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骸骨騎士様、只今異世界へお出掛け中  作者: 秤 猿鬼
第一部 初めての異世界
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終章

 カルカト山群を北に望むこの地は肥沃な平原が広がり、風龍山脈から伸びる豊富な水量を誇るライデル川が東を流れる。


 そんな地にこの国、ローデン王国王都オーラヴは存在する。王城を中心にした城下町はその規模を拡大すると共に街壁を拡充させ、既に四重の街壁が築かれている。

 人口規模は交通の要所である城塞都市ディエントの三倍にあたる、五万人を優に超えている。


 王都の街壁外は広大な麦畑が広がり、さらに東西南北に大きい街道が通っていて、王都周辺からは勿論の事、王国全土から様々な物が流れ込んでいる。


 ここローデン王国は北大陸において国力は三番目の規模を誇るが、北部の東西レブラン帝国の様に一人の皇帝が全土を掌握しているわけではない。

 この国はいくつもの領主貴族が寄り集まって形成された国であり、その中心を担っているのがオーラヴ王家である。その為、王国の方針は王家が定めるが、領地内は領主貴族の権限が強い為に王家と言えども無暗に干渉する事が出来ない。

 それは王家の持つ武力が他の領主貴族に対して圧倒的ではあるが、全ての領主を相手にするには力不足だからである。


 しかし、王国を左右しかねない事態が起これば王家はその領主に武力介入する事が出来る。それは他国の侵略であったり、領主の謀反であったりと状況によって様々だが、王国領主貴族達が止む無しと思われる事態である事が多い。


 そんなローデン王国王都オーラヴの中心、王城の宮廷内で貴族達が今最も話題に上げるのがディエント侯爵暗殺の一件であった。この一件において貴族達の間では幾つもの思惑や噂が錯綜していた。




 王城内のある一室、第二王子ダカレス・シシエ・カルロン・ローデン・ヴェトランの私室には二人の男が革張りのソファに腰を下ろし、対面して話をしている。

 そしてもう一人、座って話す二人の後ろに控えて立つ男。部屋の中には彼ら三人以外は姿がなく、使用人などの姿もなかった。


 腰掛けている一人は、あまり身長は高くないがよく鍛錬された身体に整った顔立ちをしている。金色の髪を流し青い瞳、動き易い軍服の様な服装だが、豪奢な金糸に彩られた服は高貴な者だけが身に纏う事を許された物なのが判る。

 彼がオーラヴ王家ダカレス第二王子である。


「糞っ! まさか我が派閥の中で一番の資金源を潰されるとはっ!」


 ダカレス王子はその整った顔立ちを歪めて、苛立ち紛れに言葉を吐き捨てた。

 対面に座る大柄の男もそれに重々しく頷く。


 白髪の混じる茶色の髪と立派な髭を蓄えた老境に入った人物だが、その身体つきからはその老いを感じる事が出来ない程に筋骨隆々としていた。


 その老境の人物はこの国の七公爵家の一つ、オルステリオ家の当主にして、王軍三軍を統括する大将軍の立場にあるマルドイラ・ドゥ・オルステリオ公爵であった。

 この国で公爵とは王家を支える最も位の高い貴族であるが、領地を所有しておらず、王領や国内貴族からの税で王家が各家に俸給を出している。その代わりに王国の重要な役職を担う事で権力の中枢にいる。


「今回の件にあたり、王都に居たディエント侯の長男、ヘボランを陛下の命と言う形で領地へと帰しました。当主の暗殺に加え次男も行方不明となっており、ヘボランの手腕では落ち着くまでには相当時間が掛かるかと……」


 マルドイラ大将軍は苦い表情を浮かべながら今回の一件についての話を口にする。


「目撃したと言う使用人の話ではエルフ族だったと言う話だが……、今回の一件、本当にエルフ族の仕業なのか?」


「正直なところ、判りかねます。エルフ族との目撃もありますが、街はその日、他にも三軒の奴隷商会も同時に襲撃を受けております。捕獲していた獣人二十匹以上が脱走しており、”解放者”の仕業だと噂する者もおります」


