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里への帰還

 ローデン王国の王宮前に設けられた広場。

 そこには様々な顔ぶれが並んでいた。


「ディラン殿、カナダ大森林からの返答はいつ頃になりそうか?」


 そうディランに問い掛けるのは、この国の国王カルロンだ。


 そんな彼の質問に真剣な表情を向けて、顎に手をやってしばし黙考するディラン。

 ややあって、彼は僅かに眉根を寄せてそれに答えた。


「……三日程でしょうかね。それまでには大長老様たちを説き伏せて、援軍を組織しますよ」


 そう宣言するディランの言葉に、大きな灰色の瞳で不安そうな眼差しを向ける少女。


「三日……わらわはここで留守番なのじゃな……」


 リィル王女がそう呟くのをディランのエルフ族特有の長い耳が捉え、彼女に微笑みかける。


「すみません。しかしここまで来れば、あとは結果を待つのみでしょう。あなたは立派にアスパルフ国王様からの使命を果たされたではありませんか」


 その彼の言に、後ろで控えていた護衛騎士のザハルとニーナも同意するように頷く。


「国王陛下もさぞお喜びでしょう。リィル王女様の帰りを信じ、戦の準備を進められている筈」


 ザハルが握り拳を作って熱弁する横で、ニーナは静かに自分の小さな主様を見つめる。


「リィル姫様、ここに残ってもやれる事は御座います。ユリアーナ王女様とより深い親交を持ち、この戦が終わった後の国の発展に寄与する事も立派なお役目です」


 そのニーナの言葉に、リィル王女は俯いていた顔を上げて、気合いを入れ直すようにその小さな両の手を握って拳を作った。


 そんな様子を見ていたユリアーナ王女が、リィル王女の下へとやって来て彼女の傍に腰を屈めると、真っ直ぐにその大きな灰色の瞳を見つめる。


「そうですね、私とあなたは従姉妹(いとこ)同士なのですから、この王宮に居る間はいっぱい話しをしましょう? あなたの国での事とか、私は知りたいわ」


「わかったのじゃ! 友誼? を結ぶのじゃな?」


 ユリアーナ王女の言葉と笑顔に、リィル王女も同じように笑みを返して答えた。

 そんな一団の微笑ましいやりとりを眺めながら、自分は少し離れた場所から王宮を背景にした広場を、手に持った転移図画に描き写している最中だった。


 兵士を輸送する際や、またこの場所に戻って来る際にも必要なその場所の景色の記憶を補完する為の代物、それが手元にある紙束の冊子の正体だ。

 ただ王宮の壁の装飾などを丁寧に描き写そうとするなら、もう少し時間的余裕が欲しいところだ。


 紙の上に大きくアタリを取って大まかな形を描き込んでいき、陰影を付けていく段になって、不意に此方に声を掛けてくる存在があった。


「器用なものですね、絵を描く事を嗜むので?」


 そう声を掛けてきた人物に視線を移動させると、そこにはセクト王子が立っていた。

 人好きそうな笑みを浮かべて問い掛けてくる姿は、まさに王子様そのものなのだが、一方で何処かよそよそしい雰囲気を纏っているように思えるのは自分の気のせいなのだろうか。


