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会合2

 声の主は先程国王から人を呼びに出されたザハルのもので、彼は国王からの許可を得て一礼をして再び部屋へと入って来た。


 そしてそんな彼の後ろには、続いて部屋へと入って来る三人の姿があった。


 三人の先頭に立って部屋へと入って来たのは、全身を白銀の鎧で身を固めた大柄の騎士で、目も眩むような豪奢な鎧姿に何故か、兜の上に見慣れない草色の毛並みを持つ獣を乗せている。

 大きな綿毛のような尻尾を揺らす姿は、遠目に見れば兜の装飾のようにも見えなくもない。


 そんな白銀の騎士の後ろについて歩くのは、人目を惹きつけてやまないような絶世の美女だ。

 薄紫色の肌に尖った耳、黄金の瞳と雪のような色の髪を靡かせるその女性は、ルアンの森でも見る事がないダークエルフ族の女性だ。

 しかしその女性が身に纏うのはドレスなどの優雅なものではなく、独特の紋様の法衣に使い込まれた革の鎧という戦士や傭兵のそれだった。


 そして最後尾に音も無くついて現れたのは、年端もいかない小柄な少女だ。

 全身を黒の装束で身を包み、あまり見ない出で立ちの装備、そして頭部には獣人の証である三角形が特徴的な獣耳と腰から黒く長い尻尾が揺れている。

 獣人族の少女の蒼く透き通るような瞳が、部屋の中央で席に着く辺境伯に静かに注がれるが、その視線が齎す圧力は辺境伯で以てしても容易に撥ね除けれるものではなかった。


 只ならぬ雰囲気を纏った三人は、ザハルが新たに用意した三脚の椅子に着いて、会談の場で対面するノーザン王国の国王とサルマ王国の辺境伯にそれぞれ視線を向ける。


「まずはウェンドリ殿に簡単に紹介しておこう。こちらから順にアーク殿、アリアン殿、そしてチヨメ殿だ。この三人が先程話した、今回我が国の窮地を救ってくれた者達だ」


 辺境伯はそれぞれの者と握手を交わしながら、互いに名を名乗ると改めて三者に視線を注ぐ。

 確かに只者ではないというのは内面からも外見からも窺える、特に騎士姿の男はこの場に座っているにもかかわらず兜も脱がずに、その上に一匹の獣をのせたまま応対しているのだ。


 ちらりとこの国の王であるアスパルフの様子を窺うが、彼はいたって真剣な表情をしていた。


「アーク殿らにはご足労願って申し訳ない。実はこの国と隣国のブラニエ領に逼迫した危機が迫っている事が先程、ブラニエ辺境伯の証言で発覚してな。どうやらあの不死者(アンデッド)の大軍勢の倍の数が隣国のサルマ王国の王都を襲っているのだとか。このままでは、辺境伯の治めるブラニエ領を呑み込み、いずれまたこの王都ソウリアに流れ込んでくる恐れがあるのだ。虫のいい話だとは重々承知してはいるが、何卒我々に御力を賜れないだろうか?」


 辺境伯の目の前で一国の王が他種族の三者に頭を下げ、伏して願う様には大いに驚くと共に、国王は真剣に彼らの力を借りられなければ国が滅ぶと危惧を抱いているのであろう事が窺えた。


 しかも先程国王が明かした以前の倍の数という、途方もない敵の勢力の話にも動じた様子もなく、どこか泰然とした雰囲気を纏っている。


 そんな彼らの中で一人、やや不機嫌そうな顔をしたダークエルフの女性──アリアンが小さな溜め息を吐いて横に座る鎧騎士のアークに話し掛けていた。


「リィルちゃんからの依頼で今回の一件は成り行きだったけど、人族の国家の存亡に私達がこれ以上の独断で関わるのは不味いんじゃないの?」


「ふむ。しかし、今回の一件で人族の国家の中で数少ない、形だけでも他種族との友好を図る姿勢を見せた国が滅んでは、我らが提示した条件が水泡と帰す事になるぞ?」


 二人が互いに意見を交わしている中で、アスパルフ国王は審判の裁定を待つかのように息を飲んで両者の話の行く末を見守っている。


 辺境伯はこの三者がどのようにして十万からなる軍勢を退けたのか不明であっても、彼らの選択次第で国家の存亡が左右されるのだと、その場の雰囲気で察した。

 だからこそ、辺境伯は彼らが興味を引く為の話を提示する必要性があった。彼らが人族に手を貸す事を考慮に入れる必要のある情報。


「少しいいだろうか? 実はその不死者(アンデッド)の軍勢の先遣隊と思われる少数の化け物が、アーク殿らの同胞であるエルフ族が住まうルアンの森へと向かう姿が目撃されていたのだ。恐らくだが、連中はブラニエ領だけでなくルアンの森に住まうエルフや、その先のディモ伯爵領にも流れ込むつもりなのだろう」