「”解放者”は獣人共の奴隷解放が目的であろう? 構成員は全員獣人だと言う話だが……、エルフ族と手を組んだのか?」


「それも確かな事はなんとも……。むしろそのように見せかけた欺瞞工作かも知れません。セクト殿下は王家の強化の為に、エルフ捕縛の罪を持ってディエントの王領化を図る意図があるやも。ユリアーナ殿下はエルフ族との融和を積極的に訴えている方です、我々の行動が知られれば陛下の意向に叛意ありと訴えられ、殿下の権勢が削がれる可能性も。現に目撃証言をした使用人の口封じを命じましたが、一人既に行方が知れないのです。どちらかの勢力にすでに匿われたのやも……。それにディエント侯から送られる筈だった資金がごっそり無くなっておりました、エルフ族は金目の物にはあまり興味を示しません。目撃されたと言うエルフ族の人数で持ち出せる量ではなかった筈……」


 その言葉にダカレス王子は渋面を作る。

 今回の件が表沙汰になれば、王位継承権争いをしているセクト王子やユリアーナ王女に大きく水をあけられる可能性がある。

 否、すでにセクト王子の陣営には七公爵家のうち三つが既に引き込まれている上に、西のレブラン大帝国の後ろ盾も持っている。

 次期王位はセクト王子に大きく傾くのは自明の理であった。


 マルドイラ大将軍の言う様に、ダカレス王子には今回の件が誰かの策謀に因る物にしか思えなかった。

 ユリアーナは良くも悪くも真正直な傾向にある為に、今回の様にエルフ族の襲撃に見せかけて資金を奪う様な欺瞞工作的な事はしないだろうという確信がある。

 だが、腹違いの兄であるセクト王子は澄ました顔で人の足を踏む様な男だった。


「セクトが動く前にこちらが動くぞ。セトリオン、ホーバンに腕利きの駒を集めておけ」


「仰せのままに」


 今迄黙ってマルドイラ大将軍の後ろで控えていた三十代の軍装姿の男が、ダカレス王子の指示に恭しく頭を下げて応対する。

 彼はオルステリオ公爵家の嫡男にして、この国の三将軍の一人、セトリオン・ドゥ・オルステリオ将軍であった。

 マルドイラ大将軍を若くしたような面立ちは、さすがに親子といったところだろう。


 セトリオン将軍の返答に頷くダカレス王子のその瞳には、嘲笑する兄の姿が浮かび、暗い憎しみの炎を燻らせていた。




 同じくその頃、ローデン王国第一王子セクト・ロンダル・カルロン・ローデン・サディエの私室にも三人の人物が集っていた。


 飴色の木製椅子には細かな彫刻が彫り込まれ、座面には花の刺繍のあしらわれたクッションが張り付けられた一級品の椅子に深く腰掛ける貴人。

 背が高く明るい茶色の髪に整った顔立ち、豪奢な王子然とした服装に身を包むのはこの私室の主、セクト第一王子である。


 その横には同じく明るい茶色の長い髪を綺麗に結い上げた貴婦人、顔立ちはセクト王子の面影を宿すものの、厚く塗られた化粧で大分印象が変わってしまっている。豪奢なドレスに身を包み、裾の広いスカートがよりその存在感を主張している。

 セクト王子の母親、レフィティア・ローデン・サディエ第二側妃だ。


「今回の一件、ダカレス殿下のところが動いている様だけど、ロンダルは何もしなくてもいいの?」


 第二側妃であるレフィティアは、普段通りのままにセクトを幼名で呼び、自分の息子に問い掛ける。

 王族の幼名を呼ぶ事が許されるのは、ごく近しい身内か、特別に懇意にしている者だけで、それ以外の者が呼べば即刻不敬罪になる。


「母上、ダカレスの奴が今動いているのは後始末の為ですよ。上手く隠していたつもりだったようですが、ディエント侯から大量の資金が流れ込んでいたのは明白でした。奴は今回の件で大きく失速します。放っておいても別に構わないですよ」


