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骸骨騎士様、只今異世界へお出掛け中  作者: 秤 猿鬼
第二部 刃心の一族
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ホーバン訪問2

 自分とアリアンはそんな少年の後ろを追従しながら通りを歩く。

 方角としてはホーバンの街壁を飛び越えて来た南門側へと向かっているようで、来た道を戻るような格好だ。


 ホーバン領主城のある中央部から離れるにつれ綺麗な木造家屋はその数を減らし、段々と周囲が寂れた雰囲気になり始める。

 先を行く少年が足を止めた壁際にまで来た時には、周りは掘っ建て小屋が所狭しと建ち並ぶスラムのような場所へと来ていた。

 饐えた臭いに動物の腐敗臭のようなものが混じり独特の臭いが生成されていて、そのあまり衛生的とは言えない臭いに、後ろから付いて来るアリアンは外套の奥で顔を顰めていた。


「こっち」


 しかしそんな臭いにも慣れているのか、少年は手短にそれだけを言ってその狭い路地のような入り組んだ道を歩き、一軒の小屋に入っていく。

 隙間風が容赦なく入り込みそうな造りのその小屋は中に人が四人も入れば一杯になる程度の広さしかなく、低い屋根は屈んで入らなければならない程だ。


 小屋の中には襤褸切れのような毛布を被った一人の少女が寝ており、少年はその少女に近づくとそっと揺り起こした。


「……お兄ちゃん?」


 少年を兄と呼んだその少女は、その兄とさほど歳は離れてはいないようだ。

 少年と同じような黒髪だが、長く伸びて手入れのされていない髪はぼさぼさに荒れている。


「その怪我どうしたの? また衛兵にやられたの?」


 少女はその場でゆっくりと上半身を起こし、大きな黒目がちな瞳を少年に向けて、心配そうな表情で問い掛けた。


「これくらい何でもないよ。それよりお前の足を治してくれる人を連れて来てやったぞ」


 少年はぶっきら棒に答え口元の血を手で拭うと、後ろにいた自分達を紹介するために視線を此方に向けてきた。

 その少年の視線に誘われてようやく気付いたのか、此方を見た少女は怯えたような表情をして少年の影に隠れようとする。


「心配はいらぬ、領主の兵や騎士などではない。我はアーク、ただの旅人よ。後ろにいるのは旅の仲間だ。少し邪魔をさせて貰うぞ」


 少女に対して静かに口を開くと、後ろにいたアリアンも外套を目深に被ったまま僅かに会釈し、ポンタは彼女の胸の中でわさわさと尻尾を揺らしてみせた。

 そのポンタを見た少女が僅かにその表情を緩めたのが分かった。


「アークの旦那、妹の、シアの足を治してやってくれ。お願いします」


 少年は真剣な表情をして、額を床につけるように頭を下げた。

 それに鷹揚に頷きながら、一言断りを入れてからシアと呼ばれた少女の被っていた襤褸切れのような毛布を捲り足を見る。


 少女の細い足の脛には両足とも板切れが当てられ、紐で括り付けられていた。


「ここの爺さんに聞いたら、そうしないと治らないって聞いて……」


 横から妹の足を覗き込みながら少年は板切れの説明をする。

 添え木なのだろう、どうやら両足とも骨折のようだ。下半身不随なら治るかどうか判らなかったが、これなら中級職の司教の持つ回復魔法で充分だろう。


 少し足を持ち、そっと動かしてみると、シアは苦痛に顔を歪めて瞳に涙を滲ませた。

 どうやらまだ骨はくっついてもいないようだ。


「もう一月(ひとつき)近くにもなるのに全然治らねぇんだ……」


 少年が今にも泣きだしそうな顔をしながらも、それに耐えるように拳を握る。

 骨折を早期に治すにはたっぷりとした栄養を摂る必要がある、こんな場所に住んでいるところを見れば食事もあまり碌に摂れていないのだろう。


「任せておけ。【大治癒(オーバーヒール)】」


 右手をシアの両足に翳し、司教の持つ魔法スキルを発動させると、暖かな光が周囲に溢れ、それらの光が煌めきながら両脛に吸い込まれていくように消えていく。

 その幻想的な景色を兄妹はただ茫然と眺めていた。


 そんななか、後ろでその様子を眺めていたアリアンは溜息をして肩を竦めていた。


 もう一度シアの両足を持って上下に動かして見せると、彼女自身が信じられないといった表情で自分の足を触る。


「お兄ちゃん、足痛くなくなったよ……」


「本当かっ!?」


 少年が驚きの声を上げるなか、シアは嬉しそうに足から添え木の板を外して早速立とうとするも、力が出ないのかすぐに尻もちをついてしまう。


「まだ骨が繋がっただけだ。無理をするものではない」


 一月(ひとつき)近くほとんど動く事もなかった為だろう、筋力がかなり落ちているようだ。

 栄養も足りていないため身体全体も枯れ木のように細い。このままではせっかく骨折が治っても、すぐにまた何処か骨折してしまいそうだ。


「坊主、これで妹に何か精のつく物を食わしてやれ」


 そう言って腰に括り付けた革袋から金貨を五枚程出して少年に差し出す。

 一瞬少年は驚きの表情をとったが、すぐに何かを思い直し金貨から目を逸らした。


「オレは坊主じゃねぇ、シルだ! それにさっきも言ったけど施しは受けねぇって言っただろ?!」


「坊主、いやシル。その矜持は嫌いではないぞ。だが何が一番大切かをよく考えてから返事をする事だ。施しと思わず恩と考えろ、受けた恩は利子付きで返してやるというくらいの気概を見せてみろ。妹の為にもな」


