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骸骨騎士様、只今異世界へお出掛け中  作者: 秤 猿鬼
第二部 刃心の一族
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森都メープル

 翌日、アリアンは父でありララトイアの里の長老でもあるディランに付いて、里の中央にある大樹の祠にやって来ていた。


 まだ日が昇って間もない為、里に吹く風はまだ冷たく肌寒い。

 朝靄が遠くの景色に霞を掛けてぼかし、目の前に枝葉を広げる大樹以外の存在を(おぼろ)げにしている景色は、どこか神秘的な雰囲気が漂っているようにも見える。

 祠の裏には、この里の中心を流れる小川が東西を分けるように流れていて、川のせせらぎと魚を求めてやって来た鳥の囀りのみが辺りに響いている。


 大樹の祠の周囲には木製の簡易的な囲いがあるが、特に塀として機能はしているようには見えない。腰までの高さしかないそれは、祠との境界線の役割をしているのみだ。


 祠の入口である扉の前には、二人の戦士が見張りとして立っている。しっかりとした革鎧を着込み、腰に剣を提げたエルフ族の戦士の一人が、長老であるディランを見つけると、軽く頭を下げて挨拶をしてきた。


「ディラン長老様、お待ちしておりました。メープルへの転移陣は準備が整っております」


 その言葉にディランは礼を言って、その戦士と二言、三言雑談をしてから祠へと足を向けた。アリアンもそれに遅れないように、後から付いて祠の中に入る。

 アリアンの後ろには、昨日アークから渡された金貨の大袋を抱えた数人の男達も一緒に付いて入口を潜って行く。


 大樹の祠の中は屋敷程広くはないが、それよりも高い吹き抜けが大樹の中を貫いている。周囲には太い柱が取り囲んでおり、この吹き抜けの空間を維持するような形になっていた。


 中央の少し高くなった円形の舞台のような場所が、祠の中に設置された魔道具である水晶型ランプの明かりに照らし出されている。

 その円形の舞台の足元には複雑怪奇な魔法陣が描かれていて、魔法陣自体が仄かに発光しているのが見える。


 ここがエルフ族の里、ララトイアにある転移陣の祠だ。

 このカナダ大森林を創った初代族長が、中心であるメープルと主だった里に設置した転移陣の祠。八百年前に設置されたそれは、代々里の長老によって管理され、今も中央であるメープルと各里を繋ぐ重要な施設となっている。


 その転移陣の手前までディランが歩みを進めると、脇にあったこの祠の管理人が住まう部屋から、小柄なエルフ族の男が姿を現した。

 見た目こそは四十代にしかみえない男だが、エルフ族の寿命である四百年近い歳であっても、人族とは違ってこれ以上の老化は見られない。


「ディラン長老、すでに転移陣の準備は整っております。しかし、今回は予定にない転移の為、その分の魔石燃料(マナフィオ)が不足致します、ですので……」


 転移陣の管理人である小柄な男が、少し心苦しげな表情で話していたが、ディランは言わずとも分かっていると言いたげな雰囲気で鷹揚に頷くと、昨晩アークから受け取った魔石を懐から出して管理人へと渡した。


「この魔石を魔石燃料(マナフィオ)にして使ってくれ。迷惑を掛けるね」


 管理人はその魔石を受け取ると、小さく礼をして下がった。

 それを見届けて、ディランは中央にある魔法陣の上へと進み出て、アリアンを呼ぶ。

 後ろに付き従っていた荷物持ちの男達は、魔法陣の上に金貨の大袋を下すと魔法陣から出て祠の脇に控えた。


 アリアンはディランの呼び掛けに応えて足早に父の隣に並ぶと、足元の魔法陣が眩く光り出す。祠の中を眩い光が溢れ一瞬の浮遊感を味わった後、光が収まるとそこは先程立っていた場所とさほど変化はない場所だった。


 だが足元の転移の魔法陣は先程よりも大きく、また祠自体もかなり大きくなっている。先程までは中にはいなかった警備の者があちこちに立っており、祠の中も装飾が多く施されている。


