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骸骨騎士様、只今異世界へお出掛け中  作者: 秤 猿鬼
第二部 刃心の一族
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企みごと1

 この部屋に訪れる者などそう多くはない、中へと促す返事をすると何時もの見慣れた灰色の外套を纏った人物が扉を開けて入って来た。

 外套の上からでもわかる大きな双乳を揺らしながら入って来たその人物は、部屋の中の椅子に腰掛けてポンタにドライベリーをやっていたチヨメと視線が合った。


 二人の間に暫しの沈黙が訪れるが、どちらともなしにアリアンは外套を脱ぎ、チヨメは今迄被っていた大きな帽子をとった。


 アリアンはその特徴的なダークエルフ特有の薄紫色の肌と尖った耳を晒し、チヨメは黒髪の上でピクピクと動く猫耳を覗かせて見せた。


「紹介しようチヨメ殿、此方が我が協力しているエルフ族のアリアン殿だ」


 アリアンは少し会釈した後、視線を此方に寄越して問い質すように金の双眸を細めた。


「アリアン殿、此方は以前話したディエントで情報を貰った刃心(ジンシン)一族のチヨメ殿だ」


「はじめまして、アリアン殿。刃心(ジンシン)一族のチヨメです」


 チヨメはそう言って膝の上に乗っていたポンタを床に下し、椅子から立ち上がってアリアンに右手を差し出した。

 彼女の黒い猫耳が探るようにピクピクと動いている。

 アリアンも右手を出して、その差し出された右手を取り挨拶を交わす。


「アリアン・グレニス・メープルよ。情報提供には感謝しているわ」


「メープルの戦士ですか……、カナダ大森林内でも精鋭と聞きました」


 アリアンの右手を握り返し、チヨメの蒼い瞳が感心の眼差しで向けられる。

 どうやら忍者一族はエルフ族の情報もある程度持っているようだ。


 アリアンも少し驚きの表情で目の前の小柄な忍者少女を見詰め返している。


「それで、此処にチヨメちゃん? がいる理由を話してくれるのかしら?」


 彼女は大きな胸を逸らし腰に手を当てると、此方と小さな背格好のチヨメを交互に視線を注いでいる。

 チヨメは見た目は子供だが言動は大人と変わらない為、”チヨメちゃん”という呼び方には若干の違和感を感じるが、当の本人は左程気にした様子もない。


「その前にまずはアリアン殿の方の情報収集の成果を聞いてもよいか?」


 アリアンからチヨメに関しての説明を求められるが、彼女の情報収集の成果によっては今回の話が全く変わってくる可能性がある。

 するとアリアンは途端に不機嫌そうな顔になり、眉間に皺を寄せた。


「さっぱりだったわ……。街中を外套を被って歩いているだけなのに、どうしてか変な男が引っ切り無しに寄って来て──、おかげで情報収集どころじゃなかったわ」


 盛大に溜息を吐いて、愚痴を零すと疲れたような顔になる。

 大きく肩を竦めたその動作は、彼女の大きな胸を揺らしてその存在感を主張してくる。

 恐らく外套を着ても存在感を示す彼女の胸が、男という蛾を集める誘蛾灯の役割を果たしていたのだろう。

 アリアンと一緒に歩いていた時には、特に声を掛けられたりした記憶が無いところを見ると、自分が虫除けの効能を発揮していたのかも知れない。

 男としては気持ちが解らないでもないので、そこは曖昧に相槌を打っておく。


「我の方は二つの内の一つ、ランドバルトの情報は入った。そして残りのバリシモンに関してなのだが……」


 そこまで言うとチヨメが自ら前に進み出て、話を引き継いだ。


「そこからはボクがお話致します……」


 淡々とした表情でチヨメは先程自分との間で交わされた話をアリアンに話していく。

 アリアンもそれを瞑目しながら静かに耳を傾けていた。


「あたしは別に構わないわ」


 チヨメの一通りの説明が終わると、特に深く熟考する事も無く開口一番、アリアンはそう言ってチヨメ達の奴隷解放戦に参加する事に賛同の意を示した。

 それには依頼を持ち掛けた当のチヨメ本人を驚きの表情に変えさせていた。


