そうは問屋が卸さない
大樹の屋敷に戻ると、ディラン長老とアリアンは既にメープルから戻っていた。
今日のアリアンは森でしていたような革製の防具や地味な長袖長裾を身に着けておらず、肩口の大きく開いた上着にケープ型の羽織を纏ったような、エルフ族の民族衣装の出で立ちだった。ダークエルフ特有の薄紫色の水晶のように滑らかな肌と、彼女の持つ豊満な谷間が惜し気もなく晒されている。
彼女の今迄とは違う装いを楽しみたい気分ではあるが、今晩は別の事に頭の容量を割かなければならない。
長老から改めて話があると言われ、アリアンと共に二階の食堂へと赴く。ここはリビングダイニング的な活用をされているらしい。
グレニスは夕食の準備をすると言って、奥の厨房に引っ込むと、奥から鼻歌を歌いながら調理に掛かる音が聞こえ始めた。
自分はディランに勧められた席に座ると、その正面にディラン長老が座り、その横にアリアンも静かに腰を下ろした。
ポンタは膝の上に乗って、前足と顎をテーブルに乗せてだらけている。
「アリアンには既に言ってあるけど、改めてこの売買契約書に書かれた人物の情報の収集と売られた同胞の居場所の把握、又は保護。これが大長老会から言い渡された。里の外、人族の世情には我々はかなり疎い上に、あまり大人数の戦士を派遣する事も出来ない。そこでアーク君に、引き続きアリアンの手伝いをお願い出来ないかと思ったんだ」
ディラン長老は真剣な表情で視線を逸らす事無く、静かに今後の事についてを語った。
人族の世情に詳しくないのは自分も同様だが、エルフ族が大勢で人族の街に潜り込むのが難しいのは判る。
ディランの横でアリアンも真剣な表情で此方に視線を向けて来る。乗り掛かった船として、引き受けるのも吝かではないが……。
少し悩みながら瞑目していると、ディランから依頼の報酬の提案が成された。
「アーク君に我々が支払える報酬はあまりない、なにせ奪って来た金貨を殆どこちらに渡してしまうくらいだからね……」
ディランは一旦言葉を切って、少し苦笑いして見せる。
「なので、一つ情報を売るというのはどうかな? 実は、あらゆる呪いを解くという噂のある泉があるんだけどね、そこならばもしかすれば君の身体の呪いも解けるかも知れないよ。さすがに保証は出来ないけどね……」
「そんな泉あったかしら?」
ディラン長老の話に、娘であるアリアンが先に訝しむような表情で首を傾げている。そんな娘に対して、ディランは肩を竦めて見せる。
「龍冠樹の傍にある泉だからね、それなりに信憑性のある話だと思うよ。……ただ場所がかなり危険な場所を通って行く事になるから、命の保証は出来かねるのだけど……」
「龍冠樹、それならここの奥地にある……、いえ、たぶん無理ね」
アリアンは何かを言おうとしたが、一人で何かを納得してその先を言葉にする事はなかった。恐らくは人族にあまりこのエルフ族の住まう奥地に入られるのは色々と不味いのだろう。この里に入れているのも、目の前の長老の計らいによるところが大きい筈だ。
それよりも気になるのは……。
「その龍冠樹とは?」
聞いた事のない名称を素直に疑問を口にすると、ディラン長老は少し咳払いをしてからその龍冠樹という物の解説をしてくれた。
龍冠樹とは龍王と呼ばれる、竜種の最上種の住処周辺に稀に生える大樹と言う話だった。龍王の膨大な魔力の影響を長年に渡って受けた樹木が精霊を宿し、変質した物らしい。
「精霊を宿す龍冠樹は、樹や葉に様々な効力を宿す事が知られている。そして地中深くに張られた根により、その周辺の地にまで影響を及ぼすようになる。だから人族の間では龍冠樹の枝や葉はかなりの金額で取引されると言う話も聞いた事がある」
「ただ、龍冠樹の持つ効力と言うのはその宿す精霊により様々なのよ。それに近くには龍王が住処としている可能性は高いし、精霊を怒らせればタダでは済まないわ……」
長老の説明を継いで、アリアンは少し溜息を吐きながら話す。
道中が危険と言う話だったが、目的地もかなり危険なようだ。さすがにこの高性能の身体でも、単独で竜種の最上種に挑むのは勘弁願いたい。
それに、この骸骨の身体は呪いによって変えられたとアリアン達には説明したが、この身体はキャラクターエディットの際に骸骨キャラに変更したのであって、呪いを解くと言うのはあくまでロールプレイの一環で自分なりの設定だった。
しかし、エルフ族には不死者の特徴である穢れを見る力があり、その彼女らが自分にはその特徴が見られないとも言った。
