卑怯ではない、奇襲攻撃だ1
馬車があまり整備されていない街道をかなりの速度で駆け抜けて行く。その横を護衛の兵達が馬に乗って並走し、馬蹄の音が響く。時々道端に落ちている石に車輪が乗り上げ、車体が跳ね上がる。
私は馬車の車体にある後ろの覗き窓から馬車の後方をそっと窺う。右手に河原が広がり、その先にシプルト河の水面が、傾きかけた日の光に照らされ夕暮れ時の色を乗せて静かに煌めいている。左手にはなだらかな丘が見え遠くに動物の群れが移動しているのが見える。街道近くの手前には低い灌木などが所々に茂みを作り、傾きかけた日による影を長く地面に落とし始めている。
辺りには馬車と馬の蹄の音が響くのみで他には特に異常は見当たらない。しかし、馬車の中にも外で並走する護衛の兵にも重苦しい沈黙が降りていた。それは先程までこの一行に異常事態が訪れていたからに他ならない。
ローレンお嬢様がルビエルテ家の名代として出席した、ディエント家主催による夜会。その帰りの旅程で盗賊による待ち伏せにあったのだ。見えるだけで二十名以上はいた盗賊の追撃を躱す為、殿を受け持った護衛兵九名は今ではもう後方にその姿を見る事はできない。
残ったのは馬車と並走を続ける五名の兵と一名の騎士だけになってしまっている。後方から追いついてくる護衛兵の姿もない。
車内ではローレンお嬢様が青い顔して車窓に流れる風景を不安げな表情で覗いている。栗色をした長い髪はゆるくうねり、緊張と不安の為か、いつもの艶がなく精彩を欠いている。少し細めの顔立ちと長い睫毛に、揺れる薄茶の瞳が儚げな印象を漂わせる。
十六歳の少女の身に纏っているのは淡い水色の絹織の豪奢なドレスで、車窓から入る西日が今はその色を茜色に染めている。
侍女である私とお嬢様の二人きりの車内は、いつもなら他愛無い話をするには持って来いの空間だったが、今は何を話しかけていいのかわからないでいた。
すると暫くして馬車の速度が急に落ち、馬の軽い嘶きが聞こえて来る。馬車前方にある御者台窓が開き、使用人でもある御者をしていた男が謝罪を申し入れて来た。
「すみません、お嬢様。馬がそろそろ持たないので少し歩かせます」
盗賊が待ち伏せていた場所から逸早く馬車を走らせ、ここまで引っ張って来てくれた馬達だが、そろそろ限界なのだろう。さすがに四頭立ての馬車の馬達でも厳しいものがあるのだろう。いや、厳しいのはどちらかと言えば護衛の兵達の馬の方か。
馬車の窓から顔を出すと、馬車の横で自分の馬を労っていた壮年の男がいた。ルビエルテ家に仕える騎士の一人で、今回の護衛兵を束ねるモードリン様だ。
モードリン様は自分の馬の首筋に浮き上がる汗を手拭いで拭いてやっていた。短い髪を少し油で撫でつけ、綺麗に揃えられた短めの髭に精悍な顔つき、身体は身に纏った軽鎧の上からでもわかる程に、みっしりと鍛え抜かれた筋肉が押し込まれている。
「モードリン様、賊は諦めたのでしょうか?」
私は車窓から出した顔から、後方に視線を飛ばしながら騎士モードリン様に話しかける。
「賊には馬を持ってる者が少数だったので、ここにまで追撃に来ていないとなれば、恐らくもう安全でしょう。お嬢様にはその旨、お伝え下され」
そう言って、モードリン様は他者を安心させる様な笑みで歯を見せる。
「そうですか。これでようやく一息つけますね」
馬車の前方にある街道をちらりと眺める。
街道沿いに点在していた灌木の茂みが少し先に集中している箇所が目に入る。その向こうに見える丘の稜線が街道近くまで張り出している。それを見て、何やら言い知れぬ圧迫感を感じて首筋の後ろがちりちりとして眉を顰める。
そんな私を見て、モードリン様も前方に目を向け辺りの気配を探るように目を動かしている。
そして何かに気付いたように声を出そうとした所へ、風切音がして複数の矢が飛んできた。
「ごはっ!?」
矢が何かを貫く鈍い音と共に、御者をしていた男に2本の矢が突き立つ。瞬間、馬車の車輪が石を噛み車体が跳ね上がり、男の体が御者席より前に投げ出される。馬車の車輪が御者だった男の遺体を巻き込み、馬車がその場で停止してしまう。
さらに矢が茂みから放たれ、二人の護衛兵に突き刺さる。
