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骸骨騎士様、只今異世界へお出掛け中  作者: 秤 猿鬼
第六部 王国の危機
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終章

 サルマ王国東部辺境ブラニエ領。


 その地を治める領主の居城でもある屋敷の執務室──その部屋の奥に置かれた大きな執務机の席に一人の初老の男が腰掛けていた。

 やや後退した白髪頭に鋭い眼光に鼻下に髭を蓄え、逞しい大柄の身体を拵えのいい椅子に押し込めて書類などに目を通している。


 ウェンドリ・ドゥ・ブラニエ辺境伯。


 サルマ王国内でも有数の大貴族でありながら、中央の貴族からは煙たがられ、彼自身もそういった煩わしい事を嫌って滅多に王都へと顔を出す事はない。


 如何にも叩き上げの軍人といった風貌の彼の領地では、日常的に起こる小競り合いや魔獣の討伐などを解決する為に、精強な常設の領軍を保有している。

 そんな領軍が定期的に領地内を巡察する事によって、ブラニエ領は他領と比べても比較的豊かで安全な土地となり、それが常設という税金を食う領軍の財源的維持にも繋がるという好循環を生み出していた。


 だがそれは問題が起こってそれを速やかに解決出来ない場合、被害が拡大して領地内の収益が下がると、たちどころに財源の幅を多く取る領軍の維持が立ち行かなくなる事を意味していた。


 だからこそブラニエ辺境伯は、そういった諸問題が領内にないかを、上がってくる報告から読み解いて逸早く解決の糸口を掴まなければならないのだ。


 そして先頃、彼にとって懸念すべき案件が舞い込み、その成果である報告を待っている状況なのだが、彼にとって「待つ」という行為はなかなかに慣れない、辛い時間でもあった。

 そんな彼の下へ、いつも彼の補佐をしている若い女性が入室の許可を求めて入ってきた。


 彼女がブラニエ辺境伯の手前へと進み出て一礼するのを、彼はそれを余計な挨拶だとばかりに手で払う仕草をして先に口を開いた。


「で、例の行方知れずの要人は見つかったのか?」


 そんなブラニエ辺境伯の唐突の問い掛けにも、その女性は動じる事無く頷いて見せた。


「はい、恐らくですが。しかし、今日はそちらより以前話に上がった異形体の報告です。先日探索の為に送り出した六小隊ですが、既に二番小隊被害甚大、一番三番小隊被害軽微、五番小隊被害半壊と、ここまでの犠牲が出ました。こちらが犠牲者名簿です」


