指名依頼受けました
辺り一面、血と臓物の臭気が漂う中、抜き放った剣を一振りすると血脂の曇りが取れ剣身に薄い蒼色の怜悧な輝きが戻る。剣を腰の鞘に納めると黒の外套の下に隠す。
そして荷馬車の方へと歩を進めようとすると、後ろから女性の鋭い声が掛かった。
「そこで止まれ!! 妙な動きはするな!!」
後ろを振り返ると、ダークエルフの女性が剣をこちらに向けて威嚇するように睨んでいる。その後ろから、木から降りて来たエルフの男も油断なく弓を構えてこちらに近付いて来ていた。
「我は怪しい者ではない。たまたま近くを──」
怪しい者が言う定番の台詞を吐きながら、客観的にどう見ても不審者だなと内心苦笑を浮かべつつ、弁明を試みようとする。
「黙って! そこを動かないで! ドナハ、鉄格子の鍵を探して!」
しかし、聞く耳持たずな反応を返され、彼女は隣で弓を構えるエルフの男に指示を出しながら、荷台の子供達との間に身を滑り込ませて来た。
ドナハと呼ばれた男は静かに頷くと目ぼしい相手の物言わぬ骸の懐などを探り、同族が監禁されている荷台の鉄格子の鍵を探し始めた。
ダークエルフの彼女はそんな彼の動向を見守りつつ、剣を油断なく構えこちらを目線で牽制してくる。するとポンタが、戦闘が終わり静かになって落ち着いたのか、首元に巻き付いていた身体を起こすと、その場で首回りを一周して辺りの様子を窺った後、またもやいつもの定位置の頭の上に飛び乗ると一声鳴いた。
「きゅん!」
その様子を見ていたダークエルフの彼女は驚きに金色の目を見開くと、構えた剣をやや下げてこちらに声を掛けて来た。
「まさか綿毛狐? 人族が精霊獣を手懐けたの?!」
彼女もどうやら以前会ったエルフの男同様、ポンタを見て驚愕しているようだった。本当に珍しい事らしい。
「先日会ったエルフの男にも驚かれた。此奴は怪我をしたのを治して餌をやったら懐いてな……。以来、ここがお気に入りになったようでな」
襲撃前に藪に置いておいた荷物袋を取りに行き、中からピスタチオの入った袋を取り出す。中身を取り出しそれを手の平に載せてやると、頭の上からするすると降りて手の上のナッツを齧って器用に殻を剥くと、中身を美味しそうに頬張る。
その様子を見ていたダークエルフの彼女は毒気を抜かれたのか、剣を鞘に戻しながらも、警戒を怠る事なくこちらの事情を聴いて来る。
「先日会ったエルフ?」
「ディエントの街周辺で会った男だ。其方と同じく街のエルフの解放を望んでいるようだったな」
エルフ族の男とは人族の誰にも喋らないと言ったが、同じくエルフ族で目的を同じくする者なら別に構わないかと思いそう言う。すると彼女にはその男に心当たりがあるのか、少しの警戒感を滲み出しながらもさらに問い掛けてきた。
「ダンカに会ったのか?! まさかっ……」
「いや、この話は其方以外の者には話してはおらん……」
彼女の疑惑を遮って、取り敢えずの弁明を先に言っておく。信じてもらえるかは微妙かも知れないが。
すると鉄格子の鍵を探していたドナハというエルフの男から声が掛かる。
「アリアン、鍵が見つかったぞ」
そう言ってドナハは荷馬車の荷台にある鉄格子に駆け寄って閂を開錠する。重い金属音がして鉄格子の扉が開くと、中からあちこち怪我を負ったエルフの少年少女四人が出てくる。中には足に怪我をして片足を引き摺っている子もいた。
少し点数稼ぎをして、エルフ族との円滑な交友関係を図ろうという企みを実行するべく、アリアンと呼ばれたダークエルフの女性に自分の能力の一部を使った提案をしてみる。
「怪我をしている者がいれば多少の治癒術があるが。良ければその子らの怪我を見よう」
「あなた人族でしょ? エルフ族に肩入れして、……何が目的?」
「人族全員がエルフ族に敵対的ではない……、只それだけの事。変わり者は何処にでもいるものだろう?」
そう言うと、彼女は暫くこちらと手の上のポンタを見詰めていたが、やがて無言で道を譲る仕草を取る。どうやら治療の許可が下りたようだ。
エルフ族の子供達を怯えさせないように手の上でピスタチオを食べてるポンタもそのまま連れて行く。子供達の前に行くとさすがに少し怯えた感じになり、一人はドナハの後ろに隠れてしまった。ポンタを子供達の前に下して膝を突く。
