ドラントの集会
それからしばらくしてセルゲが部屋へと戻って来ると、この後すぐに集会が開かれる運びになったとその場にいた全員に第一報を入れた。
そうして全員、自分に同行するように伝えてセルゲの家を後にする。
セルゲが先導してドラントの里の中を歩いていると、周囲から色々な視線が向けられてくるが、先頭のセルゲやディランはそれを気にも留めず、里の中央へと向かって歩いて行く。
やがて里の中央付近で周囲の建物より一際大きな建物の姿が目に入る。
それは平べったい円筒形の建物で、セルゲの案内で中へ入ると、中は傘の骨のような木組みの柱と梁によって構成された、今まで見たエルフの里の建物とは少し趣を異にする造りだった。
屋根は高く、内部を仕切るような壁はない圧迫感の少ない造りではあったが、中には既に多くの人が詰め掛けていて、その人ごみの中を掻き分けて進むにはかなり骨が折れそうだった。
しかし、セルゲを見た周囲の人達はそれぞれ左右に分かれて彼の前に中央へと続く道を開いた。
その道を通って、集会所の中央の人垣の割れた場所に出ると、そこには一つの円形のテーブルが置かれており、そこに三脚の椅子と二人の先客が座っていた。
恐らく椅子が三つという数から、あそこがこの里の長老が座る席なのだろう。
周囲にはこの集会の行く末を見守る為なのか、ずらりと里のエルフ族の者達の姿がある。
自分としては里のお偉いさんらだけの席を想像していたので、この村の寄合所のような様相に少しばかり驚いていると、席に着いていた一人の長老と思しき人物がセルゲを見るなり口を開いた。
「いきなり集会を開くと呼びつけるか来てみれば、何だこの有様は? 里の者まで中に通して何を始める気だ? しかもこの里に余所者、しかも同胞でもない者を入れるとは!」
そう言って捲し立てる男は、自分が想像するエルフ族とはおおよそ似ても似つかぬ姿だった。
席に着いているので正確には分からないが、身長はかなり低い。
エルフ族の特徴である長い耳は持っているが、翠がかかった金色の髪はどこにも無く、そこには禿げあがった四十代頃に見える小さな男が喚いていた。
名はロアト・ブルニ・ドラントだと、ディランから余計な知識を貰う。
その小さなおっさん事、ロアトの後ろに居並ぶエルフ族も彼の意見に同調するかのように野次を飛ばし、集会所の空気を無駄に温めていた。
そんな彼とは対照的に、もう一人の長老は静かに席に着いて、テーブルに置かれたカップのお茶を啜りながら眉根を寄せていた。
こちらはロアトと違い随分と背が高い。長く伸ばした髪は癖毛で少し白くなっており、同じく口髭、顎鬚まで伸ばし、垂れ下がった前髪で奥の表情を覗く事はできない。
見た目には森の奥深くで暮らす隠者か、仙人といった風貌で、彼の脇には長い節くれだった木材で出来た杖が立てかけられていた。
名はイワルード・ウェイリ・ドラント、この長老の中では最高齢だと言う話だ。
彼の席の後ろに並ぶのは多くが女性のようで、そんな彼女らに遠慮してか少し端の方に男性の姿も幾人か見える。
イワルード長老のファンという訳ではなさそうだ。
そして最後に中央の席に着いたのは、セルゲ・フル・ドラントだ。
彼の席の後ろには、セルゲと同じような鍛え抜いた体躯で、比較的若い顔立ちの者が目立つ。
そんな彼らの前に立つのはディランに、ポンタを頭に乗せた自分と、アリアンだ。
どうやら長老の後ろに居並ぶ者達の多くは、その長老を支持する者達の集まりなのだろう。
此方を睨み付けるような視線を向けてくるのは、多くはロアトと、その彼の後ろに居並ぶ者達が大半で、なんとなくだがこの里の余所者嫌いの構図が見えてきた。
エルフ族の外見というのは年を重ねてもそう大きくは変わらない。
しかし、それでも見た目の幅はある。