「何だとっ!?」


 そう言って淡々と報告する女性に対して、ブラニエ辺境伯は顔を紅潮させて彼女が差し出してきた名簿をひったくり、そこに書かれている名前に目を通し始めた。


「被害を受けた小隊の報告によれば、例の異形体は合計で四匹。いずれも発見した異形体は撃破したようですが、前情報の無い遭遇戦となり今回のような被害が出たものと」


「四匹!? あんな得体の知れない化け物が、我が領内に四匹もいたというのかっ!?」


 女性の報告に思わず名簿から顔を上げたブラニエ辺境伯は、その眉を吊り上げる。

 迫力のある顔がますます厳しくなるが、応対する女性は慣れているのか静かに頷いてから、さらに手元の書類に目を落とした。


「それに関連したお話ですが、五番小隊が二匹の異形体と接触した際、その場に所属不明の武装集団が現れたようです。武装の規模と概要はこちらに……」


 そう言って手元の書類を一枚引き抜いて、それをブラニエ辺境伯に渡す。

 それを再びひったくるように取ると、険しい顔つきののまま書類を睨みつける。


「騎馬ばかりが百騎程──それに加えて謎の魔獣を駆る騎士と女二人……?」


 そこに書かれてあった報告の内容に、ブラニエ辺境伯は首を傾げて再び同じ箇所に目を通す。


「この謎の騎士と女二人組が五番小隊の加勢に加わったというのか……騎馬隊の方の参戦は報告には書かれていないな」


 一人呟くようにして唸る辺境伯に、女性が相槌を返した。


「そのようです、五番小隊が半壊で済みましたのはその謎の騎士による所であれば、その騎士は小隊を半壊させる敵に対してただの一騎で挑み、勝利した事になりますね」


 継いで出た彼女の推測に、辺境伯も同じ事を考えていたのか、ただ黙って静かに頷く。


「向かった方角は真っ直ぐ北……か。その連中は恐らくディモ伯爵の所の騎馬隊だろう。謎の騎士に関しては傭兵か、何かは分からぬが……」


 そう言いながらブラニエ辺境伯は部屋の壁に掲げられた領内の地図の前に足を運ぶと、その地図を睨みながら自らの髭を手持ち無沙汰な手で弄る。


「最初に見失った武装集団を見つけたのがここ、そして最初の報告より数の増した規模で再び目撃された場所が……この辺りだろう。そうすると──」


 地図を睨みながら、ぼそぼそと独り言を並べる辺境伯の後ろで、女性の方も地図を見上げる。

 そうして一通り考えが纏まったのか、辺境伯は振り返って女性の方へと視線を向けた。


「恐らくだが、ノーザン王国で何かあった……何かは分からんが、何かだ。そして連中は最初、異形体に追われていたが、伯爵領で味方を得て再び王国へと戻ったのだろう。その際に遭遇した小隊を放置せずに援護に入ったという事は……」


 そこまでを口にした後、辺境伯は一旦言葉を切って顎を撫でた。


「ふむ、ノーザン王国の王都に使者を出せ! 護衛は相手を刺激しない数、且つ速度を重視! それから首都ラリサの方面にも探りを入れるぞ」


 矢継ぎ早に上げられる方針に、女性の方は手慣れた手つきでメモに指示の内容を走り書きする。


「無性に嫌な予感がする……出来るだけ急がせろ!」


 その辺境伯の言葉に女性は素早く一礼すると、すぐに執務室を後にした。

 ブラニエ辺境伯は扉の閉まる音を背中で聞きながら、自らの執務机の上──そこに積まれた書類の山をひっくり返して目を通していき、記憶の隅に引っ掛かっていた一枚を引き抜く。


 そこに書かれていた報告書の内容──ウィール川を越えてルアンの森へと入った謎の魔獣の記述。夕暮れ近くで遠目の目撃談だけとあって、情報は不確かな部類でしかなかったが、四つの腕を持つ魔獣という記述がなされていた。


「最初の覚書でなんで思い出さなかった、クソッ! 中央のボンクラ共が画策しているような山じゃない……王都の方面はどうなってやがる」


 苦虫を噛み潰したような顔となった辺境伯は、その報告書を握りつぶして怒りをぶつけるように、部屋に掲げられた地図に向かって放り投げた。


 ◆◇◆◇◆


 北大陸南西部、四つの国に分かれるその地に、全ての国と国境を接する国が二つ。

 一つはノーザン王国、そしてもう一つがヒルク教国だ。


 北大陸に築かれた人族の国家に対し、多大な影響を与えるヒルク教──そのヒルク教の信仰の中心は、レブラン大帝国とのもう一つの境界であるルーティオス山脈の中にあるアルサス山と呼ばれるミスリル鉱床を有する山の裾野に置かれていた。


 山の中腹には人の手によって均された広大な広場が造られ、その周囲を巨大な回廊のような建物が取り囲む形で築かれ、そしてその広場の正面に聳える白く荘厳かつ巨大な聖堂。

 それがアルサス中央大聖堂。

 ヒルク教の全てを握る教皇タナトス・シルビウェス・ヒルクが居を構える場所でもあった。


 まるで鏡のように磨き上げられた白い石床に、見上げるような高さの天井、そしてその天井には精緻な彩りの宗教画が隙間なく描かれており、その様は建物全てが美術品のようでもある。


