只今潜入待機中1
「それじゃ、まずディエントで先に潜入しているダンカと合流するわ。付いて来て」
「その事なのだが……、一つ提案しても良いか?」
ここでエルフ族との縁を強固にするには、こちらの力の一端を開示して受け入れて貰った方がいいだろう。それにこの姿での隠密行動はかなり無理がある。短距離転移の【次元歩法】があれば、人目を忍んで何処かに潜り込むのはそう難しい事ではなくなる。
全身白銀鎧でエルフ族が囚われている場所へ真正面から強行突破してしまえば、目立つ上に御尋ね者になってさらに身動きが取れなくなる可能性が出てくる。それならばこの魔法を使ってこっそり潜入して目撃者を出さずに救出できればその心配もなくなる。
「提案? あまりのんびりしてると、ディエントに着く前に森の中で日が暮れてしまうわよ」
彼女は風になびく美しい白い髪を手で少し押さえながら、こちらの意図が読めずに少し訝しむ。
「アリアン殿は転移魔法を知っておるか?」
「? ……知ってるけど、それがどうかしたの?」
彼女の瞳に少し警戒の色が滲むのが見えた。転移魔法に関する話は何か不味い事に抵触するのだろうか? しかしここまで来て何も言わないという選択肢はない……、覚悟を決めて話の続きをする。
「我はその転移魔法を扱う事が出来るのだが、これを使えばディエントの街にもすぐに飛べる。建物への侵入や脱出もかなり楽になる筈だ、今回の計画では転移魔法による救出を具申する」
「転移魔法をっ!? 嘘?! あれを個人で扱えるのは伝説の話でしょ?! エルフ族ですら魔道具を使ってようやく発動するような魔法なのにっ……!!」
彼女は金色の双眸を見開き、明らかに驚愕した表情をして口早に捲し立てた後に、ハッとすると慌てて自分の口を手で塞いだ。
どうやら転移魔法はエルフ族の間では存在は知られてはいるが、個人の魔法能力で発動させうる類の物ではないらしい。しかしエルフ族は魔道具を使えば転移魔法を発動できるのか……、先程の口ぶりからは人族は転移魔法の魔道具を持ってはいない、又は扱えない様だ。彼女の慌てた様子から見るに、エルフ族が転移魔法を扱えるのは極秘事項なのかも知れない。
「今聞いた事は忘れなさい! いえ……、あなたが転移魔法を扱えると言うならそれを証明して。もし本当ならあたし達エルフ族もその事実を口外しないから、あなたもさっきの事は口外しないと約束しなさい!」
彼女の言動は厳しく、有無を言わせない迫力でこちらに返答を迫って来る。決して友好的ではない人族に転移魔法などと言う超技術の存在を知られれば、その技術を求めて人族がエルフ族に戦争を仕掛けかねない、それを懸念しているのだろう。それは個人でその超技術を扱える自分に対しても言える事かも知れないが……。
お互いがお互いの秘密を握ると言う訳か、確かにそちらの方が自分としても安心できる条件だ。
「……心得た。エルフ族の転移魔法に関する話は、この口を閉ざす事を約束しよう」
仰々しくそう彼女と約束の言葉を交わす。
「いいわ。それじゃその転移魔法とやらを、早速見せてもらいましょうか」
灰色の外套を翻し腰に手を当て仁王立ちになると、アリアンは視線でこちらを促してくる。
ポンタも状況が判っているのか、一声鳴くと風の魔法を発動させるとその場で浮き上がりいつもの定位置、兜の上に貼り付く。
自分の荷物を纏めて背負いこちらも出発の準備が完了すると、彼女に声を掛け魔法の発動を行う。
「承知した。ではディエントの街の傍までの道を開く。【転移門】!」
魔法を起動させ足元に直径三メートル程の青白い光の魔法陣が浮かび上がり、自分と彼女の足元に展開される。日がかなり傾き、森の中に茂る木々の影が濃くなりつつある中で、その光は妖しくも幻想的な光で森の木々を染めあげると一瞬で目の前の風景が暗転して全てが闇に閉ざされる。
しかしそれもほんの刹那で、気付いた時にはそこには先程の森の中の風景は消え、全く別の場所に二人は立っていた。
腕を組んで成り行きを見ていた彼女も驚愕の表情を顔に貼り付けて、辺り一帯の景色を大きく見開いた金の双眸で眺め渡している。
空はすでに夕闇が迫り、薄紫色の濃淡が空を染め抜いている。穏やかに吹く風が周辺に広がる草地を撫で涼しげな葉擦れの音を奏でて耳を擽る。
少し離れた場所に六連アーチの石造りの橋が見え、その下をライデル川が流れるのが見える。その先には街壁に囲まれたディエントの街が一望できた。
「驚いたわね……。いえ、まさか転移魔法を詠唱なしで使える者がいるなんて……今でも夢を見ている気分よ……。たしかにこれなら同胞の救出には最高の力ね」
彼女は感心頻りの様子で辺りの様子を眺めながら此方を振り返ると破顔した。これからの救出作戦での見通しが明るくなったのを素直に喜んでいる様だ。