「くそっ! また待ち伏せだと?! どうなっている!!」
街道近くにまで張り出していた丘の稜線から突如姿を現し、馬の蹄を鳴らしながら六頭の馬と共に盗賊達が駆け下り襲い掛かって来る。矢での援護を背に受け、盗賊達に馬車近くの護衛まで難なく接近されてしまう。矢を突き立てられた二人の兵と、もう一人の兵が瞬く間に盗賊に討ち取られてしまう。騎士のモードリン様は接近してきた盗賊一人をその剣で馬から叩き落とし、茂みの中からこちらに向かって駆け込んで来た二人を馬上から頭を切り飛ばしていた。
「リタ殿! 馬車をっ!!」
騎士モードリン様の声に、呆気にとられていた私はようやく思考が戻ってくるのを感じた。慌てて馬車を飛び下りて、前輪と後輪の間にあった御者の遺体を車体の奥に蹴り込む。この状態のままでは後輪がまた巻き込むと判断したためだ。
そうやって血の付いた御者席に飛び乗ろうとする、すると私の侍女服を後ろから無造作に掴んだ手が強引に地面に引き摺り下ろす。
私は強かに背中を地面に打って、肺の空気が外に漏れる。視界の端に取り囲まれた護衛兵の一人がまた討ち取られたのが見えた。
その視界に私を引き摺り下ろしたであろう盗賊の男が、下卑た笑みを見せ立ち塞がる。
「ぐあぁぁぁっ!!!」
その時、男の苦痛に満ちた声が上がる。私が声のしたその方向に目を向けると信じられない光景があった。
護衛兵の一人がモードリン様の後ろから、鎧の隙間にある脇腹を剣で抉っていたのだ。モードリン様はその顔を激しく歪める。
「カスダぁ!? 貴様の手引きかぁっ!!」
持っていた剣で後ろから奇襲をかけた、元護衛兵のカスダを斬り付けようとして身を捻ろうとするモードリン様。しかし相手は薄ら笑いを浮かべながら、そのまま自分の馬をモードリン様の馬に当て、均衡を崩した所をそのまま地面へと突き落とす。
そこに周りの盗賊より一回り体格のいい盗賊が馬で駆け寄って来たかと思うと、馬から飛び降り落馬したモードリン様に駆け寄って、その首に剣を突き立てる。辺りに血飛沫が飛び、事切れたモードリン様の周囲の地面を赤く染める。
「おい、馬車の中から丁重にお嬢様を連れ出して差し上げろ」
体格のいいその盗賊の男は、黄ばんだ歯を出して嗤いながら他の盗賊達に指示を出す。四角い顔立ちに伸ばし放題の髪を後ろで束ね、顎の線には手入れもしていないような髭を生やし首が見えない程だ。手には大ぶりな片刃の曲剣を持ち、腕には幾つもの古傷の痕が刻まれている。この男がここにいる盗賊達の頭領の様だ。
その頭領の指示で他の盗賊達が馬から一斉に降りて馬車に駆け寄る。乱暴に馬車の戸が開けられ、ローレンお嬢様が車外に引き出される。
「いやぁぁっ! 離してっ!!」
お嬢様は必死に抵抗するも、二人の男に両腕を抑えられてただ身を捩るばかりだ。かくいう私も男二人に腕を掴まれて引き摺られている。
「おいっ! その服は丁寧に脱がせよ! それだって売ればかなり良い値が付くんだからな!!」
盗賊の頭領が、お嬢様を捕らえている二人に怒鳴る。
「頭ぁ~、こいつどうせ殺すんですから俺が味見してもいいですかい?」とドレスを脱がしにかかった盗賊の内の一人が頭領に問い掛ける。
「バカヤロウ!! 最初は俺が突っ込むんだよっ!! 手前ぇらはその後だっ!」
「ちょ、ちょっと待てよっ! 手引きしたんだから俺に最初はやらせろよっ!!」
頭領の返しに、元護衛兵だったカスダという男が不満を露わに抗議する。それに対して頭領は剣呑な眼つきでカスダを睨むと、手に持った曲剣を無造作にその男の口に突っ込む。
「がひゅっ!?」
空気の漏れる様な声を上げて、裏切者だった者は後頭部から剣を生やしていた。カスダが糸の切れた人形の様にその場で崩れ落ちるのを、他の盗賊達が嫌らしい笑みを浮かべて見ていた。
「最初から手前ぇの分け前なんかないんだよ……」
頭領がそう言って地面に這い蹲った男の頭を無造作に蹴り上げる。鈍い音がして頭蓋骨が砕ける音と共に、首が明後日の方向に捻じ曲がる。
「ひっ!」
それを間近で見せられたお嬢様が短い悲鳴を発する。同時にコルセットとドロワーズだけの下着姿にされていたお嬢様の股座から黄色い染みが広がり、足を伝って地面を湿らせる。
