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骸骨騎士様、只今異世界へお出掛け中  作者: 秤 猿鬼
第二部 刃心の一族
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ララトイア探訪

 朝、鳥の(さえず)りと階下から漂ってくる微かな朝食の匂いに、耳と鼻が先に起きる。それにつられて目が開き、周囲の部屋の状況が目に入る。

 頭を起こして部屋を見廻すと、ベッドの脇に白と蒼を基調に彩られた白銀の全身甲冑が置かれていた。


 昨日は初めてこの世界に来て鎧を全て外し、ベッドで布団を被り寝たのだ。全身骸骨なので別に布団を被る必要性はないのかも知れないが、そこは気持ちの問題だ。

 起きようとして身体を起こしにかかると、妙に身体が重い事に気付く。布団を除けて見ると、なんとポンタが何時の間にか潜り込んでいた。しかも自分の肋骨の中に。


「どわっ!」


 思わず素で吃驚して声が漏れた。

 肋骨内で夢の世界に旅立っているポンタをなんとか引き摺りだして、ベッドの脇に寝かせる。


 自分の肋骨内から生き物を引っ張り出す……、いやはや筆舌に尽くし難い感覚だ──。


 ベッドから起き上がり、軽く全身の骨をコキコキと鳴らして柔軟体操をする。(すじ)も筋肉もない身体で柔軟もへったくれもない気はするが、これも気持ちの問題だろう。


 脇に置いていた鎧を着込み、最後に兜も被る。

 長老家族には自分の身体の秘密に関しては見せてはいるが、だからと言ってララトイアの住人全てにこの事を打ち明ける事もない。昨晩はディラン長老も、この事を知る人物は少ない方がいいだろうと言う話をしていた。ディラン長老の家族以外でこの事を知っている人物は、ディエントの領主に囚われていたセナとウーナくらいだ。

 エルフ族の里に人族が入る事は滅多にないと聞いた、その為その滅多にない事が起これば瞬く間にこの里の噂になるだろう。

 回避できる無用なトラブルは避けるに越した事はない。


 昨日ウーナに貸していた黒の外套は、既に返して貰い手元にあるが、里の中では鎧姿だろうと黒衣の外套姿であろうと目立つ事には変わりはない。

 里にいる間は余計な外套を被る必要もないだろうと、手に取った外套を荷物袋に突っ込んでおく。


 準備が整い部屋から出ようとすると、いつの間にか起きたポンタが、部屋の扉の前で姿勢良くお座りをしてその綿毛の様な尻尾を揺らしていた。

 どうやらポンタも階下から漂ってくる匂いに釣られて起きたようだ。


 部屋の扉を少し開けてやると、そこに頭を突っ込んで器用に頭で隙間をこじ開け、身体を滑り込ませると脱兎の如く階下に駆け下りて行く。

 エルフ族に聞いた話では、精霊獣の類はあまり食事を摂らなくても長い間生きられる為、あまり積極的に人前で食物を食べる事をしないそうだ。

 ただ人里に下りたり、森などを出ると精霊獣も食事をする機会が多くなるらしいが、森でも人里でも構わず食欲旺盛なポンタは、その例には当て嵌まらないようだ。


 昨晩食事の御馳走になった二階の食堂へ下りて行くと、そこにはすでに朝食に夢中のポンタと、その食べる様子を屈んで眺めていたアリアンの母、グレニスがいた。

 彼女は昨日と同じようなエルフ族の民族衣装のようなワンピースに、上からエプロンを羽織った姿だ。


「あら、おはよう。昨日はゆっくり眠れたかしら? 骸骨のあなたが眠るだなんて……なんだか想像するとすごいわね」


 グレニスはその様子を想像したのか、可笑しそうに笑みを零す。

 たしかに布団で眠る骸骨を想像すれば白骨死体にしか見えないだろうが、本人を前にして躊躇いなく振ってくるところなど、なかなかに豪胆な人だ。

 アリアンと違い、雰囲気はおっとりした感じなのだが。


「お早いですな、グレニス殿」


「きゅん!」


 グレニスに挨拶を返すと、ポンタも朝の挨拶なのか、こちらに顔を向けて一声鳴いてから、また朝飯の入った皿に顔を突っ込み直した。


「いま朝食を用意するから、そこへ座って待ってて」


 ポンタを一撫でして立ち上がると、グレニスはエプロン姿で奥の厨房に入って行く。


「かたじけない。ところで、ディラン殿やアリアン殿の姿が見えぬが、もうメープルに出掛けられたのか?」


 周囲を見渡しながら、奥の厨房にいるグレニスに問い掛ける。


「ええ、今朝方早くにね」


 厨房から出て来たグレニスは朝食を載せたトレーを持ちながら簡潔に答えると、持っていたトレーをこちらの目の前に置いて向かいの席に座った。

 自分は兜を脱いで脇によけ、軽く手を合わせて目の前の朝食に視線を落とす。


 トレーの上には軽く炙ったトーストの上に焼き目を付けたドライソーセージの輪切りが白いソースと共に添えられ、目玉焼きと野菜のスープというメニューが載せられていた。


 トーストを齧ると、サクッと小気味いい音と香ばしい中に甘い香りの立つパンで、その上のドライソーセージは少し癖はあるものの、ハーブと香辛料を効かせてありなかなかに美味い。さらにその上に掛けられていた、白いねっとりとしたソースの懐かしい味に、思わずと言った感じで驚きの声が漏れてしまった。


