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終章

 その日、全世界に衝撃を以て迎えられた発明が発表された。


 Parietal association cortex Connection Terminal.


 通称PACC端子とも、ニューロンアクセス端子とも呼んだその周辺技術を含んだ革新的技術。

 それまではその分野はまだ未来の技術であると認識されていたが、アメリカの優秀な技術者を引き抜いたカナダのとあるベンチャー企業が開発し、発表し世間を驚かせた。


 その技術とは、開発された端子用モジュールを簡易的なインプラント手術によって人の後頭部に埋め込み、PACC端子を通じて外部機器に接続する事で頭頂連合野に働きかけて疑似的な空間を脳内に構築、映像なども脳内で再生できるという物だった。


 この技術による疑似的空間は、頭頂連合野に働きかける事によって物を持つ感触や、匂いを感じる嗅覚、味を知る味覚など、人の持つ五感を脳内で再現する事によって、そこがあたかも現実の空間のような体験をする事ができた。


 発表当初こそは色々とこの技術の危険性や、倫理的問題なども多く指摘された。


 しかし、この技術はあらゆる分野で活用され始めるようになった。

 本物さながらの体感を得られるというのは、多くの職種で訓練などに使えたのだ。

 宇宙飛行士の船外活動訓練や、それぞれの状況に応じた危機回避訓練。

 脳内で構築された疑似空間での訓練は、本番のミッションと何も変わらず、しかし事故を起こしても死ぬことはないと、高い精度の訓練を実現できた。


 それは消防士の火災訓練や、警察の機動訓練、果てはスポーツ選手のフォーム改善など、繰り返しを要求される練習で身体を壊す事なく脳内に理想のフォームを構築して、現実でその脳内で培った技術を再現する事可能にするなど、活躍は目覚ましいものとなっていった。


 一時期問題になったのは兵士のPTSD問題緩和プログラムで、本物の戦場さながらの訓練でありながら、痛みは最小限度に抑えられた疑似的戦場訓練で、このPACC端子を用いた訓練を受けた兵士は、戦場でも過度なストレスを受ける事なく任務にあたる事ができると話題に上がった。


 しかし、本物の戦場でも死を恐れなくなった兵士は、それらの訓練を受けていない兵士から見ると異様な姿に映り、政府は洗脳兵士を造り出していると糾弾される事態になる。

 だが肝心のPACC端子を使って訓練を受けた当の兵士たちは、この訓練の成果を高く評価しており、それがますます廃絶派に洗脳兵士の印象を強くしてしまい、それは廃絶派と推進派の大きな論争へと発展していく事となった。


 それを受けて全世界的にPACC端子の利用が控えられる事になり、一時期この技術の進歩が停滞する事になったのは致し方のない事だったろう。


 そして世界がPACC端子の取り扱いについては国際標準化機構──ISOの預かりとなって共同規定を策定する事が決定され、諸問題を孕みつつも遅い前進を始めた。

 しかしその年、開発元のカナダのベンチャー企業がPACC端子を用いた新たな技術を開発した。


 Spirit and Time Room System.


 開発元に熱心な日本漫画ファンがいたのか、STRシステムと名付けられたその技術は、実際の時間よりも疑似空間内で過ごす時間が長く感じられるようになるという物だった。


 つまりSTRシステムで構築された疑似空間では、被験者は体感的に三時間の体験をしたと感じているにも拘わらず、現実では一時間しか経っていないという状況を造り出す事ができたのだ。

 それはまさに夢の技術であり、これまでの訓練などがより圧縮して行う事ができ、また習熟速度を飛躍的に向上させられる事となった。


 ただ脳内に極度の負荷を加える恐れがあるとして、その時間圧縮比は三倍までと定められた。


 やがてPACC端子は専門的な分野での利用から、より一般的な利用へと広まっていく。

 その内の一つが娯楽のゲームであった。


 モジュールのインプラント手術がある為、PACC端子を利用するには身体ができあがる十八歳以上の者しか利用できないという短所はあったものの、それでも本物と寸分変わらない体験ができる次世代VRとしての未知の体感は、人々を魅了するには十分な潜在的需要を備えていた。


 そしてそんなPACC端子を用いた次世代VRゲームに熱狂した男が一人いた。


 まだまだPACC端子関連の機材は高く、一般的な広まりを見せつつあるといっても一台の環境を整えようとすれば、手術費を含めて新車一台は軽い額を必要とする。

 その要因の一つがPACCモジュールのインプラント手術が保険適用外である事だろうか。


 健康な身体に必要のない高級機器を埋め込むのだから、それももっとな話だと男も考えている。

 そもそも男は毎日すし詰めの電車に乗って会社に出掛けて、雀の涙のような給料を受け取り、狭いアパートで汲々と暮らしたりはしていないのだ。

 彼にとってそんな生活を送る者などは物語の中の話であり、知識の片隅にある出来事だった。


 だからこそ、彼はこのPACC端子を使ったゲームが開発され、それのテストユーザーが募集された時、何の迷いもなく応募できたのだ。

 ゲームの開発元はヨーロッパのPACC端子普及開発機構で、そこと提携したゲーム開発会社がPACC端子を使って新たなVRゲームを開発する事が進められていた。


 ゲームはファンタジーを基本としたRPGで、プレイヤーは創り上げられた世界で一人の魔王となり、自身の領土を拡大、他プレイヤーの魔王の支配領域を侵略したりなどして自軍の領域を如何にして拡大させていくかという一風変わったゲームだった。


