何やら事態が進行中2
忍者少女が立ち去った後に、彼女が最初に潜んでいた執務机の奥を覗き込むと、そこには机の影に隠れて見えなかった石製の重そうな小さな扉が開け放たれているのが見えた。
扉には頑丈そうな錠前が付いていたようだが、今は何の役目も果たさずに床に転がっている。
中を覗くとそこは小さな物置といった趣で、棚には貴金属製の指輪やらと一緒に筒状の羊皮紙が何本か納められていた。
どうやらこれは金庫のようだ。
先程彼女が重そうに背負ったのはこの中に納められていたお金だったのかも知れない。ただ彼女の言動と様子から見る限り、目的は金目当ての強盗と言うよりは捜索ついでの行き掛けの駄賃だろう。そもそも悪党の金を奪ったからと言って非難する気もない。
何を捜索していたのかは知ることはできなかったが、こちらの作戦行動には特には支障はないだろう。
それより、彼女が最後に言い残した言葉。領主城にもエルフ族が二人囚われているという話だった。そうなるとこの件に関して領主公認でエルフ狩りをしていたことになるだろう。
これが本当ならアリアン達にも知らせない訳にはいかないか。
ここの救出作戦が済んだら、今度は領主城にも乗り込まないといけないかも知れない。
そんなことを考えながらも金庫の中の羊皮紙を手に取る。丸められた羊皮紙の紐を解き中身を確認すると、そこには売買契約書のような内容が書かれていた。
売買契約の金額は馬鹿みたいな値段が付いていて、優に一万ソクを超える値段が付けられている。
金貨一万枚を超えるような値段の商品で、ここにあったということは、この値段がエルフ族の値段として取引されているのだろう。
同じような契約書がその他にも六枚、全部で七枚見つかった。
これが現在囚われている者達を含む売買契約書なのか、それともすでに売り払われてしまった者の契約書なのかは後で確認しなければならない。契約書には売った相手の名前まで記載されているので、相手の身元さえ特定できれば売られたエルフ族の奪還に向かえるだろう。
それにしても、この契約書の内容を見る限り男のエルフ族の方が高い値段で取引されているようだ。女性の方が需要は高そうな感じがするのに、これには何か理由があるのだろうか?
とりあえず金庫の中にあった売買契約書七枚と指輪十個を手に持った荷物袋に突っ込んでおく。指輪はチャラチャラ鳴らないように布で包んで小さい革袋に入れておいた。
どうせ所有者はすでに足元で冷たくなっているので構わないだろう。
金庫の中身を空っぽにした後は目ぼしい物がないか、部屋の両脇に飾られている調度品に目を向けるがどれも派手派手しい成金臭のする物ばかりな上に、嵩張る物が大半だった。
ここにはもう用はないので早々に他の二人と合流しようと、鍵の掛かっていた扉に行き鍵を外して開けると、そこには両脇の部屋の探索が終わったのかアリアンとダンカがこちらに向かって来るところだった。
アリアンとダンカは開けた扉から素早く室内に入ると静かに扉を閉めた。
「こっちの部屋には雑魚が数人だったわ、そっちは?」
「こちらは特に何もなかったな」
両脇部屋の方には特に成果はなかったようだ。
ダンカの返答を聞いてアリアンの金色の双眸が今度はこちらに向けられて無言で問われる。
「情報が入った。どうやらここに囚われているエルフ族は地下牢に監禁されていると言う話だ。あとはこれだ」
荷物袋から先程金庫から拝借した売買契約書を一つ出してアリアンに手渡す。彼女はそれを訝しげな表情で受け取ると、紐を素早く解いて羊皮紙を拡げてその内容に目を走らせる。彼女の眉間に深い皺が刻まれた。
「これは……!」
「エルフ族の売買契約書だ。手元に七枚、買った人物の名前も記されているから手掛かりになるだろう。あとはもう一つ情報があるのだが、領主の城にも二人程エルフ族が囚われているという話を聞いた」
「その情報は何処から……」
アリアンがこちらを伺うように顔を上げるが、ふとその視線が部屋の奥に向く。部屋の奥には既に冷たくなっている、ここの元締めだろう男が机の上で置物の様になっている。
彼女は情報源は彼らだと判断したのだろう。今は何処からの情報源かなど些事に過ぎないだろうし、求められているのは如何に素早く動くか──だ。