「マヨネーズか……」


「あら、よく知ってるのね? 初代族長様が考案なさったソースで、人族の街だとリンブルト辺りにしかまだ広まってないと思っていたけど……」


 グレニスは意外だといった面持ちで首を傾げている。

 どうやらマヨネーズと言う名前もそのままに使われているらしい。マヨネーズ自体はそれ程難しい作り方ではないので、少し知識があれば出来る。

 八百年前に森都メープルを築いた初代族長様とやらは、どうやら自分と似た存在だったのかも知れない。長寿のエルフ族なら、もしかしてまだ存命なのだろうか?


「その初代族長様なる方は、まだご存命か?」


 目玉焼きを口に放り込みながら、向かいに座っているグレニスに、少しばかり期待を持って尋ねてみた。


「ふふふ。さすがに長命のエルフ族でも、そこまで長生きできないわ。エルフ族はだいたい四百年くらいかしらね」


 それでも四百年もの寿命があるのか……、こういった時代の人間の寿命などたかだか五十年がいいとこではないだろうか? いや、権力者は回復魔法などでもう少し長生きなのだろうか?

 初代族長は自分と同じ境遇の者だと思ったのだが、既に故人では真相を確かめる術はない。確かめようのない事を、何時までも考えていても仕方がないだろう。


 今日はこの後、エルフ族の里であるララトイアを少し見て回る予定だ。

 長老であるディランの許可は得ているので、一日のんびり巡るつもりだ。案内役としてグレニスが同行するが、これは監視役も含まれているのだろう。エルフ族と人族の関係を考えれば、致し方ない措置だろうとは思うので、特に気になったりはしない。


 ディランには今晩にもまた改めて話がしたいと言われているので、しばらくこの里で厄介になるのも悪くはない。

 何せ昨日の晩飯もだが、この朝飯もかなり美味い。人族の庶民が食べる飯は、基本薄味が大半で、豆、雑穀の粥、芋などが主な主食。魔獣の肉などが多いのか、肉料理に関しては種類が多いが、やはり香辛料系が少ないのだ。

 美味い飯が食べれるところで泊まれるのは、それだけでありがたい。


 最後に残っていたドライソーセージを口に運ぼうとすると、テーブルの脇に伏せてこちらをじっと見つめるポンタと目があった。

 フォークに刺したソーセージを左に右に動かすと、まるで糸に釣られて動くマリオネットの如く、ポンタの頭が左右に振れる。

 観念してポンタにソーセージを渡すと、飛びついて嬉しそうに咀嚼しだす。


 その様子を正面にいたグレニスは微笑ましいものを見る目で、朗らかに笑っている。白骨の骸骨が顔色を変える事はないが、軽く咳払いしてその場の空気を誤魔化す。


「馳走になった、グレニス殿」


 朝食の礼を言って兜を再び被り席を立つと、ソーセージを食べ終わったポンタが魔法で風を起こし、定位置である兜の上に貼り付く。


 そのまま大樹の屋敷の一階へと下りて、正面の玄関を出てから一度振り返る。

 昨日はだいぶ辺りが暗くなっていて全体像が把握しづらかったが、今は朝日に照らし出されて、その摩訶不思議な人工と自然の融合建造物が目の前にはっきりと姿を晒している。

 人族の街並みは割と欧州の歴史地区っぽい雰囲気の残る景色が多かったが、こちらはゲームや小説で出てくるような妖精の家のような趣だ。ただこの形式の建物は、この里の中ではあまり見ない。遠くにそれらしい物がいくつか見えるだけで、基本的には木造のマッシュルームの様な家が立ち並んでいる。


