら、ご連絡宜しくお願い致します。

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