人族でいう所の十代から四十代ぐらいの顔つきがエルフ族の年齢を大まかなに分ける指標だ。
その点を踏まえて言うと、ロアトの後ろ控える者達の顔つきはどれも三十代から四十代といった者達が多く、対してセルゲの後ろに控えるのは十代から二十代、三十代も多くはないが少なくもないという事が分かる。
イワルードの後ろに控える者達は年齢層が様々で、むしろ女性全般がここにいるという感じだ。
さて、そんなセルゲの支持者たちからは此方に対してあまり視線の圧力は無く、どちらかと言えば物珍し気な視線の雰囲気を感じる。
比較的若い者が多い事から、好奇心などが先に立つのだろう。
対してロアトの支持者は見て分かる通り、エルフ族の中で高齢な者が多い。エルフ族の寿命が四百前後と聞くので、見た目の区分から言えば、彼らは三百歳から上あたりの年齢層だろうか。
変化を嫌い、新しい動きに反発するのはエルフ族、人族変わらず老人に多いのは同じようだ。
──さて、この集会が早期に纏まるのか。
混沌とした集会所の様相を眺めていると、最初に場を収めたのはセルゲだった。
「静粛に! これよりこの里の未来を占う、集会を始める! まずはこの里が現在置かれている状況を、カナダから駆けつけてくれた我らの同胞から語って貰おう!」
セルゲのその言葉と共に、後ろに控えていたディランが一歩前に進み出て、挨拶も前置きも無く話し始めた。
そんなディランの姿勢に、ロアトはあからさまに苛立たしげな顔をするが、セルゲの不敵な笑みの前にそれ以上は何も言わずに、黙ってディランの語る話に意識を戻した。
「──以上が、ドラントの里が置かれた現状になります。速やかに何らかの対応策を取らなければ、早晩、この里は地図から消えてなくなる事でしょう」
やがてディランの説明がひと通り終わり、そう話を締めくくると、集会の場は水を打ったように静まり返っていた。
「二十万もの不死者の化け物が襲ってくるなど、出鱈目もいいところだ! だいたいそんな連中がこのルアンの森にまで向かって来ると何故言える!?」
静まり返っていた場に開口一番、声を上げたのはやはりと言うべきか、ロアトだった。
それに同調して喚き立てるロアトの支持者たち、しかし今度はセルゲの支持者から反論が上がる。
「実際、戦士団は化け物と交戦し、多大な被害を被ったんだ! あんな奴が一万でもこの里に向かって来れば、この里は一巻の終わりだ! 最初から嘘だと決めつけて、本当にここに攻め寄せた場合はどう責任を取るつもりだ!」
その一人の反乱に次々と周りの者達が同意を示し、気炎を上げ始めた。
しかし相手も黙ってはおらず、唾を飛ばす勢いで相手に言葉をぶつけにかかる。
「だいたい人族と共闘するなど、ありえん! 放って置けばその化け物連中が人族を滅ぼしてくれるなら、放って置けばいい! 土地が空けば我々が有効に活用でき、里が発展するではないか!」
「馬鹿な! 人族の総数がどれ程になるのか、知らないのか!? 隣国のサルマやノーザンが滅んだところで、それよりも強大な人族の国が辺り一帯を支配しに現れるだけだ!」
「だいたい人族に提示した条件、そんなものを守るような連中ではないだろ! 一時凌ぎの口約束に過ぎん! 我らの力を頼ろうなど、片腹痛いわ!」
「そんな事を言っていては、いつまで経っても種族間の溝は埋まるどころか深くなるだけだぞ! 少しでも我らの味方をする人族を増やしておく事は今後を考える上でも有効な手ではないか!」
「人族と戦い、消耗した連中を討てばいいのだ! 人族と共闘する必要性などない!」
「二十万の敵が十五万になったところで、この里の未来は変わらないだろっ! だいたい、戦うのは里の戦士団、主に若い俺らの仕事を回すだけで、老人は家に閉じこもって最初から戦う気などないだろうが! この老害共め!」