この身体は未だに謎のままだ────。
それなら人助けをしながら自分の身体の、この場合は治療にあたるのか──、その方法を探すという目的は悪くないのかも知れない。
それにはまず聞かなければならない事がある。
「ふむ、その龍王とやらの住処に踏み入って無事に済むのか?」
呪いを解く為とは言え、勝てるかどうかも判らない龍王の住処に、のこのこ足を運んで喰われては堪らない。骨だけなので、食いではないだろうが……。
しかし、この問題に関しては杞憂であったらしい。
「大丈夫よ、人族がいきなり踏み込めばさすがに不味いでしょうけど、エルフ族のあたし達から先に話を通しに行けば立ち入る事くらいは許可が下りる筈よ」
聞くところによると、龍王とは人語を解し、意思の疎通が出来るらしい。このカナダ大森林にも守護龍という立ち位置で住み着いている龍王がいるという。
エルフ族は少数民族だと言う話だったが、保有している戦力は一国に引けを取らないようだ。
「アークがその泉に行く際には、あたしも同行するから心配はいらないわ」
「どうかな、アーク君? 君の力をもう暫くエルフ族に貸して貰えないだろうか?」
ララトイアの長老であるディランは、人族である自分に対して真摯に頭を下げてきた。
まぁ他にする事のあても無い根無し草だ、人助けをしながらこの世界を旅するのも悪くはないだろう、そう考えているとディランの隣に居たアリアンがその豊満な胸で身を乗り出し長老に追随してきた。
「あたしからもお願いするわ、アーク」
「うむ、承知した」
……女性に真摯に物を頼まれると断れなくなるのは悪い癖だが、個人的にもアリアンとの旅を楽しみたいと思っている自分がいるのも確かだ。
見た目は骨でも、やはり中身は男ではあるようだ。
「微力ながらこのアーク、アリアン殿の一助となろう」
「助かるよ。人族の街中ではエルフ族は目立つからね……娘を頼むよ」
承諾の返事を返すと、ディラン長老は再び頭を下げて右手を差し出してきた。その右手をとり、お互いに握手を交わす。
「難しい話は終わったかしら? 夕飯の用意が出来ましたよ」
そこへ奥の厨房から料理を運んできたグレニスが声を掛けてくる。テーブルの上にはそれぞれの前に料理の皿が置かれていく。
ポンタもさっきまでダレていた姿勢から後足で立ち上がり、鼻先をひくひくさせながら皿の中の料理の匂いを嗅いでいる。
今晩のメニューはパンにサラダ、豆のスープと、メインの皿に載っている物はどう見てもハンバーグだった。
ポンタ用にも既に冷まされたハンバーグを載せた皿が用意されて、待ち切れないとばかりに尻尾を左右に振りながら、既に皿に齧り付いて食べ始めている。
「よし、細かい話は食事の後にしようか」
ディランはそう言って話を切ると、目の前の料理に目を移す。自分もそれに倣い、目の前に置かれた料理に手を合わせ、兜を脱ぐ。
ハンバーグには特にソースのような物は掛かっていなかったが、肉汁たっぷりで塩と香辛料の効いたそれは、充分に美味いハンバーグだった。仄かにナツメグのような香りもする事から、地球のハンバーグと大差がない仕上がりだ。
人族の街ではナツメグのような香辛料を使った肉料理はなかったが、エルフ族はかなり香辛料を所有しているのかも知れない。
その晩は懐かしい料理の味を充分に堪能し、それからディラン長老とアリアンを交えて明日以降の予定の詳細を話してお開きとなった。
昨晩も世話になった部屋に戻り、鎧を全て脱ぎベッドの脇の床に置く。
エルフ族が作った水晶の灯りの魔道具は油ランプとは違い、部屋の中を隅々まで照らし出していた。
ポンタはその明かりを遮るように、自身の大きな綿毛のような尻尾を顔にのせて丸くなり、ベッドの脇で寝息を立てている。お腹が一杯になったのだろう。
水晶ランプの魔道具に手を触れて『─消灯─』と唱えると、音も無く光は息を潜め、部屋の中の主が闇へと交代する。
その闇に目が慣れてくると、窓の外から齎される仄かな月明かりで部屋の中の輪郭がぼんやりと浮き出てくる。
ポンタを起こさないようにベッドに静かに腰を掛けて、脇に開いたガラス窓から夜の景色を眺める。大樹の屋敷の為、屋敷のすぐ傍の空はその大樹の枝葉で黒く闇が張り出し、窓から入って来る月明かりがさらに心許ない。
その頼りなく仄かな月光に、浮き上がる自分の身体の一部である骨の腕を眺める。
───本当にこの身体は呪いによる物なのだろうか?