「うおっ、こいつ小便漏らしやがったぞ?!」
腕を掴んでいた盗賊の男が声を上げると、一斉に周りの男達が下卑た嗤い声を上げる。
「汚れた下着くらい俺が脱がしてやるよっ!」そう言って盗賊の頭領がその染みができたドロワーズを一気に摺り下す。お嬢様の湿った栗色の茂みが男達の下劣な視線に晒される。
「いやぁぁぁ!!! 離してぇっ!!」
必死に男達の視線から逃れようと身を捩り、拘束から逃れようと足をバタつかせる。しかし、頭領が手下の一人に足を押さえさせると、自分はズボンを摺り提げて汚らしい一物をその前に晒す。
「やめなさいっ! あなた達、こんな事をしてどうなるかわかっているのですかっ!!」
私が男達に非難の声を上げる。
「お前ぇは他人の心配してねぇで、自分の心配でもしてなっ!」
私を捕らえていた男の一人がそう言って、無造作に侍女服に手を掛けると一気に引き千切る。下着も破れ、乳房が外気に晒される。晒された乳房を乱暴に揉み拉かれ、地面に引き倒される。
「あっちのお嬢様と一緒に気持ち良くしてやるよ、ハハハッ!」
男は臭い息を吐き掛けながら嗤い、自分のズボンを脱ぎにかかる。
その向こうでは両手をそれぞれの男達に抑え込まれ、片足をもう一人に掴まれている。その上に圧し掛かる様に乗り、頭領がお嬢様の股の間の茂みの奥に自分の一物を滑り込ませようとあてがおうとしているところだった。
その時──、盗賊達の後ろに大きな影が現れた。
それは本当に一瞬、突然の出来事だった。
お嬢様に覆い被さっていた盗賊の頭領のすぐ後ろに一人の大柄の騎士が立っていたのだ。
全身の細部にまで装飾が施され、白と蒼を基調に彩られた白銀に輝く甲冑が全身を包み、佇む姿はまるで英雄譚に出てくる聖なる騎士の様。背中ではためくマントは、まるで夜の煌めく星空をそのまま引き剥がしてきたような漆黒の夜空のマント。鎧兜には面頬でまったくその顔は見えず、僅かに覗く眼の箇所は闇色で、その奥の表情や感情すらも隠している。
右手に振り上げられた剣は長く大きく、その圧倒的な存在感と剣身に湛える薄い蒼色の怜悧な輝きが怪しく光っていた。
その騎士は頭領とお嬢様の足を押さえつけていた一人の盗賊に剣を一閃させる。剣閃はまるで空を切るように走り、光の筋が閃く。そしてさらに騎士が大きく踏み込むと同時に、返した剣がまた横に一閃。まるで剣閃が伸びるように空を走り、光の筋がお嬢様の両手を押さえていた二人の盗賊達の間に揺らめく。
本当に一瞬だった──。次の瞬間、盗賊の頭領の上半身がずり落ちる。すぐ横にいた足を押さえた盗賊は首から先がなくなっており、明後日の方向に首が転がっていく。両手を押さえていた盗賊の2人は頭が半分消し飛んでいて、盛大に血飛沫を辺りの草叢に向けて噴出させ、夕焼け色に染まる景色をさらに紅く染めていく。
ずり落ちた頭領の上半身に圧し掛かられて、お嬢様が半狂乱になってそれを横に蹴り飛ばす。残された下半身は屹立した一物から白く濁った液体を血の池の中に撒き散らしていた。
私の腹の上に跨り、汚らしいモノを外に放り出していた男と私の両手を押さえていた男が、ようやくこの異常事態を脳で認識したようだった。
「うわぁぁぁぁっ!!! ば、化け物ぉぉぉ!!!」
残された二人の男が我先にと逃げ出そうとする。だが、ズボンを下ろしていた男の方は自分のズボンに足を取られて、私のすぐ近くで引っくり返る。気付いた時には騎士の振り下ろした剣先に貫かれて、男はまるで潰れたカエルの様に地面に縫い付けられていた。そして白銀の騎士は縫い付けた男から剣を引き抜き、一人逃げ出して背中を見せる盗賊に向って、徐に一歩踏み込むとその長大な剣を横に一閃。しかし、どう見てもただ空を切っただけで、逃げる男は随分先を駆けていた。それなのに、視線の先の男はそのままその場で上半身と下半身を二つに斬り分けられて頽れる。
盗賊達が物言わぬ肉塊になるまで、ほんの瞬き三回程だったろうか。その白銀の騎士は、剣を軽く振り鞘へと納めた。そして私達に向き直り、その表情の一切窺い知れない鎧兜の奥から少しくぐもった声で話しかけてきた。
「大事ないか?」
今日は一時間後にもう一本投稿予定です。
誤字・脱字等ありましたら、よろしくお願い致します。