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骸骨騎士様、只今異世界へお出掛け中  作者: 秤 猿鬼
第二部 刃心の一族
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ララトイアへお出掛け2

 森の木々が切り開かれ、目の前に忽然と姿を現したのは、人族の集落とは随分と趣を異にするものだった。

 集落を取り囲む街壁だろうそれは、一本の木から造られた角材のような物から出来ていて、高さは三十メートル以上はありそうだ。

 それは滑らかな曲線を描き、上部がまるでネズミ返しのように反り返っていて、木製の波が迫るような形状をしている。


 しかし、角材のようなその木柱は上部に行くほどグラデーションの様に緑色になっていて、それらが整然と隙間無く立ち並び、目の前に圧倒的質量を誇る巨大な壁として存在していた。


 その街壁はかなり広範囲を取り囲んでいて、その美しい曲線を描く木壁の足元には茨の蔓が無数に伸び、その木壁の下半分を覆っていた。

 そのため、全体的に緑の巨大な壁が視界を塞いでいる恰好だ。


 正面のアーチ型の門は人が二人並べる程度の幅しかなく、高さもさほどない。門には黒光りする金属の塊で出来たような落とし格子が設置されており、ちょっとやそっとの衝撃ではびくともしなさそうだ。

 門の上には見張りの為の櫓だろう物が置かれているが、横に平べったい円筒型で屋根が丸みを帯びており、まるでキノコのようにも見える。


 四人の少女達は門が見えて来ると嬉しそうにそこへ向かって駆け出して行く。

 見張り櫓には二人のエルフ族の歩哨が立っており、こちらの姿を確認して指を差して隣の同僚に話しかけている姿がここからでも見える。


「はぁ、やっと着いたわね」


「結構疲れましたぁ~」


 セナとウーナもようやく森を抜け、自分達の領域に帰って来たのが嬉しいのか少し安堵した表情を見せる。


「開門!! アリアン・グレニス・メープル! ダンカ・ニール・メープル! 人族に囚われた者達の救出任務より帰還! 長老に取り次ぎを求む!」


 アリアンは門の前に仁王立ちになって、見張り台に向って大声で名乗りと目的を告げて、その場で静かに待っている。


 やがて正面の金属の塊のような落とし格子が軋みながら上へと引き上げられ、遅れて奥にあったもう一枚の落とし格子も上がり始める。


「あたしは長老に許可を貰ってくるから、アークは少しここで待ってて」


 彼女はそう言い残すと、出てきた門番らしきエルフ族の男二人と入れ替わりに、ダンカやセナ、ウーナに少女四人を連れて門の中に入って行く。


 彼女達が門の奥に消えると、正面の門に二人の門番が立ちはだかった。一人はこちらを少し睨むようにしているが、もう一人は視線が頭の上の綿毛狐(ポンタ)に固定されて目を見開いているのが判る。


 門から少々離れた場所に肩に下げていた金貨の大袋を下し、そこに腰を落ち着けてアリアンの帰りを待つ。


 ポンタはと言うと、目の前で真剣な表情で自分の大きな尻尾の先を掴まえようとする新しい試みにチャレンジ中だ。ジリジリと尻尾に狙いを定めて、勢いよく身を捻って飛びつく、飛びつく。

 実家で飼っていた猫も似た様な事をしていたが、これは子供の頃によくやっていた”自分の中ルール”的な何かなのだろうか?


 そんなどうでもいい事を考えながら、ポンタの一向に戦績の上がらない戦いを見守っていると、辺りが随分とうす暗くなってきていた。

 あれから三十分くらいだろうか。

 門の上の見張り櫓では、橙色に光る照明器具が灯され辺りの闇を振り払っている。人族の街では見た事がない、どこか電燈を思わせる光だ。

 いや、ディエントの領主屋敷に似た感じの物があったか……。


 やがて正面の門の奥から橙色の明かりに照らされて、アリアンが出てくるのが見えた。


「アーク! 長老の許可を取ったわ! 来て!」


 その声に腰を上げて、金貨の大袋を担ぎ門へと向かう。ポンタも後ろから遅れまいとせかせかと付いて来る。


 アリアンの案内の後ろに付いて門の落とし格子を潜り、奥へと進む。街壁の厚さは五メートルはある。内側のもう一枚の落とし格子を越えてララトイアの中へと入る。


 中は少し不思議な印象のする村といった感じだった。


 街壁内は作物の為の畑や、家畜を放しておく牧草地などが広々と広がっており、その中にぽつぽつと木造だろう家が点在している。家は人族の街で見かける物とは違い、マッシュルームの様な形の家だ。家の外周はちょっと高いウッドデッキになっていて、軒もその上まで張り出している。家を支える柱には独特の紋様が彫り込まれていて、独自の民族文化が垣間見える。


