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骸骨騎士様、只今異世界へお出掛け中  作者: 秤 猿鬼
第二部 刃心の一族
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嗜好の目的

 朝の霧深い大樹が聳える森の中を、ダークエルフであるアリアンが灰色の外套を靡かせて先頭を歩き、その後ろを遅れないように普通に歩きながら付いて行く。

 最近旅の恰好の定番になった黒の外套を纏った鎧姿の兜の上には、寝ぼけ眼のポンタがくぁっと大欠伸をしながらも落ちないように貼りついている。


 今朝は朝早くにエルフ族の里のララトイアを出て、カナダ大森林の中を流れるリブルート川を目指している。


 昨晩話し合った結果、七枚ある売買契約書の内、名前に心当たりがある領主貴族の治める地から探るという方針に決まった。売買契約書に記された名前は三名、その内ディラン長老が聞き覚えのあった名前がフーリシュ・ドゥ・ホーバンだった。


 この貴族と思われる人物が治めるだろうホーバンと言う街が、ローデン王国内にあると言う話だったので、まずはそこを目指す事になった。

 このホーバンと言う街は、エルフ族が唯一交易関係を持つリンブルト大公国とローデン王国の王都を結ぶ街道沿いの街の一つらしい。


 ララトイアからはかなりの距離にある街らしく、まずはリブルート川の下流にあるエルフの里ダルトワへと向かい、そこからアネット山脈の北側を西へと移動して、大森林を抜けた先にある人族の街、セルストを目指す事になった。


 ダルトワまでは本来ララトイアにある転移陣を使えば一瞬で移動出来るそうだが、さすがに人族に秘密である筈の転移陣を使うのは憚られるという話になった。

 自分がエルフ族の転移陣を知っていて、尚且つ自分自身が転移魔法を扱えるという話は、エルフ族の極一部にしか知らされていない事なので仕方ないとは思う。

 それに一度行った事のある場所へと転移できる【転移門(ゲート)】だけでなく、短距離を転移移動できる【次元歩法(ディメンションムーヴ)】があればさほど苦労する事もないだろうという考えもあった。


 しかし、今は木々が鬱蒼と生い茂る森の中、道無き道を荷物袋を担いで延々と二人と一匹で歩き続けている。ポンタの場合は歩いているとは厳密には言わないのだろうが……。


 その理由は【次元歩法(ディメンションムーヴ)】が使えなかった為だ。


 魔法全般が使えなくなったわけではなく、アリアンが言うには目の前に立ち込めている霧が原因だという話だった。

 この霧は別段方向が分からなくなる程に濃い霧というわけではない。少し遠くの景色が白く霞み、奥が見通せないぐらいの霧だ。


 魔素(マナ)の濃い森や谷などにこういった霧が立ち込めると、どういうわけか魔法的感覚が阻害されるらしく、魔法の制御が困難になり最悪魔法が使えなくなるそうだ。

 ただこれは殆ど人族の場合に限った事らしく、エルフ族の精霊魔法は制御を精霊自身が行っている為影響はまったく無く、魔獣や精霊獣も影響を受けないらしい。

 まるで何とかスキー粒子のようだ……。


 ただ炎を出したり等の基礎的魔法は問題なく使えているところを見ると、繊細な魔法程この霧の影響を受けるのかも知れない。


 やがて白く霞む森の奥、進行方向から水の流れる音が聞こえ始めた。どうやら最初の目的地、リブルート川にまで出てこれたようだ。

 河原に出るとすぐ目の前の視界が開けた。川に沿って吹く風の影響か、ここら一帯の霧は森に比べて格段に薄いようだ。上流、下流共に随分先まで見通せる。


 しかし、視界が開けた事は何もいい事ばかりでは無かったようで、目の前の川に複数のドラゴンフライが群れで飛んでいるのが目に入った。

 ドラゴンフライは森から急に現れた闖入者に対して威嚇なのか、顎をギチギチと耳障りな音を立ててこちらに向かって飛んで来る。

 大きな透明な羽を広げて、頭の先から尻尾まで二メートル近い巨大トンボがこちらに目掛けて突っ込んでくるのは、例え虫嫌いでなくても怯むものがある。


「気を付けて、アーク!」


「ぬおっ!?」


 アリアンは慣れた様子で腰に提げた獅子王の剣を引き抜き構えると、危なげなくドラゴンフライと接敵している。彼女がその長く美しい白髪を揺らし銀閃を走らせる度に、巨大トンボが羽や胴を断ち切られて地に落ちていく。


