ディエント領主襲撃1
ディエント領主が直接治める領都ディエント、その中心にある武骨な城塞、その領主の寝室に続く廊下を一人の男が足早に駆けて行く。城内は至って静かだが、廊下に並ぶガラスの嵌め込まれた窓の外から微かに街の警鐘を鳴らす音が聞こえる。
領主の寝室の扉は分厚く丁寧な造りに金細工などが施された大きな両開き扉で、見た目にも豪奢な造りとなっていた。
その扉の脇には二人の衛兵が不寝番として立っており、不審者に目を光らせていた。
そこに慌てて駆け込んで来た男が乱暴にその扉を叩くのを呆気にとられて見ていたものの、それを咎める事は両者共にしなかった。
領主の寝室の扉を乱暴に叩く男、それはこのディエント領の執政官セルシカ・ドーマンだったからだ。
「トライトン様! セルシカです! 急ぎお知らせしたい儀があります、何卒お時間をっ!!」
普段は余り物事に動じない青白い神経質そうな顔が、今夜は焦りの為か僅かに紅潮した顔に汗をしているのが見える。
「セルシカか、こんな時間に何用だ? いいから入れろ」
あまり聞かない執政官の焦りの声に不審を抱いたトライトンは、扉の奥からくぐもった声で、部屋内にいたメイドの一人に扉を開けるように指示を出す。
扉が内側から開けられると「失礼」と一言だけ言って室内に転がり込んでいく。
トライトンは薄暗い部屋の中でベッドからそのでっぷりとした身体を起こし、ガウンを羽織り慌てて入室したセルシカを迎える。
「トライトン様、人払いを……」
セルシカの言にトライトンは乱れた白い髭を撫で付けながら目線で室内にいた女性使用人二人を促すと、彼女達は静かに頭を下げて部屋を後にした。
「して火急の用件と言うのは何だ?」
「それが街中で現在四件もの火事が起こっておりまして──」
話の内容を聞いたトライトンはあからさまに不機嫌な表情へと顔を歪めると、大きく溜息を吐く。
それくらいの事でいちいち寝所までやって来るなという態度をありありと浮かべるトライトン侯爵に、執政官であるセルシカが焦った表情で言葉を続けた。
「火の手はいずれも大手奴隷商会の建物でして、その中に我らの”商店”も含まれております!」
「!! なんだとっ!!!」
その言葉にトライトンは勢いよく立ち上がって、かなりの剣幕で己の執政官に詰め寄った。
「東のレブランへの商品の受け渡しの期日はもうすぐだ! ”商店”に捕らえてあった商品はどうなった!?」
「それが、護衛の話では火が出る前に何者かが侵入したとの話でして……」
「どう言う事だ!? 侵入者を防ぐ為の護衛だろ!! その馬鹿共はいったい何をしていた!!!」
部下のあまりにも間抜けな発言に侯爵は怒気を露わに声を荒げる。
「それが正面の扉が中から急に閂を下されたらしく、中からは悲鳴のみが聞こえたとかで。あそこは四方を建物に囲まれており抜け道もないので、中で裏切者が出たとしか──」
「クソッ!! 城の兵を今すぐ向かわせて速やかに鎮火させろ! 地下は石造りで上が焼けたところで下はそう簡単には焼け落ちん筈だ!!」
「しかし城の兵を其処だけに派遣するのはあまり体裁が良くないかと……。他の三件も合わせて派遣しません事には──」
「だったらそんな事をここで言ってないで、まとめて派遣しろっ!!!」
執政官であるセルシカの遠慮がちな物言いを、領主であるトライトンは額に青筋を立ててがなり立てる。その剣幕に慌ててセルシカは跪礼すると来た時同様、転がるように部屋を出て行く。
トライトンは肩で息をしながら喚き散らした喉を潤す為に、近くにあった水差しを引っ掴むとそのまま口に含み、一気に呷った。
「……商品の配達が遅れていたのが幸いするとはな。最悪の場合国内からの注文は後回しとして、手元にある物を東レブランに引き渡すしかないか……」
苦々しげに言葉を発して、その後の対応を考え出したディエント侯爵は頭痛を抑える様に眉間に寄った皺を指で揉んだ。
ライデル川を挟んで見えるディエントの街から立ち昇る幾筋もの煙の柱が、闇夜の空に昇って行くのを眺める。
おかしい──、火がまわったのは東門付近の歓楽街近くの人攫いの拠点だった建物だ。隣近所に燃え移るなら判るが、何故街のあちこちで火の手が上がっているのか?