 自分のお節介を正当化するための舌先三寸(したざきさんずん)だが、わりと説得力があるようには聞こえるだろう。

 シルは暫く黙考していたが、ややあってからきまりが悪そうに口を開いた。


「……わかったよ。でもせめて金貨じゃなくて銅貨にしてくれよ! オレみたいなのが金貨持って買い出しに行けないだろ」


 たしかに、シルの抗議はもっともな話だ。

 スラムの子供が金貨なぞ持ってウロウロしていれば絶好の鴨だろうし、ましてや店先などで盗難の嫌疑を掛けられかねない。

 いや、昼間の衛兵達なら積極的にそれをやりそうなきらいだ。


「おお、そうか。シルはしっかりしているな……」


 自分の浅慮を少し恥じ、シルを褒めると若干呆れた目で返された。


「……旦那が迂闊過ぎるだけじゃないの?」


 背中越しに聞こえるアリアンの忍び笑いを聞き流しながら、持って来ていた荷物袋の中からひとつの革袋を取り出して、それをシルに手渡す。

 以前宿に泊まった暇な時に、手持ちの硬貨を金貨、銀貨、銅貨に選り分けて三つの革袋に収めた内の一つだ。

 革袋はかなり中身が詰まっており、ジャラリと硬質な音をさせてシルの小さな手に収まると、その重さに目を瞠っていた。


「何枚入ってるんだ……これ……」


「たしか三百枚くらいだったか。なんなら銀貨も付けるぞ?」


 自分の手の平の中にある革袋を覗き込んで、喉を鳴らしていたシルに追加を提示すると、壊れたおもちゃのように首を振った。


「こ、こんだけあれば十分だよ! それに、もう少しの辛抱だしな」


 そう言って立ち上がると、小屋の片隅の床板を持ち上げて下の土間の土を手で丁寧に掃う。すると地面の中から埋まった木箱の蓋が姿を現した。

 シルがその蓋を取ると中には十枚程の銅貨が入っており、そこに先程渡した革袋を大事そうに仕舞い、また土の中に埋戻し始める。


 用心の為に普段から金品をあそこに隠しているのだろう。


 埋戻し終えたシルは、少し恥ずかしそうに目を伏せて「ありがとう、旦那」と小さくお礼を言って笑った。

 子供の笑顔を見るのは、何処の世界でもいいものだなと、改めて感じる。


「いい兄を持ったな、シアよ」


 シルの頭を少し乱暴に撫でながら妹のシアに笑い掛けると、シアも兄を褒められた事が嬉しかったのか満面の笑みで頷いていた。

 当人であるシルは恥ずかしいのか乱れた髪を直しながら抗議の声を上げていた。


「本当、アークってお人好しよね……」


 後ろで一連のやり取りを見ていたアリアンは少し呆れたような声を出していたが、その口元はすこし笑っていたのは見間違いではないだろう。


「では今度は約束の報酬を貰うとするかな」


 そう言ってシルの顔を見ると、その顔を曇らせて何か思いつめるような表情に変わる。

 もしかして抜け道があると言うのはデタラメだったのかと一瞬考えたが、シルは立ち上がって小屋の入口に向い、此方を促すようにしてくる。


「……抜け道に案内する。ついて来て……」


 小屋の外に出ると空は夕焼け色に変わりつつあった。

 そんななか、シルの先導でスラムの小屋が建ち並ぶ路地を抜け、しばらく進むと水位の低い小川に架かる石橋に出た。