 一方こちらはと言えば、複数のドラゴンフライの特攻に思わずいつもの調子で【次元歩法(ディメンションムーヴ)】を発動させてしまう。幸いにも川と周辺の河原は霧の影響が殆ど無い為か、無事に魔法が発動しドラゴンフライの少し後方に転移できた。

 その転移によって一定の距離をとれ、気持ちと態勢を立て直す事が出来た。


 特に虫嫌いというわけではないが、その昔、ゴキブリが自分に向って飛んできて服に貼り付いた事がトラウマになったのか、向かって来る虫に反射的に嫌悪感を抱くようになってしまったのだ。


 腰裏に提げた剣を一気に引き抜き、そのままドラゴンフライとの距離を詰める。剣身に湛える薄い蒼色の怜悧な輝きを横に一閃すると、巨大トンボの胴体が真っ二つになり地に伏すが、生命力が強いのか羽をバタつかせて河原の砂利の上を這い回っている。それを鎧の具足で踏み潰しながら、空中に留まる他のドラゴンフライに剣を振り抜いていく。


 やがて他のドラゴンフライは形勢不利と判断したのか、川の上流の方へと飛び散っていき、周りに不快な羽音をさせていた虫がいなくなる。


 辺りは川を流れる水の音と、川沿いの木々の葉擦れだけが風に乗って聞こえて来る。


 アリアンは剣に付いた虫の体液を布で丁寧に拭きとり腰の鞘に戻すと、こちらに向き直り声を掛けてきた。


「どうやら川辺は霧の影響を受けないみたいね。それなら、このまま一気に下流へ向かいましょう」


 その言葉に頷き、肩にアリアンが掴まるのを確認してから、リブルート川の下流に向って【次元歩法(ディメンションムーヴ)】を発動させて転移移動していく。


 日が高くなるにつれて森に立ち込めていた霧もなくなり、周辺の見通しが良くなった。

 昼頃になり、河原の大岩の上でグレニスが持たせてくれていた昼食を摂り、暫く休憩してからさらに転移魔法を使ってさらに下流へと下っていく。


 やがて日がやや傾きかけた頃、向かう先の右前方に見えていた山脈が随分と大きく見えてくる。あれが話にあったアネット山脈と呼ばれる山脈らしい。

 その少し手前、反対の東側の森の中にエルフ族の里、ダルトワがあった。


 外見はアリアンの出身里であるララトイアとほぼ同じで、大きく違う箇所は少ない。しかし、こちらの里は近くのリブルート川から水を引き込んだと思われる大きな水掘が里の街壁を囲っていて、入口になる門の前には跳ね橋が設けられていた。その跳ね橋は今は上がった状態になっていて、誰も里に近付けなくなっている。

 そして門前の広場のような場所には、ララトイアの里で見たマッシュルーム型の家屋が何棟か建てられいた。


 アリアンはこの景色に特に感慨も無いのか、上げられた跳ね橋の前、街壁上部に設けられた見張り台に近付き、そこに居たエルフに向かって声を張る。


「あたしの名はアリアン・グレニス・メープル! 任務により人族の街へ向かう! 一晩小屋を借りたい!」


 そう声を掛けると、見張り台の男のエルフは此方にちらりと目線を合わせ、もう一人と何事か話した後、水堀の手前にいたアリアンに向って返事を返してきた。


「歓迎します! 夕食は里から運ばせます! 好きな小屋をお使い下さい!」


 その返事を受けて、アリアンは頭を下げて礼をしてから踵を返してこちらに戻って来た。


「今日はここの小屋で一泊するわ。明日の朝にここから西へ向かって森を進めば、ローデン王国のセルストという街に出る筈よ」


「ふむ、ようやくか。かなり長い距離を移動したな」


「本当ならララトイアからここまで、普通に森を歩いて来たら四日はかかるわよ……」


 そんなアリアンの少し呆れを含んだ声を聞きながら、彼女が適当に選んだ一つの小屋に入るのを後ろから付いて行く。


 平べったいマッシュルーム型の小屋の中は割と広い造りになっていて、中央に太い柱が立ち奥には石床の厨房を兼ねた暖炉が見える。柱の左手には四人掛けのテーブルと椅子が置かれ、部屋の右手窓際には四つのベッドが並んでいるのみで、他に目立った家具は何もなかった。


 手に持っていた荷物袋を中央の柱付近に置きベッドに腰掛けると、兜の上に鎮座していたポンタが板張りの床の上に降りて、ぺたぺた歩き回り部屋の中を確かめている。前足を持ち上げて首を傾げているポンタの歩いた後には、くっきりと足跡が付いていた。