「アリアン殿、街に火を放ったのか?」
これはもしかしてアリアンの仲間のエルフ族が、街で陽動の為か何かで火付けしたのかと一瞬考えた。しかし彼女は不愉快そうな表情して否定の意を示した。
「知らないわ。今回街まで来たのはあたしとダンカだけよ。あの火事は他の要因でしょ。謀らずもあたし達の侵入を攪乱するいい機会よ。この混乱に乗じて城の仲間も助けるわ」
彼女は特に嘘を吐いている様子はない。それに彼女の言うとおり、これはいい機会だ。火の手があちこちから上がっているなら、もしかしたら城からも消火作業の為に人が派遣されるかも知れない。
否、自分のところの地下組織がやられているとなれば真っ先に兵を派遣する筈だ。そうなれば城内は幾らか手薄になり、探し物をするのには好都合だろう。
「そうだな、城内の兵を派遣すれば幾分かは手薄になるだろう。この機に乗じて領主城に潜り込むとするか……」
アリアンはその厚目の艶っぽい唇を舌先で舐めて不敵に笑って見せて、ダンカに視線を移し真剣な表情に戻した。
「ダンカ、この子達をお願い。ここからライデル川上流に遡って大森林に入れば近い里まで一日程よね、確か?」
「それくらいだろう。明け方近くまでには川の上流、リブルート川との支点まで行けるだろう。傍の森で待機している」
「お願い。あとアーク、序でに喰魔の首輪の解除もお願い」
「うむ」
アリアンに促されて自分の前に押し出されたエルフ族の少女に、怖がらせないようにゆっくりと近づき手を首輪の箇所に翳す。
「【抗呪式】」
複雑な紋様の光の魔法陣が展開されるとそれは喰魔の首輪に吸い込まれて消え、澄み切った音が響くと同時に首輪が音を立てて壊れる。
それを見ていた他の少女達が驚きながらも期待の眼差しを向けてこちらに近寄って来る。
それを頷きつつも一人一人の首輪に【抗呪式】を掛けて首輪を破壊していく。全員の首輪が破壊されるとエルフの少女達から感謝の言葉を貰った。
「まさか呪いを解く魔法まで使えるとはな……」
ダンカも静かな声で驚きを露わにしていた。
「それじゃさっさと領主の城に乗り込むわよ!」
こちらの肩を鎧の上から軽く叩き掴むと、彼女は気炎を吐いてディエントの街の領主城に目を向ける。領主城に向けて飛べとの合図だろう。
それに小さく頷くと、首回りに巻き付いていたポンタが頭上に移動して準備万端といった感じで一声鳴く。
【次元歩法】を発動させて、まずは川の対岸へと移動する。近くなった事で街から聞こえる警鐘の音が大きくなった。
街の南側は川に接している為に街壁外にまで民家が立ち並んでいないので辺りには人目が全くと言ってない。
深夜だからか、第一街壁の上にもあまり見張りの数は多くなく、疎らに歩哨として立っているだけなのが窺える。
さらに【次元歩法】で第一街壁の上に転移した後に、今度はそこから見える第二街壁に間髪入れずに転移する。
こちらの街壁は街と外を隔てる第一街壁と違い歩哨が立っていないようだ。ここの街壁が使われるのは城塞攻略戦を仕掛けられた時ぐらいだからだろうか?