「なんだと、この小童がっ!!」
もはや集会の場は議論の場というよりも、喧々諤々の言い争いの場と化して、中には物を投げる者まで現れ始めていた。
自分の中でエルフ族と言うのは賢い種族だという、勝手な先入観があったが、この場のエルフ族たちの姿を見ていると、人族と対して変わらないのだなという感想しか出てこない。
いよいよ場の空気が険悪になってきた所で、今までほとんど動く気配の無かった者が動いた。
動いたのはイワルード長老だ。
傍らに立て掛けて置いた木製の杖を手に取ると、その杖の石突部分を床に勢いよく打ち下ろした。
次の瞬間、杖の先から光球が生み出されると、それが眩い程の光を放ち、集会の場は光の洪水によって何もかもが見えなくなる。
「くっ、これは!?」「っ!?」「きゅ!」
自分もアリアンも、そしてポンタも一斉に光を遮るようにマントや手、尻尾で目を覆ってその強烈な光から逃れるが、周囲の人々の多くは光に当てられて呻き声や悲鳴を上げていた。
やがてその光の洪水が収まり、ゆっくりと目を開けると、そこには目を押さえて呻く者たちで溢れかえっていた。
それまで罵り合っていた人々から声が途切れ、集会の場に静寂が戻る。
「くっ! 集会の場でいきなり何をする!?」
未だに目が眩む中で、早速イワルードの暴挙に悪態を吐いたロアトだったが、当のイワルードはその彼の言葉を無視して、ようやく重い口を開いた。
「人族と共闘し、今後の人族と友好の橋を渡るというのであれば、この里を抜けて意を同じくするカナダにでも移ればいい。カナダの者達が人族と共闘し、その結果がどうであれドラントの里の者には利が転がってくる……」
静まり返った集会の場に、イワルードの提案が朗々と響く。
そしてその提案に真っ先に反応したのはロアトだ。
「ハハッ! 確かに、そうだ! 人族と共闘するなら里を抜けてカナダの者達と行けばいいのだ!」
ロアトは小さな身体を大きく揺らして、ようやく周囲の景色が戻って来た目を見開いて笑った。
集会の場に集まっていた人々はその提案の内容にざわつき始めるが、再びそこにイワルードの杖の石突が床を打ち鳴らす音が響いた。
誰もがまた身構えるような仕草を取るのを、イワルードは悪戯が成功したような笑みを口元に浮かべて「ひっひっ」と小さく笑い声を漏らす。
「では儂が言い出したこの策、まずは責任を持って儂がこの里から抜けるとしようかの」
誰もがその言葉の意味を呑み込めずいると、イワルードは「ひっ」とまた小さく笑って、その長く垂れた癖のある髪の奥からセルゲの方に視線を向けた。
「お前さんはどうするかね? 儂はカナダの中央のメープル産のシロップが好きでな。たまには儂に付き合って甘い物でも食べに行かんか?」
そう言って笑うイワルードに、セルゲも豪快な笑みを向けて笑う。
「はははっ、そうだな! たまには爺さんに付き合うとするか!」
セルゲのその宣言に、後ろに控えていた他の若い者たちが一斉に賛同を示すように、次々と里を抜けてカナダへと移籍する事を表明し始める。
そんな彼らに次に触発されたのは、イワルードの提案に呆気に取られていた彼の支持者、多くの女性たちだった。
セルゲの支持者の多くは若い者が中心で、その中には戦士の多くを占めている。その彼らの恋人や妻、慕う者や彼らの母親などがそれに追随して里を抜ける事を公言する。
そして戦士団に子を預ける者の父親も、ロアトの派閥からもちらほらと抜けて移動を始めた。
それに慌てたのは残されたロアトと、彼を支持する老人──と思われる者たちだ。
「待て待て! そんな勝手が許されると思うのかっ!? だいたい、だいたいだな! 今からカナダに戻って救援を要請して、それらを揃えてここまで戻って来るまでどれ程の時間が掛かると思っているんだ! 私達は身を潜めて、事が収まるまで待てば良いのだぞ!?」
