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骸骨騎士様、只今異世界へお出掛け中  作者: 秤 猿鬼
第二部 刃心の一族
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ホーバン騒動1

「城に入っては困ると言われても、それではあたし達の目的は叶わないわ」


 アリアンは少し不機嫌な声色で、目の前で両手を広げて立つ小さな少年に向かって言い放った。


 たしかに、骨折の治療の為の報酬として抜け道という情報を売った当人が、その抜け道を使うなと言っているようなものだ。

 アリアンもエルフ族の戦士として与えられた任務をこなそうとしているのだ、あやふやな言い分では彼女が些か不機嫌になるのも頷ける。


「シル、理由を述べて貰えねば我らは当初の目的を果たすまでだ」


 天井の蓋を下し、階段に腰を掛けてシルに問い掛ける。

 シルは視線を(せわ)しなく動かし、どうするか迷っている様子だったが、意を決したのかぽつぽつと喋り始めた。


「ホーバンはもう随分と重税に苦しんできているんだ……。オレ達の父ちゃんも母ちゃんも無理が祟って病で死んじまった……。本当は近々この街で領民の一斉蜂起が計画されていたんだ……、けど決行目前になって別の領主が暗殺される事件が起きたらしくて、それから目に見えて街や城の警備が強化されちまったんだよ……」


 シルの話を聞いていたアリアンの金の双眸が泳ぎ、決まりの悪い顔をして顔を伏せてしまった。

 この街の異様な警備の強化体制はアリアンが起こした領主暗殺が起因だったのだ、もしかしたら領主はエルフ族の襲撃を恐れて人の出入りなどを監視しているのかも知れない。

 エルフ族を捕縛して売買していた領主が殺されたのだ、自分がエルフ族を買って手元に置いてる人物は当然警戒するに決まっている。


「その警備の強化に兵を大量に雇った金は、さらに増税して賄うって話まで出て来てるらしくて……。本当はここの抜け道も一斉蜂起の為に城の内通者から教えられたらしいんだけど、警備体制の変更でその内通者が手引きする事が出来なくなったんだ。本当なら人の力で持ち上がるような物じゃないんだけど……」


 彼は此方を上目づかいでちらちらと見て話しながら、何やら言い難そうにしている。


 確かに一斉蜂起前にこの抜け道から侵入して一騒動あれば、さらに警備が強化されたり、最悪この抜け道を塞がれたりするかも知れない。

 シルとしては抜け道は普通では使えない事を明かして、別の報酬なりを提示するつもりだったのだろうが、意に反して此方があっさり抜け道を使える事に慌てたのだろう。


 今回の一件、ディエントで領主暗殺事件を起こさなければ、この街で一斉蜂起が起きて領主が討たれ、囚われているエルフ族は解放されていたかも知れないのか……。


 アリアンに視線を向けると、ポンタを抱えて床に蹲ってしまっている。


 さすがに此方側にも責任の一端はあるので、両者の問題を一気に解決できれば言う事はないのだが……、そう思い頭を巡らせる。


「ふむ、では領民の一斉蜂起に紛れて我らも城内に侵入するというのはどうだ?」


 一斉蜂起の際にこの抜け道を使うという事は領主の打倒を目標にしているのだろう、ならばこの抜け道を使って一斉蜂起をしている間に此方は目的のエルフ族の探索をすれば問題ないはずだ。