 森都メープルの転移の祠に転移して来たのだ。


 メープル側の祠の管理人と軽く挨拶をした後、魔法陣の上に放置された金貨の大袋を渡して中央院に運んでくれるように頼むと、ディランとアリアンは祠を後にする。


 祠の外は巨大な都市だった。


 ララトイアの里では(まば)らにしか建っていなかった大樹の建造物だったが、あれよりも巨大な大樹があちこちに建ち並び、その足元を縫うように道が縦横に走り、そこらじゅうにエルフ族の姿が溢れているのが見える。

 朝方の張りつめた空気の青空が、大樹の建造物群によって切り取られ、まだ低い位置にある太陽の光はまだその谷間には充分に届いてはいない。


 しかし通りには商店が立ち並び、威勢よく客引きをする者や、品物に見入る買い物客らでごった返していて、人族の街以上の活気を見せている。

 エルフ族全体ではまだまだ物々交換が主だが、ここ森都メープルでは金貨による買い物が一般的になってきている。


 アリアンも久々の森都に、その空気を確かめるようにして深呼吸し、伸びをする。


 この森都メープルは、十万人以上が暮らしている大都市だ。あの魔獣の跋扈するカナダ大森林の奥地にある都市だとは、人族には全く以て信じる事のできない光景だろう。

 しかし、ここ森都メープルは築かれてから八百年間、人族をただの一度も招き入れた事はない。交易関係にあるリンブルト大公国の人間ですら、ここの景色を見た者はいない。


 その理由は人族に知られては都合の悪い様々なモノが集約されているからだ。丁度その理由の一つがアリアンの目の前を通り過ぎて行く。


 身長は低く百三十センチくらいだろうか、ただ小さな子供と言う訳では無く、ダークエルフ族の男よりも逞しい太い腕と全体的にがっしりとした身体つき、腰元まで長く伸ばした髭に、少しばかり尖った耳。

 今目の前を横切った者はドワーフ族の男だ。


 かつてその冶金技術の高さ故に狙われて、人族の世界では表向き滅びたとされる種族。それが良く目を凝らすと、多くのエルフ族に混じって、街中にちらほらと目にする事ができる。

 この森都メープルの大都市は、エルフ族の精霊魔法とドワーフ族の冶金技術によって形成された魔法都市で、この一大都市を築く切っ掛けを創ったのが初代族長だった。

 そしてその初代族長が人族を、この森都メープルに招く事を固く禁じたのだ。


 しかし、その他の外周の里は長老の裁量に任されている。人族と交易をする最前線の里であったり、比較的人族の街に近い里がある為だ。だが殆どの里は人族の暮らす場所からは遠い森の奥地であり、滅多に人に遭遇する事もない。その為、他の里にも人族が立ち入る事は滅多になかった。

 アークがララトイアに入れたのは、偶々長老の娘であったアリアンの口利きがあった為で、かなりの例外であった。


 アリアンはひとしきりメープルの変わらない風景を堪能した後、前方で手招きしている父、ディランの方へと駆け寄っていく。

 ディランは大樹の建造物の谷間にある通りを、人混みを避けながら迷いなく進んで行く。


 しばらくすると、今迄大樹の建造物に阻まれていた視界が突然開けた場所へと出る。そしてその広大な空間の中心に今迄のどの建造物よりも大きい、巨樹の塔の様な建造物が目の前に聳えていた。

 近づく程に上は見上げるような高さで、首が痛くなる程だ。


 正面の広い入口には何人も警備の者が立っており、常に出入りする人物に目を光らせている。入口から正面のカウンターに行き受付に用件を伝えると、すぐに案内係のエルフ族の女性が出て来た。


 その案内係に連れられて、奥にある丸い円筒状の部屋がいくつも並んだ場所へと行くと、その内の一つの部屋に案内される。

 円筒状の部屋の中心には台座のような物が置かれ、その上には丸い水晶玉のような物が半分程埋め込まれている。案内係の女性が(おもむろ)にその水晶玉に触れると、水晶玉が僅かに発光しだす。