 石橋の幅はせいぜい馬車二台も通れないくらいの幅で、だいぶ古びて苔むしているが造りが頑丈なのか、渡るのには些かも支障はなさそうだった。


「こっち」


 しかしシルの示した先は石橋を渡った先ではなく、橋を支える橋台の横手を下り、ちょうど橋桁の真下にくる場所だった。

 橋桁の真下まで行くと目の前の橋台には人が立って入れそうな程の横穴が開いていて、奥からは少し濁った水が流れ出して小川に注いでいる。その横穴の前には鉄柵が嵌め込まれており、ちょうど大きな下水溝のようだった。


 その下水溝の大きな鉄柵をシルは器用に捻ると、簡単に引き抜かれて丁度大人が入れる程の幅が開いた。

 どうやらここに出入りする為に予め取れるように細工してあったのだろう。

 しかし鉄柵二本では普通の大人は入れても、鎧騎士である自分には少し幅が狭いようで、引っ掛かってしまい先に進めなくなってしまった。


「アークの旦那、その嵩張る鎧は何とかならないの?」


 シルの若干の呆れ混じりの声を聞きつつ頭を捻る。


 とりあえず転移魔法を使わず穏便に済ませる為に、もう一本の鉄柵に手を掛けて力にまかせて引っこ抜いてみる。


「ふん!」


 気合を入れて力を籠めると、小気味いい音と共に特に抵抗も無く三本目が抜けた。

 それをシルは信じられないといった目で見ていた。


 その視線を流しアリアンと二人で中に入ると気を取り直したのか少し奥に進み、そこにあった窪みに隠してあったランプを引っ張り出してきた。

 本当に用意周到だ、何か別の目的の為に使っているのだろう。


「ちょっと待って火を付けるから」


 ランプに火を付けようとシルが火打石を出していると、横からアリアンが指をランプに差し出して短く呪文を唱えた。


『─火よ─』


 すると彼女の指先からライター程の小さな炎が立ち上り、ランプ皿に入った油に引火してランプに火が灯る。


「すごい、お姉さんも魔法使いだったんだ」


 シルは感心したように驚きの顔をして、声を僅かに弾ませる。

 アリアンはなんでもないという風に手を振りながら、下水溝の中を見回しシルに問い掛けていた。


「ここから領主の城まではどれくらいなの?」


「ん~、しばらく歩くかな。この辺はまだ臭いは無いけど、奥は覚悟してね」


 シルが不穏な一言を発してランプの明かりを片手に先を行き、ちょっとした地底探検の気分でいた自分は少し冷や水を浴びせられた気分でその後ろについて行く。

 一応下水溝の中には両端に人が一人歩ける程度の歩道がついており、下水の中に足を入れて進まないだけでもマシだと思うしかないだろう。


 下水溝内の壁はレンガのようなブロックで形成されており、天井には梁が等間隔で渡され、やや炭鉱の坑道のような雰囲気だ。


 その暗い下水溝内をシルの案内で右に曲がり左に曲がりと突き進み、構内の酷い臭いに鼻がやられてくる頃、ようやく前方を行くシルの歩みが止まった。


 そこは先程まで歩いていた排水溝内の景色と特段変わった様子は無く、辺りを見廻しても横道も何もなかったが、シルが徐にレンガの壁を拳で叩くと一部のレンガが外れ、その中に手を入れて何事か操作をした。