 そんな豪華絢爛な大聖堂の奥──信者ですらあまり足を踏み入れぬ大聖堂の最奥のその小さな一室は、教皇に次ぐ権力を持つ枢機卿達でさえ足を踏み入れる事は滅多にない。


 内装自体は凝ったもので彩られてはいるが、大聖堂のような華美さは見られず、どこか落ち着いた高級な宿のよう雰囲気だ。

 部屋の扉の両脇には鎧を着込んだ兵士が二人、まるで置物のように微動だにせず立っており、それだけが目を引くだけで他は至って普通の室内だ。


 そんな落ち着いた雰囲気の室内の奥に一人の男がゆったりとした椅子に腰を掛けて、目の前の大きな机の上に重ねられた報告書の束に目を通していた。


 しかしこの室内で一番に目を引くのは、その椅子に腰掛ける人物だ。

 一際豪奢な法衣を身に着け、頭の上にはヒルク教の聖印が記された大きな帽子を被っている。

 しかし、その下にある教皇の顔は顔全体を覆った面布によって遮られ、その奥の素顔を覗く事は出来なくなっていた。


 教皇タナトス・シルビウェス・ヒルク。

 豪奢な法衣の袖から覗く白い手──絹織りの滑らかな手触りの手袋を嵌めた手が、机の上に積まれた書類の一枚を抜き出して、面布の奥からその内容に目を通す。


 そこには枢機卿の一人が死霊軍を率いて攻めたデルフレント王国の王都での攻防が記されており、タナトス教皇はそれを面白そうに何度も頷きながら読んでいた。


「成程、デルフレント王国の王都は陥落か……。しかし、攻城戦での死霊兵士と死霊騎士の編制だけでは何かと攻め手に欠くか……。死霊騎士がいれば大抵の事には片が付くと思っていたが、なかなかどうして、上手くはいかないものだな。くははは」


 そう言ってタナトス教皇は肩を震わせて嗤笑する。

 静かな部屋の中に教皇の嗤い声だけが響くが、やがてそれも収まると室内に静寂が戻った。


「……さて、では現有は致し方なしとして、せめて帝国攻めの時には何か新しい“モノ”を用意するべきだろうかね、ふむ。となると帝国の西に忍ばせたあちらはもう少し寝かせておくか」


 独りごちるように言葉を漏らすタナトス教皇は、やや首を傾げて面布の奥に隠れた顎を撫でる。


「分厚い壁を突き崩す、重量級の死霊兵か。それとも城門を吹き飛ばす、爆発系の死霊兵。いや、爆発系は作るには材料が無いのだったな。となると、壁を登る形態などいいかも知れんな」


 何やら構想を練るようにして一人で喋り、一人で納得して頷き、時に自身の失念に頭を振って嗤う──そんな事を一人で繰り返す。


 そして、ふと他の報告書とは厚みの違う書類の束に目を止めて、それを拾い上げる。

 何気なしパラパラと中の頁を捲って報告書の一部の記述を見つけ、その手を止めた。


 面布の奥から、タナトス教皇が笑みを浮かべる気配が漏れてくる。


「そう言えば、枢機卿のチャロスを倒した白銀の騎士が南の大陸にいたのだったか……。楽しそうだから、今一度南の大陸に誰かをやって足掛かりを作るか……いや、海を隔てているなら焦る事もない。まずは足元からだな。くははは」


 それだけを言い終えるとタナトス教皇は椅子から立ち上がり、傍に立てかけてあった教皇の威を示す飾り立てられた聖杖を無造作に掴むと、意気揚々とした足取りで部屋を後にする。


 閉まった扉の奥から再び思い出したように嗤う教皇の声──それだけが部屋の中に響いていた。


第六部はここまでとなります。

ここまでお付き合い下さり、誠にありがとうございました。


第七部開始は更新が決まりましたらツイッターの方でお知らせを呟く予定です。


あと新作の方も現在構想・準備中なのですが、そちらはまた開始時に活動報告などでお知らせ致しますので、その際にはご一読頂ければと思います。

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