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骸骨騎士様、只今異世界へお出掛け中  作者: 秤 猿鬼
第二部 刃心の一族
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エツアト商会襲撃2

「何だコイツ! 魔法師か!?」


 チヨメの放った忍術である水狼は、衛兵の振るう剣を掻い潜り大口を開けて手足に噛み付き、大きな穴を穿たれた衛兵達は悲鳴をあげて転げ回った。

 時折彼らの剣が水狼を捉えるが、水で形作られた身体には通常の剣では効果がないのか、刃は素通りしてしまっている。


 その様子を後ろから駆け付けようとしていたアリアンが動きを止めて、チヨメを凝視するように固まって見ていた。

 彼女の表情は不気味な仮面で覆われていて見る事は叶わないが、驚愕しているような雰囲気はなんとなくだが伝わってくる。

 しかしそれもほんの束の間で、すぐにチヨメの後を追って混乱した衛兵達に突っ込み、二人で協力して次々と負傷した衛兵に止めを刺して行く。


 一応彼ら衛兵は賊の捕縛や治安の維持を仕事としていて、その責務を果たそうとしているだけなので少し心中複雑な気分だ。

 ただ目の前にいる山野の民への人間の仕打ちを見ていると、人の言う罪とはかなり曖昧でその時の価値観で大きく様変わりするものだと妙な感慨に浸ってしまう。


 そんな余計な思考を振り払い、あまり時間のない現状を思い出して、奴隷の解放に勤しむ。

 檻の中には二十人程いたが、ようやく全員の鎖を断ち切る事ができた。


 しかし檻はまださらに奥にも幾つもあり、囚われた山野の民はかなりの数のようだ。


 他の檻も先程と同様、力でこじ開けて中に入り、持っている剣で次々と鎖を断ち皆を解放していく。それらの手伝いを解放した山野の民達も率先しておこなってくれるおかげで

先程よりも早いペースで檻の中の彼らを解放する事が出来た。

 奴隷商の人間や衛兵達も増えて来たが、さすがに身体能力が高い種族だけあってか、衛兵達が手にしていた武器を奪った者達はアリアンやチヨメと合流すると、瞬く間にそれらを撃退していった。


 その間に助けた山野の民もすでに七十人近い数になり、後方から迫る衛兵達と戦う者、先に進みながら他の同胞達を助ける者などかなりの人数が参戦している。

 先程から此方に駆け付けてくる衛兵の数が増えてきている、この建物が建つ敷地外は既に包囲されてしまっているのだろう。

 ただ屋内では接敵できる人数は限られてくる為、身体能力が高く個々の戦闘能力の高い山野の民が圧倒的に有利な状況となっている。


 恐らく王国軍が来ても数の力を活かせない屋内でのゲリラ戦なら当分は持ち堪える事が出来るだろうが、彼らが痺れを切らして魔法攻撃による面制圧に入れば建物ごと一網打尽にされかねない。

 あまり悠長に構えているわけにもいかない。


 檻の破壊を最優先にして中にいる彼らの救出は他の者に回し、他に山野の民がいないか建物の奥へと進んで行く。


 やがて奥に大きな門のような扉が見え、そこに複数の門番らしき男達が此方を睨み付けるようにして立っていた。

 その中の一人、大柄な男の腕の中で二人の子供が首に腕を絡められて、苦しそうにもがいていた。子供の頭には人とは違い、垂れた犬のような耳と兎のように長い耳があり、襤褸切れのような服を着た少女達だった。


「テメェ! ふざけた格好しやがって! 知ってるぜ、お前ら”解放者”って獣野郎だってな!? コイツらがどうなってもいいのか? ん?」


「我は解放者ではない、我はアーク。子供達を解放してやってはくれんか?」


 胸を反らし堂々と名乗りを上げて子供達の解放を要求してから、自分の言動にはたと気付く。

 ───しまった、わざわざ仮面で顔を隠しているにも拘らず、自ら名乗ってしまっていた。

 自分の迂闊さに内心頭を抱えていたが、対面していた相手の方はむしろ人質が効果を示したと思ったのか、大柄の男は下卑た笑みを浮かべながら二人の少女の首に絡む腕に一層力を込める。