「便利な魔法ではあるが、難点がない訳ではない。一度行った場所で記憶に鮮明に残っている場所へしか飛べぬ。似た様な風景の森や洞窟の中へはなかなか上手く飛ぶことは出来ぬであろうな……」
「それでも充分よ! エルフ族の扱う転移魔法陣はそもそもある一定条件下の場所へしか転移できない上に、結構な魔力を消費するからね……」
エルフ族の扱う転移陣も色々と制約があるらしい、ただそれでもその能力は現代輸送技術を遥かに凌駕する技術ではある。
「さて何時までも驚いていられないわ。そろそろディエントに潜り込むわ」
アリアンは気を取り直しそう告げると、フードを目深に被り、肌蹴ていた灰色の外套の前を閉じ全てを覆い隠す様な出で立ちになり、ディエントの街へと歩を進め始める。
彼女の薄紫色の水晶の様な滑らかなダークエルフの肌は、普通のエルフ族や人族とかけ離れておりかなり目立つ。こうして全体を覆う様にしなければ、忽ち見つかってしまうだろう。
自分の場合も鎧の下は骸骨の身体が収まっているので人には見せられない。少し親近感が湧くが、彼女の場合は生身の肉体が無い訳ではないので自分とは状況が少々違うかも知れない。
自分も黒の外套を翻し、中の豪奢な白銀の鎧をすっぽりと包むと先頭に立つ彼女の後ろに付いて歩き出す。
夕闇に染まりつつあるディエントの街だが、さすがに交通の要所なのか街の手前に架かる六連アーチの橋には街へ入ろうとする人や馬車が結構な数が見える。この時間から街を出る様な者はいないのか、人の流れは一方向に向って行く。
六連アーチの石橋を渡り、人の流れに沿って第一街壁の門を潜り第二街壁の門へと足を運ぶ。全身完全武装に黒の外套を靡かせて歩いていると、どういうわけか人混みが割れて道が出来ていく。別に困る事もないので黙々と前へと進み第二外壁の門の前に着く。
門兵に傭兵証を見せながら後で全身外套をすっぽり覆ったアリアンを示して門兵に話しかける。
「後のは連れだ。入街税は幾らだ?」
門兵はちらりと後ろにいるアリアンを見たが、他にも街に入ろうとする人も多く特に関心もないのか無愛想に口を開く。
「1セクだ」
腰の革袋から銀貨を一枚取り出して門兵に渡し、アリアンと一緒にディエントの街へと入る。
すでに日は暮れて街の中にはあちこちからランプの明りが漏れ、賑やかな雑踏には人々の活気が溢れている。南門前の広場の行き交う多くの人々を避けながら、後ろにいるアリアンに今後の事について尋ねる。
「さてディエントの街に入ったがこれからどうするのだ、アリアン殿?」
「橋を渡ったすぐの門を抜けた広場……。合流場所はここだからここでダンカを待つわ。恐らく向こうがこっちを見つけてくれるでしょ」
そう言って彼女は人波を避けて広場の隅に移動して壁を背にすると、そのまま無言で人混みに目を向ける。自分もそれに付き合い、壁にもたれ掛かると同じく人混みに視線を向けた。
ダンカは以前この街の外で会ったエルフ族の男だ。あっちもエルフ族の特徴である長い耳を隠す為にフードを被っていた。近くにそれらしき人物がいないか目線を走らせる。
暫くすると、こちらに向かって近付いて来る人物がいた。麻色のフード付き外套を目深に被った者がこちらに向かって歩いて来る。
アリアンもその人物に気付くと、もたれていた壁から背を離して相手を迎える。
「アリアン、何故その男がいる?」
目の前で立ち止まると、麻色の外套を着込んだ男は低めのよく通る声でアリアンにそう問いかけて来た。聞き覚えのある声、以前街の外であったエルフの男だ。
「ちょっと成り行きでね……。今回は少し手伝って貰うのに私が傭兵として雇ったのよ」
「本気か?!」
ダンカの声には驚きと非難の色が見てとれる。
それは仕方がないだろう、人族に囚われたエルフ族の救出に自称人族の自分を雇うのは理解出来ない行為だ。
「まぁ立ち話もなんだし……、何処か座れるとこに行きましょ」
彼女はそう言ってさっさと広場から離れて行く。ダンカもここで言いあっても仕方がないと判断したのか、渋々彼女の後ろに従って付いて行く。こちらもそれに倣ってダンカの後ろに付いて行く。
広場を抜けて大通り沿いに出ると、いくつも屋台が並んで商売している場所に出る。屋台の前には簡易のテーブルと椅子が置いてあり、ちょっとした屋台村の様な場所だ。
あちこちでテーブルを囲んで座り、周りで営業する屋台から食い物や酒を買って来て騒いでいる。
その空いてるテーブルの一つにアリアンが座ると、ダンカに酒とつまみを買って来る様に頼む。
「ダンカ~、あたしはあそこの串焼きが食べたい! あとなんか適当にお酒お願い。アークはどうする?」
「我は遠慮しておく」
屋台からは肉の焼ける匂いなどいい香りがしているが、こんな大勢の前で兜を脱ぐわけにはいかない。この身体では空腹は感じないが、食べたい欲求は普通にあるので我慢するしかない。
