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骸骨騎士様、只今異世界へお出掛け中  作者: 秤 猿鬼
第一部 初めての異世界
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異世界へお出掛け

 気が付いた時、自分が何故ここにいるのかまるでわからなかった。


 そこは一面緑の草叢(くさむら)に覆われた丘陵地帯だった。まだ日は高く、時間的に昼過ぎくらいだろうか。緑の水面を吹き付ける風が撫で、草の波が岩に腰かけた自分へと向かって押し寄せて来る。吹き付ける風には緑の青臭さと、湿った土の薫りが混じり合い鼻孔に届く。そして背後にある森の木々をその風がざわめかせ、駆け抜けていく。

 思わず腰かけた岩から立ち上がって、その圧倒的地平線の彼方を見据える。狭い日本ではなかなか見る事の出来ない景色ではないだろうか?


 そして、ようやく自分の姿に気が付く。


 細部にまで装飾が施され、白と蒼を基調に彩られた白銀の全身甲冑、まるで神話の騎士が身に着けていそうな豪奢な鎧だ。

 風に煽られてバタバタとはためくマントは夜の闇を思わせる漆黒、内側にはまるで夜空を切り抜いたような煌めきがマントの中に見え、星空のよう。

 背中には精緻なデザインで装飾された大きな丸い盾を担ぎ、背中の腰元には神々しい程の存在感を放つ大きな剣を提げている。


 あまりに自分の普段の恰好とかけ離れた姿、しかし自分はこの姿をよく知っていた。今日も、ついさっき、パソコンの前で寝落ちする前までプレイしていたオンラインゲーム、そのゲームでの自分のプレイヤーキャラクターの恰好そのままだった。


「なんじゃ、こりゃぁ!?」


 思わず全力で叫んでいた。誰にも返事を返して貰えない事は分っているが、叫ばずにはいられなかった。


 そしておもむろに腰に差した剣を鞘から抜き放つ。薄い蒼色の光を湛えた両刃が、日の光に当てられ美しい輝きを放つ。刀身の長さは優に百センチを超えるだろう、幅も結構あり見た目にはかなりの重量感だ。正眼に構えて、上段から一気に振り下ろす。


「なんじゃ、こりゃぁ!!?」


 またしても叫ぶ。


 軽い! 金属の塊で出来てるとは思えない重さだ。軽快に剣を振り回しながらその現実的ではない剣の重量を確かめる。今度は片手で持ってその剣を振り回す。全身甲冑装備だというのに、身体が軽い。まるで鎧など装備していないかのようだ。


「【飛龍斬(ワイバーンスラッシュ)】!!」


 剣を振り回しながら、ゲームの時の様に技名を叫ぶ。振り抜かれた剣から剣閃が放たれ、前方にあった森の木に吸い込まれる。

 突如、子供の一抱え程ある幹回りの木がゆっくりと森に倒れ込む。葉が他の木々に擦れガサガサと音を立て、倒れる木の枝や周囲の木々にいた鳥たちが一斉に空に飛び立つ。少し遅れて倒れた木が地面を打つ鈍い音が辺りに響き渡る。


「本当になんじゃこりゃ……」



 ようやく、思考が正常に落ち着いてきたような気がした。しかし現状が理解できてる訳ではなかった。

 自分が装備している神話級の武器と防具は、直前まで遊んでいたゲームのキャラクターそのままだ。


 神話級と言うのは装備品のレアリティだ。下から順に、下級、中級、上級、名品級、伝説級、そして神話級の計六段階がある。


 今全身を覆っているこの白銀の甲冑装備は天騎士専用の防具『ベレヌスの聖鎧』シリーズ。頭、胴、腕、腰、足、計五種類から構成される鎧で、光と火の加護を受けて対応する属性の攻撃を半減、体力を一定時間毎に回復、防御力強化、攻撃力強化、呪い回避というかなりの壊れ性能だ。