 自分の事を棚に上げるような恰好だが、それ程あっさりと決めてしまっていい案件ではないように思うのだがいいのだろうか。

 チヨメ達のような山野の民、人族からは獣人と呼ばれる種族にはエルフ族のような条約すら無く、人類国家にとっては彼らを奴隷として扱う事は法律違反にはならない。

 人権など無く、ほぼ動物と同じ扱いらしい。しかもこんな時代に動物保護法など望むべくもない。


「別に今回の一件にはアークが関わる事もないわ。あたしが決めた事よ……」


 思案に耽っていると、努めて冷静な口調でアリアンが告げた。

 雪のように白く長い髪を翻し、長い睫毛をのせた瞼が開き金の瞳が此方をじっと見据えている。その表情には憂いを帯びているように見えた。

 そんな彼女の言葉を受けて、黒猫忍者の耳が微かに動く。


「同胞を奴隷として狩り立てられる思いは知っているつもりよ……」


 アリアンの言葉は宿の部屋に静かに響くが、そこには怒りの色を孕んでいる。


「我も手伝わないとは言っておらん。ただあまり目立つ行動は控えねばならん」


 その主な理由は自分の為でもあるが、エルフ族が今回の一件に関わっている事が表沙汰になれば今後さらに行動するのが難しくなる筈だ。

 現にホーバンでは警戒態勢が強くなっており、それが結果としてホーバン内に抱えた火種をさらに押さえ付ける原因になってしまっていた。


 アリアンも一応思う所があるのか、少し思案した顔で眉根を寄せている。


「ところで具体的にはどういった形で協力する事になるのだ?」


 ここで唸っていても埒が明かない。

 まずは此方がどういった形で刃心(ジンシン)一族のチヨメ達に協力するか、その内容次第で方策が変わってくる。


 水を向けたチヨメは此方とアリアンとを互いに視線を移すと、咳払いを一つした。


「ボク達がこの王都で一番大きな奴隷商に囮として襲撃を掛けます……」


 どうやら一番目立つ作戦のようだ。

 しかも一番大きい奴隷商を囮として……、まさか討死覚悟の作戦に協力を呼び掛けるとは思えないが……。


「チヨメ殿、囮とは?」


 努めて冷静な口調で作戦の概要を彼女に問い質す。

 アリアンも同じ箇所が気になっていたのか、静かに耳を傾けている。


「そのままの意味です。この王都で一番大きな奴隷商であるエツアト商会は中央との繋がりも強く、恐らく襲撃を受ければすぐに衛兵達が集まる事になる筈です。最悪の場合は王軍も駆けつける可能性があります」


「続々と衛兵が集まれば捕まっている其方の同胞の逃走もままならなくなるぞ?」


 アリアンも同意見なのか、首を縦に一つ頷く。


「エツアト商会に囚われた同胞達は一応解放はしますが、逃げ延びるのは至難でしょう。しかし他の同時に襲撃を掛ける四箇所の同胞達はその混乱の最中(さなか)に王都外に逃げる手筈になっています」


「同胞を囮に使って、他の者を逃がすと言うのか?」


 その余りにもな作戦内容に少し険のある口調がついて出る。


「全員を救う事は出来ません。百を助ける事に十の犠牲を払わなければならないと言うのなら、ボクはそれをするだけです」


 真っ直ぐに見返してくる蒼い瞳の奥は、僅かにだが揺れているのが見える。

 手練れの忍者と言っても、見た目はまだ十三、四歳の少女だ。同胞を犠牲にして行われる作戦に何も思う事がない訳では無いだろう。

 それでも必死に顔を上げて前を見ている、自分達の境遇に嘆くのではなく精一杯抗いながら生きている。


 思わずその彼女の頭に手を乗せて、その小さな身体に圧し掛かる重圧を払うように柔らかな黒髪を撫でる。

 足元ではポンタもチヨメの足に擦り寄り、首筋のふわ毛を擦り付けて慰めている。


 自嘲の笑みが漏れる。


 少しぐらい目立つ事がなんだと言うのだ──、彼女の笑った顔が見たい、理由などただそれだけで充分の筈だ。

 自分の持つ力でそれが叶えられるのなら、少々人族の国でお尋ね者になるぐらい、どうと言う事はないだろう。

 そうなればエルフ族の里で厄介になるのもいいし、山野の民に囲まれて暮らすのも悪くはない。何せ山野の民は全員獣耳(けもみみ)属性なのだ、日本のサブカルチャーを愛する者にとっては桃源郷だろう。