 どうやら頻繁に掃除や手入れのされている小屋ではないようだ。


 窓を全開にしてベッドの上の毛布をバタバタと叩き埃を出していくと、埃っぽい空気を追い払おうとしたのか、ポンタが魔法で部屋の中でつむじ風を起こし一層埃が立ち込めてしまった。


「げほっげほっ! ……ちょっとこれからダルトワの長老に挨拶して来るから、その間にこの埃をなんとかしてくれる?」


 アリアンは口元を手で仰ぎながら盛大に顔を顰めて見せる。


「うむ。取り敢えずはベッドで寝れるようには整えておこう」


 大仰に頷き、留守番を預かる。

 アリアンが小屋を出て行くのを見送り、改めて小屋を見回す。暖炉脇の壁に箒が掛けられているのを見つけ、とりあえず部屋の中の床を箒掛けから始める。


 一通り箒で埃を掻きだした後は、隅に置かれた木桶と雑巾を抱えて外に出る。空はもう殆ど茜色に染まり、森の木々が黒々とした色に変わりつつあった。

 小屋の周囲や空小屋の周りに井戸を探すが見つからず、仕方がないので水堀の方へと足を向ける。丁度、堀の下の水面まで階段が付けられた場所があり、そこから水を汲むようになっていた。

 小屋に帰り木桶に汲んで来た水で雑巾を絞り、テーブルや椅子などを拭き終えると小屋の中も多少は落ち着ける空間へと変わった。


「ふむ、まぁこんなものか……」


 腕を組んで一人納得した後、汚れた木桶の水を外に捨てに出る。

 するとダルトワの門の下された跳ね橋から、アリアンが何かを抱えて戻って来るところだった。抱えているのは蓋付きの鍋と布袋のようだ。


「夕食を貰って来たわ」


 そう言って手に抱えた品を見せ、艶っぽい唇に笑みを見せる彼女の薄紫色の頬は僅かに上気して赤みがさしていた。さらには湿り気を帯びた白い髪が風に靡くと、仄かに花の匂いが風に乗って香る。


「む、もしや風呂上りかっ!?」


 普段の調子より一段大きい此方の反応に、彼女は目を瞠りながらも肯定の意を示した。


「ララトイアの実家でも入ってたわよ? 人族はあまり風呂に入る習慣はないみたいね」


「なんと!? ララトイアに風呂があったのか……無念だ……」


 アリアンの衝撃の発言にあからさまに項垂れて見せると、彼女は不思議な物を見る目で首を傾げていた。


 異世界へ来てからというもの、まだ一度も風呂に入っていないのだ。さすがにこの骸骨の身体なので、そう易々と人に姿を晒すわけにもいかない。

 まさかララトイアの屋敷に風呂があったとは……まるで気付かなかった。

 自分の迂闊さに呪いの言葉を投げ掛けてやりたくなる。


「……もしかしてお風呂に入りたかったの?」


「うむ」


「……骨の身体で風呂に入る意味があるの?」


「失敬な! 我は人の身であった時から綺麗好きなのだ!」


 此方の上げた抗議の声を軽く流されて、「それより食事にしましょう」と彼女のにべもない意見にポンタが賛同の一鳴きをし、彼女の後ろに付いて小屋に入って行く。


 民主主義という名の数の力に負け、渋々それに付いて小屋へと戻った。


 アリアンが抱えていた蓋付きの鍋の中身は豆とベーコンのスープで、布袋の中にはパンとスープを入れる木皿、それにいくつかの赤い果実が入れられていた。

 スープを木皿に入れ分けている彼女の姿を眺めながら、改めて部屋を見回してみるが、求めている物が視界には入って来なかった。


「……この小屋に風呂はないのだな」


「仕方ないわよ。この小屋は元々、この辺りに迷い込んだ人族を泊める為に建てられた物なのよ」


 自分のぼやきに対して、アリアンはポンタに果実を手渡しながら答える。


 この地は西に五十キロ行くとローデン王国のセルストへ、南に三十キロも行くとリンブルト大公国に行き当たるらしく、時折魔獣に追われてなどの理由で人族が迷い込む事があるらしい。そんな迷い込んだ人族を一時的に逗留させる為の施設が今いる小屋だそうだ。


 その為に小屋は最低限の設備しか置かれておらず、エルフ族の里の家にあったような水晶型のランプなども置かれていない。

 テーブルの上には申し訳程度の灯りを宿す油ランプが、その心許ない光源を作りだすのみだ。


 ──今度ララトイアに泊まる事があれば風呂に入らせて貰うか……。


 ベーコンの塩気が効いた豆のスープを静かに口に運びながら、旅の新たな目標を胸に刻む事になった。

誤字・脱字などありましたら、ご連絡宜しくお願い致します。

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