手前にいたエルフの女の子は足に怪我をしていて逃げ損なったのか、少し顔が強張っていた。
そっと手を近づけて【治癒】を唱えると、柔らかな光が溢れて彼女の足の怪我に収束していくと、傷がみるみる塞がりなくなる。傷が消えたのを見た彼女は強張っていた表情が少し笑顔になった。
「へー、まさか治癒術を詠唱もなしに扱えるなんて……大した腕みたいね」
アリアンは感心したように声を上げた。どうやら普通は魔法を使う際には詠唱が必要となるらしい。ゲームでは再発動までの待機時間はあったが、魔法自体は選択して即発動だったので詠唱時間などなかった。取り敢えず無詠唱でも珍しい程度で済んで良かった。
残りの子供達も怪我の治った子を見て安心したのか、自分達の怪我を治してもらおうと集まって来る。他三人もひとまず【治癒】を施すと小さい声ながらもお礼を言われた。
「アリアン、この子達の首に付けられている首輪、『喰魔の首輪』だ。このままだとこの子達が魔法を使えない、どうする?」
ドナハの言うとおり子供達の首には黒い金属製の首輪が取り付けられていた。首輪の表面には何やら複雑な紋様が刻まれている。
「『喰魔の首輪』?」
聞き慣れない言葉に疑問を口にする。
ドナハの説明によると装着されると装着者の魔力を喰い魔法の行使が困難になると言う魔道具らしく、エルフ族の得意の精霊魔法も使用できなくなるという。
「アリアンはこの後ダンカと合流だ。そうなると俺一人で精霊魔法を封じられた子ら四人を護衛して、近くの集落まで辿り着かないとならないな……。どうするか……」
ドナハは思案顔で怪我が治った子供達を見ていると、アリアンが徐にこちらを呼び質問してきた。
「ちょっと、そこの。鎧のあなたよ! あなた治癒術が使えるなら巫女とか祈祷師の力があるんでしょ? 首輪に籠められた呪いの術式を解くとかできないの?」
ゲームでは巫女は女性専用職業であったが、祈祷師なんて職業はなかった。ただ彼女の話ぶりから考えると、自分の持っている僧侶系職業なのだろう。たしか呪いを解くのは中級職の司教で【抗呪式】と上級職の教皇で【神聖浄化】があった。
【抗呪式】はアイテムやステータスの呪い属性を解く魔法スキルで、【神聖浄化】は呪い解除に加えて不死属性に大ダメージを与える事も出来る魔法スキルだった筈。
「鎧ではない、アークだ。呪いの解除魔法なら一応は使う事は出来るが……、効果があるかは解らぬぞ」
なにせ一度も現実で使った事がないので……。そう思いながらも子供達の首輪に向けて手を翳し、【抗呪式】を唱える。手の平に展開された複雑な紋様の光の魔法陣が喰魔の首輪に吸い込まれると、澄み切った音が響くと同時に首輪が音を立てて壊れ、その場に落ちた。
首輪が取れた子は一頻り首の周りを撫でて、明るい笑顔を向けて来た。
「ありがとう! 鎧のオジサン!!」
うむうむ、これでエルフ族との好感度アップは間違いないなと内心ほくそ笑む。それを見ていた他の子も我も我もと寄って来る。それを一列に並べて順番に首輪の呪いを解除していった。
それを見ていたドナハも安堵の溜息を漏らしていた。そして事が落ち着いて一段落したからだろうか、ドナハが子供達にお小言を言い出した。
「全く……お前達、集落から勝手に出るなと長や親から言われなかったのか? 不用心だぞ」
「……ごめんなさい。……精霊が騒いで、助けて助けてって言ってたから、助けてあげようと思って……」
子供の一人が少し涙目になりながら事情を話すと、アリアンがその子に疑問を投げ掛ける。
「精霊が騒ぐ? 何かあった?」
「精霊が助けてって言ってる場所に行ったら、傷だらけの閉じ込められた綿毛狐がいたの……。助けてあげようと思ったら、人族に捕まったの……」
その言葉にアリアンとドナハの二人の視線が、先程上がった筈の好感度を一気に引き下げる雰囲気を醸し出した。何やら要らぬ誤解を受けているような気がするのでここは弁明するしかない。
「誤解の無いように言っておくが、このポンタは盗賊の根城で捕まっているのを助けたのだ。エルフの子供達を誘き出し、罠を張ったのは決して我ではないぞ?」
「──まぁそうね。傷を負わせたりした本人に、警戒心の高い綿毛狐が懐いたりはしないだろうし……」