「なんで俺が……」
ダンカは文句を言いつつも、彼女のお願いと言う名の指示に従って屋台に並びに行った。それを後ろで眺めながら、自分も彼女と同じテーブルの席に着くと、頭の上に貼り付いていたポンタがテーブルの上に降りて来て、お座りをする。
どうやらいい匂いに誘われてお腹が減ったのかも知れない。
「きゅ~ん」
少し切なそうに鳴くと、ダンカが屋台から酒を入れたジョッキの様な形の木製のコップと肉の串焼き、ピーナッツの様なナッツの入った皿を持ってやって来た。それをテーブルに置くと黙ってもう一つの席に着いた。
「森の中で人攫いと一戦やってたからお腹減ってたのよね。アーク、この人がダンカ・ニール・メープル。私と同じくエルフ族の戦士の一人で、今回この街で情報収集してくれていた人よ。ダンカ、こっちの鎧男がアークよ。森でドナハと一緒に人攫いと一戦交えた時に加勢してもらったのよ」
ん? 先程メープルと言ったか……、その甘そうな名前には聞き覚えがあった。それは目の前で串焼きの肉を美味そうに頬張る彼女、アリアン・グレニス・メープルと同じ名前だ。
「確か、アリアン殿もメープルを名乗っておられたと思うのだが、お二方は兄妹なのか?」
その問いにダンカは微かに眉を顰め、アリアンは可笑しそうに笑って串焼きの肉を振る。ポンタの視線はその振られた串焼きを追って左右に動いている。
「エルフ族の名前は基本、自分の名前、同性の親の名前、所属している集落の名前の組み合わせよ。同じ里に所属する兄妹ではあるけど、家族ではないわ。私達はカナダ大森林の森都メープルに所属する者って意味よ」
日本とは随分違った名前の付け方だ。
それにしてもカナダ大森林と言うのは俗に人が言う所の”エルフの森”や”迷いの森”の事だろうか? それに森都メープルとは……沢山のシロップが取れる名産地か何かなのか??
「”カナダ大森林”とは、人族の言う所の”エルフの森”の事か?」
「人族はそう呼ぶらしいわね。私達はあの地にエルフ族の一大都市を築いた、始めの族長様が命名した名前である”カナダ大森林”と呼んでいるけどね。森都メープルもその族長様が決められた名よ」
……この世界には時々自分の様な存在がこちらに流されて来る事があるのだろうか? どう考えても『カナダ』に『メープル』はただの偶然だとは思えない。しかし、彼女は初めの族長と言った……かなりの大昔の話の様だが。
「その森都メープルはいつ頃築かれたのだ?」
「八百年程前だったかしら?」
アリアンはそう言いながら小首を傾げてダンカに目線を向けると、ダンカも小さく頷いた後に咳払いをすると話題を切り替えにかかった。
「今はそんな事はどうでもいいだろ? それより本当にこいつを今回の作戦に協力させるつもりか、と言う話だろ?」
ダンカは脱線していた話題を今回の作戦に関する方へと持っていった。
アリアンは手をひらひらと手招きをしてダンカを近くに来る様に指示を出すと、近くに寄ったダンカに何やら耳打ちをした。
その耳打ちを受けてフードの奥の表情を驚愕の色に変えると、此方に詰め寄り小さい声で怒鳴る様な、かなり器用な真似で問い質してくる。
「貴様、転移魔法を使えると言うのは本当か?!」
「うむ、まぁ多少制約はあるが、使えるな」
周りの喧噪で他人に聞かれるとは思えないが、念の為にこちらも小さい声で受け答えする。
ダンカは信じられないという表情でこちらとアリアンを交互に見比べる。そのアリアンはポンタに串焼きの肉を与えて三角の耳を引っ張って遊んでいて、こっちに関心を向けていなかったが……。
「それで? 拠点は見つかったんでしょ? 様子はどう?」
彼女は引っ張っていたポンタの耳を離して、頭を撫でながらダンカに今回判明した拠点に関する質問をする。
ダンカもようやく再起動したのか、動揺していた表情を戻すと真剣な顔で話を戻した。
「あ、ああ。拐かし共の拠点はこの街の東門付近に広がる歓楽街の傍だ。あそこは日が暮れて暫くはまだ人通りが多いので、人通りが少なくなる夜中を待って侵入する。外に見張りもいるし、中も結構な人数がいると思われる……」
どうやら拠点は領主城のある中心部の貴族街ではなく東門付近の歓楽街の方面にあったらしい。あそこら辺は変な連中に絡まれると面倒だからとあまり足を運ばなかった場所だ。
「囚われてる人数とかはわかってるの?」
「情報を吐いた者の話では四人だと言う話だ。近々また追加で運び込まれる予定だったとか……」
「その追加の予定はあたし達が今日潰したからね。じゃあ残りはその拠点に囚われている四人ね。今回はアークの魔法があるから脱出は正直かなり助かるわね」
「では時間までこの辺りで待機する事にするか……」
誤字・脱字等ありましたら、ご連絡宜しくお願い致します。