 長閑な風景ながら、足元の歩道は綺麗な石畳が敷かれ、等間隔で街灯らしきものまで設置されていて足元に一切の不安はない。

 遠くの景色にも明かりの道が浮かび上がり、夕闇の空の下、幻想的な風景を演出している。

 これらを見る限り、生活文化などは人族より上のように見える。


 アリアンを先頭に村の道を進む中、門を入ってすぐ脇にあった詰所のような場所から付いて来た二名の戦士も無言で後ろに従っている。見張り役なのだろう。


 門を越えてから歩く事しばらく、ようやく目的の場所へと着いたらしい。


 正面に見えるのは巨大な大樹、いや、大樹と一体となった建物だ。

 大きな屋敷一軒分程の幅もある幹の大樹が正面に聳える。自然物と人工物が融合して出来た大樹の屋敷は、どうやって建てられたのかすら分からない。

 ただ、大樹の幹に開けられたいくつもの窓からは部屋の灯りが漏れているのか、まるで電飾でライトアップされたように、ぼんやりと夕闇の中にその威容を浮かび上がらせている。


「ここが長老の家よ。入って」


 アリアンはそう言って正面の大きな木製の両扉を開けて中に入り、こちらを促してくる。こちらが入ろうとする前に、いち早くポンタが屋敷の中に滑り込んで行く。

 美味しそうな匂いでもしたのだろうか?


 大樹の屋敷の正面玄関を潜って中に入ると、中は吹き抜けのホールのようになっていた。屋敷の中心には巨大な柱が縦に貫いており、ホールの外周に渡り廊下が渡されて各部屋の扉が三階まであるのが見える。左右の階段からその渡り廊下に上がって行けるようだ。

 屋敷の中には水晶でできたようなランプがいくつも設置されており、暖かな光が部屋の中を照らしている。人族の街で主に使われていた油ランプとは照度が違う。


 ホールの中央には二人のエルフ族が立っていて、アリアンもその脇に控える。


 一人はエルフ族の男で、外見の年齢的には二十代後半から三十代くらいにしか見えない、翠がかった金髪は少し長く、片眉を器用に上げてこちらを仔細に観察してくる。エルフ族特有であろう紋様の入った神官服のような出で立ちだ。


 もう一人は女性で、こちらはアリアンと同じくダークエルフ族らしく、薄紫色の肌に三つ編みにした白く長い髪を後ろに垂らしている。民族衣装のようなワンピースを着ているが、アリアンより大きな二つの丘が下から押し上げているのが一目で判る。


「君がアーク君だね? よく来てくれたね。私はディラン・ターグ・ララトイア、この里の長をしている。娘が大層世話になったそうだね」


 エルフ族の男はそう自己紹介をして、右手を差し出してくる。

 彼の言葉に、傍らに控えていたアリアンを思わずといった感じで見てしまった。それに対して彼女は少し肩を竦めて見せただけだったが。


 たしかにメープルに所属するとは言っていたが、出身地であるとは言っていなかった。

 目の前にいるアリアンの父親だという男の右手をとり、握手をする。


「アリアンの母、グレニス・アルナ・ララトイアよ。百七十歳です」


 アリアンの母親を名乗る女性の言に再びアリアンに視線を向けると、彼女は小さく首を横に振っている。どうやら実年齢と違うらしいが、人間にとって百歳を超えていれば、ちょっとくらい上だろうと下だろうと、大して変わらない。

