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骸骨騎士様、只今異世界へお出掛け中  作者: 秤 猿鬼
第二部 刃心の一族
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厄介なモノ1

 翌朝早くダルトワの小屋を出発して、南にアネット山脈を望みながら西へと向かう。昨日と同じく午前の森は霧が立ち込めていて、徒歩での移動となった。

 時々思い出したように魔獣が牙を剥いて襲い掛かって来るが、進行速度が遅くなるだけで特に大した脅威にはならなかった。


 やがて日が高くなってくると森の霧も晴れ、転移魔法が使えるようになって多少は移動の速度が増した。

 が、見通しの悪い森の中では転移魔法の真価はあまり発揮できないようで、森を抜けて、眼前にセルストの街を眺められた時には既に日がだいぶ西の空に寄り掛かっていた。


 平野に築かれたその街は最初に訪れたルビエルテ程の規模のようだった。街の周囲の耕作地は麦よりは野菜やその他の作物の方が多く、森側に面した場所には簡易的な空堀と土壁が築かれてあり、森からの魔獣の侵入を阻むように造られている。


 セルストの畑の間の道を、ダークエルフ族の特徴である薄紫色の肌と尖った耳を隠す為に外套を目深に被ったアリアンと、黒の外套に身を包んだ鎧騎士が歩いていると随分と目立つようだ。農作業の手を休めてこちらを窺うような目線が、あちこちから投げ掛けられる。


 それらの視線の中を悠然と歩き、セルストの門前で見張りの衛兵にそのまま二人分の入街税を払って街の中へと入る。


「まずは今日泊まる宿を探すとするか……」


「そうね」


 自分の独り言に返事を返してきたアリアンは、街中を少し物珍しそうに眺めて辺りに視線を彷徨わせていた。ディエントの街に潜入した時は夜だったので、まだ明るい内に見る人族の街が珍しいのかも知れない。


 夕方前の店仕舞いや、最後の売り切りで声を張っている商人など、街の中は独特の喧噪に包まれており、通りには雑多な人だかりで混み合っていた。

 そんな中をポンタを兜の上に乗せて黒の外套を翻して通りを歩くと、自然と人波が左右に分かれていき歩き易くなる。


 暫く通りを進むと、一軒の建物の前の街路に自分と同じく金属鎧や革鎧で武装した集団に出くわした。建物には見慣れた看板が掲げられており、そこが傭兵組合所だという事が示されている。

 その屯している傭兵の集団は思い思いの武器を携えて、街路の端に集まりそれぞれ何事かを相談している様子だった。


 戦士達は地声が大きいのか、通りの喧噪にも負けず普通にしていてもここまで声が通り、話の内容が聞こえて来る。

 その話の内容に興味を抱き聞き耳を立てながら、歩く速度を落とす。


「そっちはどうだった?」


「いや~、こっちには現れてませんねぇ」


 金属鎧を纏い、足元に大きな盾を置いた無精髭の大男が、正面にいる青年に手短に問い掛ける。その問いに革鎧を着込み弓を背負った優男風の青年は、肩を大げさに竦ませて成果がないといった表情で頭を振って答えた。


「うちは斥候の一人が一匹見掛けたんだが、すぐに逃げられちまった」


「七日で十人ですか~、こちらが集団でいるとなかなか姿を見せないのが厄介ですねぇ」


「ああ、だからと言って少数では奴らには対抗できん。罠を張っても奴らは頭がいい、まるっきり効果がねぇ。頭の痛い話だ」


「ホーンテッドウルフの討伐に我々傭兵がまごつけば、そのうち領主軍に横槍を入れられかねませんねぇ」


 そんな二人のやりとりを聞いていると、後ろにいたアリアンが何かに反応したように顔を上げてその二人の会話に聞き入っていた。

 傭兵達の話の内容的には近郊のアネット山脈の麓の森に厄介な魔獣が出て、この街の所属の傭兵団に緊急招集が掛かった、といった感じの内容だった。


 周辺にいる傭兵の人数から見てもかなりの数が動員されているところを見ると、そのホーンテッドウルフという魔獣はかなりの脅威なのだろう。


 それよりも自分が一番気になったのは、所属している傭兵に対して緊急招集が掛かった事だった。たしかによくよく考えてみれば、街の緊急時に傭兵を呼集する事は何の不思議でもない。

 今回はまだ招集の掛かった傭兵は街に拠点を置く傭兵団の者のみのようだが、これが領主間や国同士の戦争になった場合、その街にいる流れの傭兵まで非常呼集が掛かる可能性もある……。


 ──無暗に傭兵証で街を出入りするのは避けた方がいいかも知れないな。


 そんな今後の事を考えて傭兵の扱いについて気を揉んでいると、不意に後ろから外套の端を引っ張る感触に我に返り、その引っ張った主であるアリアンに目を向ける。

 兜の上にいたポンタも、急に歩みを止めたのを不思議に思ったのか、立ち上がって首を傾げている。


「アーク、ちょっと相談したい事があるの……。宿に着いてからでいいから」


「ふむ、そうか。なら早速宿を探すとするか」


 彼女の希望に従い適当に良さげな宿を探して、一軒の宿に入る。

 清潔そうな屋内で一人の女将さんが切盛りしているその宿の二階に二部屋をとり、一方の部屋の鍵をアリアンに渡す。

 彼女は鍵を受け取ると、荷物を提げて階段を上がって行く。


 その後ろ姿を見送りながら、自分は女将さんに次の目的地であるホーバンまでの道程について尋ねた。


「ときにご婦人、ここからホーバンまでの道をお尋ねしたいのだが?」


「やだよぉ、騎士様。ご婦人だなんて。照れちまうじゃないのさっ!」


 そう言って大きな胸と大きな身体を捩らせてから、呵呵大笑する女将さんを見て、少し近所のおばちゃん達を思い出す。


「ああ、ホーバンだったかい? それなら南門を出て森沿いの街道を行けば馬車で二日程だったかね? 腕に覚えがある連中は森の中を突っ切るらしいけど、今は()しといた方がいいねぇ」