 すると円筒状の部屋の床が何の前触れもなく浮き上がり、音も無く円形の床が円筒内の吹き抜けを上へ上へと上昇して行く。

 程なくして目的の階層に着いたのか、床の上昇が止まるとそこは巨樹の塔の外周部に設けられた渡り廊下で、外周沿いの窓からはこの都市を全体を一望できた。

 丁度西側を向いているのか、メープルの都市が足元に見え、正面には巨大な湖の水平線が広がっている。北を見ても、南を見ても湖の端はまるで見えない。

 初代族長がグレートスレーブと名付けたその巨大な湖は、この都市の貴重な水源であり、さらに豊富に捕れる魚の宝庫でもある。


 そのグレートスレーブ湖が朝日を反射してきらきらと光る風景を眺めながら、渡り廊下を進んで行くと、やがて目的の場所へと辿り着く。

 その両開きの大きな扉の前に来ると、案内係の女性は片方の扉を開けて、中に来客者の到着を知らせた後、脇に避けて二人だけで中に入るように促してきた。


 ディランとアリアンはそれに首肯して、その扉を潜る。


 中はそれ程華美な装飾などは無く、むしろ落ち着いた雰囲気の大部屋であった。部屋の中央には巨大な丸テーブルが置かれ、その周りを十一名の男女が各自の席に着いている。

 座っている人物の殆どはエルフ族だが、ダークエルフ族とドワーフ族の姿もある。ここ森都メープルを治める中央院の大長老十名と、それを取り纏める第三代族長ブリアン・ボイド・エヴァンジェリン・メープルだ。

 現族長は初代族長であるエヴァンジェリンの系譜にある人物で、エルフ族としては珍しく初代の名前を受け継ぎ名乗っている。


「ララトイアのディラン長老、今回は先の誘拐事件の人質救出作戦における、結果の報告だったかな? 君が直接出向いた訳を話してくれるのかな?」


 部屋から一番奥の席に着いた人物から、ディランは静かに問い掛けられた。

 四十代くらいの物静かな雰囲気の男で、長く伸ばした翠がかった金髪を、複雑な色模様の施された組紐で束ねている。彼こそが第三代族長であるブリアン族長だった。


 その問い掛けに、普段はあまり見せない緊張の面持ちで話をする父、ディランの様子を少し物珍しげに視線をやっていたアリアンだったが、会話が領主の件になると若干その表情を曇らせて視線を下げた。


 ディランの報告が終わると、部屋の中はざわついた雰囲気は無くなり静かな空気で満たされ、誰かの身動ぎがたてる音がやけに大きく聞こえた。


「まぁ、とりあえずは人質の救出と、新たに行方不明だった二人も無事確保できた訳だが」


 大長老の一人がそう言って最初の会話の口火を切ると、まるで堰を切った様に次々と意見が投げ交わされ始めた。


「問題はその二人の救出の際に起こした領主の件ですな。これは少々迂拙(うせつ)ではなかったですかな?」


「しかし、四百年前に結んだ条約を自ら破ったのだ。それを思えば、今回の件は向こうが抗議出来る立場には無いと考えるがね……」


「待て待て、今回の誘拐事件の領主関与は立派な戦争の理由になりますぞ! 奴ら六百年前に我らに戦争を仕掛けて、国が分裂した事をもう忘れておるのかっ!?」


「我らにとって六百年前は親の世代の話で済むが、彼ら人族は歴史書の中の話になりますからな……。彼らと真に友好関係を築くのは無理な話でしょう」


「ふん、豊穣の魔結石の放出量を絞ると言えば向こうは何も言えぬだろう……」


 大長老達がそれぞれ己の主張やら意見を声高に叫び、場内は喧喧囂囂(けんけんごうごう)たる様相を呈する。

 その様子を眺めていたディランと奥に座ったブリアン族長は、同時に大きく溜息を吐いていた。


 結局あの後、昼食を挟んでさらに議論が交わされ一応の決着は付いたが、決着した結論はあまり有意義とは言い難いものになった。


「とりあえず静観、か……」


 円形の床が音も無く管状の部屋を滑り降りていくなか、アリアンの隣に立ってディランは先程出た結論を呟く。


 ローデン王国とは六百年前に戦争を仕掛けられてから、殆どといって交流がなかった。当時エルフ族との交戦に反対姿勢を貫いた、ティシエント公爵家がローデン王国を離反しリンブルト大公国を興した。

