表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
150/200

序章

遅くなりましたが第七部、開始致します。

今回はいわゆる溜め回的なお話です。

 北大陸南西部。四つの国が鬩ぎ合う地のほぼ中央に位置する国、ノーザン王国。


 北側にはデルフレント王国、南側にはサルマ王国。そして西側にヒルク教国と三方を囲まれたその国は今、存亡の危機に立たされていた。


 それはある日の早朝、突如として現れた十万以上もの不死者(アンデッド)の軍団がノーザン王国の王都ソウリアへと迫った事を発端として、王国はそこから街壁を挟んでの籠城戦へと移行していた。


 昼夜の別なく攻め寄せる未曽有の数の不死者(アンデッド)

それらに対抗して七日間にも及ぶ攻防の末に、今まで戦線を維持していた要でもある王都ソウリアの第二街壁の一部が崩されるという事態に陥っていた。


 軍の指揮を執っていた国王アスパルフ・ノーザン・ソウリアは第二街壁での戦線を速やかに第一街壁まで後退させる事を決断した。


 第一街壁内の旧市街の多くは、普段なら貴族や富裕層が暮らす邸宅などが立ち並ぶ場所ともあって閑静な佇まいが広がっているが、今は国王の措置により新市街から避難してきた人々を受け入れ、それらの人々は道端で夜を明かすなどして(たむろ)している。


 そんな王都の住人らの多くは、高く聳える最後の砦でもある第一街壁を不安そうに仰ぎ見ながら、壁の向こう側で繰り広げられているであろう戦いの成り行きに耳を(そばだ)てていた。

 それは旧市街の中程に建てられた荘厳な建物──ヒルク教の教会の敷地にひしめき合う避難民らも同様で、肩身を寄せ合いながら一心に神の救済を願い、祈りを捧げていた。


 張り詰めたような緊張感がまるで小波のように満たすそんな場で、一人豪奢な法衣に身を包んだ男がにこやかな笑みを浮かべながら、震え祈る人々に向かって何事かを話し掛けていく。


 黒い髪を綺麗に整髪料で整え、温和そうな笑みを浮かべるその男の名はパルルモ・アウァーリティア──ヒルク教で教皇に次ぐ権力を有する七人の枢機卿の内の一人、リベラリタス枢機卿を拝命している人物でもある。


 そんなヒルク教の最上位に位置する枢機卿がただ一人、不安を募らせる民草の中に交じって優しげに声を掛けて回る姿は、まさしく神の教えを説く聖職者の姿そのものであった。

 しかしそれは彼の表向きの姿でしかなかった。


(くははは、これです、これ。この追い詰められた人々の焦燥が肌に張り付くような空気……目の前に広がる絶望から必死に目を逸らそうとし、しかし決して逃れえぬ死に飲み込まれていく恐怖、それが次第に伝染していくこの感じ。まったく以て心地が良い……)


 人々に声を掛けて労わる姿を見せる一方で、パルルモ枢機卿は愉悦に歪む口元を自らの袖元で隠し、身を震わすような悦楽に浸っていた。


 この時、この場に居る事こそが彼の嗜好であり至福でもあったのだ。

 だがそんな彼の至福の時間は唐突に終わりを告げる事となる。


 王都ソウリアの街壁の外──大量の不死者(アンデッド)が攻め寄せていたその場から突如として巨大な光の柱が天へと向かって伸び、空高くに巨大な光の魔法陣が描き出されたのだ。


 壁内にいたにもかかわらず、目も眩むような光輝に包まれた街中は一瞬にして騒然とし、次いで光が収まると、皆が一斉に眩い光源を探してそれを目撃する事になる。

 天に描かれた巨大な光の魔法陣からは大地を焦がすが如く灼熱の炎が噴き出し、その渦巻く炎の中から遠くからでもはっきり姿が見える程の大きさの人──しかし明らかに人の規格から大きく逸脱した存在が姿を現した。


 その者は全身に炎を纏い、巨大な六枚の翼を広げてその存在を誇示するように宙に在る。

 朱金色の鎧で全身を包み、荘厳な翼を模した盾と、深紅の流麗な剣を持って地を睥睨する姿は、まさに神話などに聞く天よりの使者そのものであった。


──天使。


 神々しくも、荒々しい力の奔流のような存在──それが発する神気は言葉や理屈などを抜いて雄弁に空を振り仰いだ人々に等しく畏敬と畏怖を抱かせる。


 不死の軍団に攻められ苛まれた地に、突如として姿を現した天の御使い──それを傍から見れば神の祈りが届き救済の手が差し伸べられたかのように思うだろう。

 しかし実際に目の当たりにした絶対的なる存在の前に、人々はそれが矮小なる人を救済する為だけに現れるような存在でないと肌で感じてしまっていた。


 それは教会に集まり絶望の恐怖に蝕まれていた人々にも同様で、一様に空を見上げ、姿を現した天使に向かって皆が(こうべ)を垂れ、口々に祈りと懺悔の言葉を唱え、赦しを乞い始めた。


 そんな中でただ一人、その光景を呆然と眺め立ち尽くしていた男がいた。


(なんだ、あれは……? 天使だとでも言うのか……そんな馬鹿な!?)


