初めての街ルビエルテ1
「申し遅れました、私、ルビエルテ家のローレン・ラーライア・ドゥ・ルビエルテお嬢様の侍女としてお仕えさせて頂いております、リタ・ファレンと申します」
御者をしながら、横に馬を付けて歩かせている自分に少し向き直りながら軽く会釈をしてくるリタ。ブラウンの双眸がじっとこちらを見据えてくる。どうやら自己紹介待ちのようだ。
「ふむ、我は流浪の旅人。名をアークと申す」
そう偉そうに自己紹介をして返す。名前はもちろんゲームキャラ名そのままである。全身甲冑姿だと、演技で別人を演じていた方が逆にいつも通りで何かしっくりくる感じがする。
それにしても、どうやら馬車の中にいる栗毛の少女は貴族のようだ。ひっそり目立たずの方針を打ち立てたのに、いきなりからの計画倒れな気がする。早めに軌道修正をしないと、さらに面倒事に巻き込まれかねない。
「アーク様、旅の目的地はここ、ローデンなのですか?」
ローデン? ローデン地方だろうか? それともローデン国か、どっちにしろ聞いた事のない名称だ。
それはプレイしていたゲームでも聞き覚えのない名称だった。
「いや、我はただ各地を彷徨う旅人。目的の場所など……。思えば随分と遠くまで来たものだな」
そう適当な事を言って、夕闇に染まる丘の先の地平線に目を向けて、しんみりとした雰囲気をそこはかとなく醸し出してみる。
「そうですか。今向かっているルビエルテの街はローレンお嬢様のお父上であるバコル様が治めておられる街です。今回の賊討伐にはバコル様もさぞお喜びになるかと、つきましてはお屋敷の方に足をお運び頂ければと存じます」
自分の哀愁漂う四十親父の演技は華麗に流されて、優しい微笑みでもって歓待の意を示してくる。
しかしこのお誘いには乗れない、絶対に。領主貴族の様なお偉いさんに面会など、面倒事以外の何物でもない。
そもそも、こちらは鎧兜を脱ぐわけにはいかないのだ。お偉いさんに面会するのに鎧兜を付けたまま挨拶する訳にはいかない。現代で言えばフルフェイスヘルメットを被って知事に会うようなものだ。最近ではフルフェイスヘルメットを被っているとコンビニ店員とも面会できない世の中なのに。
とりあえずこのイベントは全力回避あるのみ。
「気持ちはありがたい、が、礼を欲しての事ではない。お気持ちだけ頂いておこう」
「そんな、お嬢様や私をお助け頂いて何のお礼もなしでは……バコル様にお叱りを頂いてしまいます……」
彼女はそう言って食い下がる。困った。何かしら礼を受けなければ納得しそうにない表情だ。何か貰える物か欲しい物を提示して、それで何とか収めてもらうか。何かいいのは……。
「では、我は旅人なれば、何か通行の手助けになる物があればありがたい」
「通行の……、あ、でしたらこれをお持ち下さい。私の銅の通行証です、銀の物は貴族様しか持てませんので。それを見せればここの辺りの領地の通行に関しては、そう無下に扱われる事はないでしょう」
懐から名刺より少し小さいサイズの銅板を出すと、御者席から目一杯腕を伸ばして、馬上の自分へとそれを差し出してくる。
それを受け取って見ると、銅板の真ん中に家紋のような紋章といくつかの見た事のない文字が刻まれている。
「ありがたく頂戴する」
礼を言って、それを馬の後ろに積んである麻袋に他の荷物と一緒に仕舞う。そうやっていると彼女から声が掛けられる。
「アーク様、ルビエルテの街が見えてきました」
その声に視界の先、進行方向に目をやると、今いる場所から少し下った場所に街の外観が姿を現していた。
街の横手に流れる河から水を引いているのか、街の外周に沿って掘られた堀には水が流れている。堀の幅は三メートルくらいか。
その堀を挟んだ街の外周にはぐるりと一面麦畑が広がっており、風が吹くと辺り一面に麦の小波が起きる。その麦畑の周囲をまた簡単な堀が引かれてぐるりと畑を守るように取り囲まれていた。
街壁は石積みの割としっかりした造りのようだ、高さは五メートルといった所か。城壁として見れば頼りないかも知れないが街壁と考えれば結構しっかりとした作りかも知れない。
街の規模としても、こういう時代ならそこそこ大きな街に入るのではないだろうか?