「うっせぇい! だったら抵抗すんじゃねぇ!! いいか! 大人しくしてろよ!」


 男が唾を飛ばしながら怒鳴ると、周囲の男達がにやつきながら武器を構えてじりじりと包囲を狭めて来る。

 包囲してきた男達との距離があと一足程の距離に迫ると、大柄な男の表情が勝利を確信したのか、一気に口角が引き上げられた。


 包囲した男達が一斉に武器を振り下ろそうとした瞬間、【次元歩法(ディメンションムーヴ)】を発動させて大柄な男の背後へと転移する。

 そして目の前にいる男の頭を両手で掴み、一気に後ろへと振り向かせるように捩じる。


 骨が砕けるような鈍い音と共に男の頭が真後ろに向き目が合う。

 大柄な男の瞳孔は開き驚愕の表情になるが、それは一瞬で失われ、首から下の筋肉が弛緩したのか、抱えていた子供達を取り落としズボンの中に汚物を垂れ流し始めた。

 それを無造作に壁際に放り投げると、まるでおもちゃの人形のように床に蹲る。


 男の腕から解放された少女達は首を押さえて一頻り咳をし、呼吸を整えると此方を少し怯えた瞳で見上げてきた。


「少しだけ目を瞑っていなさい。怖い事はすぐに終わるからな」


「きゅん」


 柔らかな髪に覆われた頭をそっと撫で話し掛けると、五、六歳の少女二人は首元から覗くポンタを不思議そうな目で見た後、小さく頷き自分の小さな手の平で両目を覆って、その場で静かに座って待つ姿勢をとった。


「クソッ! 何しやがった!?」


 先程まで余裕の笑みを浮かべて包囲していた男達が振り向き、仲間がやられている事に動揺の色を隠す事無く狼狽していた。

 その隙を突いて男達に向って駆け出し一気に距離を詰める。


 力加減をしながらも振り抜く拳が男達の顔面や胸部などに炸裂し、骨が砕ける音が響き、男達の悲鳴が周囲に反響する。

 十秒も経たずにそこには頭や胸が変形した複数の男が転がっていた。


 惨殺死体よりも撲殺死体の方が幾分マシかと思ったが、あまりそうでもないようだ。


 約束を守ってしっかり両目を覆っている少女二人の元へ戻ると、驚かせないようにそっと声を掛ける。


「もう目を開けても心配ないぞ。怖いおじさんはいなくなったからな」


 そう言いながらも、鳥の羽で装飾された四角い鬼のような仮面をした人間の言う事ではないなと内心一人で自嘲していると、聞き慣れた声が後ろから掛かった。


「アーク、向こうはもうだいぶ片付いたわ。あとはこの奥だけ?」


「アーク殿、お待たせしました」


 もう一人の仮面のお化けであるアリアンが増えて、さすがに動揺したのか再び怯えた瞳になったが、その後ろから忍び装束に身を包みながらも猫耳と尻尾を生やした同胞の姿を見て少女達に少し安堵の表情が戻った。


「後はここを制圧した後、転移魔法で脱出だな」


 これからの段取りを確認がてら口に出し、奥にあった大きな扉を開ける。


 中は少し小奇麗な屋敷内のような雰囲気で、見栄えの良さげな調度品などが置かれ、大きなテーブルや椅子などが並んでいた。

 客との商談をまとめる為の部屋なのかも知れない。


 そんな屋内の様子を見回していると、二人の少女が小走りに部屋の横手にあった扉へと入って行く。

 チヨメはそんな二人を追って行き、自分とアリアンもその後に続いた。


 しばらく廊下を進み、もう一つの扉を開けると部屋の中の饐えた臭いが鼻を突く。

 湿気を帯びた空気と草の枯れたような臭いが混ざった室内には多数の山野の民がほぼ全員裸の姿で鎖に繋がれていた。

 中には大きなお腹を抱える妊婦らしき女性も多数いて、此方を覗うような視線が多数向けられ、それらには怯えを含んだ空気が見受けられた。


 先程の少女二人はそれぞれお腹の大きい襤褸切れを纏った女性の元へと駆けて行き、静かに抱き合って頬を合わせて涙ぐんでいた。


 ここは獣人の繁殖施設なのだろう──。


 獣人を繁殖させて、生んだ子供を奴隷として売る──。果たしてそんな事をして採算が合うのか甚だ疑問だが、この商会の規模とこの狭い施設を見回した限りの推測では、ここは実験的な施設なのかも知れない。