 暫く大樹の屋敷の観察をしていると、屋敷の中からエプロンを外したグレニスが出て来るのが見えた。


「人族の方には珍しい建物かしら?」


 こちらが建物を飽きずに眺め回しているのを見て、少し微笑みながら問い掛けてきた。


「うむ、どうやって建てたか、それすらも皆目見当もつかぬな」


「そうね、確かに精霊魔法を扱えないと無理かも知れないわねぇ」


 どうやらこの建築物は精霊魔法の力によって建造されているらしい、あまり数を見ないのはやはり建造時に掛かるコスト的な物が高いのだろうか。


「この屋敷の樹にある樹洞には時々ポンタちゃんと同じ、綿毛狐がやって来る事もあるのよ。綿毛狐は本来、風に乗って群れで移動して生活するんだけど……」


 彼女はそう呟きながら、頭の上で不思議そうに首を傾げているポンタに視線を投げ掛ける。怪我を回復魔法で治し、餌付けしてからずっとこの位置がお気に入りなっている。

 他の仲間が見つかり自分から離れるまでは、ポンタの自由にさせている。


 グレニスが里の中を案内してくれると言うので、彼女の後ろに付いて行く。

 道を歩く途中に擦れ違う他のエルフ族からは奇異の目で見られるが、これは人族の街でもあまり変わらない。


 ララトイアの里はかなり広大な面積を高い塀で囲った集落のようだった。視界のずっと先に、この里に入って来た時に見た上部が波型の緑の木塀がずっと続いている。

塀の内側には家畜を放牧している広大な牧草地や、綺麗に整備された水路が縦横に張り巡らされている畑があり、そこには様々な作物が植えられている。


 今も目の前には不思議な蔦植物が絡まる棚があり、ヘチマのような実がいくつも上からぶらさがっているのが見える。


「グレニス殿、これは如何なるものですかな?」


 ヘチマのような実は半透明で中に液体が満たされていて、中心に芯に繋がれた種が水耕栽培の様に浮いている。少し突いてみると表面はブヨブヨしていて、感触は水の入ったビニール袋みたいだ。


「水瓜よ。中身は水だけど外側の皮を使うのよ。水を抜いて皮の中に挽いた肉とハーブ、香辛料を混ぜた物を詰めて燻製にするの」


「ほぉ、では今朝食べたドライソーセージはこれで?」


「ええ、魔獣の肉は癖の強い物も多いから加工して食べる事が多いのよ。この水瓜を使ったやり方も初代族長様が考案したそうよ。昔は水瓜なんて森での水分補給くらいにしか使わなかったらしいのだけど」


 初代族長というのは随分と食の探求に熱心だったようだ。

 水瓜の棚で収穫作業していたエルフ族の男性に会釈してから、周りを見渡す。周辺の畑でも多くのエルフ族が農作業をしているのを見ると、ここも人族の村とそう違いはない。

 ただ見掛けるエルフ族の数からすると村と言うよりは町に近いかも知れない。


「この里はわりと大きい里なのか? エルフ族の数も随分多いように見えるが」


「例の一件で安全の為、ここより先にあった小さな里を閉じて大きい里に吸収されたから、ここも四千人超えたくらいかしら?」


 森の奥に四千人が暮らしていると考えると結構な数だ。そんな事を考えていると、ちょうど向こう側から一人の女の子が駆けて来るのが見えた。見覚えのあるその少女は、今回救出作戦で助けた一人だった。


 少女は足元まで駆けて来ると立ち止まり、此方を見上げてくる。サラサラとした翠がかった金髪のおさげが可愛く揺れている。


「鎧のおじさん! ポンタにこれあげてもいい?」


 少女の手に持っていた物を此方に見せて、そう尋ねてくる。少女が見せたのは赤くて丸い果物で、どう見てもリンゴに見える。

 ポンタはその甘い匂いに誘われて、頭の上から飛び降りると少女の手元を鼻をひくひくさせながら嗅いでいる。


「おお、構わぬぞ」


 少女は明るくお礼を言った後、リンゴをポンタに丸ごと渡している。それをポンタは何処から齧るか思案してぐるぐるとリンゴの周りを回っている。

 そんな様子を面白そうに眺めていた少女の後ろから、二人の年若い感じの男女がやって来て此方に深々と頭を下げた。


「今回は娘の為にご尽力頂けたようで、誠にありがとうございます」


 娘の父親らしいその青年はまっすぐに此方を見詰めて言葉を零す。横にいた母親であろう女性は上手く礼の言葉を出来ずに涙ぐみながらも、何度も頭を下げられた。


「なに、礼には及ばぬよ。我はアリアン殿に雇われた身、それほど畏まる事もない」


 しかしその夫婦は首を横に振り、また改めてお礼の言葉を口にする。それを周囲で農作業をしていた、エルフ族達がこちらを物珍しそうに眺めていた。


 その後も里を見て回る中、囚われていた少女の親を名乗る者がわざわざ足を運んで、礼を言いにやって来ては頭を下げていった。

 自分としてはアリアンの依頼でやった事なので、少々背中がむず痒い気分だ。いや、自分の場合は背骨と肩甲骨だろうか。


 ポンタは餌を貰ったり、遊んでもらったりして満足したのか、今は頭の上に貼り付いて器用に居眠りしている。

 おかげで此方は落とさないように、姿勢が良くなるばかりだ。


 あちこち見て回ったせいか、もう辺りはすっかり夕焼け色に変わっていて、道に設置された街灯が灯り始めていた。

 そろそろディランも家に帰っているだろうとグレニスに言われ、その日は大樹の屋敷への帰路についた。


誤字・脱字などありましたら、ご連絡宜しくお願いします。

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