卑怯ではない、奇襲攻撃だ2
本日二話目の投稿です。
川沿いの道はお世辞にも整備された道という感じのものではなかった。
地面の土を踏み固めただけの様なもので、ただ轍が刻まれている事から馬車の往来がある事が窺えた。その道を河の下流方向に向かって【次元歩法】で移動している時だった。
視界の先に馬車と複数の馬が停まっているのを見つけたのだ。
ようやくこちらの世界の人間と遭遇する事になりそうだと思うと同時に、何やら雰囲気が非常に宜しくない気配がしてくる。
少し様子を探ろうと辺りが見やすい位置に転移して、そっと馬車付近を覗き込む。すると一人の大柄な男が護衛らしき男に向って剣を突き入れている所だった。周りにも同じ護衛らしき人物が物言わぬ者となって五人、地面に転がっている。盗賊と思しき者も複数転がってはいるが、今生き残っているのは六人の盗賊らしき連中と、二人の女性だった。この先の展開など、火を見るより明らかだ。
二人の女性を救出するには、人殺しに躊躇いがない荒くれ者六人を相手にしなければならない。さすがに真正面から出て行って「やめないか、お前達っ!」とは言えない。
自分の今の装備がゲーム時と同じように強力な能力であるなら真正面から挑んでも大丈夫だろうが、現実でそんな伸るか反るかみたいな方法では、万が一反った場合目も当てられない。
ここは確実に必勝の作戦、不意打ちでいくしかない。とりあえず最初の不意打ちでどれだけ人数を減らせるかに懸っている。しかし、勝算はかなり高い筈だ。何せ【次元歩法】で転移してからの攻撃だ。縮地も真っ青な初見殺し。まずは一番強そうな奴から倒す。
丁度視線の先では、目標の男がズボンを下ろして汚い尻をこちらに見せたところだった。
鞘から抜き放った剣、神話級武器【聖雷の剣】は樹木を軽く一刀両断する威力を見せた。大丈夫、の筈だ。
そして一気にその転移魔法で盗賊連中の背後をとった。
──結果から言えば奇襲は大成功だった。と言うより、圧倒的だった。
奴らがこちらを認識して行動を起こす前に四人を戦闘不能に追い込んでいた。そして逃げ出そうとした二人もあっと言う間に片付いていた。
最初は逃げ出した盗賊を討つつもりはなかった。しかし感情が戦闘体制に入っていると、逃げ出した相手を見た瞬間に思考より先に身体が動いていた。熊に背中を見せて逃げ出すと襲われると言う話は、熊に限った話ではなく動物全般の本能かも知れないと思った出来事だった。まさかあそこで【飛龍斬】で止めを刺すとは自分でも思っていなかった……。
しかし女性を助ける為とは言え、人を殺めたのに自分の手にも感情にもそれ程強い衝撃が残っていない。この身体の影響だろうか?
何か底知れぬ感情が覗きそうになりかけるも、決定的な何かが欠けている感じが込み上げてくる。
──いや、これは今考えても答えの出る問いではなさそうだ……。
それより、盗賊も無事に片付いたので女性を助けて、近くの街まで案内して貰わねば。
二人の女性は、少々目のやり場に困る恰好をしていたが、とりあえず安心させる為にも声を掛ける。
「大事ないか?」
そう言って二人の女性にいつもの様な調子で声を掛ける。そういつもの様にだ。
この恰好でゲームしている時に使っていた口調。
ロールプレイの時にはPC前で台詞を喋りながらキーボードを叩く、これが基本のプレイの仕方だ。ロールプレイヤー全員ではないかも知れないが、大方の人間はこういうプレイ、の筈だ……たぶん、きっと。
因みに自分のキャラ設定は、聖騎士の資格を得たものの、呪いで姿を骸骨へと変えられて、その呪いを解く方法を探して各地を放浪する旅人、四十代前半のナイスガイな武人……という設定だった。
二人の女性、いや栗毛色の髪をした方はまだ少女だ。盗賊の血を浴びて身体中真っ赤に濡れていて、茫然とした様子で佇んでいた。さすがにこれはちょっと可哀想だったか……。
侍女服姿の女性は二十代くらいだろう、赤毛の癖っ毛で襟足までの短めの髪型に意思の強そうなブラウンの瞳はこちらを真っ直ぐに見返してくる。胸の辺りを破かれたのか、手で胸を隠しているが意識もしっかりしている、返り血もあまり掛からなかったようだ。
「川で少し身体を洗ってくるがいい。我は賊の後始末でもしておこう」
「は、はい。ありがとうございます。さ、お嬢様あちらへ」
自分の言葉に侍女の赤毛の女性は、馬車に駆け寄って荷物から大きな一枚布を引っ張り出してくると、お嬢様と呼ぶ栗毛の少女をその布に包んで川の方へと手を引いて行く。
それを見届けた後、改めて辺りを見回す。