街道先に見える街門は幅五メートルくらいで、両横には見張り台のような塔が街壁と一体となった構造で立っている。その塔には見張りの兵が何名か立って辺りを見廻している。門の手前には石組みの橋が架けられて、ゲーム内の街でよく見かける跳ね橋の類ではなかった。
カラ~ン、カラ~ン。
夕闇の中に浮かぶ街の何処からか鐘の音が鳴り、辺りに響くその音が風に流されてこちらの方にまで届く。
「アーク様、閉門の鐘です。少し急ぎましょう」
閉門の鐘が鳴ってすぐに門が閉まるわけではないそうだが、閉まる前に門付近まで馬車を進めたいらしい。領主の娘の馬車なので、仮に門が閉まってから行っても開門してくれるが、馬車が通る為の大門の開閉は割と重労働らしく門兵への配慮だろう。
今見えている街門は東門らしい。門の前に槍を所持した複数の兵が立っていて、こちらに気付いた様子だった。
門兵の一人が侍女のリタの顔に気付いたのか、血相を変えてこちらに走って来る。
「リタ殿! これは一体?! 護衛に付いておられたモードリン様の姿が見えませんが!?」
その声に他の門兵もわらわらとやって来る、最初に駆け寄って来た門兵だけ兜を被っているので隊長なのかも知れない。
「街道の先、一時間程行った所で賊の襲撃に遭いました。賊はこちらのアーク様によって討ち取られておりますが、護衛に付いたモードリン様以下十三名が賊の凶刃に倒れました」
「なんとっ!?」
門兵の隊長が驚愕の表情で侍女リタと自分を交互に見る。他の門兵も話を聞いて一斉に騒がしくなった。
「モードリン様以下五名の遺体が先程の地にまだ安置されております、どうか回収をお願い致します。私はこのままお嬢様をお屋敷にお連れして、バコル様にこの事をご報告に上がります」
「はっ! 遺体回収の為の部隊編成を準備しておきます。リタ殿にはバコル様の許可を宜しくお願いします」
隊長は彼女に敬礼してから、他の兵に指示を出しに駆けて行く。
彼女はそれを見送った後、御者席から降りて自分に向き直ると改めて頭を下げて礼をしてきた。
「アーク様、改めて今回は誠にありがとうございました。もし何かありましたらルビエルテ領主のお屋敷の侍女リタ・ファレンをお訪ね下さい。私に出来るだけのご対応をお約束致します」
「ふむ、では早速で悪いのだがこの馬を売るのには、何処かいい所はあるかね?」
そう言って、後ろに並んでいる盗賊達からの戦利品の馬を指し示す。六頭もさすがに邪魔で面倒見きれない。早く売ってしまいたいのだが、何処で売ればいいかわからない。
「馬の売買でしたら、東門を入ってすぐの道を右に入った先にダンドの馬屋という所があります。私の紹介だと言えばすぐにご対応頂けるかと思います」
「そうか、世話になった」
東門から入り、彼女は入ってすぐの道を馬車で左に進ませて行く、それを見送って自分は教えて貰った通りに逆の右の道へと進む。
教えて貰った場所は厩舎の様な木造の建物だった。道沿いに馬の意匠が刻印された木製の看板が出されている。馬を近くの馬止めに繋いで厩舎に入ると、馬の世話をしている一人の男がいた。身長百六十センチくらいだろうか、あまり背は高くないが上着をたくし上げてそこから覗く腕はごつく、かなりがっしりとした体型だ。禿げ上がった頭に胸にまで届くような顎髭を蓄えている。
「ルビエルテ家のリタ殿の紹介で来た。馬を売りたい」
手短にこちらの要望をその男に伝えると、男は一瞬びっくりした様子だったが、こちらの頭の先から足先まで素早く目線を動かすと柔やかな笑みを浮かべてこちらへとやって来た。
「それはそれは。あっしがここの主のダンドって者でございます。紹介状はお持ちですかい、旦那様?」
「いや、紹介状は貰っていないがリタ殿から馬を売るならと教えられたのだ。向こうも紹介状を書いてる余裕もないであろうしな」
自分の言葉にその意味を尋ねる目線を投げて寄越す馬屋の主。今回の事を気軽に喋っていいものかはわからないが、領主屋敷に勤める者が紹介した所だ。普段から付き合いもあるだろうから、それなり信用はできるのだろう。
「先刻、ルビエルテ家のご息女が賊に襲われてな。偶々近くにいた我が賊の討伐に手を貸したのだ。馬はその賊からの戦利品で、数は六頭いる。見てくれぬか?」
「なんとっ! ローレン様が!? しかも馬を六頭も駆る盗賊ですかい……この辺では聞いた憶えがないですな……。わかりやした、とりあえずその馬を見ましょう」
馬屋の主ダンドさんが髭をわしわしと扱きながら、馬屋である厩舎から表に繋げてある馬を見に外に出る。馬を詳しく見る為か、店先に置いてあったランプを手に取って馬を一頭一頭、毛並を撫でながら見ていく。