 ただ見ていてあまり気分のいい物ではない事だけは確かだ。


「アリアン殿、屋内で身に纏えそうな物をお願いする」


「……ええ、わかったわ……」


 この光景に言葉を失っていたアリアンにそう呼び掛けると、彼女は踵を返して部屋を後にし、囚われた彼女達の衣服を探しに出ていった。

 チヨメは暫し眉間に皺を入れて瞑目していたが、やがて心を落ち着かせたのか、普段の抑揚のない調子を取り戻していた。


「ボクは錠前破りも一応心得ています、早く此処から脱出しましょう……」


「そうだな」


 チヨメは鎖に繋がれた女性の足枷の前に膝を突くと、懐から小さな金属の引っ掻き棒のような物を取り出し、それを鍵穴にあてがい弄ると数秒後にはガチャリと音がして足枷が外れていた。


 自分もそれに倣い、近くにいた犬耳を持った男に嵌められていた足枷の鎖を剣で断ち切る。両手剣なので取り回しがしづらく、これとは別に切れ味のいい短剣が欲しくなる。


 やがて部屋内にいた者達全員の手足の枷が外れた頃になってアリアンが戻って来た。


「服はあまりなかったわ、悪いけどこれで我慢してもらうしかないわ」


 そう言って彼女が手に持った布地の束を見せる。

 広げて見ると一枚の大きな布で、ベッドシーツやカーテンのようだったが、何も身に着けずに裸でウロウロするよりは随分マシな筈だ。

 それらをアリアンと協力して助け出した人達に配っていく。


「アーク殿、最初にここの人達を城外に脱出させましょう」


「うむ、では先程のホールのような部屋を基点としよう」


 此方の言に従ってチヨメは中にいた人達を誘導してホールの一箇所に集める。

 集められた人々はこれから何が起こるのかと、少しざわついていた。集められた中心に立つ自分は準備が出来たのを確認していつもより少し力を籠めて魔法を発動させる。


「【転移門(ゲート)】」


 魔法が発動するといつもより大きな光の魔法陣がホールの床に展開され、薄暗かった室内がその光によって照らし出された。

 その光景に集められた人々の身体が強張り、頭に乗った獣耳が警戒の為かピンと立ち上がり何か言葉を発しようとした。


 しかし、その時にはすでに周辺の景色は闇色に暗転したと同時に、一面月光に照らし出された草原に皆が立ち竦んでいた。

 風が草を波のように揺らし虫の音を運んでくる。少し離れた南の方角に王都オーラヴの姿がぼんやりと広がっているのが見える。

 昼間に露店で仮面を購入した後に脱出先の場所として下見に来ていた場所だ。昼間と違って王都の全景はよく見えないが、それでも他の街よりは明かりが多い。


 周囲にいた人達はようやく事態を飲み込み始めたのか、歓喜する者や、涙ぐむ者、チヨメに説明を求める者など様々だ。

 ただ全身外套姿に怪しい仮面姿の人物二人の周辺には、奇妙な空間が開いており誰も声を掛けようとはして来なかった。


 そこへ先程助けた兎耳の少女を連れて、母親らしき女性が静かに近づいて来たかと思うと、目尻に涙を溜めた表情で頭を下げ、「ありがとうございます」と微かに嗚咽の混じる声で丁寧にお礼をされた。