 セクト王子の言葉を黙って首肯していた、室内に居たもう一人の男が口を開いた。


「恐れながら申し上げれば、今一番積極的に動かれているのはユリアーナ姫様にございます。今回の件を姫様自らの名で表沙汰にすれば大きく躍進し、セクト殿下の御立場も危うくなりましょう……」


 慇懃な物腰に貼り付けた笑み、聖職者然とした恰好はしているが、漂う雰囲気は俗物のそれでしかない。その小男はヒルク教国の司教の位に就く者で、ここローデン王国の王都に逗留し、ヒルク教布教の為に活動していた。


「……そうだな、ユリアーナは王都の国民にも人気がある。今回の件を足掛かりに躍進されれば、静観を決めている者やこちらに付いている公爵家の連中まで向こうに傾きかねん……。動向を探って早目に手を打つか……、ボラン。魔法を使える手練れを集めておけよ?」


「! それはもう! 我らが偉大なる神も、殿下のこれからを祝福なさっておりましょう。我ら敬虔なる信者もセクト殿下のお力になれる事に、この身が喜びを噛み締めております」


 ボランと呼ばれたその小男は、大仰な態度で喜びを表現する。

 その余りにも滑稽な姿に失笑を禁じ得ないセクト王子だったが、それをおくびにも出さずボランにさらに畳み掛ける。


「ボラン、私と貴公の仲だ。堅苦しいのは無しにして、私的な場所ではロンダルと呼ぶ事を許すぞ」


 その言葉にボラン司教は一瞬ではあったが唇を歪めた後、慇懃に腰を折り感謝の念を口にのせた。


「その様な大変な名誉、心よりお礼申し上げます、ロンダル殿下。それでは私は殿下の憂いを晴らすべく用意がございます、ここで私は失礼させて頂きます」


 全身から小躍りせんばかりの感情が溢れつつも、丁寧に礼をしてセクト王子の私室から退室するボランを見ながら、レフィティア第二側妃は溜息を吐いた。


「あんな事を言って良かったの、ロンダル? ユリアーナ姫様の排除後は鬱陶しくなるわよ?」


「構いませんよ。あの者は私とダカレスの間をふらふらと飛び回って、ユリアーナの排除を狙っていたに過ぎません。ユリアーナはヒルク教の布教を、父に進言して喰い止めていた張本人ですからね。ユリアーナ排除を手伝わせた後は、奴の私兵諸共消えて貰いますよ。現状国内の神殿勢力はそれ程でもない今、ヒルク教など抱え込めば新たな火種を抱えるだけです」


「そうね。むしろヒルク教に追われた神殿信仰者が、国内に流入して人口が増えてるくらいだって話もあるわね。レブラン大帝国の皇帝もヒルク教皇を疎んじている噂もある今、レブラン大帝国の後ろ盾を受けてるロンダルには無い一手かしら?」


「そうですね。神聖レブラン帝国の不凍港確保の為の、南進を食い止めるという歩調を取っている今に、疎んじられている教国と通じるのは悪手ですからね。まずはユリアーナの動向を探らせるとします……。序でにダカレスを排除した後は今回の件を公表し、ディエント家を潰して我が王領にしてやりますよ」


 そう言ってセクト王子は皮肉気に笑うと、テーブルに置かれた冷めた茶を一気に呷った後、隣に控えていた部下を招き入れ今後の準備を指示するのだった。




 そんなユリアーナ王女の排除計画の進行する中、当のユリアーナ王女は王城内の離れの宮殿の一室、中庭を望む事が出来る窓際のテーブルに、一人の人物と一緒に腰をかけお茶を飲んでいた。


 清楚な雰囲気の落ち着いたドレスながら、使われている生地や施された刺繍を見ればかなりの一品であると判るそれを、気負った感じもなく卒なく着こなしている女性こそ、この国の第二王女、ユリアーナ・メロル・メリッサ・ローデン・オーラヴその人だった。