「この一番しっかりしている馬が45ソク、他の馬が30ソク、馬具は全部でまとめて1ソクでどうでやしょう?」
相変わらず物価も判らなければ単位も判らないが、とりあえず当分の路銀にはなるはずだ。全身鎧の男にそう無茶な提示はしてこないだろうという希望的観測のもと、提示額に頷く。
「ありがとうごぜぇます。買い取り金をお持ちしますので少々お待ち下せぇ。おい、坊主共! 馬を中に入れときなっ!」
主人はこちらに頭を下げた後、店の奥に向って声を張る。すると奥から二人の少年が慌てて出て来て、前に繋いである馬を厩舎の中へと入れていく。
しばしその場で待っていると、主人が布袋に代金を持って現れ、中身を近くのテーブルの上に並べて置く。一円玉サイズの金貨が十枚ずつ積まれて並べられていく。どうやら金貨の単位がソクだったらしい。金貨の塔が全部で十九本と六枚。
「合計で196ソクでさ、ご確認下せぇ」
ざっと数を数えて、それぞれ複数枚の金貨をさも調べている風に手に持ち見ていく。特には問題なさそうだ。
それらを自分の持っていた皮袋に入れていく。結構な重さになった気がする。何せ見た目には小さい金貨だが、一枚あたりの重さが五百円玉くらいの重さなのだ。見た感じは純金ではないみたいだが、やはり金は重いという事か。
「世話になったな。あと宿屋を探しているのだが、何処にあるか知らないか」
「宿屋ですかい? それなら街の中央近くの大通りにマーラの宿って場所がありやすが…旦那の様な方がお泊りになる宿はこの街にはありやせんぜ?」
「我は旅人ゆえ、横になれる場所があれば十分よ」
馬屋の主人に礼を言って、とりあえず街の中央部に向って歩く。もう日は完全に落ちて、辺りはもう随分と暗くなっている。時折、足早に道を行き交う人を見るが、日が沈んでからは外出する者は少ないらしい。ただ、擦れ違う時に向こうがこっちを見てぎょっとした顔をしている。暗がりで全身甲冑の男が歩いているのはかなり怖いかも知れないし、仕方がない。
街の中央部に十メートル程の通りを見つける。このルビエルテの街は東と西にしか門がないそうだ。しかしこの通りは中央より南寄りを通っていて、東西を直通で繋ぐ通りは無いようだ。
通りにはずらっと二階建ての木造の家屋が立ち並び、その内何軒か明りの漏れている店がある。看板には樽の意匠が描かれているところを見ると酒場だろうか、中からは人の喧噪が聞こえて来る。
近くの酒場前でふらふらしている男が居たので、近寄って声を掛けてみる。
「マーラの宿を探している。場所を尋ねたい」
「む、むぅかいの建物、で、ありゅます! 騎士様殿!」
すると男は目をしばしばさせて呂律の回らない口調で向かいの建物を指差す。礼を言ってから向かいの建物に入るとドアベルがちりんと鳴り、正面のカウンター奥から中年の男が現れる。男はこちらを見て目を見開くと慌ててこちらに駆け寄って来る。
「これはこれは、騎士様! この様な場末の宿へどういったご用件でしょうか?」
「うむ、一泊頼む」
「え?! お、お泊りになるんですかっ? うちへ?!」
宿屋の主人は吃驚して、少し声が裏返っていた。この恰好はやはり何処ぞの騎士に見えてしまうのだろう。肯定の意を示すと、主人はおっかなびっくりといった感じで部屋の鍵を渡してくれた。
一泊の宿代は1セク、銀貨一枚だった。飯炊きに使うようの薪は別料金でこれも1セクと言われた。この薪は自前で持って来た食材を厨房を借りて自炊する場合に使うそうだ、いわゆる木賃宿だ。食事付きの概念は日本でも江戸時代以降らしいし、西洋は食事はもっぱら別料金が基本らしいので、こんなもんだろう。
カウンター横にある階段を上って二階へ行く。割り当てられた部屋に入ると、そこには簡素な木のベットに薄い大きな一枚布が掛けられているだけで、他には小さめの木窓が一つあるだけだった。渡されたランプを木窓の縁に置き、ベッドに腰掛けて一息つく。
体力的には特に問題ないが、精神的にかなり疲労した一日だったなと、そう一人ごちる。
飯も何も食べていないが、特にお腹が減ってるという感じもしないし、色々とよく判らない身体だ。もしかしたら寝なくてもそれなりに活動できるのかも知れないが、今日のところは一旦寝る事にしよう。
寝るにあたって問題になるのは寝込みを襲われる事だろう、この宿にはセキュリティーなんて有って無い様なものだ、甲冑を脱ぐのは不味い。
とりあえずランプの灯りを消して、ベッドに腰を掛け背中を壁に預ける。腕組みをして眼を閉じる。
眼がないのにどうやって閉じてるんだ? そんな事を一人で突っ込みつつ、その夜は更けていった。
なろう勝手にランキングを下部に設置してみました。
踏むとこの小説の戦闘力が上がるそうです。
誤字・脱字等ありましたら、よろしくお願い致します。