 それに内乱のどさくさに紛れて目的を果たせば、追手が掛かる心配もなくなるだろう。


「あたしは別にそれでも構わないけど……、その蜂起とやらはいつ始められそうなの?」


 アリアンはようやく気持ちが持ち直したのか、腕を組んで一応の賛同をするが、蜂起の日取りに懸念を示した。

 確かに一斉蜂起の日取りが一月後などと言われてはさすがに困る。


「それはラブアットの親父に聞いてみない事には返事できないよ……」


 シルは申し訳なさそうな表情で俯き、言葉を零す。

 それは致し方ない事だろう、一斉蜂起の為の根回しや準備をシルのような子供が取り仕切っているとは思えない。

 ならば今回の内乱を起こそうとしている人物に確認を取るかしないと無理だろう、後はそんな人物がすんなりと怪しい二人組の申し出を受けるかどうかだが……。


 望みは薄い気がするな───。


 内心、独りごちるように溜息を吐く。


 シルの提案により、スラムで今回の一斉蜂起の取り纏めをやっているというラブアットという人物の元に案内すると言われたので、大人しくついて行く事になった。


 抜け道である壁を元に戻し、下水溝内の来た道を引き返して、橋台の袂まで戻って来た時には外はもう少しで日の入りの時刻になっていた。


 明かりの少ないスラムの暗がりの道を、シルの案内でついて行く。


 やがて周囲の建物よりは若干造りのいい小屋の前にまで来る。

 周囲の建物と違って、石垣の土台があり、その上に造りの頑丈そうな木造小屋の玄関扉を一定のリズムを刻んでシルが叩くと、扉が少し開き何事か小声でシルと話す。


 扉を開けた人物は胡乱げな目で此方を見たが、扉を開いて顎をしゃくり中へ入るように促してきた。

 それに従いアリアンと一緒に小屋の中に入る。


 小屋の中には数人の厳めしい顔した男達がおり、睨みをきかせている。部屋の中は薄暗く、奥のダイニングのような部屋に大きなテーブルが置かれ、そこに一人の男が腰掛けていて此方を窺うような視線を向けていた。


 三十代半ばくらいに見えるその男はざんぎりの茶髪と口髭、鍛え抜かれた腕にはいくつもの傷が見え、どう見ても農民などには見えない。

 食事中だったのか、麦粥のようなものが男の前に置かれていた。


「シル、ここに客人を呼ぶ時は事前に連絡しろって、言っといただろうが……」


 男は此方を一瞥した後、食べかけていた麦粥の匙を置き、脇に立っていたシルに視線を戻し話す。


「ごめん、ラブアットさん。でも急いでたから……実は──」


 シルが今迄の経緯を掻い摘んで話していくと、ラブアットと呼ばれた男は腕を組みながら静かに話を聞き入っていた。


「ほぉ、アークさんと言ったか? あの重石のような天井蓋を持ち上げれるとは並外れた膂力だな、それに骨折を治す程の治癒魔法とはね……。で、こちらの計画実行の際にその抜け道を使えるようにしてくれるって? 顔も見せない相手をどうして信用できると思うんだ?」


 ラブアットはさも可笑しそうに笑顔で此方に尋ねてくる。

 此方は全身鎧で兜すら脱がず、アリアンも全身灰色の外套を被り、口元まで布で覆っている姿なので胡散臭さしか漂っていないだろう。

 これで怪しむなとは口が裂けても言えない。


「我らは別に信用して貰おうと思ってはいない。今回の話が流れるなら此方はそれでも構わない。我らは単独であの抜け道を使って城に潜り込むだけだ……」


「何だとっ!?」


 此方の一方的な言い分に対して、小屋の中にいた厳めしい男達が殺気立つが、目の前のラブアットがそれを手で制した。


「あんたらは城の中に用事があったんだったな? まさかあんたら、エルフか……?」


 この言に後ろにいたアリアンが僅かに反応した。

 周囲にいた男達は何の事かわからないといった様子でお互いの顔を見合わせている。


「何故そう思うのだ?」


「少し前、ディエントの領主が討たれた時、犯人はエルフ族だという噂が一時期流れた事があったらしい……。あの事件以来、ここの領主は馬鹿みたいに見張りを置き一つの命令を下した。”エルフ族を領内に決して入れるな”ってな」


 どうやら領主には随分と警戒さているらしい。

 ラブアットは自分の推察を口にしたが、此方を見てゆっくりと息を吐き出した。


「いや、あんたらの正体や目的を探っても意味のない事か……。こちらも時間があまり残されていないからな……背に腹はかえられないか」


「ほぉ、時間がないとは?」


 腕を組み眉間に皺を寄せているラブアットに問い掛けると、彼は眉間に手をやり瞑目しながら口を開いた。


「もうじきこの街に王都から第一王子と第二王子がやって来る。そうなってから反乱を起こせば王軍が動いて、たちまち俺達は全員断頭台行きだ。王子達がこっちに来る前に事を起こさなければならんのさ……」


「反乱を起こせば結果は変わらんのではないのか?」


「……いや、今回の件は領主を先に討てばその後は何とかなる手筈になっている。王都の貴族様にも色々事情があるって話さ……」


 そう言いながらラブアットは口髭を撫で付け、口元を歪めた。


 なるほど、今回の反乱を裏で糸を引いている別の貴族がいると言うわけか。邪魔な貴族を排して自分に都合のいい者を置くか、自分の領地にするか、目的は知らないがどうやら権力抗争の一環というわけだ。