 なかなかに反応に困る名乗りではあったが、何とか声を絞り出す。


「お初に御目に掛かる、長殿。そして奥方殿。我が名はアーク、旅の傭兵をしておる者です」


「まぁ、ここで立ち話もなんだし。二階で食事をしながらでも話をしようじゃないか」


 ララトイアの長老であるディランが、そうやって二階へと促す。それに首肯して、彼に付いて二階へと上がった。

 二階の大きな一室、食堂なのだろうそこは、大きな木製のテーブルに椅子が置かれ、奥には厨房らしき物が見える。部屋には厨房から流れてくるいい匂いが漂っていた。


 ポンタは早速とばかりにテーブルの上に飛び乗り、行儀よくお座りをしている。自分も長老であるディランに勧められた席に腰を掛け、足元に荷物を下す。

 アリアンの母親であるグレニスは、シチューを温めると言って奥の厨房の方へと向かった。

 アリアンも席に着くと、対面に座ったディランが軽く頭を下げてきた。


「娘からだいたいの経緯(いきさつ)は聞いたよ。エルフ族を代表してお礼を言おう、ありがとう。まさか転移魔法を扱える者がいたなんてね。予想外の戦力だったが、今回この()が領主を討ってしまったのは、さらに予想外の出来事だったね……」


 ディランは後頭を掻きながらも苦笑する。アリアンの方は不満そうな表情で目線を外している。


「条約があったのに、それを無視してローデンの貴族が関わっていたのよ。討たれても文句言える立場にはない筈よ!」


「それでも今回の件は軽率だったと言うしかないかな……。今回は誘拐犯の拠点を叩くという話だったのが、何故領主屋敷にまで?」


 その問いの答えには、あそこで出会った忍者少女の話を、自分が掻い摘んで話をした。


「……それは山野の民だね。人族は獣人と呼んでいるのだったか? 山野の民は人族から一方的に奴隷として狩られている民だからね」


 やはり以前懸念していた通り、獣人種族は迫害の対象だったようだ。


「その者は恐らくだが、山野の民の奴隷を解放して回っている”解放者”と呼ばれる者達の一人だね。なんでも”解放者”は六百年程前に、レブラン帝国で密偵を生業としていた集団の末裔だと言う話を聞いた事があるな……。彼らの情報網は広い、森に閉じ籠っている我々と違ってね……成程」


 一人納得したような面持ちで腕を組んでいたディランだったが、やがて肩を落とす。


「とにかく、今回は普通に作戦が成功していれば、中央には囁き鳥で連絡を入れるくらいで良かったが……、こういう事態になってしまっては中央の大長老会に出て、直接事情を話すしかないだろうね……。転移陣に使う魔石が余計に掛かるなぁ」


 そう言ってディラン長老は、再び肩を落として溜息を吐く。


「おお、ならば丁度いい物が……」


 傍らに置いてあった金貨の大袋の中に、一緒に放り込んでいた荷物袋を引っ張り出して、中から赤子の拳程の大きさの石を取り出し、それをディランの方へと差し出す。部屋の灯りに照らされ僅かに紫色の輝きが煌めく。

 ラタ村近くで薬草採取のおりに討伐したジャイアントバジリスクの魔石だ。


「これは……いいのかい? これ程の純度の魔石なら、魔道具の燃料としてはかなりの物だけど?」


 ディランは手の中にある魔石を確認しながら、驚きの表情で尋ねてくる。

 どうやら魔石は魔道具の燃料として使用されるらしいが、今迄使い道がわからず、ただ持っていただけの物なので特に惜しい気持ちはない。


「なに、旅の身では魔石を使う機会などそうそう無いものでな。あとこれが誘拐犯の拠点で手に入れた、エルフ族の売買契約書になる」


 荷物袋の中から、丸めて紐で閉じた羊皮紙七枚も同時に取り出してディランに手渡した。

 彼は手に持っていた魔石を脇に避けて、羊皮紙の紐を解き、七枚の売買契約書の内容に目を通していく。


「七枚の内、五枚に同じ人物の名前が書かれているな。ドラッソス・ドゥ・バリシモン、聞いた事の無い名前だ。後はルンデス・ドゥ・ランドバルトに、フーリシュ・ドゥ・ホーバン。最後のホーバンと言うのは、アネット山脈とテルナッソス山脈に挟まれた街道にある街の名前だったと記憶しているが……」