「ホーンテッドウルフ……か?」


「そうそう! ここ数日で十人以上喰われちまったって話さ。普段はここらの森に出るような魔獣じゃないんだけどね、どうやらアネット山脈から下りて来たらしくてねぇ。厄介な話さ」


 女将さんは盛大に溜息を吐いて肩を竦ませる。

 どうやらそのホーンテッドウルフが街道沿いにまで現れて、旅人や商人を襲っているらしく、その噂が近隣に流れてこのセルストを訪れる人が徐々に減り始めているらしい。

 領主が傭兵団に招集を掛けて討伐を命じ、傭兵もその毛皮が高く売れるとあって意気込んではいるらしいが、事はあまり上手く運んでいないそうだ。

 そんな話を聞きながら、女将さんと少し雑談をしてから自分の割り当てられた部屋に引き上げた。


 荷物をベッドの脇に下し、外套を脱ぎベッドに腰掛けると、ポンタも兜の上から魔法でふよふよと移動して窓辺に下り、そこから外を眺めながら丸くなる。

 そこへ扉をノックしてからアリアンが名乗りを上げて部屋へと入って来た。


 彼女は部屋に入って来た時も灰色の外套に覆われたままだったが、扉を閉めると被っていたフードを鬱陶しげに外し、雪のように白い長い髪を振って髪を整えた。

 水晶のように滑らかな薄紫色の肌を晒し、普段は意思の強そうな(まなじり)を今は少し下げて金の双眸が此方を見据えている。


 何かを迷っている風に見えるその表情に、何を言うでも無く彼女の言葉を待つ。


「……アーク、明日は麓の森に少し寄ってくれないかしら?」


 ややあってから彼女が口にしたのは、そんなお願いだった。


「ふむ? ホーバンに行くには南門からの街道を行くより、森を南西に突っ切ると早いと言う話だったが……、そうではないのだな?」


 自分の問いに彼女は静かに頷いてから、彼女自身のちょっとした目的を口にした。


「実はさっきの傭兵連中が話をしていたホーンテッドウルフに用があって……。出来ればそのウルフの尻尾が欲しいのよ……、だから明日は少し寄り道をしてもいいかしら?」


「我はアリアン殿の目的に沿うよう取り計らう所存。アリアン殿がそのウルフの尻尾が必要と言うならば、我も協力するに吝かではないぞ」


 彼女の願いに大仰に頷き快諾の意を示すと、その願い事を言った本人は少しバツの悪そうな表情で少し上目使いで此方を見てくる。


 普段は妖艶な微笑と男勝りな気質を見せている彼女が、少し困った風に『お願い』を持ち掛けて来る、ここで頷く以外の答えを自分は持ち合わせていないようだ。


「……実はあたしの姉がもうすぐ結婚するらしいのよね。それでホーンテッドウルフの尻尾の毛で作るベールを贈ろうかと思って……」


 彼女は少し寂しそうな表情を覗かせてはいたが、自分の姉の事情とその目的をはっきりと口にした。


 話によると、ホーンテッドウルフの尻尾と言うのは魔素(マナ)の濃い地では蒼く発光する毛で出来ており、その毛を細い織糸にして作ったベールは仄かに蒼く燐光が灯るような独特の輝きを持ち、高価な贈り物になるらしい。


 ただその素材となる尻尾を持つホーンテッドウルフは、自らの幻を複数作り出して獲物を攪乱しながら襲うというかなり厄介な魔獣の為、なかなか確保するのが難しいそうだ。


 ──まさか影分身する魔獣とは……。


 単体ならアリアンでもかなり余裕を持って対処できるらしいが、基本的には集団で狩りや移動を行う魔獣らしく、複数相手はさすがに厳しいらしい。

 今回のお願いはエルフ族の救出行為ではない為、彼女も迷っていたそうだが、目の前に滅多に手に入らない限定物があったら手を伸ばしたくなるのは人の道理だろう。

 動機も姉への贈り物をする為というならば、特に拒否する要素もない。最後の懸念事項と言えば魔獣の強さだが、彼女が充分対処できるなら油断しなければ大丈夫だろう。


「うむ、では明日はホーバンに行く道程をアネット山脈の麓の森にするか」


「ありがとう、アーク」


 明日の方針をそう告げると、彼女はその薄紫色の頬を少し染めて俯き、小さくお礼を言ってきた。もう少し照れた彼女の顔を見ていたいが、あまりジロジロ眺めているといつものように金色の双眸に睨まれるので適度に切り上げる。


「では夕飯でも買って来るとするか……、あとは明日の保存食もか」


「きゅん!」


 明日の予定と準備を思い浮かべながら呟くと、先程まで窓辺から外を眺めて欠伸をしていたポンタが自分の発言に逸早く反応して一声鳴く。窓辺から飛び、魔法の風に乗って顔に貼りつくと、そのまま兜の上によじ登る。

 いったいどうやって人の言葉を理解しているのだろうかと、疑問に思いながらもポンタを伴って日が暮れた街路に繰り出した。

皆様のご自宅からは除夜の鐘が聞こえるのでしょうか?

暮れる空に、染み渡るように響く鐘の音はなんとも言えません……。

2014年最後の日、大晦日です。


お正月の三日間はお休みです、良いお正月を♪


誤字・脱字・評価・感想などありましたら、宜しくお願い致します。

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