 今の領主が討たれた後、シルやシアの為にも少しはマシな領主が配される事を祈るだけだ。


「本当は王都の協力者から結構な戦力を預かれる筈だったんだがな……、つい先日その集団が魔獣に手酷くやられたらしくてな。抜け道が使えなければかなり分の悪い賭けになるとこだったのさ……」


「それは災難だったな。で、いつ決行するのだ?」


「明朝だな」


「随分と急だな、我らにとっては好都合だが」


「準備は既に整っていたんだよ、後は号令を下すだけさ。今から仲間に伝令を出す、城内の協力者も動いてくれるだろう。シルはアークさんを決行時間までに例の抜け道までの案内だ、忘れるなよ?」


「はい!」


 ラブアットに指名されたシルは威勢良く返事をして背筋を伸ばした。

 とりあえず自分とアリアンとポンタは決行時間までの間、時間を潰す事になった。


 街の中央大通りではまだ暗くなったばかりの時間帯では店に明かりが灯り、酒を飲む者や食事をする者、女に誘われて娼館に入っていく者など様々だ。

 ホーバンはエルフ族との交易を行っているリンブルト大公国とローデンの王都の中間程の場所にある為、エルフ製の魔道具などを王都に運ぶ交易路になっているこの街はエルフ製の水晶ランプなども多く普及しているのか、夜は他の街より明るく賑やかだ。


 そんな賑やかな店の一角、一軒の軒先で売られていたケバブのような肉料理を植物の大きな葉で作られた笹船のような入れ物に入れ、チャナ豆と呼ばれる見た目はひよこ豆の塩茹でを布袋に詰めて、それを持ってシルの小屋へと戻る。


「ふむ、シルの家はどっちだったか……」


 店で夕食用の食事を買って戻る道すがら、スラムの複雑に入り組んだ道で方向を見失い辺りを見廻す。


「こっちよ、アーク」


 それを後ろからついて来たアリアンがポンタを抱えて先に立って歩き出す。

 エルフ族は森の中でも方向を見失わない感覚を持っているので、街中で迷う事などないのかも知れない。

 いつもウメダダンジョンで方角を見失う自分には、まったく羨ましい限りだ。


「それにしても何だか大事になったわね……。あなたなら別に抜け道使わず城内に入れるでしょ?」


 先を歩くアリアンが前を歩きながら、そんな事を話し掛けてくる。


「大事になった責任の一端はアリアン殿にもあると思うがな」


「そ、それは! ……その、あたしも反省してるわ……」


 此方の少しからかい気味の返しに、彼女は返答に窮して尻すぼみになる。


「今回は内乱で領主が討たれるだろうが、此方のやる事は変わらぬ」


「そうね……、城内に囚われているだろう同胞を助ける。今回はそれだけよ」


 彼女の強い決意の言葉を聞きながら、やがてシルの小屋の前にまで戻って来た。

 小屋の中に上がりこむと、シルとシアの兄妹は少量の乾燥した豆のような物を食べているところだった。

 そんな二人に先程買って来た食事を出して、アリアンと食べるように勧めた。

 最初は渋っていたシルだったが、妹の回復を早める為にはきちんと食べる事が必要だと言うと二人はそろそろ手を伸ばし、美味しそうに頬張っていた。

 肉と豆ばかりで栄養に若干偏りがあるかも知れないが、乾燥豆と水だけよりは遥かに食事らしいだろう。


「よろいのおひさんはたべあいの?」


 肉を口に頬張りながらシアが首を傾げ、問い掛ける仕草はまるでハムスターのようで微笑ましい。


「我は先程店で馳走になったからな。遠慮せず食うがいい」


「うん!」


 シアの頭を撫でてしれっと嘘を吐く。

 人前で兜を脱ぐ事は出来るだけ避けた方がいい、この子達を信用していないわけではないが子供を無暗に怖がらせる事もないだろう。

 アリアンは視界の隅でチャナ豆を口に運びながら、此方にちらりと視線を送っただけで特に何も言わなかった。

 言いたい事は何となく察する事が出来る。

 ただし、寝るのに隙間風が気になると言って土と火の精霊魔法を使って焼き固めた壁を造りだし、周囲の建物より随分様になった物を見るとアリアンも人の事は言えない気がする。


誤字・脱字などありましたら、ご連絡宜しくお願い致します。

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