 兜の上のポンタが僅かに身を捩って、後退る気配がした。


「ふむ、まぁ我の旅の趣味、といった所だろうか」


 そう相槌を打って再び描きかけの転移図画に視線を戻すが、何やら視線を感じて再び顔を上げる。

 しかし、視線の元であったセクト王子はその場で軽い会釈をし、自分の頭上──ポンタを一瞥するとすぐに視線を戻して此方に背中を向けた。


「失礼、後日よい返事が聞ける事楽しみにしておりますよ」


 セクト王子はそれだけを言って、その場を離れて行く。


「きゅ~、きゅん!」


 兜の上でいつも鎮座しているポンタが、警戒するように離れていくセクト王子の背中に向かって吠える姿に、良くも悪くも人族の王族らしいなという印象を受けた。

 リィル王女のように真っ直ぐで、感情を素直に出すような王族の方が珍しいのだろう。


 本来なら表の顔と裏の感情を上手く切り分ける事が求められるのだろうが、どうもポンタはそういった類の者を嗅ぎ分ける能力が高いようだ。

 しかしその点でいくと、チヨメもあまり表に感情を露わにしないタイプだ。


 そう思って傍らで気配を消すように静かに立っている全身黒ずくめの猫耳忍者を見やる。

 その彼女の頭部に備わった猫耳が忙しなく向きを変えてあちこちの音を拾おうとして動き、腰から長く伸びた尻尾の動きが様々に変化していた。


 もしかすると、彼女は人的な感情を表に出さない代わりに、動物的な感情が表に出ていて、ポンタあたりにはそういった機微が感じ取れているのだろうか。

 ニーナとの件もあるので、チヨメに感情の起伏が少ないという訳ではなく、単に表に出す事が苦手としているだけなのだろう。


 現に彼女が一番素直に人の感情を表に出す時は、美味しい物を食べている時だったりする。

 そんな事を考えていると、豊満な乳房の持ち主が此方の視界を遮った。


「手が止まってるわよ?」


 そう言って此方の顔を覗きこんできたのはアリアンだ。

 とりあえず彼女の言われた通り、止まっていた手を動かして残りの描写、王宮の壁に刻まれた装飾の陰影部分を転移図画に描き写していく。


「ふむ、こんなものかな?」


 おおよそ描き終えた所で転移図画を荷物袋の中へとしまい、アリアンに向き直る。


「すまぬな、アリアン殿。わざわざ紫電を連れ来て貰って……」


「ギュリィィン」


 そう言って彼女の後ろで大きな欠伸をして頭を揺する紫電を視界に入れた。

 疾駆騎竜(ドリフトプス)の巨躯を物珍しそうに間近で見ていた衛兵たちが、紫電のその動きに思わず後退っている光景がやや笑いを誘う。


「別にいいわよ、これくらい。それで、そっちの準備はできたの?」


 アリアンは何でもないという風に手を振り、こっちの準備の状況を尋ねきた。


「我の方は問題ない、これでいつでもローデン王国の王宮に飛ぶ事ができるであろう」


 そう言って彼女に答えを返す。


 しかし実際は、このローデン王国の王宮内へと転移する事に使えるのは今回の緊急時だけだろう。

 頻繁に他国(?)の者が王宮内に現れては警備上としても看過できなくなる上に、こちらへの警戒感や不信感が高まる結果になる。


 今はヒルク教国の緊急時でそれどころではないだろうが、この戦が終わった後、エルフ族が扱えると思われてしまっている転移魔法の力は、彼らにとって脅威の存在になるだろう。

 兵士を実際に輸送する段になって、それがより実感の籠ったものになるのは確実だ。


 若干一名、そんな転移魔法の特性にそれとなく探りを入れてきた者もいるが、今はまだ表面化する事はないと思われる。


 広場の真ん中に紫電を移動させ、そこにディランとアリアン、それにチヨメが移動する姿を眺めながら、自分はリィル王女の下に足を運んで別れの挨拶を掛けた。


「それではリィル殿、しばしの間ではあるが息災でな。我も向こうで良い返事を持って来られるように、出来る限りの力は尽そう」


 自分のその言葉に、リィル王女も力強く頷いて此方を見上げてきた。


「頼むのじゃ、アーク殿! わらわはここでアーク殿の帰りを待っているのじゃ!」


 リィル王女の言葉に頷いて返し、彼女の後ろに控えていたザハルとニーナも此方に向かって会釈するのを見て、同じく会釈で返す。


「では行って来る」


「きゅん!」


 アリアン達の下に戻り、転移魔法を発動させる。

 目的地はカナダ大森林、ララトイアの里だ。


「【転移門(ゲート)】!」


 足元に巨大な光の魔法陣が展開し、次の瞬間、目の前の景色が懐かしい景色に変わっていた。


 目の前に見えるのはアリアンの実家であり、この里の長老ディランの自宅だ。

 見上げるような大樹の枝葉からは木漏れ日が漏れ、その零れた光に照らされるのは太く巨大な大樹の幹とそこに取り込まれるような形で融合した立派なお屋敷の姿だ。


 そんな不可思議で奇妙な形状の屋敷の前には綺麗な庭が広がっており、そこの庭に一人のダークエルフの女性が立っていた。

 その女性は転移してきた自分たちの存在気付くと、喜色を浮かべて大きく手を振ってくる。


「おかえりなさい、あなた! アリンちゃん!」


 笑顔で手を振っていたのはこの里の長老の妻、アリアンの母親でもあるグレニスだった。

 ダークエルフ族の高い身体能力に加えて、アリアンの剣の師匠でもある彼女の身の熟しは流石というべきもので、彼女に声を掛けようとしていたディランの間合いに一瞬で踏み込み抱き着いた。