 パルルモ枢機卿は戦慄くようにして震える自らの身体に叱咤し、自身の考えを振り払うかのように(かぶり)を振ってその考えを否定する。


(この世に天使など──ましてや、神など存在しない!! あれはもっと別の何かだ!!)


 歯を剥き出しにし、空に浮かぶ天使を睨み付けるパルルモ枢機卿だったが、周囲の人々はそんな彼の豹変した姿に気付く事無くただただ祈りの言葉を捧げていた。


 やがて天使の姿は徐々に小さくなり始め、背の高い街壁の向こう側へとその姿を消す。

 街中に訪れる一瞬の静寂──。


 次の瞬間──壁外から大気を焼き焦がすような業火の音と熱波が辺りに押し寄せ、人々の口から悲鳴に似たざわめきが起こる。


 遠くで空気を震わせるような戦場の音が響く中、パルルモ枢機卿の表情がみるみる青褪めていく。


(なにが起こっている!? 配下の気配が次々に消えていく……だと!?)


 荒くなる呼吸を必死に抑えながら、パルルモ枢機卿は天使が消えた方角の街壁を睨む。

 教皇が自らの手で生み出し、彼に預けた不死者(アンデッド)の軍団。


 無数の死霊兵を統率する為に与えられた蜘蛛と人が融合したかのような異形の姿をした死霊騎士──それら幾百、幾千にもなる配下との繋がりが次々とパルルモ枢機卿の中で消えていくのを感じて、彼は大いに動揺する事になった。


(あの天使(もど)きか!? あれが死霊騎士や死霊兵どもを葬っているというのか!? 何故だ、何故今この時になってそんな存在がこの場に姿を現したのだ!? 人の救済? 馬鹿な!)


 目の前で起こる現実に判断が追いつかず、パルルモ枢機卿は痛む頭を押さえて唸り声を漏らす。


 しかし彼の中で確立されていた教皇から譲り受けた配下の支配権となる繋がりが次々と消えていく現状に、彼は痛む頭を誤魔化すように振って、その重い足どりを原因となっている天使が現れた方角へと向けた。


(このままの消滅速度では早晩、この王都を攻め落とす為の戦力が無に帰す。ここは何としても原因を特定し、出来得るのなら私自らの手で以て排除する必要がある……)


 街中のあちらこちらで天使が現れた方角に向かってひれ伏す人々の間を縫うようにして歩を進めるパルルモ枢機卿は、自らの計画が音を立てて崩れていく焦燥と、他の枢機卿らが自分と同じく進めているであろう教皇の侵攻計画の進捗を思って歯軋りするのだった。



◆◇◆◇◆



 ノーザン王国王都ソウリア、第一街壁内の旧市街地側。


 まだ第一街壁外の新市街地側に残っていた住民たちが慌てたように避難してくる喧騒が街路のそこかしこで響き、街中は既に戦場の空気に飲まれつつあった。


 そんな中で街壁際に築かれた石造りの堅牢な角櫓には、この国の国王であるアスパルフ・ノーザン・ソウリアを始めとした国の主だった面々が狭い室内で額を突き合わせて深い溜め息を零す。


 不死者(アンデッド)との籠城戦は七日目にして外周の第二街壁の一部が破られるという危機的状況に陥り、ノーザン王国の命運は今や風前の灯火という状況に陥っていた。


 表情を曇らせたアスパルフ国王は肩を落とし、角櫓に設けられた小さな窓から外──破られた南門近くの第一街壁に視線を向けると、それは突如として何の前触れも無く起こった。


 角櫓の小さな窓からまるで太陽の光を何倍にもした目の眩むような閃光が差し込み、外の様子を窺おうとしていた国王は思わず目を瞑って呻いた。


「な、何だ!? 何が起こったのだ!?」


 しかしその国王の疑問に答えられる臣下はその場にはおらず、薄暗い室内に差し込む眩い光に皆も同じように目を細め、手で光を遮るような恰好をしている。

 やがて薄暗い室内を照らし出していた閃光が止み、眩んでいた目がようやく慣れた頃には窓の外を覗いても先程の閃光の原因を見つける事はできなかった。


 兵や臣下らもようやく目が慣れたのか、互いに憶測や推測を交わしながらも窓の外を覗き込んでは首を捻っている。

 原因を突き止めようにも、その原因と思しき場所は第二街壁の外側と思われた。


 しかし既に第二街壁の一部崩壊を機に、王都の守備部隊には後退の指示を与えたばかりだ。

 崩壊した街壁部からは大量の不死者(アンデッド)が流入し始めているであろうし、今から原因を突き止める為の部隊を送っても無駄死にさせるだけとあっては迂闊な命令はできない。