 魔王の形態はまだテスト段階という事もあってその数は少ないが、人間の魔王からエルフの魔王、さらにはゴブリンの魔王とその幅は広い。

 男はそんな中で不死者(アンデッド)を主力とする元人間だったという設定の魔王キャラを選択し、人間の領地を支配して、支配地の人間を材料に自軍を強化したりして遊んでいた。

 男はそんなゲームを、ここ一ヶ月程体験プレイを繰り返し、その身で未来の最先端に立っている事実を噛み締め大いに楽しんでいた。


 テストユーザーとしても、ゲームの世界の人間があまりにもリアルに死ぬので、もう少し表現を簡略化するなどした方が良いという他プレイヤーの意見に、このPACC端子を使っての初めての本格ゲームとして小さく纏まるべきでないという反対意見を熱心に開発会社に送ったりもしていた。

 ここはせっかくの現実にもっとも近い非現実の世界なのだ、それを開発初期段階からつまらなくする理由など、男には我慢がならなかったのだ。

 彼のキャラクターは主な攻撃方法が魔法攻撃だったので、人を殺したとしても然程、忌避感などは感じなかったのも大きかったのかも知れない。


 どんなに本物に見えようと、そこは作り物の世界──男はそう考えていた。


 そしてその日は訪れた。


 男はいつもの通り外で食事を済ませた後、自宅のマンションへと帰ると、早速とばかりにPACC端子を後頭部に設置されたプラグに接続して、開発用のゲーム機器を立ち上げた。


 静かな駆動音を耳に入れながら、男はいつものようにベッドの上に寝転んで目を閉じた。

 その日以降、その部屋から男の姿は忽然と消えていた──。



 ベッドに横たわってまるで死んだように眠っていた人物が突如、動き始めた。


 豪奢な法衣を身に纏い、頭の上にはヒルク教の聖印が記された大きな帽子を被っている。

 その下は顔全体を隠すように面布が覆い、その布によって遮られた奥の顔は見通す事はできない。

 男はいつしか眠り、随分と昔の夢を見ていたのだなと、半ば他人事のように思い、手を宙に翳して特定の動きをなぞる。


 しかし彼の目の前には、彼が希望する画面が出てくる事は無かった。


 ログアウト──というより以前にゲームとしての画面すら表示されなくなって久しい。


 経った時間で言えば、もう既に百年近い時間が過ぎたのではないか。

 恐らく何かの不具合でSTRシステムに障害が起こったのだろうと、男は考えている。

 おかげで一生分の時間をゲームの中で過ごす事になり、いったい現実では何日経っているのか見当もつかない──しかし、特に不安な気持ちがないのは何故だろうか?


 現実で何十日も経っていたなら、その間飲まず食わずの本体は既に死んでいる筈だが、男は自分自身が未だにこの世界にいる事こそが現実世界の無事を確信しているのだと分析していた。


 男はベッドから起き上がると、窓辺へと寄って外の景色を眺める。


 随分と昔に拠点として定めたヒルク教国、アルサス中央大聖堂。

 男の名はタナトス・シルビウェス・ヒルク──。

このヒルク教国で教皇として君臨する者だった。


そして教皇がふとある事に気付いた。


「眷属の一人がまたやられたのか……これは、やはり」


 教皇は独りそんな呟きを漏らして、面布の奥から嗤い声を漏らした。

 ゲームの世界では大量生産した駒、つまりは最下級のスケルトンナイトなどは現地NPCにすら倒される可能性はある。


 しかし直属の眷属ともなると、それを倒すようなNPCは存在しない。

 ゲームの仕組み上、これを倒せるような力を持つのはプレイヤーのみ──つまりはすぐ近くまでプレイヤーが来ている事になるのだ。


 外と連絡が取れるだろうか──それとも相手も同じく障害に巻き込まれてしまったのだろうか。

 とにかく、面白かったゲームも百年も続ければいい加減飽きてきた所だった。


 最初はとりあえず暇つぶしとばかりに不死者(アンデッド)に守られた生者の国という、何とも皮肉な国を造って遊び、次にその国の国民が死んだらその全員を不死者(アンデッド)軍に変えて、それを淡々と数を揃えて、ようやく最近大侵攻する準備を整えたのだ。

 本当ならもっと昔に投げ出してしまってもいい筈なのだが、淡々と準備をした事が良かったのだろうか、しばらくの間は同じような作業を繰り返す単調な毎日を送っていた。


 ようやく会えるかも知れない同胞──高まる気分もあるが、せっかく向こうが丁寧に眷属を潰して宣戦布告してくれているのだ。

 もう少しだけこのゲームを遊んでからでも遅くはない。


 タナトス教皇は窓の外に広がる、自ら築き上げた領地を見て満足げに嗤う。


 山間の高台に建つ荘厳なアルサス中央大聖堂──その奥に設けられた一室の窓に山間部特有の強い風が吹き付け、タナトス教皇の面布を剥ぎ取る。


 その下から現れたタナトス教皇には表情も無ければ、顔すらも無かった。


 あるのは暗く闇色を湛えた眼窩に、赤く人魂のような灯火を二つ宿した人の頭蓋骨だけ。

 その骸骨の顔からは表情の機微を窺い知る事はできないが、骸骨の口元からは低い嗤い声がカタカタと吐き出され、それが山間の中に響いていつまでも不気味な音を奏でていた。


これにて第七部は終了です。

ここまでお付き合い下さり、誠にありがとうございました。


次回八部はしばらく休載後に再開予定になります。

そして次回の八部のアップと同じくらいの時期に、新作の方もアップ出来ればと考えております。

宜しければそちらの方もご一読頂ければと思います。^^

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