それに忍者少女の言は個人的に信用してもいいと思う……根拠はないただの勘だが。萌えの要素で誑かされた訳では無い筈だ──恐らく。
「ここが終わったら領主の城にも行くわ。あなたを雇って正解だったわね……、普通なら城には簡単に忍び込めないもの」
そう言って彼女は薄く笑って羊皮紙を丸めて返して来た。
「まさかここの領主までが加担していたとは……! 戻ったら長老達にこの事を伝えなければならないな」
ダンカも眉根を寄せて重々しく吐き捨てる。
エルフ族の取引金額からしても売り先は貴族や大商人とかの類だろう、そうなるとまた仕事が増えるのか。
まぁここでも臨時収入を得られたから、領主城でも何か頂戴していくとするか……。
「同胞が地下牢ならさっさとそこへ向かうわ。その後は領主城よ」
アリアンの言にダンカと共に賛同を示し、部屋から出る。先導するアリアンとダンカの後ろを鎧の足音を立てないように【次元歩法】で付いて行く。
二階へ続く階段を下りると目の前には一階へと下りる中央の大階段があり、一階の中央がホールのようになっていた。
ホールにはテーブルやら椅子が乱雑に置かれてちょっとした酒場のような雰囲気で、そこにはガラの悪い男達が屯していた。幸いまだこちらには気付いていないようだ。
アリアンが手振りで下がるように指示を出してきたので、大人しく二階へと戻る。
「さすがにここから気付かれずに地下牢に行くのは無理ね。一階の始末はあたしがつけるから、二人は二階からの援軍を始末して」
ダンカと二人でそれに頷き、アリアンが剣を抜いて階段から一階の様子を覗う。
そして一気に飛び出す。
一階へと続く大階段の上から一階目掛けて飛びながら剣を構えると、さすがに屯していた男達が驚愕の表情に変わる。
『─炎よ、剣と共に舞い踊れ─』
彼女が低い声でそう唱えると、手にした剣身に炎が走る。着地した先にいた男にその炎の剣で斬り付けると血飛沫をあげると共に、服に引火したのか全身を紅蓮の炎が包み込む。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
男の断末魔が広いホールに響き一階の他の部屋や二階の両脇の部屋からも男達が飛び出して来る。
炎に全身を焼かれて火達磨になった男はテーブルや椅子の間を転がり回りながらあちこちに火を撒き散らす。周辺にいた男達は火達磨になった男の火を消そうと駆け寄って来るが、アリアンの炎の剣がその男達にも振るわれてさらに火達磨になる者達が増えて行く。
ダンカは二階の部屋から出て来て、一階に援護に行こうとしていた男達を次々とその軽快な剣捌きで討ち取っていく。傍から見るとお遊戯と剣舞の決闘のようでまるでダンカの相手になっていない。
エルフ族は何となく魔法に秀でた種族だいう認識だったが、二人の剣技を見ていると認識を改めなければならない。
二階の奥の部屋からもわらわらと飛び出して来た男達がダンカの背後に回ろうとしているのが見えたので、【岩石弾】を適当にぶっ放していく。拳大の岩石が次々と男達に風穴を開けて壁を抉っていく。
この騒ぎを聞き付けたら外の連中もすぐに参戦して来るだろう。
【次元歩法】で一階の正面扉前に転移すると大扉の閂を掛けて人が出入り出来ないようにする。これでここから誰も逃がすこともないだろう。
「この野郎ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
気勢を上げて後ろから斬り付けようと走り込んで来た男に、一気に肉薄すると右拳をそのまま軽く大振りで振り抜く。
男の頭蓋が砕ける感触がして男はそのまま後ろに吹き飛び、テーブルや椅子を巻き込みながら壁に激突する。
この程度の相手にはレベル255の身体能力だけでも充分にオーバーキルだな。
その時、アリアンの炎の剣によって火達磨になった男がもがきながら厨房の方へと消えたと思ったら、中からかなりの勢いで炎が吹き上がった。どうやら油か何かに引火したようだ。
建物自体は石造りだが燃えない物が無いわけではない。燃え上がった炎がゴォゴォと火柱を上げてあちこちに飛び火しだす。
「きゅ~ん……」
頭の上に乗っていたポンタが炎を嫌ってか、下りて首の周りに巻き付くと耳をペタンと伏せてしまった。
炎が燃え盛る近くで、毛皮のマフラーをしている気分だ。