盗賊の遺体が全部で十体、護衛の兵らしい遺体が六体。酷い現場である。海外ドラマの科学捜査物での凄惨な事故現場を見てる様だ。馬は馬車に繋がれた四頭を除いて十二頭もいる。背負わされている荷物や馬具を見る限り、盗賊の持ち馬は六頭のようだ。
こういう時代の馬はかなり高価なはずだ。現代で言う所の乗用車みたいなものだ。盗賊達の馬六頭は貰って行って、売れば結構な路銀になるはずだ。あとは死んだ盗賊達から金やら武器を回収するかな。武器もこういう時代は高価な物のはず、なにせ金属の塊だ。
革鎧は大した金額にはなりそうにないので今回は破棄する事にした、だいたい大分傷んでる上に血痕が酷い。
とりあえず手近に転がっている盗賊の遺体を漁る。革の巾着袋の様な物が腰に括り付けてある。その革袋を外して中身を確認すると、百円玉くらいの大きさで銀色っぽいのが四枚、古い十円玉の様な色と大きさのが十五枚入っていた。どちらにも同じような紋章が描かれている。
これがここで使われている貨幣の様だ。銀貨と銅貨だろうか? 日本で見る硬貨に比べると作りが甘いとしか言いようのない感じだが、これはこれで味のようなものがある。
盗賊全員から金目の物は粗方頂戴したと思う。
盗賊の親分っぽい尻出し男は、金色の一円玉くらいの大きさの貨幣を六枚持っていた。金貨なのだろう、意外と金貨は小さいが見た目の割には結構重い。
盗賊十人全部で金貨六枚、銀貨三十一枚、銅貨六十七枚也。これが果たして多いのか少ないのか、物価がわからないので何とも言えない。
あとはそれぞれの剣が六本、殴打武器であるメイスの様な物が一本、短剣が三本だ。
盗賊の馬の後ろに括り付けてあった麻袋の中に武器を纏めて放り込む。
盗賊の遺体はまとめて街道脇の草地に積み上げる。こういうのは海外ドラマでの遺体解剖シーンとか見てると慣れるものなのだろうか? 自分でも不思議なくらい淡々としている。
遺体の山に【火炎】を連続で浴びせ掛ける。右手から繰り出される火炎放射器の如き火炎が容赦なく盗賊達の遺体を燃え上がらせていく。
こんなのでも灰になれば肥料として、多少は草花の役に立つだろう。
ふと見ると、燃え盛る炎の近くに銅貨が一枚落ちていた。
それを拾って炎の中に投げ込む、こちらに三途の渡し賃などという思想があるかわからないが、河原で交渉すれば一人くらい船に乗れるかもしれない。
炎と煙が立ち上るのを風上に移動してぼんやりと眺めていると、川の方から女性二人が戻ってくる所だった。
顔色は先程よりも少し良くなった様な気がする、栗毛のお嬢様はすぐに馬車の中に入っていった。侍女の女性は馬車の後ろに積んである革鞄を引っ張り出して着替えを取り出している。
「賊の遺体は焼いた、他の護衛達の遺体は如何様に?」
彼女に他の遺体の処遇を尋ねてみる。彼女は少し手を止めて思案顔をしてから、
「遺体は街道脇に、後程他の兵の方に引き取りに来て頂きます。武器と馬だけは持ち帰りますので、お手数ですが準備の方、宜しくお願い致します。」と、丁寧に頭を下げて返答してくる。
「了解した」
自分はそう短く返事を返して、護衛達の遺体を移動させに動く。
侍女は着替えを持って馬車に乗り込むと、中からカーテンを引いた。
護衛達の武器は別の麻袋に纏めて、馬車の後ろの荷物入れの中に放り込む。
しっかりとした馬具を載せた護衛の馬達は、盗賊の荷物にあったロープで馬車の後ろに繋いでみた。
盗賊の馬達は五頭をロープで繋ぎ、一番丈夫そうな馬に跨る。走らせるのは難しいが歩かせるくらいなら出来る、これでロープを引いて牽引すれば街まで馬を持って行く事ができる。乗った馬は自分が全身甲冑なのを少し迷惑そうな顔をして見返してきたが…。
しばらくすると馬車から着替えを済ました侍女が出てきた。
「この度は危ない所をお救い頂き、誠に感謝の念に堪えません」
侍女は軽く前で手を組み、深々と頭を下げてくる。
「なに、礼には及ばぬ。偶然近くを通りかかったまでの事。それよりも、次の街まで同道致そう」
少し渋めの偉そうな感じで、しれっと自分の目的の街までの案内を織り込む。
「ありがとうございます!」
侍女の女性はこちらの思惑などに気付いた様子もなく、喜色を浮かべて再度礼をすると、いそいそと馬車の御者台に上る。
馬車が静かに動き出すと、自分の跨っている馬をその横に移動させてついて行く。他の馬もロープに引っ張られてトコトコとちゃんとついて来てるようだ。
空を見上げると日がかなり傾いていて夕闇になりつつある、後一時間もしたら日が完全に沈むだろう──。
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