それでも用心の為に身を低くして街壁の上にある胸壁と呼ばれる欄干状の壁の隙間から街の様子を覗う。
街のあちこちから煙が上がっているのが見え、その数は四つ程だろうか? このタイミングで同時に四ケ所から火の手が上がるとは何かあるだろうが、今はそれを悠長に考察している暇はなさそうだ。
横では灰色の外套に身を包んだダークエルフのアリアンが、金の双眸をこちらに向けて軽く睨みながら先を急げと急かしてくる。
彼女の薄紫色の肌は外套で覆うと闇色に溶けて消え、中の金色の瞳だけがやけに輝くものだから、まるで何処かの銀河鉄道の車掌の様に見える。中の身体は似ても似つかないダイナマイトボディだが……。
胸壁の隙間から街の中央の一段さらに高くなった場所に聳える領主の城を眺める。月明かりで薄っすらと浮かび上がった城はここから結構な距離がある。城の足元は自らの巨体で影を生み、その闇に呑まれた周辺を全く見通せない。
横にいるアリアンは軽く睨んでいたが、別にぼんやり街を眺めていたわけではない。単に城の近くまで転移ができなかったのだ。
最初は流石に領主の城だけあって魔法を阻害するような仕組みでもあるのかと思ったが、単に転移先の座標の目視が出来ていなかったからのようだ。どうやら真っ暗闇ではこの魔法は使えないみたいだ。
試に月明かりに照らされて浮かび上がった城の屋根に座標を定めて【次元歩法】を発動させると問題なく転移できた。
丘の上に築かれた街のさらに高い場所に建てられたこの城は、見渡す限り視線を遮る物がなく辺りをぐるりと一望できる。すごく見晴らしがいいなここは。出来れば昼間に見学したい。
すると横にいたアリアンがいきなり転移した場所に驚いたのか、少しバランスを崩して抗議の声を上げた。
「きゃ! ちょっと、いきなり屋根の上に転移しないでくれる?! 足元が不安定な所に飛ぶなら前もって言ってよね」
「おお、それは面目ない事をした」
あまり反省の色がないと見受けられたのか、兜を後ろから軽く小突かれたが、上に乗っていたポンタに逆に抗議の鳴き声を上げられてアリアンが謝っていた。ポンタにはこの一件が片付いたら干し葡萄でも買ってあげよう。
さすがに屋根の上からの侵入者など考えもしないのだろう、人目を気にする事無く城の様子を覗えた。
領主城と言っても見た目には優美さはあまりなく、武骨な様は砦といった趣だ。周囲は二重の城壁に加えニつの堀を備えていて、そう簡単には侵入出来ない造りになっている。
内側の城壁と城の間には大きな庭が広がっているが、それは城門から入って城までの間にある正面部分だけで、他の場所は大きな兵舎やそれらが訓練するであろう殺風景な広場が設けられていた。
城は六つの外殻塔を備えており、その中央部分に領主の居城らしき館と少し小さめの別館が屋根付きの渡り廊下で繋がっているのが見える。
今いる場所は領主館のすぐ傍に立つ大きい塔状の建物の屋根の上で、城全体に加え街全体を見渡せるようになっている。
城は結構な広さで闇雲に探し回っても敵に見つかる可能性ばかりが上がって、肝心のエルフ族の行方を探せない。
今いる足元の塔はこういった城塞の場合は見張り台であり、その下は籠城時の為の穀物貯蔵をしたりと用途は多岐にわたる。地下には捕虜や罪人を収容する施設もあったりするらしいが、高い金を払って買うようなエルフを収容施設に入れるだろうか?
「アリアン殿。憚りながらお尋ねするが、エルフ族の奴隷というのはどういった扱いを受けるのだ?」
「……その質問、今重要なの?」
彼女は外套の奥から覗く金の瞳でこちらを睨むと、不機嫌な表情を露わにする。
「どういった扱いを受けているかによって、囚われている場所の見当をつけようかと思ったのだがな……」
こちらの意図を乗せて答えると、暫し沈黙した後に苦々しく口を開いた。
「女性の場合は大抵愛玩用や慰み者になるわ……、男性は貴族の女と交わって子を成す為の道具にされるわ」
「売買契約書に書かれていたのを見ると、男の方が値段が高かったのはその違いによるものなのか? 人族の女とエルフの男が交わると何かあるのか?」
「異種族間で子を成すと、その子供は母体の種族を継ぐのは知ってるわよね?」
異種族間での子を成すと母体の種族を引き継ぐのか……、まったく知らない知識だが適当に相槌を打って先を促す。
「ただそれによって生まれる人族の子供は、エルフ族の特性でもある魔力適性の高い者が生まれるのよ……。人族の貴族に魔力適性の高い者が多いのは、そうやって昔からエルフ族を取り込んできた為よ。まぁ流石に精霊魔法は人族には扱えないけどね──」
成程、この魔獣蔓延る大地で人間が生き残っていく為の武力の一つ、魔法をより上手く扱えるようになる為に、エルフ族の力を強引な形で取り込んできたのか。
そうすると貴族には魔法を扱える者が多いという事か……。こういう世界では金の力や武力を持つという事は、そのまま権力を握るという事に他ならない。この国は何故エルフ族という自らの武力を強化できるモノを手放したりしたんだろうか?