 ディランは難しい顔をして暫く売買契約書を睨んでいたが、やがて顔を上げた。


「とりあえず明日はメープルに行く事を先方に伝えて、今回の件の報告と、この売買契約書を持って行く事にするよ。ローデンとは正式に交流がないから、またアリアンに情報収集と救出任務を頼む事になるかも知れないがね……」


 苦笑いを浮かべたディランだったが、アリアンの方は特に気にした風もなく、むしろ当然だと言わんばかりの表情だ。

 エルフ族の中枢に行く序でに、処分して貰いたかった物を彼に提案してみた。


「では序でと言ってはなんだが、ここにある金貨も持って行って貰えぬか?」


「しかし、それは君が持ち出した物ではないのかい?」


 ディランは驚きの表情で返してきたが、正直なところ邪魔で仕方がなかったのだ。さらに言えば元々はエルフ族を売って儲けた金だ。自分の取り分は確保してあるし、表沙汰には出来ない金を、堂々と返還要求は出来ないだろう。そもそも盗んだ犯人が誰かも判っていない可能性すらある。


 その旨を彼に話すと、しばらくは眉根に皺を寄せてはいたが了承して貰えたようだ。これで文字通り、肩の荷が下りた。


「ありがとう。恐らくだが、これはリンブルト大公国から小麦を買う為に当てられるだろう。何せカナダ全域はほぼ森に覆われていて、なかなか小麦の育ちが悪いのでね。しばらくは(うち)に逗留するといい。ララトイアへの出入りは私の権限で許可しておくよ」


「難しいお話は終わった? それじゃ食事にしましょうか。今日はホワイトシチューを作ったのよ」


 ディランにエルフ族の里のララトイアへの出入りの許可を受けた後、アリアンの母であるグレニスが夕飯のホワイトシチューをテーブルに並べていく。

 籐籠のような物には白い柔らかそうなパンが入れられて、それぞれのサラダも食卓へと置かれる。


 ポンタにも専用の皿にシチューを入れて貰い、早速とばかりに口をつけようとしたが、シチューが熱かったのか、一声鳴いた後は皿の前で冷めるのをじっとお座りして待っている。


 自分も目の前に出された美味しそうなシチューの入った皿を前にして、少し身構えて悩んでいると、ディランから声が掛けられた。


「娘からは君の身体の事は聞いているよ。私とグレニスなら大丈夫だよ」


 そう言って此方を促してくる。

 少し考えた後、そっと兜を食卓の脇に置く。さすがに聞いたのと見たのでは大違いなのか、二人とも僅かに驚いた風ではあったが、それ以上は何も言わずにシチューを勧めてきた。

 目の前には、眼窩に蒼い灯火を宿す骸骨鎧が座っていると言うのに、大した胆力だ。


 勧められるがままに、スプーンを手に取ってシチューを掬う。肉と野菜が柔らかくなるまで煮込まれたシチューを口に運び、喉に通す。バターの風味である乳の味が口に広がると同時に、煮込まれた肉が中で解けていく。

 パンも人族の街で食べたような固く酸味のある物とは違い、白く柔らかいパンは微かに果実の甘い匂いがして、自分のよく知るパンに近い。

 アリアンの母親はかなり料理上手のようだ、なかなか手が止まらない。


「物を食べるスケルトンなんて、目の前で見ても俄かには信じ難いな」


 そんな様子を眺めていたディランは興味深そうに呟く。それに関しては全くの同意だ、自分の四次元ポケットのような胃はいったい何処に繋がっているのやら……。


「気に入って頂いて良かったわ。おかわりもあるので遠慮しないで」


「きゅん!」


 グレニスのその言葉に、真っ先に反応したのは横にいたポンタだった。量の少なかったシチューは何時の間にか冷めたのか、すでに綺麗に食べ終わって、おかわりを所望しているようだ。皿がピカピカだ。


 それを受けて自分も残っていたシチューを四次元胃袋に納めると、アリアンと同時に皿をグレニスに差し出した。


「おかわり」


「御代わりを頂戴したい」


 自分では姿が骸骨だったとしても、中身は人間だと思ってはいたが、何故か久々に人として飯を食べた様な気がした。


 エルフ族の里、ララトイアでの初めての夜はそうやって更けていった。

誤字・脱字などありましたら、ご連絡宜しくお願いします。

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