 そして纏った鎧の後ろで風に靡いているマントは神話級防具『夜天の外套』。闇の加護を受けて対応する属性の攻撃を減少させる効果と、魔力の一定時間毎の回復機能付き。


 背中に担いでいる盾は『テウタテスの天盾』。高い防御力と吹き飛ばし無効に加え、レベル分の数値を全ての状態異常耐性値に付加という性能を有している。


 他ユーザーから天騎士の防具優遇を批判されて、運営が修正を入れたのだが、防具の性能は据え置きで、天騎士は装飾品が装備不可になると言う謎修正が入った。その為、ただでさえ数少ない天騎士ユーザーがさらに少なくなると言う結果になった。


 最後は腰に提げた両手武器、『聖雷の剣(カラドボルグ)』。両手剣なので高い攻撃力を誇り、敏捷力上昇効果付き。あとは神話級の武器にはそれぞれ武器毎に戦技が付いているが、オマケの様な威力ばかりだ。


 腰の鞘に剣を戻して、右手を翳して【火炎(ファイヤ)】と念じればゲームと同じく右手から炎が火炎放射器のように噴き出る。

 ──いや……、ゲームと違う。


 たしか寝落ち前、キャラのメイン職業は天騎士でサブ職業は教皇だったはず。【火炎(ファイヤ)】は魔法士のスキルで【飛龍斬(ワイバーンスラッシュ)】は確か騎士のスキルだったはずである。ゲームキャラと同じなら今の職業構成では使えないスキルのはずだ。

 何故、魔法士や騎士のスキルが使えたのか……。その時、自分にある考えが生まれる。もしこれが夢やゲームでなく現実ならどうだろうか、と。


 現実の場合、覚えた技能というモノは転職したからと言って完全に使えなくなったりはしない。柔道家がボクシングに転向したからと言って、柔道の技が使えなくなるわけではない。

 そう考えると今までに最上級職に就くまでに覚えた職業スキルが使えるという事だろうか?


 自分が今まで最上級職の天騎士に就くまでの条件職業は基本職業の魔法士と戦士と僧侶、中級職業の魔導師に騎士に司教、上級職業の召喚士、聖騎士、教皇だ。全部の職業で全スキルを習得したわけではないが、それでも結構な数になるはずだ。


 何にしても、この状況でこれだけの職業スキルが使えるなら、この右も左もわからない世界でも何とかやっていけるかも知れない。

 なにより助かったのはメイン職業が天騎士で固定されなかった事だろうか。この最上級職、はっきり言って使えないのだ。まず戦技スキルが4つしかない。そしてその戦技スキルは全部見た目は派手で恰好は良いが、一対多数用の広範囲殲滅型スキルなので使いにくいのだ。はっきり言って運営の浪漫だけで出来てるような職業だ。


 唯一使えるのは職業アビリティの【天騎士剣技】で両手剣の片手装備可、両手装備時攻撃力上昇というやつだろうか。


 とりあえずこの丘でいつまでもウダウダしていてもしょうがない、人か街を見つけて今後の方針を考えないといけない。


 魔導師の補助スキル【転移門(ゲート)】を発動させると、足元に直径三メートルはある青白い光の魔法陣が浮かび上がる……。

 そういえばゲームではこの後、行先の街名を選択して転移したのだが、今は何も選択項目など出てはこない。しばらくどうすればいいのか考えていたら、ふっと目の前が暗転した。そして気が付くとまた同じ風景が目の前に広がっていた。

 足元を見るとさっきまで居た場所より前方に三メートル程進んでいた。どうやらこの魔法は転移先の具体的なイメージがないと使えないみたいだ。

 この世界がどういった場所かは分からないが、自分が今いる場所周辺以外に知らないので遠くに移動出来ないという事らしい。


 まいったな……。


 いや、もう一つ移動に使えそうなスキルがあった。魔法士の補助スキル【次元歩法(ディメンションムーヴ)】。

 発動後に任意の場所をタップするとその場所に移動するスキル。序盤は敵の範囲攻撃が来る前に範囲外への脱出や、敵に囲まれた時の緊急避難用に使われるスキルだが、中盤以降は大型モンスターやボスモンスターの範囲攻撃が全画面だったりするので、ほぼ役立たずスキルに成り下がる死にスキル。使えて位置取りの修正か、無駄にMPを喰らう画面移動くらいにしか使い道がない。