「うむ、娘を大事にな……」


 怪しい四角い鬼仮面のまま重々しく頷き応えていると、こちらの集団に幾つかの影が近づいてくるのが見えた。

 月明かりのみであまりはっきりとは見えないが、チヨメと同じような忍者装束に身を包んだ者達で、頭の上には猫耳が見える。

 チヨメが代表として彼らに接触して何やら話し込んでいたが、話しが済んだのかこちらに振り向きいつもの抑揚の少ない口調で皆に聞こえるように告げる。


「彼らがここから隠れ里に案内します。彼らの指示に従って下さい」


 その声に互いに顔を見合わせた後、皆ぞろぞろとチヨメの仲間であろう猫忍者について歩き出した。


「後の事は彼らに任せましょう。ボク達は戻り次第、他の救出です」


「承知した。では飛ぶぞ!」


 転移魔法の【転移門(ゲート)】を軽く発動させて、先程記憶しておいたエツアト商会の奥のホールを座標にする。

 幾分小さ目に展開された魔法陣が光り、一瞬の後、座標に指定していたホール中央に戻ってくると、幾人かの山野の民が武器を手に持って、何か探すかのように周辺を探索していた。


「うおっ!? 誰だ!」


 その彼らはいきなり部屋の中央に三人の怪しい人物が現れると、皆一様に驚き声をあげて警戒の表情になるが、檻から解放して回っていた怪しい三人組だと知れるとすぐに警戒を緩めた。


「すまん、アンタらだったか。……ところでこの辺に閉じ込められていた同胞の行方を知らねぇか?」


 一人の垂れた犬耳を持つ中年の男が周囲の者達の代表として前に出ると、自分達の探していたものの所在を尋ねてきた。


「彼女達は先に城外へと脱出させました。今はボクの仲間達と隠れ里へ向っています」


 チヨメは口元を覆っていたマスクを下し、簡潔に答えた。その答えを聞いた周囲の男達は胸を撫で下ろすかのような表情になった。


「ところで救出作業と衛兵達とはどうなっていますか?」


「檻からは全員出た。鎖はまだ半分ってとこだ。衛兵はもう殆ど散発的になって建物の周囲を固めてるだけだ」


 チヨメの質問に犬耳の中年男も聞かれた事を簡潔に答えた。

 それに彼女は軽く頷くと、視線を此方に投げて促してくる。

 此方もそれに頷き返し、また先程と同様に【転移門(ゲート)】の魔法を発動させた。


 辺りの景色が一変し動揺する彼らをチヨメの仲間に任せ、草原に置いてすぐにまた戻ってくると、正面の大扉を開けて檻が立ち並ぶ部屋に再び入る。

 そこには檻から出た山野の民がかなりの人数が屯していて、皆自分達の足枷の鎖を切ろうとする者や、散発的にやって来る衛兵を撃退する者達が入り乱れていた。


 既に建物内に残されたのは山野の民ばかりで、奴隷商の人間や衛兵達の姿はほぼなくなっていた。やって来る衛兵達も時折攻撃を仕掛けてはくるが、すぐに撤退しているところを見ると(じき)に総力戦か持久戦に切り替わるだろう。


 あまり時間も残されていなさそうだった為、集団の中に入り込み【転移門(ゲート)】を発動させて騒いでいる者達をそのまま草原へと転移させていった。

 それを何往復かするとようやくエツアト商会にいた百人以上の山野の民達の脱出を終える事が出来た。


 皆あまりの事態に混乱、驚愕、感謝と周囲を取り囲む彼らにいちいち相槌を打ちながら、こんな事なら【転移門(ゲート)】で檻ごと草原まで転移すれば早かったなと項垂れる。

 しかしそれをやると、商会内で消えた檻がこの場所で見つかるのもあまり宜しくない気もするので、それも躊躇われる。


「あとは手筈通りね」


 そんな不毛な過程の再検証をしていると横から鳥仮面を脱ぎ、外套のフードを下したアリアンが王都の方角を見詰めながら呟いた。

 その言葉に頷きながら、頭の隅の思考を追いやる。


「では暫し行って来る」


 【転移門(ゲート)】を発動させて単身エツアト商会へと戻る。

 商会の中にはもう既に誰もおらず建物全体が不気味に思える程に静まり返っている。


 建物内をとりあえず見て回り、人影がない事を確認して魔法を発動させた。


「【岩石鋭牙(ロックファング)】!」


 魔導師職の中級範囲魔法を発動させると、建物の地面を突き破り鋭角な牙のような岩が幾つも生え、その勢いで天井を次々と撃ち抜き範囲全体の二階の床が上から降り注いだ。

 派手な地響きと破砕音が辺り一帯の空気を震わせ、建物全体も軋む。


 そこに追い打ちとばかりに【岩石弾(ロックバレット)】を連射し、庭を挟んだ向かい側の柱を次々と撃ち抜いていく。まるで榴弾砲を浴びたかのように柱は木端微塵に吹き飛んでいくとやがて建物が自重を支える事が出来なくなったのか、ミシミシと軋む音が大きくなり、やがて決壊したかのように建物が崩壊し始めた。