ロアトのその発言に、集会の場の幾人かが何かに気付いたようにイワルードやセルゲの顔を見て、何かを訴えかけるような視線を向ける。
イワルードはそんな彼らの視線を受けても口元の笑みを崩す事無く、視線をディランの方に向けて何かを問うように首を傾げて見せた。
そんな彼の問い掛けを受けたディランが、次にその視線を此方へと向けてくる。
自然と周囲の人々の視線が自分へと集まり、その中にはアリアンの視線まで含まれていた。
ディランが何を求めているのかは一目瞭然だ。
とりあえず、自分はディランに向かってサムズアップして見せた。
そんな此方を見てディランは口元に笑みを浮かべると、二人の長老に問題ない事を告げる。
「大丈夫です、問題はありません」
そのディランに言にイワルードは満面の笑みを浮かべて頷く。
「ならば、問題はないな」
それに同調してセルゲも笑うと、周囲に控えていた戦士たちと思しき一団に声を掛けた。
「なら、各自はすぐに動けるように各々準備を始めろ! 細かい指示は後で出す!」
その一言が切っ掛けとなり、集会所にいた人々が次々に部屋を出て行き、それぞれ里の中へと散って行くのを、ロアト他、残っていた支持者たちは呆然と見送る事になった。
自分やアリアンもディランと一緒にその場を後にして、再びセルゲの家へと戻る。
戻る道中、アリアンはすっきりした表情で笑いながら「清々したわ」と大きく伸びをして大きく息を吐き出していた。
ポンタもそんなアリアンの真似をして、兜の上で伸びをしている。
──まずはドラントの里の問題が一段落、という所か。
セルゲの自宅へと戻ると、ディランとその場で今後の予定を軽く打ち合わせる事になった。
「今回の一件は中央のメープルから相応の戦力を率いて来ないと、この里も人族の国家も滅亡する事になるだろうから、できるだけ急いで戦力を集める必要がある」
ディランが皆に視線を巡らせて言うと、アリアンもそれに承知しているとばかりに頷いた。
「今回はアーク君の魔法があってだいぶ救われる部分は多いけど、それでも時間は多く残されていないだろう。二十万の軍勢が同盟を組む予定の人族の領地へ到達する時間は、だいたいどれぐらいだか聞いているかな?」
その質問に自分が首を捻ると頭の上のポンタがずり落ち、アリアンに視線を向けるが彼女も首を横に振って肩を竦めた。
「では、まずはチヨメ殿を迎えに行くついでに、アスパルフ国王やブラニエ辺境伯にその辺りの事を聞いてみるというのはどうか? 彼らも事の成り行きや進捗が気になるであろうしな」
そう言ってディランを見ると、彼も自分の意見に同意する。
「そうだね。ついでなら、私もノーザン王国の国王と繋ぎを作っておきたい。同行しても構わないかな? なに、伝説の転移魔法も是非とも体感してみたいのでね」
ディランが笑って言うと、それまでの話を聞いていたセルゲが驚きの顔で此方を見つめてくる。
とりあえず自分は彼に向かってサムズアップしておく。
やや上の空でディランの今後の予定と、準備などについて聞いていたセルゲは、ようやく我に返って此方の背中をバシバシと叩いて破顔する。
「そうか、そういう事か! これは希望が湧いてきたな! ははは」
とりあえず叩かれた時の勢いでポンタが前に垂れ下がってきたので前が見えないのだが、自分の能力が人の希望になるのならば幸いだ。
「では我らは少し出掛けて来る。一日おきぐらいでまた顔を見せる予定だ、ではな。【転移門】!」
セルゲにしばしの別れの挨拶をしてから、いつものように長距離転移魔法を発動させた。
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昨日の謎のネット断線が直りました。