 やがて第二街壁の向こう側から轟く戦火の喧騒に、皆が一斉に息を飲む気配を感じる。


 確実に何かが起こっていると分かっていても、その何かが分からない──調べる事もできないという何とも歯痒い状態は、言い知れぬ不安を掻き立てるには十分だった。

 室内に広まる皆の言い知れぬ不安感を敏感に肌で感じ取ったアスパルフ国王だったが、彼らの不安を解消させるだけの材料が見つからない現状では何も口にする事はできない。


 皺の刻まれた眉間の谷を深くして国王が握った拳を小さな窓枠に打ち付けたその時、狭い室内に息せき切って走りこんで来た一人の若い伝令兵に全員の視線が集まった。


「た、大変です! 第二街壁外の不死者(アンデッド)の軍団が──天使が現れて!」


 伝令兵の切迫した顔と要領を得ない報告に、苛立った将軍から叱責の言葉が飛ぶ。


「馬鹿者! 王の御前だ、報告は明瞭にせよ!」


 その将軍の一言に、伝令兵は居住まいを正して謝罪をしてから敬礼をした。


「申し訳ありません! 報告致します! 第二街壁南門外の方角から見慣れぬ騎兵が一騎、不死者(アンデッド)の大軍に突撃、同時刻、戦場に天使と思しき存在が降臨し、付近一帯の不死者(アンデッド)を殲滅中です!」


 その伝令兵の齎した報告に、室内に居た人々──国王や将軍を含む全員が唖然とした顔で互いに報告内容の聞き間違いかを目線で確認し合う。


 ざわつく室内で真っ先に声を張り上げたのは、またしても軍の統括をする将軍だった。


「なんだ、その報告は!? この場に来て言うに事欠いて戦場に“天使”が降臨しただと!?」


 蟀谷(こめかみ)に青筋をたてて怒鳴る将軍に伝令兵は首を竦めて短い悲鳴を漏らすが、すぐに背筋を真っ直ぐに伸ばして先程自分が上げた報告内容を肯定した。


「間違いありません! 天使様の姿は私だけでなく街の住民の多くが目撃しております! 私が伝令に走らされた時点で既に天使様による不死者(アンデッド)の殲滅は全体の三分の一に及んでおりました!」


 その若い伝令兵の言葉に、国の主だった面々はそれぞれに信じられないといった表情になる者、報告の内容を信じて希望の光を見出す者など、様々な表情を浮かべていた。


 そんな中でアスパルフ国王はゆっくりと窓の外に視線を向けて、先程の眩い閃光の正体に思い至り、ゆっくりと瞼を閉じて小さく唸った。


「枢機卿殿が言っておったとおり、本当に神は我々を見ておいでになったのか……」


 感嘆とも、安堵ともつかないような溜め息を漏らし、国王は街壁の向こう側に思いを馳せる。

 伝令の言を信じるならば、滅びを待つのみであったノーザン王国の未来に希望の光が灯ったのだ。すると今度は各地へと援軍の招集に散った二人の王子と、避難の為に送り出した王女の安否が気がかりとなって、国王は思わず苦笑を漏らして(かぶり)を振る。


(状況は未だ油断ならない状態だ、今は気を緩める時ではないな……)


 そんな自戒を胸にしていた彼の下に、再び慌ただしく駆け込んで来た伝令が姿を現した。


「第二街壁崩落部より多数の不死者(アンデッド)が流入し、新市街地を進行してきております!」


 伝令のその報告に、国王は深く頷いて周囲の者達に視線を移した。


「旧市街地への住民の避難を急がせるのだ! 将軍、既に後退してきた部隊を再編し、新市街地への不死者(アンデッド)迎撃に向かわせよ! 先程の報告通りならば、今をおいて王都ソウリアを取り戻す道はない! 不浄の者どもをこの王都から滅せよ!」


 国王のその号令に皆が一礼をすると、今度は慌ただしく人々が動き始める。


 そんな彼らの動きを眺めながらアスパルフ国王は、その視線を再び角櫓に設けられた小さな窓から覗く王都へと移して拳を握り締めた。

 天使の降臨がいったい何を意味しているのかはともかく、ここで動かなければノーザン王国に未来はないのが現状だ。


 旧市街地側にも食料備蓄の為の倉庫はあるが、敷地面積は新市街地の方が広く、多くの備蓄庫もそちら側に設けられていた。第二街壁が不死者(アンデッド)に突破された今、好むと好まざるとにかかわらず近い内に食糧確保に打って出なければならなかったのだ。


 国王は再び戦地へと向かった兵らの健闘を神に祈り、降臨したという天使に慈悲を乞うのだった。


 ──リィル、無事でいてくれ。


 人が少なくなった室内で彼の小さく呟いた言葉、その無事を願った人物が今まさに王都のすぐ傍まで戻って来ている事は、国王はまだ知る由のない事だった。


今年の夏コミ、オーバーラップブースにて骸骨騎士様のグッズが色々と展開される予定です。

タペストリーやマフラータオルなど、新規描き下ろしの可愛いデフォルメキャラのデザインは必見です^^

他にも人気作品のグッズも多数展開されるようなので、ご興味が御座いましたら夏コミ情報をチェックしてみて下さい。(/・ω・)/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