 それは連鎖的なドミノ倒しのように、繋がっているエツアト商会の建物全体を巻き込みながら此方へと迫って来る。


 それを最後に確認した後、【転移門(ゲート)】を素早く展開させると王都外にある草原へと戻ってきた。


 建物の崩壊時に被った土煙を手で払っていると、後ろからチヨメが声を掛けて来た。


「アーク殿、この度はご尽力感謝致します」


 後ろを振り向くとチヨメとその仲間である忍者の幾人かが此方を向いて立っていた。その中には見覚えのある姿もあった。

 チヨメと同じく黒い忍者装束に身を包み頭からは可愛らしい三角の耳が見える。しかしその身長はニメートル三十余り、全身を鋼の筋肉に覆われ、まるで世紀末覇者のような雰囲気を漂わす男がチヨメの傍に立っていた。


 昼間の王都で見掛けたターバンの男に違いない、これ程特徴的な雰囲気を放つ者がそうそういるとは思えない。


 チヨメの紹介では刃心(ジンシン)一族の六忍の一人、ゴエモンだと言っていた。

 たしかに彼なら商会の門どころか、建物をその拳だけで叩き潰しかねない。


 ゴエモンと呼ばれた男はそのごつい腕を差し出し、無言で握手を求めて来た。此方もただ頷きその握手に応えたが、その後彼は無言のまま右の上腕二頭筋を盛り上げて見せた。

 意味は判らなかったが、一応上腕二頭筋を強調するポーズで返すと彼は満足げに頷き立ち去って行った。


 仮面を脱いでアリアンに意味を求める視線を送ったが、彼女はにべもなく頭を左右に振っただけだった。

 そんな雰囲気を意にも介さず、チヨメが少し明るい声で礼を述べてきた。


「アリアン殿、アーク殿、今回はご助力誠にありがとうございます」


「気にしないで、あたし達にも目的があったしね」


「うむ、我も望んで手を貸したのだ。それよりこれから何処へ行くのだ?」


 一応今回の件はチヨメから情報提供という報酬を受け取るという形で手伝ったのだ。

 チヨメは後ろを振り返り、夜の地平に横たわる黒い山並みを仰ぐ。


「ボク達はこれからカルカト山群の奥にある隠れ里へ向かいます」


「南大陸に渡ればあなた達の同胞が築いた大きな国があるわよ?」


 アリアンはそんなチヨメにここ北大陸とは別の大陸の話を持ち掛けた。

 ただ向き直ったチヨメの表情は少し寂しげに眉尻を下げていた。


「はい。ただ海を大勢で渡るのも難しいですし、ここの気候が合うという人も多いので」


 確かに今カルカト山群へ向けて歩き出している、今回王都から助け出された彼らの人数はいつの間にか二百名以上に膨れ上がっている。

 他の同時襲撃した場所からの救出者達もここで合流している。

 さらにこれから向かう隠れ里にもかなりの人数が暮らしている筈だ、交通手段が限られるうえに、傭兵団の奴隷狩りに狙われながらの移民など並大抵ではないだろう。


「せめて社の場所が判ればいいのですが……」


「?」


 チヨメはそんな彼らを見つめながら独り言を漏らすが、先の不安を振り払うかのように頭を振って視線を此方に戻した。


「いえ。それよりも、お二人に報酬をお渡ししなければなりません」


 チヨメは少し居住まいを正すと、静かに話題を変えた。

 その言葉に自分とアリアンの視線が自然とチヨメの瞳に向く。


「御二人方の探しているドラッソス・ドゥ・バリシモンという名の者ですが、その名は神聖レブラン帝国に所属する子爵の名前です」


 草原に走る風の音がより一層大きくなり、外套を大きくはためかせた。


 ───どうやらローデン王国内だけで済む話ではなくなったらしい。

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