周りを見るとすでにダンカは二階の掃討が終わったようで一階へと降りて来ているところだった。アリアンも剣の炎を振り払い、周辺を調べている。
正面の大きい扉を誰かが激しく叩き向こうから大声でこちらに呼び掛ける声が微かに聞こえる。この扉は思ったより厚く重いようだ、閂もしっかりと刺さっているのでそう簡単には入って来れないだろう。
「地下への階段があったぞ!」
一階に炎が広がる中、ダンカの声にその場へ行ってみると正面にある大階段の裏側に木製の扉があり、中には地下へと続く石階段があった。
アリアンが炎で熱せられた室内の空気に顔を顰めながら、外套のフードを脱いで顔を出すと無言の合図で付いて来るように指示を出し、暗い石階段を駆け下りて行く。
次にダンカも続き、最後尾を遅れないように付いて下りる。
「なんだテメェ!!? ぎゃぁ!!!!」
階段を下りた先から男の喚き声と悲鳴、それに金属同士がぶつかり合う音が響き、下で争っているのがわかる。
「くそぉ!! なんでこんな所にまで!! 上の連中はなにやって──げふゅ!!!」
どさりと何かが倒れ込む音が聞こえ、地下に着いた時には全て終わっていた。
地下は思いの外広々とした空間で、鉄格子の扉が付いた部屋がいくつも並んでいた。地下の土臭さに混じり饐えた臭いが少し鼻につく、足元には男が三人血塗れで倒れていた。
アリアンは血塗れで倒れた男の一人の腰から吊り下げられた金属製の鍵束を強引に引き千切ると牢屋の部屋に足早に駆けて行く。
「アリアン・グレニス・メープル! 助けに来たわ!!」
彼女の名乗りが聞こえたのか、牢屋に鉄格子の扉に何人かが勢いよく取り付いてガシャンと大きな音を立てる。
「嘘っ!? メープルの戦士が助けに来たの?!」
鉄格子に取りついて驚きと喜びの声を上げたのは見た目の年齢で言えば十七歳前後の少女で、他に遅れてぱらぱらと姿を見せたのはそれよりも幼い風貌の少女達だった。
少女全員の首には森で見た子達と同様に、黒い金属製の首輪が嵌められていた。
アリアンは手早く鉄格子の牢の鍵穴に鍵を差し込んでいき、合う鍵を探す。やがてガチャンと鍵の開く音がして少女が飛び出して来るのを合図に、他の少女達も次々と解放されていく。
少女四人がアリアンに感謝の礼を述べているなか、石階段の上の扉に炎が燃え移るのが見えた。『喰魔の首輪』の解除は後回しだ、あまり悠長にしている時間はなさそうだ。
「アリアン殿、炎が一階を呑み込んだ。急いだ方がいい」
こちらの声に少女の注目が集まると、少なくない数の悲鳴が微かに漏れて皆アリアンの背に隠れる。
黒い外套にすっぽりと身を包み、その上に兜がのっている姿はあまり少女受けは良くなさそうではある。
「大丈夫よ、この人はあたしが雇った助っ人よ。それより捕まっていたのはこれで全部?」
彼女の問いに周りの少女達が一斉に頷くのを見て安堵したのか、少し笑むとすぐに顔を引き締めた。
「アーク、ここにもう用はないわ」
「そうか。では一気に街の外へと飛ぶ!」
アリアンと周囲にいる少女四人の集団に近付き、ダンカが魔法の有効射程範囲に入っているのを確認すると魔法を発動させる。
「【転移門】!」
足元に大きな光る魔法陣が展開されると、薄暗いランプの光だけだった地下牢が青白い光に照らし出される。
四人のエルフ族の少女達は様々な表情で今起きている魔法現象に驚きの表情を浮かべて中心にいるアリアンにしがみ付いている。
そしてそんな少女達の不安を余所に、瞬時に視界が暗転したと同時に憶える浮遊感が一瞬で過ぎ去ると、そこは夜の帳が降り月明かり照らされた静かな草地の真ん中だった。
すぐ傍には川の流れの音が聞こえうっすら暗闇に浮かぶ六連アーチの橋が見え、川向こうにはディエントの街壁が見える。
アリアンの周りにいた少女達は何が起こったのか一瞬判らずに辺りを驚きの表情で見廻している。
静かな草原に川の流れと草の揺れる音に混じって、街の方角から甲高い鐘の音が微かに打ち鳴らされているのが聞こえて来る。火事を知らせる警鐘だろう。
街壁の向こう側、微かに赤く灯る箇所からは一筋の煙が立ち上っているのが見える。そしてそれが街の各所で幾筋も見られた……。
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