 単なる憶測でしかないが、提示された以上、その話の可能性は考慮されるべき材料となる筈だ。

 そう思って辺境伯は、自身が話した情報の感触を探るように三者に視線を向けた。


「ルアンの森の戦士達に被害を出したという、あれか。パルルモ枢機卿の言を鑑みると、エルフ族を少しでも叩く為に森に進路を向ける可能性は十分にあるな」


 鎧騎士のアークがそんな感想を漏らして、隣のエルフ族の戦士であるアリアンも眉根を寄せた。

 アークが漏らした話の内容は、辺境伯らにとっては救いでもあった。


 ルアンの森を襲った先遣隊の規模は不明だが、彼らの戦士団に被害があったという事は、十万を退けたという目の前の三者程の力をその戦士団は有していないのだろう。

 彼らと同じ力を持った者達だったならば、先遣隊程度の戦力など鎧袖一触の筈だ。


 そもそもルアンの森に住むエルフ族の戦士達がそれ程強大な力を持っているなど、領地を接している歴代のブラニエ辺境伯の耳にも入った事がない。だからこそ、エルフ族と獣人族の三者だけで十万もの敵を退けたという話が最初に信じられなかった原因でもあった。


 カナダ大森林のエルフ族とルアンの森のエルフ族の関係性は分からないが、現状の話の流れは決して悪い方には傾いていないと、辺境伯は確信する。


「そうなると、ルアンの森を救援する名目で中央から戦力を出す事になるんじゃないの?」


 アリアンがそう言って腕を組み思案顔を浮かべていると、横に座っていたアークが首を傾げて彼女に小さく耳打ちをした。


(我が前に出た方がエルフ族にも被害は少なくなりそうだが?)


(馬鹿ね、それだとうちの里主導みたいになるから、体面的に中央が戦力を出すわよ。アーク位力を持った者にとなると、守護の龍王(ドラゴンロード)様あたりが出張って来る可能性があるわね)


 静かな室内での小声の耳打ちなど、密談の格好をした発言に他ならない。

 そして彼女の話に出てきた龍王(ドランゴンロード)という存在は、全ての生命の頂点とも言われ、

その力は地形すら変え得るという常軌を逸した超越者だ。


 そんな者が、エルフ族の要請で動く可能性があるという事実に辺境伯は己の了見の狭さに眩暈がする程だった。


 そんな思考の渦の中に漂っていた辺境伯らに、アリアンから結論が告げられる事になった。


「今回の一件で人族の国家が滅ぶ事になっても、カナダの中央はそれを憂慮する事はないと思うわ。

ただ、結果として人族自体が滅ぶ事もないでしょうし、それならばエルフ族や獣人族に配慮する国家や領地が残った方がお互いの将来の為にもなる筈。それらを示せるのなら、それを材料に中央の大長老様達に掛け合えるかも知れないわね」


 その彼女の言葉に、国王と辺境伯が顔見合わせると、すぐに辺境伯の方がその条件を尋ねた。


「その材料とは?」


「今回ノーザン王国が呑んだ条件とそう変わらない、エルフ族と獣人族の全奴隷解放と、今後一切の不当な隷属化の禁止」


「承った。我が名の名誉にかけて、その条件を履行する事を約束する」


 アリアンのその返答に、辺境伯は間髪おかずにその条件を飲んで見せた。


 もともとルアンの森というエルフ族の領地と接する関係上、無用な軋轢を生まないようにと、彼の領地ではエルフ族への干渉には辺境伯自身が目を光らせていた。

 そして獣人族の方はと言えば、ヒルク教国の教義の関係と、サルマ王国の中央貴族との軋轢のおかげで足元を掬われないようにと、ノーザン王国のように裏でも獣人族の奴隷を使う事を禁じており、その他の森や山で暮らす者達とも積極的に干渉する事は無かったのだ。


 つまり先程の条件はブラニエ辺境伯にとっては何の負担にもなり得ない条件だった。


 しかしそこにアリアンはもう一つのとんでもない条件の可能性を示唆してきた。


「……あとは大長老会がヒルク教国の打倒を唱えた場合、両者が賛同を示すなら、というのは?」


「なっ!」


「それは」


 彼女が提示した条件の最期の一つに、国王と辺境伯が瞠目する。


「だいたい今回の首謀者はヒルク教国の教皇だったんでしょ? それを排除する事に躊躇う理由はないように思うけど、何か問題あるの?」


 呆気にとられ狼狽える二人と、その様子を不思議そうに見返すアリアンの間に割って入り、人族の権力者である二人に助け舟を出したのは意外にも鎧騎士のアークだった。


「アリアン殿、ヒルク教自体は人族の民衆に広く信仰されておる様子。無暗に攻め入っては人族とエルフ族の間に深い溝を刻む可能性があるのではないか? アスパルフ殿やウェンドリ殿のような権力者が民衆の信仰を弾圧する形になれば、各地に火種を作る事になりかねないと思うが」


 アークが二人に視線を向けてくる姿に、両者はそれを肯定するように何度も頷いて返した。

 そこに今まで口をまったく開かなかった獣人族の少女が、折衷案を示して見せた。


「では現教皇の暴走を止めるという口実を周知させ、教皇と枢機卿を排除して後に、彼らが自身の都合により歪めたとして種族間に関する教義の一部を改変させてはどうでしょうか? どちらにしても今のヒルク教国をこのまま放置する事は看過できない筈です」