 黄色味の強い金髪を長く伸ばし、毛先に掛かった緩いウェーブを弄びながら、茶色の愛くるしい瞳に似合わない、不機嫌な眼差しが相手の男性に向けられていた。


「もう少しでダカレス兄様の尻尾を掴めると思ったのに。まさか内偵を入れていたディエント領で当主暗殺なんて……、一応聞くけどダカレス兄様の証拠隠滅だと思う?」


 ユリアーナ王女に問い掛けられたのは正面に座る壮年の男で、皺の無い将軍にのみ許された軍服を着込み、姿勢良く椅子に腰掛けている。

 ローデン王国三将軍の一人、カルトン・ドゥ・フリヴトランは王女の問いに逡巡したのは僅かであった。


「いえ、姫様。ダカレス殿下の陣営を支えていた大事な資金源の一つで、且つ有力な支持者であった筈、ならばディエント侯を討つのは得策とは思えませぬ。それに例の目撃証言の使用人ですが、すぐに確保に動いたのですが、保護できたのは一人のみです。保護した証人は直ちにリンブルト大公国にやるように指示致しましたが……」


 彼の言葉にユリアーナ王女は、その形のいい眉根を寄せて難しい表情となる。


「目撃者の話によると城を襲ったのはエルフ族だったと言う事だけど、これはエルフ族捕獲の報復行為よね? でも街中では奴隷商の店も襲われて獣人達も解放されている……、彼らは手を組んだのかしら? ディエントは堅牢な城塞だと言う話だったけど、さすがにエルフ族の戦士数人だけで襲撃を成功させられるものかしら?」


 王女は答えを求めているというよりは、自分の中で思った事を言葉にして喋っているといった風で、テーブルに置かれた湯気の立つカップをじっと睨んでいる。


「エルフ族と獣人族の関係は殊更不和ではないですから、充分にありえる話かとは思われますが……、確かに何かしら手引きがないと侵入するにも難しい筈。不可解なのは蓄えられた資金を根こそぎ奪い、城主館を半焼にする程の被害を与えたにもかかわらず、目撃されたのは数人のエルフ族のみと言うのが何とも……、こちらはもしかすると単なる火事場泥棒なのやも知れません」


「いずれにしても、今回の事で身辺にエルフ族を囲っている者達は、戦々恐々としているでしょうね。堅牢な城塞にいてもあっさりと報復されたんですもの。今回の一件でまた大森林のエルフ族との交易の道が遠くなったわ……。全く余計な真似をしてくれますわね、あの盆暗兄! 条約締結しての400年を無駄にする気ですか!」


 自分の腹違いの兄を(なじ)りながらも、大きく溜息を零す。


「しかし、今回の一件でダカレス殿下の陣営は大きく権勢を削がれますね。こちらに流れて来る貴族達も多くなりましょう。今後はセクト殿下の動向を注視せねばなりません」


「そうね、セクト兄様もこれ幸いとダカレス兄様の陣営の切り崩しに掛かるかも知れないわね。後は今回の件でエルフ族とは一度きちんと話をした方が良さそうね……。まともに交易をしているのはリンブルト大公国のみだから、あそこまで出向かないと渡りも付けられないわね」


 大きく肩を竦めて見せて、カップに入れられたハーブティーを口に含む。鼻孔をくすぐるハーブの香りが王女に、このお茶を一緒に楽しんだ懐かしい顔を思い出させる。

 リンブルト大公国の大公であるティシエント家に嫁いだ実の姉、セリアーナの事だ。


「お姉さまはお元気かしら……」


 そう言ってほっと吐息を漏らし、窓の外に視線を移す。

 窓辺から見える王都の上空には、いつの間にか厚く垂れこめた灰色の雲が空を覆い隠し、ぽつぽつと地を濡らす雨脚が急速に近付いてくるのだった。


これにて第一部本編終了です。

明後日、おまけを一本投稿予定です。


誤字・脱字・評価・感想等ありましたら、宜しくお願い致します。

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