封建制度渦巻くようなこの世界で、人権なんてものが尊重されているとは到底思えないが……。
そこは権力者の思惑の中という事か────、今はそんな事より囚われたエルフ族の行方だったな。
性的関連で囲われていると言うなら捕虜収容所の様な場所には入れないだろう、やはり領主の住む館から調べるべきか?
館の周囲を巡回している警備兵は割と少ない。街で火事が起きたのでそちらに振り分けて減ったのか、元からなのかは分からないが、こちらにとっては大変有難い。
「では領主の館に飛ぶ」
肩に手を置き掴まっているアリアンに一声掛けると、見張り塔の屋根の上から一気に館の脇の茂みに転移する。
館の窓にはガラスが嵌め込まれていて中の様子が窺える。窓の向こう側は廊下の様だ、人影がないのを確認して廊下に転移する。向こう側が見えているなら壁など無いに等しい。
この廊下は幅が広く館の外周に沿ってぐるりと繋がっているようで、脇には色々な調度品が配置されているのが見える。
アリアンは体重を感じさせない静かな歩みで廊下に並んだ扉の一つに取り付くと、そっと開けて中の様子を覗っている。
手招きで「来い」と合図を送られて、彼女の後ろに付いて扉から部屋に入る。寄木細工の床の上に光沢のある木製テーブルが鎮座し、その周りに複数の椅子が配置され、奥の壁には大きな絵画も飾られている。応接室、と言うよりは会議室みたいな雰囲気か。室内は薄暗く、あまり見通しが良くない。
入ってきた扉の正面にももう一枚扉があり、アリアンはその扉の向こう側を隙間を開けて様子を覗っている。
塔の屋根から見た時はそれ程大きくない館に見えたが、中に入ってみると結構な広さがあるようだ。やはりここにも地下牢的な施設があるのだろうか?
アリアンが静かに扉を開けて部屋を出た。それに続いて自分も会議室の様な部屋から出る。
出た先は先程の外周廊下の半分程の幅しかない廊下で、両脇に部屋の扉が並んでいて扉と扉の間には小さ目の絵画が飾られていた。
廊下の先は左に折れてその先はここからでは見通せない。廊下の角に転移してその先を覗う。
廊下の先は少し先でどうやら行き止まりになっていて、奥には格子窓の付いた木製の扉があり、その前には椅子に座って居眠りしている衛兵の姿があった。部屋の中にある扉と違って格子窓の付いた扉は何か違和感がある。
衛兵の傍に転移すると眠りこけている衛兵の頭を掴んで捻り上げる。ゴキッっと静かな館の中でやけに響く音を発して衛兵の四肢の力が抜けて倒れ込むのを支えて、椅子にもたれ掛からせる。
衛兵の腰からこれ見よがしに革紐で釣り下げていた金属製の鍵を引き千切ると、格子窓の付いた扉の鍵穴に入れて回す。
ガチャリと鍵の開く音がしてドアノブに手を掛けてゆっくりと扉を開くと、中はそれ程広くない真四角の部屋で扉の先には下へと続く階段があるのみだった。
ここは館の一階で下へと続く階段という事は地下への階段だ。見張りもいたので当たりを引いたかも知れない。
廊下の先で他の部屋を調べているだろうアリアンに声を掛ける。
「アリアン殿」
あまり大きくない声にもかかわらず、エルフ族の耳の良さを証明するかの様に声を聞き付けたアリアンがこちらに顔を出した。
顎をしゃくると彼女も頷いて小さな真四角な部屋に滑り込んで来た。部屋の中の階段を確認すると、彼女が先行して階段を下りて行く。
木製の階段ながら全く足音を立てる事無く下りて行く様はまるで忍者だ。こちらはインドの手足の伸びる格闘家よろしく小刻みに転移して後ろを付いて行く。金属製の鎧ではさすがに彼女の様な忍び足は真似出来ない。
「ぐふっ!! がっ!」
地下から男の呻き声が聞こえ、続いて倒れ伏す音が聞こえた。どうやら下にも見張りの兵がいたようだ。
地下はランプの明かりが灯るだけの薄暗い通路の様な場所で、右手には石造りの壁に鉄で補強された木製の扉が三つ並んでいた。扉には窓も何もなく向こう側に誰がいるのかも判別できない。
「あたしの名はアリアン・グレニス・メープル。我らの同胞はいるか?!」
アリアンが扉の一つを叩いて名乗りを上げると、すぐに向こう側から返事があった。