 以来、交易などの人族との交流はリンブルトのみと行っている。


 当時の戦争で、ローデン王国は王軍と領主諸侯軍の大半を失い、滅亡一歩手前にまで陥った。今もまだ運よく国が残っているのは、当時レブラン帝国が王位継承争いで東西に分裂し、激しい戦争を繰り広げていて王国の立て直しに猶予があっただけに過ぎなかった。


 その後、四百年前にローデンの国王が正式に戦争行為の謝罪をし、誠意を見せるという形でエルフ族捕縛に関する禁止条約が締結されたのだ。


 今回の領主暗殺の一件はたしかに行き過ぎた行為だったかも知れないが、王国側も自国の非があり、あまり強く出る事はないだろうと言う見解だった。

 いずれ正式に使者やらが訪ねて来る事を見越して、その準備だけはしておこうと言う事で、最後はなんとか落ち着いたのだ。


「すみませんでした、ディラン長老」


 横では今回の引き金を引いた彼の娘が、項垂れた表情で目を伏せていた。母親譲りのその綺麗な白髪の頭をそっと撫でて、ディランは苦笑する。


「アリアンはまだ若いからね、それに今回の件はまだ終わりじゃないよ?」


 そう言って、彼は懐から例のエルフ族売買契約書を出して見せる。先の議会で売買契約書に記された者の調査をする事が言い渡され、ディランが再び一任されたのだ。


「反省はできたようだし、引き続きこれの調査をお願いする事になるよ。助っ人だったアーク君には此方から正式に依頼してみるよ。それにしても予想以上に時間が掛かってしまったね、せっかくメープルまで来たのにイビンと会う時間さえ無くなったよ」


 ディランは少し疲れた表情をして、肩を竦めて見せる。イビンとは彼のもう一人の娘で、アリアンの姉にあたる。


「姉さんに何か用事でもあったの?」


 アリアンは不思議そうな顔をしながらも、最近会っていなかった姉の勝気そうな顔を思い出す。


「あれ、アリアンにはまだ話してなかったかな? 来年あたりに結婚するそうだよ。まだ相手の顔も見てないから実感が湧かないんだけどね……」


 その父の一言にアリアンは顎が外れそうな程の驚愕の表情を浮かべる。


「え?! 嘘!? あの戦闘狂で一生結婚する気はないって言ってた姉さんが?! 相手はあたしの知ってる戦士の誰か?」


「いや、聞いた話によると、農業に従事しているって聞いたけどね」


 アリアンは信じられないといった表情を浮かべる事しかできなかった。

 無類の戦闘好き、その実力はアリアンより上で、精強を誇るメープルの戦士の中でも屈指の実力を誇る。強い相手にしか興味を示さなかった自分の姉が、まるで違う人物になってしまったかのような話にアリアンはただ茫然とするしかなかった。


 そんな話を聞きながら巨樹の塔である中央院を出ると、空は既に朝方の青空から夕闇色に変わっていた。

 大樹の建造物の窓からは魔道具の灯りに加え、さらに足元にある街灯によって宵闇を退ける街の姿が浮かび上がっている。


 いつも変わらないと思っていた姉が、自分の知らないところで変わっていた事に、若干の寂しさと戸惑いが彼女の中に生まれていた。

 それは自分の中にも突然生まれるのだろうかと、刻々と変わる空の色を眺めながらとりとめもない思いに捉われる。


 灯りに示された道をディランとアリアンは言葉少なく並んで歩き、ララトイアへと戻る転移の祠へと急ぐのだった。

誤字・脱字などありましたら、ご連絡宜しくお願いします。

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