本当に呪いによる物なら、考えていた方法を試してみるべきではないだろうか?
エルフ族を捕縛する為、魔力を行使できなくする呪いの首輪、喰魔の首輪を壊す為に使った解呪の魔法。
中級職である司教が持つ【抗呪式】。これを自身の身体に向けて行えば呪いならば解呪されるかも知れない。
上級職の教皇が持つ【神聖浄化】も呪いを解く事が出来るが、同時に不死者に甚大なダメージを齎す範囲系の魔法だ。
さすがに不死者に見られる特徴がないと言われていても、それを試す気にはなれない。
自身に魔法を掛けるという行為は意外と勇気がいる、なにせ得体の知れない力を自らに行使するのだ。しかし、よくよく考えてみれば転移魔法も自身を別の場所に移動させる魔法だ。自身に魔法を掛けているのと同じ行為の筈で、それこそ何かを間違えば「石の中にいる」となっても不思議ではない。
とりあえず先っちょだけ、試してみるか。
右手を左手に翳して、目標を左手人差し指に定める。
「【抗呪式】」
静かに魔法を唱えると、複雑な紋様の光の魔法陣が空中に浮かび上がり、目標である指先にその魔法陣が吸い込まれるように消える。すると骨の左手の人差し指の先、第一関節に人の指が出現していた。
「おおっ!……お?」
その余りにも素っ気なく現れた予想以上の成果に、思わずといった感じで声が漏れたものの、それがすぐに疑問を抱かせる声に差し替わってしまった。
左手の人差し指、第一関節に現れた人の指はものの数秒でその姿を消し、まるで一時の夢であったかのように目の前には骨の手が月明かりに照らし出されているのみだった。
今度はもう少し範囲を広げて、左腕の前腕部に【抗呪式】を掛けてみると、魔法陣が左腕に吸い込まれると同時に、生身の前腕部が現れる。
目の前に現れた骨の腕の先にある前腕部は、かなり筋肉質で肌の色は褐色だろうか、日焼けした肌にも見えるが頼りない月明かりだけでは判然としない。それと自分の元の身体に比べて幾分筋量が増えているのはレベルのせいだろうか?
「?!」
しかしその腕に微かに何かの違和感を伴う感触のようなものが走ると、またすぐにその腕は消えて骨だけの腕に戻る。
骨に戻った左腕を摩りながら握ったり開いたりを繰り返して具合を確かめるが、先程感じた違和感はすでに無くなっていた。
その後何回か左腕に【抗呪式】を掛けてみたものの、同じようにすぐに骨の腕に戻ってしまった。腕が生身に戻ると感じていた違和感も何回か試すうちになくなり、ただ生身の腕が骨に戻るだけを繰り返すようになっていた。
今回の事で分かった事は、この身体が呪いの影響を受けている事が確実になったという事だ。ただ、呪いは一時的には解呪できるが、またすぐ元に戻ってしまうのは永続的な呪いか何かなのだろうか?
ベッドに全身骨の身体を投げ出す。
考えても答えの出ない問いを、文字通り空っぽの頭で考えても仕方がない。下手な考え休むに似たり、それなら本当に休んだ方がマシだろう。
ポンタがまた気付かない内に肋骨内に侵入する事を防ぐべく、毛布を体に巻き付けてベッドに横たわる。傍から見れば失敗作のミイラみたいだろうなと、益体もない事を考えながら視界を閉ざす。
明日からまたアリアンと一緒に行方不明になったエルフ族の探索だ───。
誤字・脱字などありましたら、ご連絡宜しくお願い致します。