「メープルの戦士?! 助けが来たの!!」
「やったぁ! 早くここから出してぇ~!! お願い~!」
どうやらメープルの戦士とやらはエルフ族の中では精鋭と同義のようだ。扉の向こうから聞こえる声には安堵と歓喜が含まれている。
アリアンは彼女達を解放しようと、部屋の鍵を探して床に転がっている衛兵の懐を弄るが何も持っていないようだった。
「鍵がないわよ! 鍵は何処よ!?」
彼女の声に苛立ちが混じるが、その問いの答えは扉の向こうから齎された。
「鍵は領主が持っているのよ。喰魔の首輪のせいで精霊魔法も使えないから扉を壊す事もできないのよ」
成程、衛兵が部屋の鍵を持っていたら彼女達にいらない事をしそうだからな。精霊魔法さえ使えれば扉を壊す事が容易なら別に鍵にこだわる必要性はない。
「扉の前から少し下がっていてもらおう」
そう言ってから一呼吸置いて、扉の前から気配が移動したのを確認してから、勢いよく鉄で補強された扉に蹴りを叩き込む。
バキィン! と派手な音がして扉の鍵部分が弾け飛ぶとメキメキと扉をこじ開ける。このパワーがあれば鉄格子を腕力だけで曲げて脱出なんて事もできそうだ。
扉の向こう側には細身で色白の女性が驚きの顔を覗かせていた。エルフ族の特徴である長い耳に翠がかった金髪、その華奢な身を包むのは透ける様な薄い布地の羽織だけで、慎ましやかな胸の先の桜色の蕾が目に入り、視線を少し下げる。落とした視線の先には手首に嵌った木螺子で止められただけの簡易な木製の枷が目に留まった。
手の自由が効かないようにとの処置だろう。エルフ族はそれ程筋力のある身体つきではないから、これだけでも充分効果があるのだろう。
枷をアリアンに任せてもう一つの扉も同じようにして開けると、先程の女性と同じような恰好の女性が出てくる。こちらの女性は先程のロングヘアーの女性と違い髪が短めに纏められていた。
「そっちの鎧騎士の方は誰ですかぁ?」
捕まっていた女性のショートカットの方がこちらを見ながらアリアンに質問していた。エルフ族はあまり全身鎧を装備する者がいないのかも知れない。かなり不審な目を向けられている。
「今回の救出作戦の為に雇った助っ人よ。怪しいかも知れないけど、頼りになるから心配しなくていいわ」
彼女は少し苦笑してそう告げると、二人の首に嵌められた喰魔の首輪の解除を依頼してきた。
それに軽く頷き、【抗呪式】を発動させると、二人の首に嵌っていた金属の首輪が音を立てて床に落ちる。
「……驚いたわ……。まさか無詠唱で呪いを解く術者がいるなんてね……」
ロングヘアーの女性エルフがダンカと同じ事を言って、自分の首元を確かめる様に手をやりながら呟く。
「これで一通りの目的は果たせたな。後はここを脱出して合流すれば作戦完了であるかな──?」
アリアンに確認を取るように今後の行動方針を提案すると、囚われていた二人からは異論が出た。
「待ってよ! 私達に手を出してタダで済まない事を、ここの領主の豚とローデンの連中にきっちり教えてやらないとならないわ!」
「そうよ~! 私なんか四年もここに監禁されていたのよぉ! あの豚をこの手で始末しなければ気が収まらないわぁ~!」
二人の苛烈な主張にアリアンの方を向き、目線でこれからの対応を問い掛ける。彼女は少しだけ考える素振りを見せるが、すぐに結論が出たのか二人の方へと向き直った。
「そうね。今後の憂いを断つ為にも、禍根であるここの領主を討っておくのが賢明ね。領主のいる場所は?」
事も無げに貴族である領主の排除案を肯定した彼女は石床に転がった見張りを跨ぎ、二人を上へと促した。二人は薄生地の羽織姿のままにもかかわらず、一階への階段を駆け上がって行き、アリアンもそれに続く。
どうやら領主排除は速やかに実行に移されるらしい。自分としてはあまり派手な動きで目立つ事は避けたいのだが、雇われている身の上としては依頼主の意向を無視できない。
表向きにはエルフ族の報復なので、出来る限り目立たないように付いて行動すれば此方が悪目立ちする事はないか。
誤字・脱字等ありましたら、ご連絡よろしくお願い致します。