「ぐっ!」


 若干当て身のような抱擁だったが、ディランは何とかそれに堪えて、申し訳なさそうな、それでいて少し挙動不審な態度でグレニスを迎えた。

 そんな夫婦の一場面のやりとりに娘のアリアンは、耳の先を若干赤く染めて文句を言っていた。


「そういう事は人前でしないでよ、もぉ」


 頬膨らませ、足早に家に向かうアリアンに、チヨメもそれに付いて歩いて行く。

 ディランはそんな娘の背中を見送りながら、腕の中に収まる妻グレニスに視線を落とす。


「思ってたより早く用件が片付いたのね? しばらくはゆっくりできるの?」


 上目遣いで夫に問い掛ける妻に、夫──ディランが謝罪の言葉と共に次の予定を語った。


「すまない、グレニス。実は向こうで面倒な事態が発生してね、アーク君の力でこちらへと戻って来たけど、これからその件で中央に行って大長老様たちに相談しないといけなくなって……」


 人族の王侯貴族や他里の長老とも堂々とした渡り合いを繰り広げてきたディランが、事情を語る言葉に力が無くなり段々と尻すぼみになっていく。

 対して、その説明を聞いていたグレニスから表情が無くなり、すっと姿勢を正して目の前の夫を見下ろして「そうなの」という何とも抑揚のない返しが口から出る。


 恵まれた体格に高い身体能力を有するダークエルフ族であるグレニスは、エルフ族である夫のディランより若干背が高く、伸ばされた背筋の彼女と、背を丸めたディランの姿の対比も相まって、現状の力関係を傍から見て如実に物語っていた。


 しばしの無言の静寂の後、ややあってグレニスはディランに背中を向けると、さっさとアリアンたちを追いかけて屋敷の中へと戻って行った。

 一方でディランは、自身のお腹を押さえながら眉尻を下げて溜め息を吐く。


「はぁ、なんだかお腹のあたりが痛むよ……」


 少し情けない声を出すディランだったが、見る者によっては何も声を掛けられずにいるよりは十分に恵まれた対応だと思うのだが、本人にとってはまた見方が違うのだろうか?


「ディラン殿としては、無関心で迎えられる方が有難いものなのか?」


 自分はふと疑問に思った事を彼に投げ掛けると、彼は一瞬目を瞬かせてから苦笑を浮かべた。


「確かに、それはそれで嫌な想像だね……」


 そう言って彼は既に屋敷の中に姿を消したグレニスの姿を幻視するように目を細めた。


「彼女のご機嫌がこれ以上曲がらないように、今回の一件はできるだけ早期に片付けてしまえるように尽力するしかないね。それにはアーク君の力が必要不可欠になってくる」


 そう言って彼は此方に振り返り見上げてくる。

 自分もそんな彼に頷き返して、胸鎧を軽く叩いて見せた。


「我も(やしろ)の改修などやる事は山ほどあるのでな……、出来る限りの尽力はするつもりである」


「きゅん! きゅん!」


 自分と頭の上の一匹の気合いを聞いてディランは安心したのか、そっと息を吐き出した。


「それじゃ、私はこれから中央のメープルに行って来るよ。恐らく大長老会を招集する事になると思うけど、その場に君も臨席した方が色々と話が早く済むだろう。まずは君がメープルに入る事のできる許可を貰って来るので、明日はそのつもりでいて貰えるかな?」


 ディランは今後の予定をつらつらと語った後に、此方の承諾を求めるように視線を上げてきた。

 自分としても森都メープルに入る事ができるようになるのなら願ったり叶ったりなので、素直に頷いてその事を了解した。


「了解した」


「ではちょっと出かけて来るよ」


 そう言い残すと、彼はそのまま里の転移の祠へと向かって歩み去った。


「ギュリィィィン」


 そんなディランの背中を見送っていると、背後から紫電の鳴き声が響いて振り返った。

 視線の先で紫電が大あくびをして、背中に載った空の鞍を揺する。


「おぉ、そうだな。紫電を社の森に戻して、ついでに龍冠樹(ロードクラウン)の霊泉も補充しておくか」


 紫電の頭部に生えた(たてがみ)を手で梳いてやりながらそう言うと、紫電は嬉しそうに鳴く。


「きゅ~ん」


 頭の上のポンタはそろそろお腹が空いたのか、ぺたりと張り付いて何かを訴えている。


「わかった、わかった。ではすぐに行って帰って来るとするか」


 そう言うと、自分は【転移門(ゲート)】を発動させて社へと飛んだ。


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