序章
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この北大陸において三番目の国力を誇るローデン王国。
北部国境は接する東西レブラン帝国が二分し、西部はブルゴー湾を望む海岸線が走り、南は南央海、東部にはローデンから独立したリンブルト大公国とエルフが暮らすカナダ大森林が広がるのみで、比較的外敵が少ない位置にある国だ。
北部を接する両レブラン帝国。
東の神聖レブラン帝国、西のレブラン大帝国は元は一つの国家だったものが、後に分裂し、お互いが大陸の覇権を握ろうと睨み合っている。
両国の国力はほぼ拮抗しており、ここにローデンを自陣営に引き込めれば大きく勢力の針が傾くとあって、大陸の東西の覇権争いの影響が王国内にもその影を落としていた。
東の神聖レブラン帝国は不凍港と温暖な平野を求めて南進し、ローデンと組んで西を打倒する事を画策し、西のレブラン大帝国はレブランの正統性を訴え、ローデンと共に東を牽制しようと画策する。
ローデン王国の次期王位継承争いがそこに加わり、第一王子のセクト王子は西のレブラン大帝国を、第二王子のダカレス王子は東の神聖レブラン帝国の後ろ盾を其々持ち、互いに牽制しあっていた。
そんななか、もう一人の王位継承権を持つ第二王女のユリアーナ王女は、両国とは一定の距離を保ち、王国の東西にあるノーザン王国とリンブルト大公国、それにエルフが治めるカナダ大森林との結びつきを強める事を訴えた独自路線を主張していた。
そして三者が王国内の貴族を自派に取り込む熾烈な権力闘争の中で、第二王子派閥を形成する為の闇の資金源が何者かの策謀により閉ざされた為、王国内の勢力図は大きく変わろうとしていた。
カルカト山群を北に望むこの地は肥沃な平原が広がり、風龍山脈から伸びる豊富な水量を誇るライデル川が王都の東側を流れ、南にある南央海へと注いでいる。
ローデン王国王都オーラヴの中心に位置する王城内の離れの宮殿の一室、中庭を望む事が出来る窓際のテーブルに腰を掛け、一人の女性が背後に侍女を一人だけ従えて二人の人物と相対していた。
清楚で落ち着いた雰囲気のドレスに身を包み、貴婦人然とした所作で腰掛け、少女のような可憐さを併せ持ったその女性は、この国の第二王女、ユリアーナ・メロル・メリッサ・ローデン・オーラヴである。
黄色味の強い金髪を長く伸ばし、毛先に掛かった緩いウェーブを靡かせながら、白く整った顔立ちには愛くるしい茶色い瞳が配置されている。しかし、その大きな瞳には強い意志の光が宿っているのが見てとれた。
「今度ダカレス兄様が、セクト兄様と共にホーバン領へと赴くと言う話を聞きました。表向きは夜会への出席と、王都周辺領の視察と言う事になっています」
ユリアーナ王女の静かな語りに対面した壮年の男が重々しく頷き相槌を打つ。
将軍服を着込んだ大柄の男は、茶色い髪と髭を短く刈り込み、四角い厳めしい顔つきが威厳を漂わせている。
王女の派閥に属する公爵家、フリヴトラン家の当主にして王軍の三将軍の一人、カルトン・ドゥ・フリヴトラン将軍だ。
「今回のホーバンへの視察、危険な臭いがしますな。先の一件、犯人に関しては宮廷では憶測が飛び交っております。あれはエルフ族の襲撃に見せ掛けた欺瞞で、セクト殿下の派閥や我らの仕業では、という話まで出ております」
先の一件とは、第二王子派閥であったディエント侯爵暗殺事件の事だ。
エルフ族の捕縛及び売買の禁止が取り決められているローデン王国で、その裏取引をしている疑いのあったディエントの領主を、ユリアーナ王女が密かに内偵させていた矢先に起きた事件だった。
最初はエルフ族の目撃証言が出ていたものの、いつの間にか証言者が姿を消し、それはいくつも出る憶測の犯人像の一つとなり下がってしまった。そして、未だに犯人とその目的が不明のままになってしまい、さらなる憶測を呼ぶ結果になってしまっている。
「奴隷商の同時襲撃もだけど、ディエント侯が蓄えこんでいた資産等がごっそり消えていた事が、余計に憶測に拍車をかけているわね」
ユリアーナ王女は大きく肩を竦めて溜息を吐く。
「消えた資産の行方ですが、一部はディエント領内で見つかったそうです。高価な調度品の一部ですが、領民が所持していたそうです。なんでも落ちていたのを拾ったとかで、その他にも何点か市場に流れているのが見つかっています。ディエント家は取り返そうとしておりますが、一旦闇に流れてしまえば早々見つかる事はないでしょう」
口を開いたのはカルトン将軍の隣に座っている青年だ。
将軍服をやや簡素にした感じの軍装に袖を通し、折り目正しいその若い男は、カルトン将軍に面立ちは似通っているが、将軍よりはやや線は細い。しかし、それはカルトン将軍に比べての話だ。
彼の名はレンドル・ドゥ・フリヴトラン。フリヴトラン公爵家の嫡男、カルトン将軍の息子にして、彼の預かる軍の一大隊を率いる大隊長の位にいる青年である。
「なんにしても、これでディエント侯爵家が立ち直るには暫く掛かりましょう。大きな資金源の一つが傾いた事によって、ダカレス殿下の陣営はこの動揺を抑える為に何か手を打ってくるでしょう……。セクト殿下の方もブルティオス公爵が何やら良からぬ動きを見せておるとも聞きます」
カルトン将軍はその立派な顎鬚に手をやりながら、眉根に皺を寄せて両陣営の不穏な動きに対して懸念を示す。
そんな将軍の懸念を肯定するように頷くと、ユリアーナ王女も今後の対応を口にした。
「嵐が訪れるでしょうね……。予定を繰り上げて、リンブルトへの訪問を早めた方がいいかも知れませんわね。その時はフェルナも同行してもらいますね」
ユリアーナ王女は背後に控えて立っていた、幼少からの付き合いでもある侍女フェルナに視線をやって今後の予定を告げる。
そのフェルナと呼ばれた侍女は切れ長の瞳を少し細くして微笑むと、綺麗に結い上げた髪で纏められた頭を下げた。
「心得ております、ユリアーナ様」
「……そうですな。護衛兵を五十名にまで絞ればリンブルトまで五日程で入れると思われます。護衛の指揮にはこのレンドルを付けて、我が配下の精鋭を揃えましょう」
将軍は傍らの息子の肩をその大きな手で叩くと、それを受けてレンドルは侍女のフェルナに目を奪われていた意識を慌てて立て直し、その場で跪き頭を垂れる。
「姫様の道中の安全、我が命に代えましても!」
「ありがとう、レンドル卿。ヒルク教の司教も怪しい動きをしています、気取られないように支度をして下さいね」
ユリアーナ王女の言葉に、今度は二人の男が再び頭を垂れるのだった。
これから第二部終了までは毎日更新を予定しておりますが、お正月の三箇日は更新をお休みしようと思っております。
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