アリアンはその豊満な胸を両腕で抱えながら肩を竦めてそう呟くと、ドナハも彼女に同意を示したのか、こちらを刺す様な視線がなくなった。どうやら誤解は解けたと見て大丈夫そうだ。
そう思ってポンタを見ると、エルフの子供達に囲まれて大人しくそのふさふさした毛を撫でられていた。警戒心が強くて滅多に人に懐かないと言う話だったが、この光景をみると特に誰でも懐くのではと、逆に自分で疑ってしまう。
「さて、俺は先に子供達を連れて一番近い集落まで届けなければならない。そろそろ出発しよう。もうすぐ日が暮れる。全員精霊魔法が使えるようになったなら最低限自分の身は守れるな?」
そう言ってドナハは子供達を促すと、子供達も元気に返事をしてそれに付いて森の藪の中へと入って行く。この小さな子供達でも精霊魔法が使えると、この危険な森でも自衛が出来る程に戦闘力が高いらしい。
「気を付けなさいよ、ドナハ。アークって言ったかしら? 暇だったら少し手伝ってくれる? あの後始末……」
彼女はそう言って形のいい顎で馬車周辺に散らばる武装集団の成れの果てを差す。
まぁ半分は自分でやった事ではあるので否やはない、それにこれ程の美人のお姐さんに顎で使われると言うのも、なかなか得難い経験だ。
男達の遺骸を一ケ所に集めていく中で、売れそうな武器や懐から金を抜いていると、それを見ていたアリアンが整った眉を顰める。
「死人から物を盗るなんて……。なんであなたのような者に綿毛狐が懐いているのか不思議だわ」
「人の世で暮らすには何を置いても金がいるのでな。それに、旅の路銀は多いにこした事はない……。エルフ族は貨幣を用いないのか?」
そう聞くと「エルフも金貨くらい持ってるわよ!」とアリアンに怒られた。
どうやらエルフの里内は基本的には物々交換が主流だが、里の外との取引にはエルフ金貨を使うと言う話だった。
エルフ金貨は人族の金貨の様な合金製ではなく純金貨らしく、人族の金貨より価値が高いらしい。人族の大きな商いでは、わざわざエルフ金貨を用立てて取引する事もあるくらいだそうで、人族の金貨でエルフ金貨を求める取引まであるとアリアンは得意気に語っていた。
雰囲気はグラマラスで妖艶なお姐さんといった感じだが、得意気に語るその姿は何処か微笑ましく可愛らしい。本人に言ったらあのキツイ金色の瞳で睨まれそうなので口にはしないが。
遺体を全て一ケ所に集めると、アリアンが徐に前に出てこちらを手で下がるように指示してくる。
少し下がるとポンタも一緒にとてとてとやって来て足の間に身体を捻じ込むようにお座りをする。ポンタの耳がぴくぴくとアリアンの動向を探っているように動いている。
『─呑み込め、大地よ─』
そう彼女が小さく呟き翳した手を地面に付けると、遺体を積んだ地面が波打ち始めたかと思うと、ずぶずぶと地面がまるで生き物の様に遺体を呑み込み始めた。そして暫く経つとそこには山の様に積まれていた男達の遺体は綺麗に跡形もなく消えていた。
「これでこいつらも森の養分になって少しは役に立ったでしょ」
そう言って彼女は手に付いた土を払って立ち上がる。
ポンタは先程まで波打っていた大地をしきりに前脚でかりかりと引っ掻いて首を傾げている。
死体遺棄には持って来いの魔法だな。
「ふむ、それが精霊魔法か。初めて見るな」
まるで今迄知識では知っていた事を実際目の当たりにして、感慨深いと言わんばかりの雰囲気でそんな事をのたまう。
アリアンは死体遺棄が終わると、荷馬車に繋がれた馬を馬具から外し馬の尻を叩いて適当な場所へと走らせる。どうやら馬は二頭共逃がしてしまうようだ。
襲撃現場に残されたのは荷馬車とその荷台に積まれた鉄格子のみだ。これも売れば結構金になりそうだなとは思うが、こんな物を売りに街へ行けば否が応でも目立つ。これは放置しかないな。
「あたしは火と土の精霊魔法が得意なのよ。ちゃんとお礼言ってなかったわね。さっきは助かったわ、ありがとう。あたしはアリアン。アリアン・グレニス・メープルよ」
彼女は此方に向き直りながらそう自己紹介をする。長い純白の髪を掻き上げ長い睫毛の下から覗く金の双眸を此方へ向け、蠱惑的な笑みを厚い唇へと浮かべる。悩ましげなメリハリのある身体から発する色気は先程の無能男を狂わせ必死にさせた妖艶な気を纏っている。