 【次元歩法(ディメンションムーヴ)】を発動させて前方に移動目標の位置を見据える。すると一瞬で景色の様子が動く。後方を振り返って見ると、さっきまでいたはずの場所が随分遠くに見える。目算で五百メートルくらいだろうか? ゲームの場合、どんなに頑張っても画面の端までしか移動できないスキルだが、現実になると自分で目視できる距離を一瞬で移動できる短距離転移魔法になるようだ。某エスパー少女の様にいちいちビーズを頭に撃たなくても飛べるのはかなり便利だ。再詠唱に必要なリキャストタイムも一秒とかなり使い勝手のいい移動魔法に化けている。


 そうやって暫く【次元歩法(ディメンションムーヴ)】を連続使用して移動していた。

 日がだいぶ傾いてきたようだ、今移動している方角は南西方面だろうか? さっきの丘陵地帯を真っ直ぐ移動してくると前方に大きな川が見えてきた。


 河辺にまで転移移動してその川を眺める。川幅は二百メートルくらいか? 結構な水量のようだ。川面を覗き込むと透明度も高く、魚も沢山泳いでいるみたいだ。


 とりあえず、水でも飲んで一息つくか。


 全身甲冑の兜を外す。そう言えば全身鎧なのに全然重さを感じないばかりか、暑くもなかったな。そう思って顔を水面に近づける。


 その瞬間、頭が真っ白になった──。


「──しまった…」


 自分の呟きが水の流れの音に掻き消される。


 水面に映る自分と目が合う。いや、眼はない。それどころか、鼻もなければ皮膚すらない。暗い眼窩の奥には人魂のような青白い灯火がゆらゆらと揺れ、こちらを感情のない眼差しで見つめ返している。


 水面に映し出されたその姿は鎧を着た骸骨だった────。


 ──すっかり忘れていた。自分がどんなアバターでゲームをプレイしていたかを。


 通常、このゲームではアバターは普通に人間型のキャラクターを自分の好みにカスタマイズしていく。尖った耳を装着してエルフ型にしたり、鼻を豚にしてオーク型にしたりと割と自由度が高い。

 さらには有料で特殊なアバターに変更もできる。その一つがこの『全身骨格』アバターだ。

 有料アバターにも関わらず、全身甲冑で全く見えないのに意味がないと、よく仲間内では言われていた……。

 本当は黄金色の骸骨アバターが欲しかったのだ。そしたら蝙蝠だけが知ってる正義のヒーローになれた。後で検索で調べたら奴の頭はたしかに骸骨だったが、首から下はただの金色したプロレスラーだった。その時までずっと金色の骸骨だと思っていたのに……。


 いかん、思考が現実逃避しかかっていた──。


 これは非常にまずい事になっている気がする。

 この姿では人前で兜を外す事ができない。それどころか、この姿がバレればモンスターとして討伐対象になりかねない。


 たった今、今後の方針が決まった。


 ひっそり、出来るだけ目立たずに生きる。


 ただ全身甲冑が無駄に豪奢なのでそれだけでも充分に目立ってしまう気もするが……、この装備を脱ぐ事はできない。

 この名も知らない世界で手持ちの物と言えば、この装備一式と武器のみ。ゲーム時にあったアイテムも無ければ、お金もないのだ。


 とりあえずなんとかして金を稼ぐ算段をつけなければ……。


 川面に頭を突っ込んで、水を飲む。骸骨のくせに何故水が飲めるのか、飲んだ水は何処にいったのか、そもそも何故水の味まで分かるのか?

 もうこの際細かい事は気にしない。そろそろ頭の中がオーバーヒート気味になってきているのだ。私、脳味噌ないんですけど……。

 頭の中で甲高い声で笑う骸骨の姿が浮かぶ……、いかん、頭が現実逃避しようとしている。


 まずは、気を取り直して街を探すとするか。恐らく川沿いに下れば人の住んでる場所が見つかる筈だ。


 そう思って兜を被り直し、また【次元歩法】で移動を再開する。さっき河原に出る手前に道が川に沿って伸びていたので人間の暮らす集落はそれ程遠くない場所にあるはずだ。


誤字・脱字等ありましたら、よろしくお願い致します。

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