 その彼女の言葉に国王と辺境伯は唸るしかできなかった。


彼女の言うとおり、今まで国境を維持していたヒルク教国が突如、不死者(アンデッド)の軍勢を率いて侵略してくるという、およそ想定の斜め上をいく事態に今までのような国境維持は難しい。


 根本的な解決を図るならば、現教皇をヒルク教から取り除く必要があった。


「私達にとって厄介なヒルク教の力を弱められるとなれば、大長老様達も重い腰を上げる可能性が高まる筈よ。私達にも利するものがないとね、確約はできないけど」


 アリアンはとりあえずこの条件を持って掛け合ってみる事を二人に約束する。


「ふむ、ではまずはルアンの森へ戻ってディラン殿に相談する事が一番の近道だろうか?」


「そうね、私のお祖父ちゃ──お祖父様が大長老の一人だから、捻じ込めば大長老会には議題として取り上げて貰える筈よ」


 鎧騎士のアークとエルフ族の戦士のアリアンは今後の予定を擦り合わせる中で、その話を聞いていた辺境伯は不安を覚えて思わず彼らの話に割って入っていた。


「すまないが、ルアンの森へはこの王都から今から向かっても四日は掛かる。それに、アリアン殿が先程から申しているのは今回の話を一旦カナダへ持ち帰るという事ではないか? カナダはローデン王国のさらに西、行って帰って来るまでに我が領は戦場となってしまう」


 辺境伯の心配はもっともな話で、普通にここからカナダ大森林まで戻り、戦力を準備して戻って来たとしても、その時にはもはやブラニエ領どころか、ノーザン王国すらないかも知れないのだ。


 だが鎧騎士のアークは鷹揚に頷くだけで、「心配には及ばん」とだけ返した。


 そんな態度に業を煮やした辺境伯だったが、アスパルフ国王がそれを制して口を開いた。


「アーク殿はやはり“精霊の小道”を使えるのだな?」


 国王のその唐突な質問と内容に、辺境伯は驚きの表情となって両者を見やる。


 “精霊の小道”とは人族の間に伝わる伝説であり、エルフ族が使える秘術であるとされるもので、その術を使えば長大な距離を瞬き一つの時間で移動する事ができるという代物だ。


 しかし、それは単なる伝説でしかないと考えられてきたし、辺境伯もそう理解していた。

 その根拠として、そのような秘術が使えるのならば、今まで人族に愛玩奴隷などとして捕まった多くのエルフ族がその手を逃れている筈だからだ。


 だが肝心の問われた本人である鎧騎士のアークは首を傾げて、隣のアリアンに視線を向けていた。

 名称自体は人族が勝手に呼称したモノであると判断したのか、国王はさらに具体的にアークが“精霊の小道”を使ったとされる場面を語り問い掛ける。


「パルルモ枢機卿が化け物と変わり、私に襲い掛かって来た時、アーク殿が私を庇ってくれた際に使ったあの力。私の前に一瞬で移動したあれは“精霊の小道”ではないのか?」


 その国王の追求に、それが何を指して語っているのかを気付いたアークは、ようやく合点がいったという風に手を打った。


「おぉ、転移魔法の事か」


 アークのその反応に、国王は人知れず喉を鳴らしてその衝撃をなんとか誤魔化す。


「そ、その転移(・・)魔法を使えば、何処でも好きな場所へ、一瞬で移動できるというのか?」


 辺境伯は激しくなる動機をなんとか抑えながら、ようやく絞り出すように質問をアークに向けた。


「それほど便利な代物ではないが、ルアンの森へなら問題はない。アリアン殿、今回の件を大長老会に上げて、ここへその答えを持って戻るに必要な日数は如何ほどだろうか?」


 国王と辺境伯の驚きにも何の感慨も見せず、アークは隣のアリアンを見やりながら、これからの行程に掛かる日数を彼女に尋ねていた。


「こればっかりはね、すんなり通るとは思えないし。最低でも三日はかかる気がするわね」


 アークの問いに対し、アリアンは小さく肩を竦めて首を振ってそれに答える。


「では時間の猶予もあまり残されておらぬ故、我らはここで……」


 そう言ってアークは席を立つと、見上げるような視線で彼を追いかける国王と辺境伯に会釈をすると、そのままアリアンやチヨメを連れて部屋を辞した。

 そんな彼らの背中を見送ると、部屋の中に沈黙という名の静寂が訪れる。


「儂ら人族は何故、今こうしてここに居られるのだろうな?」


 それは辺境伯が誰に対して発した問いではなく、自身に向かって問う呟きだった。


 しかし、その場に居たアスパルフ国王と護衛騎士のザハルも似た様な感想を抱いたのか、言葉を発する事無くただ同意を示すように頷くばかりだった。


誤字、脱字などありましたらご連絡、宜しくお願い致します。


PSO2のキャラメイクでアークさんを作って下さっていた方をツイッターで見かけました。

かなり雰囲気が出ていて格好良かったです。

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