 自分の中でそんな言い訳を整理していると、アリアンが物言いたげな表情をして視線を投げ掛けて来た。

 その視線の意味は何となくだが解った。


 それに頷いて宿の部屋を眺め渡し、その風景を記憶に焼きつける。


「【転移門(ゲート)】!」


 魔法を起動させると足元に青白い光の魔法陣が浮かび上がり、宿の部屋の中にいた三人と一匹の足元に展開される。

 チヨメはその展開された魔法陣を見て驚きの表情をして顔を上げたが、次の瞬間には景色が一変して周囲は森の景色に変わっていた。


 目の前には岩を抱えるようにした大木が聳え、その周囲は開けた草叢になっている。

 その草叢の上には、この森の風景には合わないベッドと椅子が置かれていた。

 【転移門(ゲート)】の発動効果範囲にあった宿の備品まで一緒に転移してきたのだ。


 チヨメは辺りをキョロキョロと見回し、頭の上の耳が状況を把握しようと忙しなく動いていた。

 アリアンもまさかいきなり転移魔法を発動させるとは思わなかったのだろう、若干呆れた表情をして嘆息している。


 まずは今回の作戦で一番役に立ちそうな転移魔法である【転移門(ゲート)】を実演して、それを考慮して作戦を組み立て直す事から始めようと考えたのだ。


「チヨメ殿、今回の作戦、我らも喜んで力を貸そう」


「ここは……、いったい何処ですか?」


 此方の呼び掛けにようやくといった感じでチヨメはそれだけを口にした。


「今いるここは、アネット山脈の麓の森だな」


 彼女の質問に周りを見ながら答える。


「アネット山脈……、やっぱり。……アーク殿も時空忍術が使えたのですね……」


 答えを受けて改めて周りを見回していた彼女は小さく呟いた。


「? 時空忍術?」


「はい、初代ハンゾウ様も長距離を一瞬で移動する事の出来る、時空忍術を体得しておられたと伝え聞いています。アーク殿もお使いになれるのですね」


 別にこれは忍術ではなく、単なる転移魔法なのだが……。

 自分の知っている上級職の忍者には時空忍術のような物はなかったと思うが、此方に転移して来たと思われる者が皆自分と同じゲームをしていたとは限らない。

 それか単に転移魔法を時空忍術と呼んでいた可能性もある。


 名前も半蔵となると、かなりの忍者フリークなのだろうか。


「チヨメ殿の名は本名なのか?」


 少し疑問に思った事をチヨメに尋ねる。


「いえ、この名は一族の中で実力上位者である六忍が代々襲名する名です」


 チヨメは少し誇らしげに胸を反らして答えた。

 という事は彼女の名前の元となったのは有名なくノ一の望月千代女から付けられているのだろう。六忍いると言う事は他にも霧隠才蔵やら猿飛佐助もいるのかも知れない。


 そんな事を頭の中で思考していると、アリアンから声が掛かった。


「とりあえず続きは宿に戻ってからにしない?」


 たしかにここは魔獣などが徘徊している森の中だ。

 全員が手練れでその辺りの魔獣に引けを取ったりはしないが、こんな場所では落ち着いて作戦行動の練り直しも出来ない。


 先程と同じく魔法を発動させ、直前に記憶しておいた宿の部屋の風景を思い浮かべる。

 展開された魔法陣が眩く光り、ベッドや椅子と共に宿の部屋に一瞬で戻ってくる。

 ポンタは足元の草叢が固い床板に戻ったのを確かめるように、前足で床を叩いていた。


 チヨメも感心したように室内を見回し、魔法の効果の程を確かめるように頷いた。


「今回アークが手伝ってくれるなら、さっきの転移魔法が使えるわけだけど──」


 一旦言葉切ると、アリアンが「どうする?」と言った表情で此方を見てくる。

 その視線を受けて、それをそのままチヨメの方へと向ける。

 何せ今回の作戦の具体的な決行日時などは彼女しか知らないのだ。


「アーク殿のあれは魔法だったのですか……。あれが使えるなら──」


 視線を向けた先でチヨメは、腕を組んで何やらぶつぶつと小さく呟きながら今回の襲撃作戦に転移魔法を組み込む算段をつけている様子だったが、不意に顔を上げて先程見せた転移魔法に関して質問を投げ掛けてきた。


「アーク殿、先程の転移魔法とやらは何処まで飛ぶ事が可能なのですか?」


「今のところ我の記憶した特定の場所までなら何処からでも飛ぶ事が可能だ」


 【転移門(ゲート)】は今のところ距離による制限はない、いつでも記憶している場所へ一瞬で移動できる。

 これを使えば例え包囲された建物からでも安全に遠くの場所へと移動できる、これなら籠城して敵を引きつけてから脱出も簡単だ。


 チヨメはさらに転移魔法での転移人数の制限や、魔法行使の回数なども聞いてきたが、これは自分も不明瞭な点が多い為だいたいの推測を伝えておいた。

 ただゲームに準拠して考えるなら【転移門(ゲート)】を百回使ったところで問題はなく、消費魔力が【転移門(ゲート)】より多い【再生復活(リジェネティブ)】をあれだけ使っても平気だったのでその点はあまり心配はしていない。


 転移魔法の特性を一通り聞いたチヨメは少し高揚した表情になっていた。

 その後はチヨメとアリアンとを混ぜて奴隷商襲撃の計画案を再考する事になったが、大筋はほぼ変わらず、解放した同胞と籠城戦をする事になった。


「アーク殿、早速ですが今晩の襲撃計画の変更を仲間に伝えて来ます。それまで襲撃の準備をお願いします」


 チヨメは少し上擦った声でそう告げると、宿の窓から飛出して屋根に上がり、屋根伝いに駆け出して行った。


 その姿を見送りながら、飛び出す前に彼女が言い置いた言葉を頭の中で反芻する。


「アリアン殿……、計画実行が今晩だと聞こえたのだが……?」


「あたしもそう聞こえたわ」


 チヨメの姿はもう宿の窓から見た景色の何処にも見つける事は出来なかった。

誤字・脱字などありましたら、ご連絡宜しくお願い致します。

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