 すると何かの作動音と共に、一部のレンガの壁が重い音を立てながら横に滑り、ぽっかりと暗い横穴が姿を現した。


 シルの持つランプの明かりを頼りにその横穴に入って行くとすぐに長い下り階段があり、それを下って行くとじめじめとした通路に出る。


 人が一人通れる程度の幅しかなく横道も何もない通路を真っ直ぐ行くと、今度は先程とは逆に長い昇り階段が姿を現した。

 横穴の隠し通路に入ってから誰も一言も喋らなくなった為、今は階段を上がる足音が延々と地下の湿った通路内に響いて、より陰鬱な雰囲気を演出している。


 やがて階段を登りきるとそこは小さい部屋のような場所で、少しの椅子とテーブルが一脚置かれており、その奥に天井の四角く(かたど)られた場所まで続く階段が延びているのみだった。

 ランプの灯りに照らされたここは、どうやら隠し部屋の類なのだろう。


「この奥の階段の上が領主の城の中と繋がってるんだ……」


 シルは少しバツの悪い表情をしながら奥にある階段の説明をして目を伏せた。

 そのシルの態度に疑念を抱きつつも、奥の階段を上がり天井部分を探る。


 天井にある四角い部分は上から蓋をするように閉じられており、ここを開ける事で城の中と外を出入りできるようになっているようだった。

 恐らくこの出入り口と隠し部屋は領主などの非常用の抜け道なのだろう。


 そうやって天井部分を調べながら考察していると、シルが近くまで寄って来て深々と頭を下げた。


「ごめん、アークの旦那! 騙すつもりはなかったんだ、オレ、シアの怪我を治すの必死で! ちゃんと城の中へは案内するから! 実はある計画があって──」


「おお! どうやら向こう側は物置か何かのようだな」


 シルが何やら矢継ぎ早に何かを捲し立てるなか、天井部分を弄り回していると天井に蓋をしていた物が持ち上がり、向こう側の景色が見え思わず声が漏れた。


 蓋を持ち上げて見えた城内と思われる場所は、少しの明かり取りの窓から紅色の夕日が差し込み、その埃っぽいだけの物置の姿を浮かび上がらせていた。


「これで城に入る算段はついたな」


 そう言いながら後ろを振り返ると、シルが信じられない物を見る目で此方を見て口を金魚のようにパクパクと開け閉めしていた。


「どうしたのだ、シル?」


「え? アークの旦那!? その天井、大の大人二人掛かりでも持ち上がらなかった代物だぜ? なんで?」


 鳩が豆鉄砲を喰らった顔を眼前で体現して見せるシルに、天井の蓋を片手で上げ下げして見せる。


「これくらいなら我には特に問題にならんぞ」


「ちょっ、ちょっと待って! もしかしてこれから城の中に入るの?」


 ようやくシルが頭の再起動を完了したのか、慌てて此方の行動を確認してくる。

 その質問を受けて視線を小部屋の中の椅子に腰掛けていたアリアンに向けると、彼女は立ち上がって肯定の意を示し、静かに頷いて見せた。


「探し物の場所を見つけるにしろ、持ち出すにしろ、一旦城に潜入する必要があるわ」


 ポンタを胸に抱いて毅然とした態度でそう言い放つと、城に入る為に部屋の階段下まで進み出た。


「待って待って! いま旦那達が城内に入り込んで騒ぎを起こされたら困るんだ!」


 シルは城内に侵入しようとしていたアリアンとの間に、慌ててその小さな身を滑り込ませて彼女の歩みを止めさせた。


誤字・脱字などありましたら、ご連絡宜しくお願い致します。

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