しかし何だか甘そうな名前だ……。
「アーク。ただの旅の傭兵だ。そしてそこに座っているのがポンタだ」
「きゅん!」
こちらも改めて自己紹介を簡潔に述べると、ポンタが上を見ながら一声鳴く。どうやら名乗りの為に鳴いた訳ではなさそうだった。
ポンタの視線の先には大きく綺麗な青緑の羽を持つ鳥が旋回してこちらに降りて来るのが見えた。アリアンもそれに気付き空を見上げる。
木々の隙間を器用に縫って降下して来ると、アリアンが差し出した左腕に静かに着地した。
大きさはカラスより少し小さいくらいだが、こうして間近で見ると結構大きい。白い冠羽がアホ毛の様に立っている。
「通称囁き鳥、この子も精霊獣よ」
彼女が簡潔に鳥の名と説明をすると、その鳥は嘴を開いて流暢な男性の声で喋り始めた。
『ダンカがディエントの街で奴らの拠点を見つけ出した。アリアンはダンカと合流して同胞の救出に向ってくれ』
囁き鳥はそれだけ言うと嘴を閉じて首を傾げた。するとアリアンが自分の腰に付けられた革の小物入れのポケットから小さい赤い木の実を取り出すと、囁き鳥はそれを嘴で器用に啄む。そして頭の冠羽をアリアンが撫でるとそのまま囁き鳥に向って喋り出した。
「ドナハと共に四人の救出に成功、今そちらの里へと帰還中よ。あたしはこれからダンカと合流するわ」
言い終わると彼女は左腕を少し振り上げる。囁き鳥はその慣性を利用して飛び立つと、また器用に木々の葉を避けて空に舞い上がり森の奥へとその姿を消した。
どうやら伝書鳩の様な鳥らしい。ただ能力は完全にボイスレコーダーだ。先程囁き鳥が喋った声の主に、彼女の伝言がさっきのように伝えられるのだろう。
唖然とその様子を眺めていると、アリアンが此方を見て得意気に笑った。
「人族には精霊獣を手懐ける事が難しいから、真似できないでしょ? ところであなた、傭兵って言ったわよね? あたしに雇われる気はない?」
アリアンは挑発的な目線をこちらに投げ掛けながら、腰にある小物入れから金貨を五枚取り出し、そう提案してくる。
「エルフ金貨で前金五枚、後でさらに五枚。悪くない話でしょ?」
先程、囁き鳥の言っていたディエントの街でのエルフ族の救出任務の手伝いか。先日会ったあのエルフの男は、街でエルフ族の行方を掴んだのか。こっちは散々歩き回っただけの徒労だったが……。
それにしても、こちらを何故雇おうなんて思ったのか……。エルフ族と人族の間には結構な確執が存在している筈だ。客観的に見て、全身甲冑の氏素性の知れない人族を簡単に信用なんて出来そうもないが?
これは本人に直接聞いてみるかと、偉そうに腕組みしながら彼女に質問する。
「ふむ。人族である我を信用してもいいのか?」
「あなたを信用したんじゃないわ。そこにいる綿毛狐のポンタ? その子を信用しただけよ。精霊獣は人族に懐いたとしても小さい子供くらいよ普通は……。大人で手懐けられるのはかなりのお人好しか、普段から何にも考えてないかのどっちかよ」
これはからかわれたのか、はぐらかされたのか? 確かに普段から小難しい事はあまり考えない、本能で生きる性質だが……。
ポンタは自分の足元で首を傾げてこちらを見上げてくる。
「ふむ、では傭兵として其方に雇われようではないか」
「決まりね。ほらっ!」
彼女は手に持っていた金貨をこちらに投げて寄越す。それを危なげなく空中でキャッチする。
この国の金貨とは違い、大きさは百円玉くらい、精緻なデザインが両面に刻印がされており、かなり完成度が高い。金貨だけ見ても技術力は人族よりエルフ族の方が高そうだ。
たしかに純金製でこれ程の物なら、人族の金貨より価値があるのは一目見れば判るな。
貰ったエルフ金貨は荷物袋の中の金貨袋に入れる。
さて、囚われたエルフ族奪還となれば基本的には潜入ミッションになる筈だ。それ程表立って行動はしないだろうから、最近便利な移動手段として使っている転移はかなり重宝するだろう。
彼女達エルフ族は下手な人間より信用できそうではあるし、ここで会った縁を強固にしておくのもいいだろう。
傭兵として初の指名依頼だ、お仕事しますか────。
誤字・脱字等ありましたらご連絡よろしくお願い致します。




